第10話
トーカちゃん、冷たいビールを飲む
次の日。どうやらマリィさんとベッカーさんは朝までオールナイトなパーリィーをしたようである。私が起きてから見た二人は、おそらく新婚当時そのままだろうと思われる桃色空間を醸し出していた。その甘々空間に、私以外の宿泊客たちは少しげんなりとしていた。
そんな二人を見るミリィはにししと笑っており、私を見るとブイサインをしてきた。どうやら、私が予想していた通りになったようである。そんな彼女を見て、親友の応援のためにマリィさんとベッカーさんに何か作ってあげなくちゃと思う私であった。
朝食をとって宿を出た私はミリィから教えてもらった西通りの魔導具店に寄ってみることにした。
ちなみに、今日の私は明るい若草色のディアンドルと白いニーソックス、茶色い革のショートブーツという恰好である。髪型は、あえてリボンで縛らずに黒髪ロングヘアのままにしていた。
人ごみをすいすいとよけながら、広場を通って西通りに入ると、私は道の両側に立ち並ぶ店舗の中から魔導具店を探しながら歩いていた。しばらく歩くと、目当ての魔導具店を見つけた私はその中に入っていった。
魔導具店の中は、棚に商品がきれいに陳列されており、それぞれに値札が付いていた。灯りをともすために使う魔導具や火おこしに使う魔導具、水を出す魔導具といったものが棚には並べられていた。中でも私の目を引いたのは、虫除けに使う魔導具であった。今のプラナス周辺は初夏の陽気程度の気候ではあるが、これから夏になって暑くなってくると蚊やその他の害虫もでてくるだろう。特に森や林の中はその被害にあいそうな予感がした。だが、今日の目的は冷蔵用の魔導具である。私は手に取ったそれを棚に戻した。魔導具の価格はまちまちで、庶民的な価格で買えるものから明らかにお金持ち用と思われるものまで様々だった。
私が鑑定眼を発動させながら棚を見てまわっていると、物を冷やす魔導具というものがあった。その中から、冷蔵用の魔導具の心臓部分となる箱型の魔導具を見つけるとその値段を見た。冷蔵用の魔導具は横が八十セル位の長方形の箱型をしており、値段は一個が一万フラウから五万フラウしていた。値段が高くなるほど、魔力の持続時間と冷却能力は高くなるようである。そこから、効果の大きい五万フラウとそれよりはやや効果の劣る三万五千フラウのものを私は両手で抱えてカウンターに持っていった。
魔導具店のレジカウンターはガラス張りのショーケースになっており、その中には属性や魔法効果を付与された魔石の裸石と、それを使ったアクセサリーが陳列されていた。私はそれを見つけると、心の中でこの世界にはこういうものがあるのね、と呟いた。
レジカウンターに両手で抱えた冷蔵用の魔導具を置いた私は、カウンターの中にいた店員に八万五千フラウを払うとそれをアイテムボックスに入れて魔導具店を後にした。
魔導具店を後にした私は、その足で町の広場を通って南門へと向かった。
街の南側の田園地帯を抜けると草原地帯に出るのだが、そこで飛空艇を召還するためである。飛空艇の中には生産施設があり、そこでエール用冷蔵庫の制作と一昨日狩った獲物の解体を行うことにしたのである。
南門で冒険者ギルドカードを見せて街の外に出ると、私は田園風景を横目に見ながら草原の方へ歩いていく。澄み切った青空には太陽がまぶしく輝いており、時折白い雲がゆっくりと流れていく。小鳥が盛んにさえずり、非常に長閑な雰囲気を醸し出していた。
先日と同じように田園地帯を抜けて、草原地帯に入ると人目のつかない場所を探して飛空艇を召還してその中に入った。
飛空艇の中に入ると、私はまずポータルでデッキに上がった。そこの操舵室の前のコンソールで、飛空艇の人工知能『ヒルド』に話しかけた。
「ヒルド、光学魔導ステルスバリア発動。そのまま着陸態勢で待機お願い」
「了解いたしました。光学魔導ステルスバリア発動。着陸態勢で維持いたします」
光学魔導ステルスバリアは、その名前の通り飛空艇の姿を周囲から見えなくするための装備である。元々はホラアクで飛空艇実装後に問題となった、フィールド上に待機状態でおいてある飛空艇の描画で、画面が重くなるという現象を回避するためにシステムで設定できるものであった。この世界に私が転生した今では機能が変化して、地球でのサイエンスフィクションにあった、光学迷彩と同じような効果を発揮するようになっていた。これを使えば、草原地帯を行く人から見えなくなると思い、私は早速使ってみることにしたのである。
