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揚げ物語  作者: そらが
19/24

19.新大陸の食生活

 アメリカには16世紀に来たスペイン人によって揚げ物が伝えられた。かつてアルアンダルスだった頃のスペインでジャレビから発展した揚げパン(チュロス)はその一つで、ネイティヴアメリカンも例えば砂糖や蜂蜜だけでなくメープルシロップを使うような変化と共に食べるようになった。


 17世紀からはイングランド、オランダ、スウェーデン、フランスからの移民が来るようになり、18世紀には南部のドイツ人も新大陸に足を踏み入れる。

 食の地域性はあるが、それは移民コミュニティの出身地に依存し、パンや米などの食習慣はそれぞれのコミュニティで維持され、その一方で一部の地域では混合する。

 しかしアメリカの料理「書」にそういった地域性が登場するのは1870年頃からで、少なくとも18世紀の間の13州では、クエーカーやピューリタンとは対照的にその非倹約的な性質のために料理文化の主導権を握っていたヴァージニアのブルジョワによって、基本的にイングランド(と英訳されたフランス語)の料理書が用いられていた。



 アメリカで出版された最初の料理書は、イングランドからの移民が持ち込んだ料理書であり、1772年にはボストンで出版された。

 また1803年にニューヨークで出版された版にはアメリカ風料理が30品目追加されていて、その中に「小麦粉1ポンドに、バター1/4ポンド、砂糖1/4ポンド、イースト2匙を入れて、温かいミルクか水の中で混ぜる。パン生地くらいの濃さにして、膨らんできたら好きな形にして、脂を熱してから入れる」ドー・ナッツのレシピがある。


 実際に最初にアメリカで書かれた料理書は1796年、独立して間もない頃に書かれた「アメリカの料理書」だが、オーブン焼きと煮物が大半で、揚げ物の姿があるようには見えない。

 1824年、多くの輸入書が出回る中で「ヴァージニアの主婦」が出版される。

 ここには「十分な量のラードで揚げるフライドチキン」があり「鶏胸肉を切り出してから、小麦粉をつけ、塩を振りかけて、十分な量の油で揚げ、薄茶色にする。そして鶏肉に添えるために、きのこの微塵切りと適量のパセリを炒める。ミルク半パイントにバター一つまみ、塩胡椒、パセリを加えて少し煮込み、鶏肉に掛け、炒めたパセリを添える」

 「牛肉のコートレット」のレシピも「切り出した牛フィレ肉を、豚肉、大蒜の一欠片、タイムとパセリ一束、塩胡椒と共に鍋に入れて10-15分ほど煮る。取り出して皿に移してから、パセリの葉の千切りと塩胡椒ナツメグを混ぜた細目のパン粉を被せて、ナイフで押し付ける。乾いてきたら裏面も同様にする。十分な量のラードを鍋の中に入れて、沸騰したらパン粉が剥がれないよう慎重にコートレットを入れて、薄茶色に揚げる。それから取り出して、鍋の中にこぼれ落ちたパン粉と共に油分を抜く。その間に、半パイントの水を煮て、バター4オンスと薄茶色の小麦粉と共に漉して濃くする。ワイン1ギルとマッシュルームのケチャップを加えて、コートレットとパン粉にかけて、柔らかくなるまでとろ煮して、肉団子を加える」

 つまりアメリカ南部では大量の油で揚げることが好まれた。

 ただ他の料理書のレシピを確認すると、むしろコートレットに関しては少ないラードで調理することを勧めることが多い。一方、フライドチキンについては大抵の場合、十分なラードで揚げていた。

 また19世紀前半のアメリカにおいて牛肉は比較的貴重だったから、大量生産されて安価になっていた豚肉が使われることもあった。

 ドーナツは「ヴァージニアの主婦」において北部人(ヤンキー)ケーキと注釈されているから、その起源が何処であれ当時は北部の菓子として知られていたのだろう。


 他に1848年の「宿泊業者、給仕長、家政婦のためのガイド」には、卵を大量の油で揚げるものがあり「揚げ鍋を用意し、澄んだバター3パイントをフリッターを揚げる程度の熱さにして、棒で渦巻きが出来る程度にかき混ぜる。それから割った卵を真ん中に入れて、ポーチドエッグくらいの硬さになるまで棒で回し、バターをかき混ぜてボールのように丸くする。それから薄切りにして、食卓に出すまで火の近くに置いておく。30分くらい温かくしておき、柔らかくなるまで出来る限り長い間しておいてもいいし、同様の方法で沸騰したお湯で茹でても良い」という。


 十分な油を使う傾向は、イングランドのそれと対照的に見えるが、定式化されていただろうか。豊かさの象徴にも見える反面、当時のアメリカの料理書でも内臓に悪いので幼児や病人に薦めるべきではないと訴えられていた。

 味付けのうち塩胡椒は多用されるが、他のハーブ類についてはセージを使ったりナツメグを使ったりと特に統一されていない。

 1832年の「コックの本」からクロケットが料理書に採用される。この料理書はとてもイギリス的なものに見える。リボン風ポテトのレシピもあるが、従来の1/4インチスライスのフライドポテトに過ぎない。



 1840年前後からパン粉の代わりにコーンやクラッカーの粉を使うレシピが現れるようになる。 玉蜀黍は18世紀以降の移民たちにとっての主要な作物の一つで、生産方法はネイティヴアメリカンから学んだ。磨り潰して揚げ生地にすることもあった。

 一方、当時のクラッカーは発酵させずに焼いた硬いパンのことで、ショートニングや砂糖は含まれていない。元々船上で食べられていた保存食である。

 両方がパン粉の代替として用いられるようになったのは、イギリス料理との差別化か、或いはパンの安定した供給元が無い西部開拓民のことを考えてのことだろうか。その割りには海産物もレシピにある。


 コーン(インディアンミール)を使う揚げ物は、例えば1846年出版の「ミス・ビーチャーによる家庭のレシピブック」には「塩漬け豚肉を1ポンド程度の重さに薄切りして、茶色くなるまで炒めてから、魚を包める程度の量のラードを加える。上澄みを掬い、熱くなったら、魚に小麦粉をつけて揚げる。肴を取り出したら、グレービーソースと塩胡椒を鍋に加え、望むならさらにワインやケチャップ、スパイスを加える。魚と豚肉を皿に載せて、一度沸騰させたグレービーソースをかける。魚は揚げる前にも先に卵に浸けて、それからインディアンミールかクラッカーの粉と卵につけるのが良い」

 1852年出版の「女性の新しい料理書」には「アメリカ風コーンフリッター」のレシピがあり「小さめの玉蜀黍を12個用意して、絹糸を取り除き、真ん中の辺りで切って、全ての粒を削り出し、補軸からコーンミルクを採る。小麦粉2匙程度、溶き卵2個、そして塩胡椒を好きなだけ加えて、かき混ぜる。熱したラードかバターの入ったフライパンに、混ぜ物を1匙分だけ入れて、茶色くなったらひっくり返して、温かいうちに食べる」という。


 そのほか1873年出版の「家庭の常識」では、缶詰のコーンを使ったフリッターだけでなく、ハムやウィンナーに溶き卵とパン粉をつけて揚げるようなアプローチを提案する。また1875年出版の「朝食、ランチ、紅茶」にはナスの揚げ物もある。



 1828年のエリザ・レスリーによる「ペイストリーとケーキ、砂糖菓子の75のレシピ」以降、ドーナツのレシピに連なる形でクルーラーのレシピが書かれるようになる。

 これは「バター半ポンド、白砂糖3/4ポンド、卵6個(小さければ7個)、篩にかけた小麦粉2ポンド、ナツメグ、シナモン1匙、薔薇水1匙を用意する。バターを切って小麦粉の中に入れて、砂糖とスパイスを加えて混ぜる。そして卵を割って小麦粉の鍋の中に入れて薔薇水を加え、捏ねて生地にする。もし卵と薔薇水が足りなかったら、ほんの少し冷たい水を加える。ナイフで生地をよく混ぜる。ペーストリーボードに小麦粉を広げて、鍋から生地を出してよく叩きつける。小さい欠片に切り取って、それぞれ叩きつける。欠片を全部押し付けて、塊になるように練る。それを大きな四角いシートの上で転がして大体半インチ程度の厚さにする。ピザカッター的なものか、持っていなければ鋭いナイフを使って、シートに沿って走らせて細長い生地に切る。様々な形にこねくり回す。溶かしたバターと鉄のフライパンを用意する。クルーラーをそっと寝かせて、薄茶色に揚げて、ナイフとフォークで壊さないようにひっくり返し、両面を同じくらいにするように気をつける。十分揚げたら、大きな皿に広げて冷まし、砕いたシュガーローフを振り掛ける」

 「クルーラーはブラウンシュガーを使い、スパイスや薔薇水を使わない、判り易い方法で作ることが出来る。このとき底の深い鉄鍋で揚げるか煮ることが出来る。十分な量のラードを使う必要があり、穴あき杓子を使って取り出し、ラードが抜けるまで保持する。もし家庭用を使うならば、1インチの厚さで作ることが出来る」


 ドーナツとクルーラーのレシピは19世紀中頃には多様化し、複数のレシピが列挙されるようになった。穴を空けたり、捻ったり、適当な形に切ったりと、その形状は色々有って厳密ではないようだ。レシピの中で言及されていないものも多い。

 また「家庭の常識」や1873年の「長老派教会の料理書」、1877年の「実用的な料理とディナーの贈与」などにはドーナツやクルーラーの幾つかのレシピが発案者の名前と共に書かれている。

 例えば「ナンシーのドーナツ」は「砂糖2カップ、練乳1カップ、卵3個、溶かしたバター1匙、ソーダ小さじ1匙、クリームターター2個を用意する。そして小麦粉と共に混ぜ合わせ、引き伸ばせる程度に柔らかくしてからラードで揚げる」

 他にもミセス・メアリー・スピニングによる胡桃大のボールの形をした「ドーナツの女王」、ミセス・バートレットによるサワーミルクを使うドーナツなどがある。

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