まぜてよ☆ヒーローショウ!
「学園祭まであと一ヶ月を切りました。クラスや部活の方は先生や顧問の方がみているから大丈夫ですが、個人で出し物を考えている生徒はそろそろ準備を始めないと当日に間に合いません」
今は放課後前のHRの時間で、担任の先生が教壇で話をしている。僕は、学園祭かー楽しそうだなーと、ぼんやり話を聞いていた。楽しそうだけど特に参加するつもりはないので、ほとんど他人事みたいだ。
「プログラムなどの企画は順序も考えて作られるので、生徒会に迷惑のかからないように参加届けを出した人はちゃんと――わたる? 聞いている?」
「えっ? は、はい」
「そう。あんまりぼーっとされると心配で。」
「すみません…」
急に指されてびっくりした。駄目だな。気をつけないと。
「まあ皆は多分大丈夫だと思っていますが、一応。それじゃあ起立。礼」
みんなでがたがたと音を立てながら立ち上がり、礼。
急に騒がしくなるなか、帰り支度を手早く済ませる。
「さて、図書室に寄ろうかな…」
「あっ! わ、わたる!?」
教室から出ようとしたところを呼び止められた。
「もう帰るの? クラスの出し物少しは手伝ったら? ……い、一緒にやってあげるから」
すこし上からものを言ってきたのはちずだった。ちずは比較的仲の良いクラスメイトで、いつもぷんすかしながら何かと僕のことを気にかけてくれる可愛い女の子だ。
「いや図書室に寄ろうかなって。えーと、うちのクラスは展示だけだし……別に僕は居なくても良いんじゃない……かな?」
「あ、……そう。……じゃあ私も図書室に行く」
「え? ちずも?」
「何よ私とは嫌だっていうの!?」
「あ、いやそういう訳じゃなくて」
ちずは今みたいにすぐ大きい声をだすから図書室は迷惑がかかるんじゃないかな。
「じゃあなんだっていうのよ。まったく」
でもそんなことを言ったらまた怒られるし、取り繕っても墓穴を掘りそうなので曖昧に笑ってごまかした。
教室を出て、まだ生徒がたくさんいる廊下を一緒に歩く。ちずはまだ少し疑っていそうな雰囲気だけど、そのうちに直るだろう。僕の足音はどうにも静かで、ちずの足音だけ廊下の床とこすれてキュッキュッと鳴っている。
不意にちずが口を開いた。
「あのさあ、学園祭なんだけど……わたるさ、どうするの?」
僕は質問の内容が漠然としすぎていて答えられずに、だけど無視するとまた機嫌が悪くなるので顔を微妙にちずの方に向ける。
ちずは心持ちあごを引いていて、ちらっとこっちを見てまた視線を元に戻した。
「わたるが、と、当日誰かと一緒に回る予定とか、その……。な、無いなら」
「あー、当日って。が、学祭とか僕ちょっと…に、苦手…だし…」
***
だから図書室で本でも読んでいようかなって。そう言おうとしたんだけど、いや「室」くらいまで言ったんだけど聞こえてなかったみたいで。
ちずは突然激昂したかと思うと、「わたるのくせに生意気!」と怒鳴ってそのまま一人で帰ってしまった。
「なるほど」
「なるほどー」
「なるほど。話はわかった」
あの後。
ちずが帰ってしまってから図書室で、自分のどこがいけなかったのか一人反省していたら、つばさくんに何かあったのかと声をかけられた。だいぶ深刻そうに見えたらしい。ゆりあちゃんやまきちゃんなどの女子もいたので、どうしたものかとつい相談してみてしまったのだ。
「ほんと? どうしてちずはいきなり怒っちゃったのかな…」
「さあ? 女はフクザツだからじゃないか?」
「ええ? 解決してないよつばさくん…」
僕の話を聞き終わったつばさくんは、まるで興味を示さず適当に話を切り上げてしまった。
「そんなことよりわたる。いやグリーン! 一緒にヒーロう!」
「そんなことって……え? グリーン、ヒーロ……?」
「一緒にヒーローやろうぜ!」
「ああ、えーと、え?」
そういえばつばさくんはまだヒーローへの憧れを捨てていないんだった。そして時々それが暴走する。
脇からゆりあちゃんが補足を入れてくれた。
「学園祭でヒーローショーをするので、一緒にしませんかって。一人足りないんだってー」
なるほど、声をかけられた理由はこれか。彼は僕の悩みなんか最初からどうでもよかったんだ。ゆりあちゃんの補足に満足しているのか、つばさくんはうむうむと頷くばかりで僕の反応をうかがう様子もない。
「ぼくは舞台下からつばさくんのヒーロー見ていたいな」
「いやー、そうかー? よせよ照れるぜい」
つばさくんは、別に僕がなにか褒めたわけでもないのに勝手に照れている。
「というかそれより、今はちずの話でしょう」
話を引き戻してくれたのは、まきちