表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/15

ポップコーン

 最近。

 なんだか、たまに変なものが見える。

 ふと気づくと物陰に、うっすらと人の身体の一部がシルエットとして浮いているように見えるのだ。


 人の身体の一部といっても臓器やら手足やらが床に落ちているわけではない。

 そこに人が立っているならそのあたりに腕があるだろうな、という箇所に腕だけが見えたりする、という感じである。


 その見えている部分にしても、明瞭に見えるというわけでなく、ぼんやりと背後の風景を透かしたシルエット、という程度だ。


 例えば見えている部分が腕であったなら、本来なら肩に繋がるであろうあたりがら輪郭が溶けるようにぼやけていることから、「腕だけの何か」というよりは「姿を隠している何かの腕だけが見えている」というように見える。

 

「………………」


 今もまた、じらじらと掠れ、ブレながら、不完全な人の頭のようなものが夕暮れ時の暗くなり始めた部屋の片隅に浮かび上がっている。

 頭だろうな、というのはわかる。

 よくよく目を凝らすと、顔らしき凹凸があるのもなんとなくわかる。

 だが、誰、であるのかを判別するのは難しい。

 

 誰だ。

 というより、何だ。

 何なんだアレ。


 じーっと見つめているところで、ぱちり、と部屋の中が明るくなった。

 陽海が部屋の明かりをつけたのだ。

 俺は明るさに目を慣らすようにしぱしぱと瞬く。

 何度かの瞬きを挟んでいる間に、部屋の隅に浮かんでいた人間の頭っぽいものは光に溶けるように見えなくなっていた。


「……トカゲさん」

「ン?」

「お願いですから、部屋の何もないところをじーっと凝視するのはやめません???」

「はい」


 陽海の切実な声に、俺は神妙な顔をして頷く。


 そう。

 そのなんだかよくわからない人影パーツは、俺にしか見えていない。

 陽海には見えていないらしいのだ。


 初めてそれが見えた時、陽海にアレは何なのかと聞いてみたのだが……、その時の陽海のなんとも言えない顔は今でも忘れられない。

 嫌悪、というほどの強い感情ではないものの、顔に「ヤダー」と書いてあるような顔だ。あえて言うなら、どうしても出かけなければいけない用事があるのに、窓の外からザアザア雨音が聞こえてきたときの陽海の顔に似ている。


 最初俺には、何故陽海がそんな顔をするのかがわからなかったわけなのだが……どうやら人間には、見えない何かから一方的に攻撃される、というようなことを恐れる文化があるらしい。

 というか、この表現自体も陽海には納得いきかねる、という顔をされた。


『それもありますけど! もちろん見えない何かから一方的に攻撃されるということ自体も怖いではありますけどっ! 違うんですよ、幽霊とはそういうものじゃないんです。なんですかね、あの怖さ。元人で、人の形をしているのに、人の道理が通じなくなってる見境のなさとか、……ぅうん、それもこう、口にすると違うような気がしてくるなあ……』


 幽霊、という概念は陽海でも説明しがたいらしかった。


 ざっくりとした説明としては、人間を含むこの世界の生き物は肉体と魂から構成されており、死んだあと肉体は土に還るが、その魂は生前の行動により天国に導かれたり、地獄に落とされたりする、という考え方が一般的であるのだそうだ。

 で、その本来ならば天国、もしくは地獄に行くべき魂が、何等かの事情でこの世に留まっていると幽霊になるらしい。


 人間の中には霊感と呼ばれる感覚の鋭い者もいて、そういう人には彷徨える死者の霊が見えたりすることもあり、そういった死者の霊の中には自分の死を認められず、生きている人間を道連れにしようとする者もいる―――、と言う。

 

 ただ。

 それはそういう風に言われているだけであって。

 本当に幽霊が存在するのかどうかは、今のところ誰にもわからない、らしい。

 幽霊を見た、という人はいる。

 幽霊が悪さをした、という話は無数に伝わっている。

 けれど、それが本当だと証明することは出来ないのだ。

 逆を言えば、「いる」と断定できないと同時に「いない」とも断言できないが故に、幽霊は恐怖の対象になりうるというわけだ。

 陽海曰く、


『もしかしたら幽霊が本当に実在したとして、自分が被害にあっていても誰にも信じてもらえない、というのも怖いのかもしれませんね。それに、自分がおかしくなったのか、っていう怖さもあると思うんですよ。確かに怖い思いをして、何かよくわからないものに攻撃を受けているのに誰にも信じてもらえず、それどころか自分自身がおかしな人として周囲から遠巻きにされてしまう、というのもある意味では二次災害的なホラーかもしれませんね』