光学魔導ステルスバリアを使った私は、ポータルで生産施設の区画へ移動した。
生産施設のある区画に移動した私は、倉庫から世界樹の木材とミスリルインゴット、エルダー・トレントの蔓を取り出してアイテムボックスの中に入れると、キッチンに移動した。
キッチンに移動した私は、アイテムボックスの中から未解体のフォレストウルフを四十頭すべて取り出した。そして、それに意識を集中させた。
フォレストウルフ(未解体)
トーカが狩ったフォレストウルフ。使用可能な部位は毛皮と爪。
毛皮は裁縫材料、爪は宝飾材料となる。
下級魔石を採取可能。
肉は筋張っており、固くて食用に適さない。
(鑑定眼便利すぎる。使用可能な部位も見れるなんて)
私はそう心の中で呟くと、フォレストウルフを一頭キッチンの台の上において、備え付けの棚から解体用の特大包丁を取り出した。その包丁は普通の包丁ではなく、魔物を解体するためだけに作られたものであった。長さは約百五十セルの日本刀のように反りのあるそれを私は右手で握り、精神を研ぎ澄ませる。
私はそれを一閃させてフォレストウルフを斬る。すると、瞬く間にフォレストウルフが毛皮と爪と肉に分かれた。毛皮と爪を別々の台に置くと、私は解体用ナイフに持ち替えて胸部に切れ目を入れた。そして、心臓部分を露出させると、そこには拳大の透明な石があった。
(これが魔石。傷つけないように丁寧にとらないと)
私は手を入れて魔石を丁寧にはぎとった。魔石も毛皮とは別の台に置き、残りの肉をアイテムボックスに収納する。
(生産スキルもチート。でも、これは役に立つから別にかまわない)
私は、ホラアクでやりこみ要素の一つである生産スキルを、それぞれの最大ランクである「神匠」まで上げておいてよかったと心の底から思った。これがあれば、おそらく冒険者をやめても食べていけるだろう。私はかつての自分と女神様に感謝した。
そして、残りのフォレストウルフを解体する作業に取りかかった。
小一時間後。
四十匹あったフォレストウルフはすべて毛皮と肉と内臓、爪、骨、魔石に解体されていた。それを別々にアイテムボックスに収納した私は、ワイルドボアに《鑑定眼》を使うとそれらの解体に取りかかった。
ワイルドボア(未解体)
トーカが狩ったワイルドボア。使用可能な部位は毛皮、肉。
肉は高級食材。毛皮は裁縫材料となる。
骨も料理材料として使用可能。
(さすがワイルドボア、ほとんど捨てるところがない。これはすべて確保しておく)
私は気を取り直して、ワイルドボア二十一頭を次々に解体していった。
フォレストウルフを解体したことで、この体で解体作業をすることになれたのか、私の解体速度はどんどんと上がっていき、三十分ですべてを解体することができた。
私は、解体し終わったワイルドボアの肉、毛皮、骨と内臓を別々にアイテムボックスに収納する。
フォレストウルフとワイルドボアを解体し終わった私は、手を石鹸でよく洗ってタオルで拭く。
ぐうっと背を伸ばした私は、腕を回しながら工房へ歩いて行った。
工房に入ると、私は入り口にかかっている青いつなぎに着替え、今まで来ていた服をアイテムボックスの中に入れた。そして、木工素材を加工する台の上に世界樹の木材を取り出すと、それを傍らに置いてあったノコギリで板状に切っていく。縦横が一メルの板状に切り終えたら、それを箱状に組み立てていく。しばらくそうしていると、縦横一メルの世界樹の箱が出来上がった。正面にくる面は蝶番で開け閉めできるようにしてあり、密封性を高めるため、閉めた時にロックをかけられるように可動性のフックと釘を取り付けておいた。閉めたら、フックにくぎを引っ掛けるようにしてロックをかけられるようにしたのである。併せてそれを置く、五十セル程度の高さの台も世界樹の板で作成した。これで、エールを注ぐときにわざわざしゃがみこまなくても大丈夫である。
