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揚げ物語  作者: そらが
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11.女料理人たちのフィッシュフライ

 17世紀後半のイングランド料理書には、伝統的なものやイタリア風フリッターに加えてフランス風のものが増加する。

 レシピを挙げると例えば「洗練され、増補された料理法」には牡蠣の揚げ方があり「洗った牡蠣を、乾かしてから小麦粉をつけるか、小麦粉と卵とクリームと塩で混ぜたものにつけ、バターで揚げる。ソースには、2,3個のオレンジの汁とナツメグの薄切りとボルドーワインで作るリキュールを茹で、バター1個を加えて混ぜる。温めた皿にクローブか生姜を擦り付けてから牡蠣を乗せ、スライスしたオレンジを添え、温かいうちに食卓に出す」という。

 きのこやアーティチョークのフリッターなどもフランスの影響だろう。アーティチョークのフリッターは先に触れなかったが、きのこのフリッター同様ラ・ヴァレンヌのレシピの中にある。


 18世紀になると、フランスのように溶き卵とパン粉で揚げる料理が登場する。

 1703年に出版されたヘンリー・ハワードの料理書「あらゆる料理、ペイストリー、そして酢漬けに関する、利用するに足るイングランドの新しい調理法」にはカキフライがある。

 「一番大きいものを取り出して乾かしておく。2,3の卵黄と1,2匙のクリームまたはミルク、適当な量のパン粉を混ぜる。オイスターを混ぜ物につけて、大量の熱い茹で脂で揚げ、淡く明るい茶色のフリッターのようにする。十分に脂があるならひっくり返す必要は無く、また順々に揚げていく必要も無い」と書かれていて、小麦粉は使わない。

 同時代の他の料理書にはパン粉をつけず、小麦粉と卵の混ぜ物に漬けてから揚げる牡蠣のフリッターもあるから、併用されていたかもしれない。


 1723年にイングランドの貴族に仕えた料理人ジョン・ノットが書いた「料理と菓子の辞典」には、牛肉を揚げる料理のレシピが書かれている。

 これは「オーブンで焼いてから半インチ程度の厚さの薄切りにした牛肉を用意する。白ワイン、小麦粉、クリーム、卵の黄身と白身を混ぜて、塩と胡椒とクローブで味付けしたものに牛肉を少し漬ける。それから小麦粉とパン粉をつけて小さく切ってから揚げる」という。

 ヴァンサン・ド・シャペルのものと牛肉を揚げるという点では同じだが、肉の部位がコートレットだとは明言されない上に、調理過程にも隔たりがある。

 コートレットの揚げ物の登場はフランスのものより半世紀遅く、フランシス・コリングウッドによる1792年出版の「一般的な料理」にある。

 これは「コートレットを半クラウン程度の大きさに切り、卵をつけ、パン粉と香ばしいハーブとレモンピール、粉末状のナツメグを塗して新鮮なバターで揚げる。それから小麦粉を炒めて肉汁と混ぜてグレービーソースを作り、レモンの絞り汁と共に肉の上にかける」という。ビールを使うから所謂イングランド風の調理法である。



 18世紀イングランドの料理書は前世紀と変わらず中産階級の主婦をターゲットにしているが、前世紀のものと異なり、ジェントルマン向けという意識が薄れていて、協力者リストの中にも女性が多く見い出せる。著者にも女性が多く、そして彼女らが少なからずイングランドの料理を向上させ拡張した。

 彼女らは主婦または寡婦であったり、家政婦であったり、或いは地方の宿の女料理人であったりした。18世紀の女性の識字率は30-35%ほどであり、前世紀比で三倍に増加していたというが、それがかなり裕福な層だけでなくある程度の裾野の層まで広がっていたことが判る。

 女性への家庭外における教育は清教徒革命の後に始まり、識字率を緩やかに上昇させていった。最初は都市部の富裕層向けであり、次第に周縁・中層へと拡大する。18世紀初頭には男女を問わない貧困層向けの初等教育が教会の手によって始められた。

 料理書の著者たちは横の広がりを利用するか、或いは血縁的な繋がりを利用して出版に漕ぎつけ、より購買力があるだろう識字率40-65%(初頭から世紀末までの変動)の男性ではなく、自分と同じ層や後輩に向けて料理本を提供した。

