どろどろまっくろくろ
私は彼女が嫌いだ。大嫌いだ。
彼女の名は、五十嵐 ハナ。
このクラス、いや、この学校のマドンナである。
容姿端麗、学業優秀、運動万能。
名の通り、華のある人物なのだ。
艶のある焦げ茶色のショートヘア。雪のように白いふわふわの肌。くりくりしている少し垂れた瞳。女子高校生にしてはかなり小柄。まるで小動物のようで、思わず抱きしめたくなる。
彼女は、かわいい。
噂ではあるが、彼女は学年の中でもずば抜けてテストの点数が高いという。彼女は全教科、抜かりなく点を取る。
彼女は、成績がよい。
女の子らしい見た目とは裏腹に、運動が得意である。去年の体育祭では大活躍していた。
彼女は、運動ができる。
それに比べて、私はどうか。
私は負けず嫌いだった。何もかも一番が良かった。顔に自信は無かったが、頭の良さや運動についてはとても自信があった。
なぜなら、人からよく褒められていたから。
「もっと褒められたい。」
その一心で、私は努力をしていた。どんなに辛いことだろうと、人に自分を認められるためならばいいと思っていた。
小学生のときは、クラスを仕切ることが好きだったり友達の相談に乗ることが好きだったということもあり、お姉さんキャラとしてクラスの中心に立つ存在だった。
担任の先生にも一目置かれていた。
そんな自分に過信しすぎていた。
高校生になって、努力をしなくなった。もう十分だと思ったから。
そのとき私は、誰からも褒められなくなった。誰も、私という存在を認めてくれない。
このとき私は初めて、自分自身に失望した。
それから、私のモチベーションやプライドがなくなった。
彼氏や派手な女友達はいらないので、化粧はしない。勉強も小学生の頃よりしなくなった。休日は、朝にマンションの駐車場で走る練習をしていた小学生時代とは打って変わり、一日中家にこもってテレビを見る。
けれど、私は心のどこかで誰かに助けを求めていた。
何もない、大きな海の中心で、ひとりぼっち。
そんな孤独な世界にいれば、きっと誰かが心配してくれて、助けに来てくれる。手を差し伸べてくれる。
そう、思っていた。
そして高校生活3度目のクラス替えで出会った、五十嵐 ハナ。
彼女は何もかも完璧だったため、全校の注目の的だった。
私と彼女は何もかもが正反対。
彼女は愛想がよく、誰からも愛されている。存在が認められている。
対して私は、無愛想で誰からも愛されない。存在が認められていない。
…こうやって、わざわざ勝ち目の無い彼女に挑む自分が嫌い。
やっぱり、彼女が嫌い。大嫌い。
ほら、今日も。
「あ、泉さん、消しゴム落としたよ」
私をそんな目で見つめないで。
そんな真っ直ぐ、キラキラした目で見つめないで。
何も悪いことしてないあなたに、殺意が湧いてしまうから。今すぐにでもこの教室の窓から落としてやりたい。
「ありがとう、五十嵐さん」
「うん」
私は彼女が好きだ。大好きだ。
ちなみに、ライクの方なのかラブの方なのかは、自分でもよくわからない。
とにかく、私は彼女に興味がある。
彼女の名は、泉 スズコ。
窓際の一番後ろが彼女の席で、授業中はいつも窓から外を眺めている。
容姿端麗、学業優秀、運動万能。彼女は何もかも完璧だった。
艶のある真っ黒な長い髪。健康的で綺麗なお肌。切れ長の黒目がちな瞳。女子高校生にしてはかなり大柄。とても大人っぽく、女子からモテるタイプである。
彼女は、美人だ。
テストでは、理系分野で点を稼ぐという。文系の私にとって、彼女は憧れの存在。とてもカッコ良い。
彼女は、頭が良い。
彼女はとても足が速く、去年の体育祭ではリレーの選手を務めていた。ああ、なんてカッコ良いのだろう。
彼女は、運動ができる。
それに比べて、私はどうか。
私は根暗だった。自分に自信がなかった。得意なとこが何一つなく、誰の役にも立てない。言われなくても、自覚していた。
なぜなら、人から褒められたことがなかったから。
「誰かに認めてもらいたい」
そうは思っていたけれど、なかなか行動に移すことができない。努力の仕方がわからなかった。
小学生のときは人見知りだった。休み時間には、一人で読書したり絵を描いている大人しいキャラで、クラスの影に潜んでいた。
たまに担任の先生にも忘れられてしまうくらい、影が薄かった。
このままじゃ、駄目だ。
そう思った。
高校生になって、努力をするようになった。少しでも自分を変えたい、その一心で。コツコツ続け、誰もが私を見てくれるようになった。
このとき私は初めて、自分自身に自信がついた。
それからは、モチベーションやプライドが上がりっぱなし。
まだ彼氏を作るつもりはないけれど、周りに馴染むために化粧はする。勉強に力を入れる。そして人と接することも、苦手じゃなくなった。時が経つにつれ、友達がどんどん増えていく。昔の自分とは大違い。
けれど、私は心のどこかで誰かに助けを求めていた。
周りから期待され、私を乗せた小さな船に知らない人達の大きな荷物がどんどん乗せられていく。苦しい。辛い。もうすぐ沈む。
けれど、辛くなっていく分、誰かが私を認めてくれるようになる。
そう、思っていた。
そして高校生活3度目のクラス替えで出会った、泉 スズコさん。
彼女はクラスでも目立たない存在だったけれど初めて目にした瞬間、私は心を奪われてしまった。いわゆる一目惚れ。ライクかラブかはよくわからない。
私と彼女は何もかもが正反対。
彼女は自分を持って生きている感じがする。凛々しいというか、何というか。とてもカッコ良い。
対して私は、八方美人で、自分を持っていない愛想振りまきロボット。
…改めて、彼女の良さに気づく。それと同時に、自分の悲惨さにも気づく。
とにかく、やっぱり、彼女が好き。大好き。
ほら、今日も。
「あ、泉さん、消しゴム落としたよ」
「ありがとう、五十嵐さん」
私をそんな目で見つめないで。
そんなに真っ直ぐ、真剣な表情で見つめないで。
照れてしまうから。ああ、顔、赤くなってないかな。バレちゃったら引かれちゃうよね、多分。
「うん」