次は、工房の隅にある炉に火を入れ、ミスリルインゴットを熱して板状に加工していく。工房の炉のエネルギー源は飛空艇の超大型魔導エンジンのため、炉の中の炎にも超大型魔導エンジン由来の魔力がこもっている。そのため、ミスリルやオリハルコン、ヒヒイロカネ、アダマンタイトといった魔力がないと加工することができない金属でも、簡単に加工することができる。そのうえ、私は鍛冶も神匠ランクまで上げていたため、その作業速度は目を見張るものがあった。自分自身がびっくりするくらいの短時間で、世界樹の箱にあうような大きさのミスリル製の箱が出来上がった。中は二層構造となっており、上の段には物を冷やす魔導具を入れて、そこから発する冷気が下のものを冷やすように、上と下の区切りはミスリル板を加工して作ったすのこを採用した。正面にあたる部分は空いており、そこから物を出し入れできるようにした。
そして方向を合わせた世界樹の箱に幅を合わせて切ったワイルドボアの毛皮を敷いて、その上にミスリルの箱を入れ込むようにして置く。ミスリルの箱と世界樹の箱の間にはワイルドボアの毛皮を断熱材としてしっかりと詰め込んでいく。
世界樹の箱の蓋の裏側には幅に合わせて切ったワイルドボアの毛皮をしっかりと釘で打ち付けて張り付けていく。ワイルドボアの毛皮を張り付け終わると、私はそれを立てて上の段に三万五千フラウで購入した冷蔵用の魔導具を入れた。それをエルダー・トレントの蔓でしっかりと固定すると、冷蔵用の魔導具のスイッチである青い宝玉に触れた。すると、魔導具から冷気が流れ出した。それを確認した私は、ふたをしっかりと閉めてロックをかける。そして、ふたを開閉するためにミスリルで作った取っ手を取り付けた。余ったミスリルインゴットでエールグラスを五個作ると、私は額に浮かんだ汗をぬぐった。
(よし。これでできた。あとは実験して問題ないのなら冷たいエールが飲める)
私は満足そうな笑顔を浮かべると、エール用冷蔵庫(試作品)とミスリル製エールグラスをアイテムボックスの中に入れた。
着ていたつなぎの汚れを払った私は、工房の入り口でそれを脱ぐともともと来ていたディアンドルに着替えてつなぎを入口のハンガーにかけて工房を後にした。
飛空艇を送還してプラナスに戻ってきた私は南通りにある商店を覗いていた。
目当ては冷蔵庫の試作品の性能テストに必要なエールである。だが、手頃な大きさのビン売りのエールはなかなか見つからなかった。大きさに余裕もあるので、樽で購入するかと考えていた私は1軒の酒屋を目にとめた。
そこでは、大・中・小の三種類の大きさの樽でエールを売っていた。私は、そこで注ぎ口がセットになった小さな樽のエールを一個購入すると、アイテムボックスの中にしまった。
後は、小鳥の宿木に帰って実験するだけである。これで冷たいエールが飲めると思うと心なしか表情も緩む。アイテムボックスの中には、以前買っておいて手をつけなかったワイルドボアの串焼きが残っている。それをおつまみにして冷たいエールを飲むのもいい。そう思うと私の足取りも軽くなった。
小鳥の宿木に帰ると、私を見つけたミリィが声をかけてきた。
「あ、トーカおかえり!」
「ミリィ、ただいま」
「冷蔵庫用の魔導具は買えた?」
「ん。二個買った」
私が言うと、ミリィは呆れたような表情になった。
「そんなに簡単に買えるものじゃないんだけどね、あれ。一体何がトーカを突き動かしているの?」
「冷たいエールを飲むためだから、必要経費」
「冷たいエールってどういう味になるのか想像できないなぁ。もし料理にあうんだったら、うちでもやってみるんだけど」
「試して、うまくいったらミリィにも飲ませてあげる」
「ほんと!?約束だからね!」
「ん。じゃあ、私は部屋で実験してくる」
「はーい。って、ちょっと待ってトーカ!」
「何?」
階段を上がりかけた私をそう言って呼び止めたミリィは、思い出したように言った。
「さっき、冒険者ギルドの人が来てトーカに指名依頼が来てるって言ってたよ?」
「指名依頼?」
「そ。依頼をこの冒険者にぜひやってほしいって指名するの。指名依頼は、一流冒険者の証なんだってお母さんが言ってたよ。とりあえず、話だけでも聞いてきたら?」
「わかった。じゃあ、部屋に戻って実験の準備をしてから行く」
「はーい。トーカ、これ鍵ね」
「ありがと」
私はミリィから部屋の鍵を受け取ると、自分の部屋に戻っていった。
自分の部屋に戻ると、私はアイテムボックスから試作品のエール用冷蔵庫と台を取り出して洗濯機の隣に設置した。そして、中に購入したエールの樽を縦に置く。注ぎ口はどこにでも取り付けられると酒屋のおじさんが話していたので、問題はないはずである。あとは少し待てば樽の中のエールが冷えて、冷たいエールが飲めるようになる。私はしっかりと冷蔵庫のふたを閉めると、部屋を後にして、再びミリィに鍵を預けると冒険者ギルドへ向かった。指名依頼という響きに何か嫌な予感がした私は、心の中でため息をつきながら歩いていた。心なしか、私の耳としっぽが力なく垂れ下がっていた。
冒険者ギルドに着いた私は、受付カウンターで聞いてみることにした。受付カウンターの中には、ティアナさんが立っていた。
「ティアナさん、こんにちは」
「あら?トーカちゃんじゃない。今日はどんな御用かしら?」
「ミリィから私に指名依頼があるって聞いた」
「ミリィちゃん?あ、小鳥の宿木の娘さんね。ええ、そうよ。トーカちゃんに指名依頼が来ているの。はい、これが依頼状」
そう言って、ティアナさんは私に一枚の書類を手渡した。私はそれを確認すると、深く深くため息をついた。自分の嫌な予感が的中した私は、その場にしゃがみ込んだ。
「トーカちゃん?」
「ん、なんでもない」
「そう。それならいいんだけれど……。今日、トーカちゃんに指名依頼を依頼してきたのはリオルイ服飾店の店長さんとデザイナーさんよ。この依頼状を持って、直接うかがってくれないかしら?」
「ん。わかった」
「依頼が完了したら、下のサイン欄にサインをもらってこちらまで提出してね。期限は特に指定されていないから、詳しくはリオルイ服飾店で聞いてくれるかしら?」
「ん」
私は、立ち上がって依頼状をエプロンのポケットに折りたたんでしまうと冒険者ギルドから出ていった。次の目的地は自分としてはあまり気が進まないのだが、リオルイ服飾店である。一応、依頼として受けたものなので放っておくわけにもいかない。私は覚悟を決めると、リオルイ服飾店にゆっくりと歩いていった。
リオルイ服飾店に入ると、私のことを涙目のルイさんと赤いディアンドルを身につけた女性が迎えた。
「私は指名依頼を受けた金級冒険者のトーカ。用事は何?」
「あなたがトーカさんね。話は妹のルイから聞いているわ。私はこのリオルイ服飾店の店長をしているリオといいます。よろしくね」
そう言い終えると、、リオと名乗った女性は柔らかな笑みを浮かべた。
「ん。よろしく」
「ルイが無理を言ってごめんなさいね。事の顛末は妹から聞いているわ。この子ったら自分の制作意欲を掻き立てられる対象を見つけると、その人の迷惑も顧みないで突っ走るから……。ほら、ルイも謝りなさい!」
「うう……。あの時はごめんなさい、トーカちゃん……」
頭にできた大きなたんこぶをさすりながら涙目でルイさんが言うと、リオさんが口を開いた。
「では、指名依頼の内容を詳しくお話しいたしますのでこちらに来ていただけますか?」
「ん」
私は、リオさんの案内で店の奥に入っていった。
私が通された部屋は、リオルイ服飾店の工房だった。所狭しと生地や糸、裁縫道具が並んでいる。依頼された品なのか、トルソーやマネキンに着せつけられている服も見受けられた。
その中の一つのマネキンの前に案内された私は、まじまじとその服を見た。黒い光沢のある生地をふんだんに使い、白のレースをこれでもかと使った一着のフリルたっぷりなドレスである。ところどころに、レース生地で作られた花もあしらわれている。付属品なのか、マネキンの頭には服と同じ生地とレースを使い、白いリボンで飾り付けられたヘッドドレスもかぶせてあった。それはまさしくゴシックアンドロリータドレス――いわゆるゴスロリドレス――であった。
「トーカさん、あなたに依頼したいのはこの服を着て頂き、五の月三十日に行われる商業ギルド主催の新商品発表会のモデルとして、私どもに協力していただきたいのです。ルイから聞いていると思いますが、こちらの服は今までにないコンセプトの下、貴族様のご令嬢の方々や富豪の方のお嬢様向けに作られた品になります。商業ギルド主催の新商品発表会には、近隣諸国の各商会を取り仕切る方も来られますので、私どもとしてもこの服を売り出す絶好の機会なのです」
