洞窟
嵐は滝に打たれるような激しさに変わる。
私は猿子を抱えぬかるんだ地面を走り、洞窟に入る。
「はあ、着いたか」
何も見えん、私の息遣いが響くということはかなり奥があるようだな。
迷うやもしれん、ここらで足を止めるか。
私は足を床にこすり付けた。
砂利が多少あるがここは降ろしても大丈夫そうだ。
私は安全を確認した床に猿子を降ろした。
にしても足が折れたのに叫びもしない、痛みはないのか。
ということはこいつら、痛覚がないからあんな化け物染みた力を持っている訳か。
「ん!」
猿子は折れた足を何度も叩いた。
動かぬ足、さぞかし気持ち悪いだろう。
猿子は諦めたのか仰向けに寝転んだ。
今の私には何もできない。
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猿子程小さな時、私はいつも泣いていた。
灰色の頑丈な城壁に囲まれたタステット城。
その寝室、カーテンの着いたベッドの上で私は泣いていた。
兄のマズルとの武稽古で私は毎日ボロ負けしていたからだ。
そんな毎日にへこたれなかったのは私の母、女王サランが私が寝るまで寄り添ってくれたからだ。
母は朝昼と今は亡き父のダワンと共に国政に勤しみ、私は会うことは出来なかった。
こうして夜、慰めてもらうのが私にとっての幸せだった。
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私は母のように子守唄など出来ない、だけどせめて隣に。
私は隣に寝そべり、猿子のおなかを優しく叩いた。
「ん?」
何をされているかわからないか。
叩くのを止めようとすると、猿子の小さな両手が私の手を握り締めた。
握りつぶすような強さではない、けれど力強く、私の手を握る。
しばらくすると洞窟に猿子の寝息が響いた。
寝たか、まったくこんな嵐の中よく。
私は嵐が止むまで起きようと数分がんばったが睡魔に勝てず寝てしまった。
「ダワンド様、お目覚めになってください」
この声、たしか私の側近だったマユル。
よなよなしたガリガリの女だがマラカッサでは文官として上の下ぐらいの才がある。
先の大戦を兄と均衡させるまでの戦いにしたのはほかでもないこの女だ。
だがあいつは私の失態の前日、知ってたかのように兄に鞍替えした。
流罪執行の時、マユルは
「死刑は免れるよう根回ししてあげたから後は運しだいだね、がんば!」
と私に話しかけた。
そう彼女が私を陥れたのだ。
そんなマユルは今頃それなりの地位に居るはず、
こんな所にいるわけがない。
はあ、変な島で変なやつらに会って、嵐に会っておかしいこと続き。
私はおかしな夢を見ているのだろうか?
なら夢なのになぜ幻聴が聞こえる、おかしすぎてもう考えたくない。
このまま寝よう。
「ん!」
「猿子!?」
私は猿子の声と共に勢いよく立ち上がった。
「助けてくださ~い」
私の目に飛び込んだのは倒れこみ、猿子に首を絞められているマユルの姿で会った。