 イングランドの料理書は大体数年置きに出版されていて、フランスのものより推移が判り易い。


 1732年に書かれたリチャード・ブラッドリーの「田舎の主婦と女性の指南書」は、本の前書きで説明されているように、前時代的な指南書ではなく旅先の女性たちの調理法を叙述したものである。

 この中にはムノンの「ブルジョワの女料理人」よりも早くハトの揚げ物が登場する。

 「予め煮ておいた鳩を用意する。生ベーコンをパセリ、マジョラムまたはバジル、玉葱と共にみじん切りにして、塩胡椒で味付けし、鳩の身体に塗りつける。それから玉葱とクローブ、葡萄の汁、塩と共に、肉汁またはブイヨンに漬ける。仕上がったら、水分を抜いて溶き卵につけ、その後でパン粉の中で転がして包む。ラードを熱したら、それらを茶色くなるまで揚げる。パセリを添えて、煮汁と共に食卓に出す」


 インドカレーの作り方を初めて紹介したことやグレイビーソースの多用で知られ、18世紀イングランドで最も人気の有ったハンナ・グラスの料理書「平易で簡単な料理法」は1747年に出版された。その中に書かれるフリッターや他の揚げ物のレシピは従来のものばかりであるが、カキのフリッターや子牛肉のカツレツに最後の仕上げとしてグレービーソースをかけるという特徴がある。

 そのほかに鶏やハトのフリッターがあり「四つに切り分けて、1,2個の卵を溶き、ナツメグ、塩、パセリのみじん切り、パン粉の混ぜ物につけてから揚げる。小麦粉と肉汁でグレービーソースを作り、フリッターを皿に乗せてから、ソースをかける」という。

 この書籍は新大陸でも利用されたので、もしかしたらフライドチキンの元になったも知れないが、確実ではない。揚げ物にスパイシーさが加わるのはこれより半世紀後である。

 例えば前述のフランシス・コリングウッドの「一般的な料理」の中には唐辛子を使う揚げ物がある。

 それは「鶏肉を1/4に切り、卵につけ、パン粉、胡椒、塩、ナツメグ、レモンピール、パセリを塗して揚げる。小麦粉を炒めて肉汁と混ぜ、レモンの果汁、カイエンペッパー、きのこの粉末と共に肉の上にかける」という。



 フィッシュアンドチップスのうちの片割れは18世紀に存在したかもしれない。

 1734年のメアリー・ケテルビーによる「料理と薬と治療のための三百を越えるレシピ集」にある魚のフライはまだ、みじん切りにしてナツメグやパセリと混ぜ合わせてから卵をつけ、パン粉を塗してから十分な油で揚げるリソルのようなものである。

 しかし1769年の家政婦エリザベス・ラファルドによる料理書「熟練した英国の家政婦」、1777年のシャーロット・メイソンによる「食卓の規則と提供のための補助」には、溶き卵とパン粉をつけて揚げる魚料理フィッシュフライがある。

 「熟練した英国の家政婦」において「魚を揚げるときには、まず綺麗に洗ってから、布で乾かす。それから小麦粉で表面を覆うか、或いは卵とパン粉を擦り付け、茹でておいたラードもしくは牛脂の中に入れて揚げる」

 「食卓の規則と提供のための補助」でも同じように作るが、こちらではカレイやマス、ワカサギというように魚名を挙げているほか、最後にアンチョビーソースをかける。

 まだビネガーをかけないので、イングランドの伝統料理になるにはもう少し年月がかかる。


 1773年にグリニッジのグレイハウンド酒場兼宿屋タヴァーンの主ジョン・タウンゼンドが書いた「一般的な料理」にも卵をつけ、パン粉を塗す鯉のフライがあり、こちらはアンチョビーソースとレモンの果汁をかける。


 そのほか「熟練した英国の家政婦」には他にラズベリーのフリッターがあり「食卓の規則と提供のための補助」には第10部分に書いた夜明けや剣玉のフリッターがある。

 フランスのムノンの著作「新しい料理法」の中にあるフルーツやストロベリーのベニエが、フランスで学んだイングランドの料理人ウィリアム・ベラルによる1759年の料理書「料理法の完全体系」にフリッターとして書かれているので、その二次的な影響だろう。

 コロッケの採用はもう少し遅いようで、18世紀までのイングランドの料理書には見当たらない。

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