「それだけでいいの?」
「はい。ただ、一日行われますしその日は空けておいてほしいのです」
「ん、わかった」
「ありがとうございます!ルイがこの服はトーカさんじゃないとだめだと言い出しまして、私も困っていたのです。お引き受けいただきありがとうございます」
そういうと、リオさんはほっとしたような表情になった。
「それで、報酬の件なのですがルイが値引きした商品と合わせて、こちらの服も差し上げます。試作品ですが、使用している生地はアラクネ糸で織られた高級品ですので、冒険にも耐えられる品に仕上がっていると思います」
「アラクネ糸?」
「はい。アラクネという魔物から採れる糸で、これで織られた生地で作られた服は鋼鉄製の鎧に匹敵する防御能力を持つのです。もちろん光沢もあって肌触りもいいですので、シルクと並んで高級衣服に使用される材料なんですよ」
そこまで言うと、リオさんは肩を落として深いため息をついた。
「その貴重なアラクネ糸で織られた生地やレースを惜しげもなく使ったんですよ、この愚妹は!これ一着作るのにどれだけ材料費がかかっているのか想像もしたくありません。アラクネ糸で織られた生地で作ったローブは最低でも十万フラウはしますので……。もちろん、装飾や能力付与などを施しますと最低で十五万フラウから十八万フラウになってしまいます」
「そんなにするのね、これ……」
「はい……。しかも愚妹はこの服に能力付与まで行ったんですよ!この服には、着ている人の光と闇属性に対する防御能力を高める効果と、魔物除けの効果、身体能力向上の効果、サイズ自動調整の効果が付与されています……。五種類の能力を付与したアラクネ糸百パーセント使用の衣服ですと、おそらく最低価格は八十万から百万フラウは下らないと思います」
「……」
その言葉に、私は唖然とした。日本円に換算すると一着が、八百万円から一千万円のゴスロリドレスである。この値段では、確かに王侯貴族のご令嬢や有名商家のお嬢様しか、着ることはできないであろう。この世界では、一般家庭が一年暮らすのに三十万フラウかかるといわれているのだが、この服一着で一般家庭がゆうに三年は暮らせるのである。
「愚妹は自分の制作意欲を駆り立てられる対象を見つけると、採算度外視で服を作ってしまうんです……。それを、皆さんにご購入いただけるような素材で作り直すのはいつも私なんですよ!これで、この服が受け入れられなかったら……。ああ、想像したくありません!」
「気持ちはわかる」
私はそう言いながら、リオさんの肩をぽんぽんと叩いた。
「そういうことなら、協力させてもらう。一般家庭の三年分の生活費がかかっていると思ったら成功させないといけない」
「そうなんです!お願いします、トーカさん!!」
「ん」
私は、リオさんとしっかりと握手をした。それはまさしく、ルイさん被害者の会が設立された瞬間であった。
「それでは、こちらの服を試着して頂けますか?細かい調整などをしなくてはいけませんので」
「ん。わかった」
「ルイ、あなたはお店の方をお願いね」
「え?でも姉さん、これは私が……」
「お願いね?ルイ、いい子だからわかるわよね?」
「はい!行ってまいります!!」
リオさんの鬼気迫る笑顔に、ルイさんは脱兎のごとく工房から店内へと駆け出して行った。
「では、早速ご試着の方をお願いいたします」
「ん」
リオさんに促された私はそう言うと、着ているディアンドルを脱ぎ始めた。
ディアンドルとブーツを脱いで、薄水色の下着と白のニーソックスという格好になった私に、リオさんがゴスロリドレスを着せつけていく。
「どこかきついところはありませんか?」
「大丈夫。サイズ自動調整が働いているみたい」
「そうですか。それは良かった。本来でしたら、コルセットで締め付けなければいけませんので……。それにしても、トーカさんは素晴らしい体型をなさってますね。あと五年もしたら、きっと素晴らしい女性になると思いますよ」
「そう?でも私お子様体型だから」
「いえいえ、とんでもない。これからですよ。私も胸がふくらみ始めたのは十四になってからでしたし、個人差だと思いますよ?」