 なのだそうだ。


 謎の人影パーツをちょくちょく見かけるようになった俺としても、その辺りはよくわからないな、と思う。

 確かに俺には陽海には見えない何かが見えているわけなのだが、それが果たして本当に幽霊なのかどうかがわからないからだ。

 もしかしたら、何か全く別なもの、である可能性だってある。 

 少なくとも、俺は俺が見ているものが死者である、という印象は受けていない。

 何か、ぼやーっとした影、というだけなのだ。

 首を傾げている俺に、陽海はぷいと唇を尖らせる。

 

「やめてくださいよ、今日はホラー見る予定なんですからもー」

「……………」


 ホラー、というのはそういった幽霊を題材にしたりなどして、見ている者を怖がらせることを目的とした物語、であるらしい。

 幽霊と聞くと「ヤダー」な顔をする程度には怖がっている癖に、ホラー映画は見るというのだから俺には陽海がよくわからない。

 

「独り暮らしだと、怖くてあまりホラー見ないんですが。今ならトカゲさんが一緒にいるじゃないですか。それに、トカゲさんにホラーとは何たるかを教える良い機会です」


 そうかなあ。

 先ほどとは違う意味合いで首を傾げる俺とは対照的に、陽海はぐっと両手を握りしめてやる気満々だ。

 なんとなく気にはなってはいたものの、一人で見るのが怖いから、と敬遠していた作品に手をつける気になったらしい。

 俺にもネットで公開されている予告動画を見せてくれた。

 その内容は――

 

 

 

 

 真っ暗な住宅街を男が一人歩いている。

 道路には、一定の距離を置いて街灯が並んでおり、その明かりだけが男の足元を照らし出している。

 すると、男は二つほど先の街灯がチカッチカッ、と瞬いていることに気が付く。

 チカッ、チカっ。

 黒と、白とが効果的に入れ替わる。

 そして、男は気づいてしまうのだ。

 闇の中に、何かいる、と。

 それは街灯の光の下では見えない何かだ。

 けれど、街灯が点滅し、光を落とした瞬間、闇の中に確かな気配として息づいている。

 男は、歩みを止める。

 近づいてはいけない、と警戒心に引き止められるのだ。


「なんだよ、何がいるって言うんだ……!!」


 悲鳴混じりの男の声。

 そして、画面が暗転する。

 真っ暗だ。

 そこに男の断末魔が響きわたり――

 

 

 

 

 

 ――という内容である。

 

「どうですか! 怖いでしょう!!」と何故かイキイキとした顔でそう言う陽海に、俺は「うん、まあ」という曖昧な回答をするしかない。


 確かに怖いのかな、という気はする。

 一人きりの夜道。

 襲い来る得たいのしれない何か。

 だが、それがあまり実感として得られないのは、俺自身がこれまで外敵に遭遇したり、死ぬかもしれない、という恐怖を感じたことがないからだろう。

 アレに襲われても、なんとなく死なないような気がする、というか。

 俺にはあまり、自分が死ぬ、という感覚がない。

 あまり怯えた様子のない俺に、陽海は何故か本編はきっともっと怖いんですからね、と負け惜しみめいたことを言っていたわけなのだが。

 

「そろそろ暗くなってきましたし、映画を見る支度をしましょうか」

「うん」


 陽海はパソコンデスク前から立ち上がると、うーん、と大きく伸びをした。

 そして、それからキッチンの方へと向かう。

 俺も、ベッドの上からたん、と軽やかに飛び上がって陽海の肩へと飛び移る。

 今日の夕ご飯は何だろう。


「今日はですね、本格的な映画セットとして、ポップコーンを作ります」

「ぽっぷこーん?」

「トウモロコシのお菓子です。種がたっぷり1kgあるので食べ放題です」


 食べ放題らしい。

 陽海が棚の中から取り出したのは、黄色いつぶつぶがみっちりと詰まった袋だった。

 質感は、いつかの大豆によく似ている。

 からからに乾いていて、固い。

 続いて陽海が取り出したのは、蓋つきのボウルだった。

 大きさは、ぎりぎりレンジに入るぐらい、というほどの大きさだ。

 触るとくにゃくにゃと柔らかい。


「これに、種をいれまして……」


 ざらざらざら。

 ボウルの底には、うっすらと線が引かれている。

 その線に届くまで、陽海は種を注ぐ。

 豆のようにそのまま齧るのだろうか。


「サラダオイルをちょっと垂らします」


 とろー。

 陽海が、ちょうどボウルの中の種に染み渡る程度のオイルを注ぐ。

 

「そして、レンチンします」


 かぽん。

 同じく柔らか素材でできた蓋を被せて、陽海はボウルをレンジの中に入れる。

 ピ、ピピピ、と響く操作音。

 スタートを押すと、温かみのあるオレンジ色の光が灯ると同時に、ヴヴン……と音をたててレンジの中のターンテーブルがくるくると周り出した。

 陽海はその間にも、鼻歌混じりにごそごそと棚から何かを出してくる。

 円筒形の小さなものだ。

 白地に、赤と緑の模様が描かれている。

 

「陽海、これは?」

「クレイジーソルトです。ただのお塩じゃなくて、ハーブが混ざっていて、美味しいんですよ」

「ふんふん」


 美味しいらしい。

 そわそわ。

 ポップコーンとは一体どんな食べ物なのだろう。

 と。

 そこで、レンジの中から。

 

 ぽぽぽぽぽぽーん!

 

 と、音が弾けた。


「!?」


 びくっと背が跳ねる。

 俺のそんな反応に、陽海はふくくく、と楽しそうに笑う。


「陽海、レンジの中で何か大変なことが起きてる気がする」

「大丈夫です。ポップコーンとはそういうものです」

「そういうものなのか」

「はい」


 そんな会話を交わしている間にも、レンジの中ではぽぽぽぽぽ、と軽やかな何かが跳ね散らかるような音が響いている。

 レンジの中を覗きこむと、くるくると回転するターンテーブルの上で、ポン、と音が弾ける度にボウルが踊るように揺れている。

 次第にレンジの中からは、穀物の焼ける香ばしい香りが漂い始めた。

 ふわ、と鼻先を掠める食欲を誘う香り。

 これは美味しそうだ。

 

 やがて、ピピ―、と電子音をたててレンジが止まる。

 

 「あちち」と小さく呟きながら陽海がレンジから取り出したボウルを見て、俺は思わず「おおー」と感嘆の声を上げてしまっていた。

 ボウルの底にたまっていたはずの黄色く乾燥した小さな固いつぶつぶはすっかり姿を消していた。

 今は白くもこもこしたモノが、内側から蓋をうっすらと持ち上げている。

 それに陽海はぱらぱらとクレイジーソルトを振る。

 香ばしい穀物の香りに、癖のあるハーブの香りが混じる。

 たまらない。

 口の中に唾液がこみ上げる。


「熱々のうちに一つ食べてみますか?」

「うん」


 あーん。

 口を開けると、陽海が白いもこもこを一つ差し入れてくれた。

 舌触りは滑らかだ。

 レンジの中で膨らんだことから、ふわふわと柔らかいのかとも思ったけれど意外としっかりとした歯ごたえだ。

 かといって、固いわけでもない。

 カリッとしてふわっとしてもちっとしている。

 口の中いっぱいに香ばしい香りと、淡泊ながらも後を引く味わい。

 ただ、ちょっと味気ない。

 こう、ただ香ばしいだけ、というか。

 鼻先を掠める食欲をそそるハーブの香りのわりに、クレイジーソルト、の塩ッけが今いち足りていない、ような。


「…………」

「…………」


 俺の視線の先で、陽海も同じような、ほんのり物足りない、という顔をしている。

 

