働けない重度の精神障害者は施設に入るべきではないか
初投稿です。読みにくいかもしれませんが最近とみに思うことを書いていければと思います。
また、精神障害者やそれに関わる方にとって不愉快な表現がありますのでご注意ください。
そして私の足らなさゆえに不愉快な思いをさせた方はここを借りて謝罪させえいただきます。
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意図しない範囲の方まで対象にしていると読めてしまうためタイトルを少し変更しました。
働けない精神障害者は施設に入るべき、というとなにいってんだこいつ的な方が殆どだと思います。
順をおって説明しましょう。
まず働けない精神障害者、というのはどのような人か。
単純にいえば読んで字のごとく精神的な障害が重くて働けない人です。
彼らは精神的な病を抱えつつ孤独に地域のなかでひっそりと暮らしています。
働けないので生活保護を受けながら病の辛さに耐えつつ外出もろくにできない状態で日々生活をされています。
人と会うことが辛い、話すことが怖い、細かなことが気になりすぎて物事が前に進まない、様々な問題を抱えつつ彼らは生きています。
さて、私も介護に関わる端くれとして何人もの精神障害者と接する機会がありました。
彼らの多くは自分の病状が理解されないことへの不満、将来への不安などを口にしていました。
彼らの中のある人は症状の悪化による入院を余儀なくされ、ある人は引っ越され、ある人はこちらに対する不満を投げかけられ、私たちの前から去っていかれました。
そして最近になって在宅で生活をして症状が良くなった働けない精神障害者はいないということに気付きました。
考えてみれば簡単なことでしょう。働けるような精神状態ではない精神障害者が地域に出て、薄暗い部屋の中で孤独に精神障害と戦っていて状況が改善されるわけがないんです。
逆に精神障害者への理解がない周囲の人と軋轢を生じさせて双方に誤解を生じさせてより事態を悪化させることになるでしょう。
もちろん市の担当の人もついていますがなにぶん人数が足りない。相性の問題もある。更にいい人に当たったとしても数年経てば替わっていってしまうとなれば彼らの在宅生活の辛さはいかほどのものか。
そして精神以外に障害がない人は長い人生をこのまま生き続けなければならないのです。その仄暗い部屋の中で、自分の病状に悩まされながら、周囲の無理解と視線に苦しめられながら、ずっと孤独に。
だからこう思うのです。働けない精神障害者は施設に入るべきではないか、と。
むろん施設の数や内容については吟味が必要でしょう。社会復帰のための訓練や治療は必須です。
経費も在宅よりもかかるかもしれません。
それでも在宅で生活をし続けるよりは余程希望があることだと私は思うのです。
いただいた感想で本文に言葉足らずの部分があったことに気付いたため修正しました。
ここでいう施設は最終的には社会復帰を目標としています。