「そう?じゃあ、今後に期待する」
「トーカさんは冒険者ですし、体型の崩れを気にする必要はないと思います。でも、女性の方ですし、下着がきつくなったら早めに来てくださいね。合わない下着は体にとって悪いものですし」
「わかった。その時はお願いする」
私が表情を変えずに返事を返すと、リオさんは優しく微笑みながら私の頭にヘッドドレスを載せて顎のところでリボンを結んだ。
「はい、できましたよ。ではブーツをお履きください」
「ん」
私がブーツを履き終わると、リオさんは移動式の大型の鏡を持ってきて私の前に置いた。私が鏡の中の自分の姿を確認すると、そこには長い黒髪のゴスロリ猫耳少女がいた。
その姿を見たリオさんはうっとりしたような表情になった。
「なんてかわいらしい……。よくお似合いですよ、トーカさん」
「そう?」
その場でくるりと回ってみると、ロングスカートがひらりと舞う。アラクネ糸で織られた生地はなめらかで肌触りが良く、着心地は非常に良いものであった。
「ええ。これならば新商品発表会も大丈夫そうですね。あとは、少しお化粧もしましょうか」
「化粧?したことがないからわからない」
「トーカさんのお肌はつるつるぷるぷるですし、髪もサラサラつやつやですので、そのままでも大丈夫だと思います。ですが、女性が勝負をかける時はお化粧をした方がいいんですよ?薄く化粧をするだけでも、綺麗になれると思います」
「じゃあ、お願い」
「はい。では、こちらに来ていただけますか?」
「ん」
私はリオさんにドレッサーの前に案内されると、鏡の前に置いてある椅子に座った。
私が椅子に座ると、リオさんが手早く化粧を私の顔にしていく。しばらくすると、鏡の中の私の顔には薄く化粧がされていた。
「軽く化粧をするだけでこんなに綺麗になるなんて……。悔しいけど、ルイの見立ては間違っていなかったわ。では、トーカさん。今度は写真を撮影いたしますので、こちらに来てください」
「写真?」
「はい。トーカさんにはモデルとして新商品発表会に出ていただきますが、そこで配る広告の写真も必要なんですよ。何枚かポーズを変えた写真を載せるので、もう少しお時間を頂けますか?」
「わかった」
「では、こちらに来ていただけますか?」
そう言うと、リオさんは私を工房の二階に案内した。
工房の2階は、写真撮影ができるスタジオになっていた。私は、白い幕が張られた前に置いてある豪華な装飾の施された椅子に座らされ、抱きかかえられる程度の大きさの猫のぬいぐるみを抱かされた。そんな私の姿を見て、リオさんは椅子の正面に置いてあった三脚付きのカメラと思われる道具の後ろに立った。
「では、写真を撮影いたしますので、ぬいぐるみを抱きかかえたままこちらを向いて優しく微笑んでいただけますか?」
「ん」
リオさんにそう言われた私は、カメラの方を向いて優しく微笑む。それを見たリオさんがカメラのシャッターを切っていく。何枚か撮影した後、今度は椅子をどかして、立った状態でぬいぐるみを抱えたままのポーズで表情を変えて写真を撮る。そして、極めつけはスカートの端をちょんとつまんで膝を曲げるカーテシーである。様々なポーズで写真を撮られた私は、少し肉体的な疲労を感じ始めていた。
「はい。これで全部終わりました。トーカさん、お疲れさまでした」
「疲れた」
「写真のモデルも体力勝負ですからね。ではトーカさん、工房に戻って服をお着替えください」
「ん」
私はリオさんの後をついて工房に戻った。
工房に戻ると、私はヘッドドレスを外してゴスロリドレスを脱いだ。私はそれをリオさんに渡すと、脱いであった若草色のディアンドルを身につけた。
ヘッドドレスとゴスロリドレスを受け取ったリオさんは、優しい笑みを浮かべて口を開いた。
「今日はお疲れ様でした、トーカさん。後日出来上がった広告と写真は冒険者ギルドに届けますのでお受取りください」
「ん。わかった」
「それでは、五の月三十日は朝八の鐘が鳴るまでにこちらにおいでください。着付けとお化粧の時間を取らなくてはいけませんので」
「ん」
「それでは、今日はありがとうございました。またよろしくお願いいたしますね」
「こちらこそよろしく」