「おっかしいなあ……、いまいち味がついてないですね」

「うん」


 ぱらぱら。

 陽海が塩をふる。

 そして、もう一口。

 やっぱり、味が乏しい。

 穀物の香ばしい味わいだけが口の中に広がる。

 ここにアクセントとして塩ッケが加わったなら、さぞ美味しいだろう、と思うのにその満足感にあと一歩届かない。


「何故だ」


 陽海は解せぬ、という顔で首を傾げている。

 そしてハッとしたように、ごそごそとボウルの中をかき混ぜて……なるほど、と納得の声を上げた。


「これ、表面が乾きすぎてて塩が全部底に落ちちゃってるみたいです」

「あー」


 納得だ。

 舌触りも滑らかなポップコーンの表面は、塩を纏うにはつるつるすぎるのだ。

 そのため、どれだけ塩をふっても、塩はポップコーンの表面を通りすぎてボウルの底にたまるだけ、というわけだ。

 陽海はボウルを一度テーブルに置くと、パソコンへと向かう。


「ポップコーン、味付け……」


 カタカタ、と陽海の指がキーボードの上を閃く。

 やがて表示された検索結果を読んで、陽海の眉間に皺が寄る。


「バターを絡めると味がつく………」


 呻くような声である。


「何か問題があったのか?」

「問題、というほど問題ではないのですが。バターを溶かしてまぶすと、味付け用の塩などがつく、とのこと」

「なるほど」

「そして問題は、我が家にはバターがないということです」

「おお」


 お互いしんみょうな顔になる。


「私、バターがあんまり好きじゃなくて。あまり使わないので家に置いてないのですよね……」

「ふむふむ」

「霧吹きで水をかけてもいい、とありましたが我が家には霧吹きもないです」

「…………」


 思わぬ落とし穴にはまってしまった。

 陽海はしばらくどうしようか、という顔をした結果。


「今日のところはこれでどうでしょうか」


 そ、っと差し出されるクレイジーソルトを盛った小皿。

 それにポップコーンをぎゅむ、と押し付けて口に運ぶと、食欲をそそるハーブの香りと、ほどよい塩ッ気のついた香ばしいポップコーンの味わいが口の中に広がる。

 これは美味しい。

 やめられない止まらない、というやつだ。

 もむもむ、とポップコーンを食していると、陽海が口を開く。


「実はトカゲさん」

「はい」

「ポップコーンの種を買う際に、もう一つ味付け用のパウダーを買ってみていたのですが、そちらも試してみませんか」

「うん?」

「パウダーの方はクレイジーソルトよりも粒が細かく、粉状なので味付けに成功するのでは、と思いまして」

「よし」


 俺たちは再びキッチンへと向かう。

 陽海は、ほとんど味のついていないポップコーンを大皿に移し、軽く水でゆすいだ後水気を取ったボウルの中に再びポップコーン種を注ぐ。

 実験用なので、量は先ほどよりも少ない。


「これはですね、ちょっと特殊なトウモロコシで。普通のトウモロコシは生の状態で茹でたり焼いたり、野菜として食べることが多いのですが。この種類のトウモロコシは乾燥させた後に熱を加えると、こうして爆ぜて膨らむのです。それを利用したお菓子、というか食べ物がポップコーンなのです」


 そんな説明をしつつ、陽海はボウルに蓋をしてレンジにかける。

 ぽぽぽぽぽぽーん、と響く軽やかな音。

 数分後には、先ほどよりも少なめのポップコーンがボウルの中に生成されていた。


「ここに、味付け用のパウダーを………ぶひゃ!?」


 味付け用パウダーの効果は想定外の方向に劇的だった。

 細かいパウダーは目に見えないほどの粒子となって舞い上がり、俺と陽海の鼻や喉といった粘膜へと攻め入る。

 これはいけない。

 

「ぃっくしょん! けふ! こふ! っくしょん!」

「かふけふ!」


 二人して、咳込んだりくしゃみを連発する。

 わりと阿鼻叫喚だ。

 ようやく落ち着いた頃には、陽海は完全に涙目である。

 