私はそう答えると、リオさんとしっかり握手をした。
リオさんに案内されてリオルイ服飾店の外まで来ると、私はリオさんに一つお辞儀をしてその場を後にした。私の後ろ姿が見えなくなるまで、リオさんは手を振っていた。それを店の中から悔しそうに見つめるルイさん。二人がこの後どのような会話をしたのか、私には想像もできなかった。
小鳥の宿木に戻ると、カウンターで店番をしていたミリィに私は捕まった。
「おかえりトーカ!指名依頼の件は何だったの?」
「ん。月末にある新商品発表会の事だった」
「月末の新商品発表会って、商業ギルドが主催のかな。私達みたいな宿屋や飲食店も新しい料理ができたら、そこで発表するんだよ。そこで有名商会や他国の貴族様の目に止まったら、お客さんもいっぱい来るようになるしね。お父さんも今新商品の開発をがんばってるの」
「そうなんだ」
「そ。で、トーカ。お化粧していることについてちょっとお話があるんだけどいいかな?」
そう言って、私の事をじっと見つめるミリィ。その真剣なまなざしに私は目をそらした。
「何?ミリィ」
「トーカがお化粧をしているってことは、トーカの指名依頼に関係しているのね?そして、新商品発表会に関係するってことは、化粧品の新商品ではないわね。トーカはお化粧なんて必要ないもの。それなのに、薄くお化粧をしているってことは服に関係することだと思うの」
「ノーコメント」
「ふぅん……。あくまでしらを通すつもりなんだ……。まあいいわ。今回の新商品発表会に出品する商店のリストは商業ギルドから私たちのところに来ててね、今回服に関係するものを出品するのはリオルイ服飾店だけなのよ。トーカ、早めに白状した方がいいわよ」
真剣な表情で私に詰め寄るミリィ。何とかごまかそうと、私は頭を巡らせた。
そこで、あれがあることに気が付いた私は口を開いた。
「ミリィ、部屋まで来てくれる?ここでは話しにくい」
「それもそうね。じゃあ行きましょ」
どや顔をしたミリィはそう言うと、私の部屋の鍵を持ってカウンターの中から出てきた。
私は、ミリィと一緒に部屋まで戻ると、彼女から鍵を受け取って部屋の中に入った。そして、部屋にしっかり鍵をかけて、アイテムボックスからミスリル製のタンブラーを2個取り出して机の上に置いた。
「あら、綺麗なコップね」
「ん。私が作ったミスリルのタンブラー。私の自信作」
「ミスリルって!トーカ、あなたこういうものまで作れるのね……。これ一つだけでも相当値が張るわよ?ミスリルで作られたコップなんて見たことがないわ」
驚いた表情でそう言うミリィの声を聞きながら、私はエール専用冷蔵庫(試作品)の中の樽の様子を触って確認した。樽はしっかりと冷えており、私は満足そうに笑顔を浮かべると樽の横に注ぎ口を取り付けた。
そして、ミスリル製のタンブラーによく冷えたエールを注ぐ。冷たいエールが、きめ細かな泡を作りながらタンブラーに注がれる。それを二個のタンブラーに注ぐと、そのうち一個をミリィに渡した。
「ミリィ、これ飲んでみて」
「あら、これがトーカの言っていたエールを冷やしたものなのね。コップもしっかり冷えていて気持ちいいわ」
「ん。まずは飲んで」
私はそう言うと、タンブラーの中のエールに口をつけた。甘い果実のような香りと風味が冷やされることによって引き立てられたエールが、私の喉を滑り落ちる。そのあとに残るほのかなホップの苦みと香り。さわやかなのど越しとしっかりと引き立てられた味と香りは、まさしく私の記憶の中にあるビールそのものであった。
それに満足そうな笑顔を浮かべた私は、ミリィの事を満面の笑みで見つめた。
「何これ!私が今まで飲んでいたエールと違うわ!しっかり冷やすだけでこんなに味と香りがはっきりして、さわやかなのど越しになるのね。これなら、香辛料を聞かせた料理にも合いそうだし、逆にシンプルな味付けの料理にも合うと思うわ。これから暑くなるし、冒険者相手の宿屋に置くのにはちょうどいいかもしれないわね」
「ふふん」
「ねえ、トーカ!これお父さんに教えてもいい?というか今すぐお父さんとお母さん連れてくる!」
タンブラーに注がれたエールを飲み干したミリィはそう言って、部屋の鍵を開けるとどたどたと足音をさせながら下の階に降りていった。それだけ衝撃的だったのであろう。それを見た私は、アイテムボックスの中からタンブラーを二個用意した。
再びどたどたと足音をさせながら、ミリィはベッカーさんとマリィさんを連れて部屋に戻ってきた。
「トーカ、お父さんとお母さん連れてきたからあれを飲ませてあげて!」
「ん」
私は、新しいタンブラーに冷えたエールを注ぐとベッカーさんとマリィさんに手渡した。
「お父さん、お母さん早く飲んでみてよ!すっごくおいしかったよ!」
ミリィがそうせかすと、二人はタンブラーの中のエールに口をつけた。
「なんだ、これは!今まで俺たちが飲んでいたエールとは別物じゃないか!このさわやかなのど越しは暑いときにぴったりだな」
「あのエールが、こんなにおいしくなるなんて信じられないよ。これなら、うちでエールがもっと売れるね」
「でしょ?これだったら、お父さんの新商品開発のヒントになるんじゃないかしら」
「ああ。うちでこれを出せるなら、それに合う料理の構想はすぐ出せる。だが、冷蔵庫は高価ですぐに手が出るような金額では……」
「それなら、私が作る。この冷蔵庫も私が作ったもの。外側の木は世界樹を加工した板、中の保冷庫は、魔導具の効果を高めるとともに熱伝導率と魔力伝導率に優れたミスリルを加工して作った。ワイルドボアの毛皮を外側の箱と内側の箱の間にしっかり敷き詰めることで冷気を逃がさないようにしてある。もちろん、しっかりと冷気を逃がさないように、ふたには閉めた状態を固定するための器具も設置した。ちなみに、このコップもミスリルで作った」
私がそういうと、冷蔵庫に使われた素材の名前を聞いてベッカーさんとマリィさん、ミリィは唖然としたような表情になった。
「これだけのためにそんな高級素材を惜しげもなく使ったのかい?」
「トーカ……。このミスリル製のコップでもびっくりしたのに、樽の入っている冷蔵庫も超高級素材を使っていたのね」
「素材はまだあるから、大丈夫。もし値段を安くするなら、外側の箱をエボニー材にして中の箱を銅製にすれば問題ない。この冷蔵庫で問題となるのは、保冷効果と熱伝導率だから。このコップは普通の木製のジョッキか、ガラス、内側を銀か金、ミスリルで薄く覆った銅製にすればいい」
私がそう提案すると、ベッカーさんはしばらく考え込んでいたが決心したように真剣な表情で口を開いた。
「トーカ、この冷蔵庫を俺に作ってくれないか?もちろん報酬は支払う」
「お父さん!」
「あなた!」
「二人は黙っていてくれ。これは俺の料理人としての矜持だ。こんなうまい酒がたったこれだけの事で飲めるのに、そしてそれに合う料理を作ることができるというのに、それに気が付かなかった……。いや、気が付きもしなかった俺の怠慢だ」
「素材は高い物から安いものまであるからオーダーには応じる。価格を考えるとおすすめはさっき話したエボニー材と銅の組み合わせ。堅牢かつ緻密な木質のエボニー材と、熱伝導率に優れた銅の組み合わせ。そこにワイルドボアの毛皮をしっかりと密封できるように貼れば、しっかり冷やすことができる。ジョッキは既存の木製でも構わないと思う。できればガラス製品のジョッキがほしいけど、たぶん高価。今なら五万フラウする心臓部の高出力魔導具の値段はいらない」
真剣な表情になって口を開いたベッカーさんに、私はそう答えた。
「では、外装をエボニー材、内装を銅で作れないか?取っ手や金具は丈夫さを考えてミスリルにしてほしい」
「ん。では一日待って。材料はあるからすぐに制作できる。大きさは大きな樽が横置きに二個入るくらいの大きさにしておく。高出力の魔導具なら、それでも十分冷やせると思う」
「では、それでお願いしたい。依頼報酬ははずんでおくよ」
「わかった。ベッカーさん、楽しみにしてて。いいものを作ってみせるから」
そう言うと、私は優しく微笑んだ。その表情に、真剣な表情でうなずいたベッカーさん。
その表情は、まさしく料理人の表情だった。
最近とても暑いですね。
近所では日中も夜も問わずセミが鳴いてます…こんなんだと本当に冷たいビールとか冷たい炭酸飲料飲みたくなりますねぇ…。
夜になっても暑いとかここ最近の気候はおかしいですね。皆さんも熱中症などには十分お気を付けください!