「し、死ぬかと思った」

「こんなことで死にたくもないし、死なれたくもないな……」


 俺の切実な声は聞こえないふりをして、陽海が一口味付けを試みたポップコーンを口に運び……再びけふこふと咽せ返った。

 どうやら、ポップコーンの表面にまとわりついた細かいパウダーは、陽海がポップコーンを口に運ぶといったような動作でも再び舞い上がり、ダメージを与えてくるものらしい。

 これはもう、味わうどころではない。

 というか。


「……く、苦しんだわりに味がついてない……」


 とてもかなしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホラー映画は、なかなかに面白かった。

 映画自体もそうだが、何より陽海のリアクションが面白かった。

 この映画に登場する怪物には、光に弱い、という弱点がある。

 それ故に、このモンスターは明るい場所にいる人間を襲うことが出来ないのだ。

 が。


「……ズルいと思うんですよ。明るいところには来られない癖に、謎の力で物理的にブレーカー落としてくるのはどう考えてもズルいと思うんですよ」


 ブツブツと陽海は納得がいかない、というように呟いている。

 明るい場所に出てこられないモンスターは、謎の力で物理的に舞台となる屋敷のブレーカーを落とし、闇の中で主人公たちを襲いまくるのである。

 「理不尽だ!」とか「ズルい!」とか楽しそうに(?)悲鳴をあげながらも、なんとか映画は最後まで見切った陽海だった。

 最初のうちは、俺を肩に乗せ、クッションを抱きしめていたわけなのだが……途中からは俺を盾にするかのようにぎゅむぎゅむと抱きしめていた。

 映画のエンドクレジットを眺めながら、はー、と息を吐く陽海の吐息が頭上に降ってくる。ようやく、腕からも力が抜けていく。

 時計を見ると、時間はちょうど0時に差し掛かろうという頃合いだ。

 普段ならもう少し遅くまで起きているところなのだが……。


「明日は会社に顔を出さないといけない日なので、そろそろ寝ますか」


 うーん、と伸びをして陽海が言う。


「そうなのか」

「はい。なので、明日はちょっと早めに家を出て――…もしかしたら、帰りも遅いかもしれません」

「わかった」


 頷く。

 陽海はいつものように俺をベッドに下ろし、寝支度を整えるために洗面所へと向かいかけ――


「トカゲさん、一緒に行きましょう」

「…………」


 おや、と見上げる。

 

「別に怖いわけじゃあないんですよ、怖いわけでは」


 早口だ。

 そうか。

 怖いのか。

 俺は内心笑いを堪えつつも、ぴょんと軽やかに陽海の肩に乗る。

 俺を肩に乗せたまま陽海は洗面所で顔を洗い、歯を磨き、ベッドへと戻った。

 そして。


「トカゲさん」

「はい」

「何かモンスターが出てきたら困るので」

「困るので」

「今日は一緒に寝ましょう」


 陽海は俺を胸に抱いたまま布団の中へと潜り込んだ。

 いつもなら、同じベッドの上ではあっても、俺は陽海の枕元に用意された俺専用の寝床の中で寝る。

 枕元であっても、懐でも、何かモンスターが襲って来た際の対応としてはそう変わらないように思うのだが……陽海としては俺に触れている方が安心できるらしい。

 せっかくなので、少しばかり体温を上げる。

 春先で少しずつ温かくなってきたとはいえ、まだまだ夜は冷える。

 ぽかぽかぬくぬく。

 陽海はその体温に安心したように、ほう、と息を吐いた。


「トカゲさん、あの映画のモンスター出てきたら、トカゲさん勝てます?」

「勝てると思う」

「なら安心ですね」

「任せてほしい」


 映画の中で、主人公たちはおびき寄せたモンスターに強い光を当てることで倒していた。倒し方さえわかっていれば、大体のモノはなんとかなると思う。

 倒し方がわからなくとも、力技で押し切れる……ような、気がする。


「どんなモノが襲ってきても、俺が退治してやる」

「ふふ。心強いです。トカゲさんにとって怖いものが出てきたら、それは私が退治してあげますね」


 陽海が小さく笑う。

 呼気に溶け込むような、小さな笑い声だ。

 俺を抱く胸が、柔らかに上下する。

 とくん、とくん、と肌に直接伝わる鼓動。


 俺にとって怖いもの。


 それは、この柔らかなぬくもりを失うことだと思う。

 これからも、傍にいて欲しい。

 こうして触れて、抱きしめて欲しいと思う。


「陽海」

「はい?」

「電気は消さない方がいいか?」

「今日は消しません」


 ふくく、と俺は小さく笑った。

ポップコーンはなかなか味がつかない。

パウダーまぶすと本当地獄ですよ!!!!!!(実体験)


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

感想、PT、お気に入り登録、励みになっております。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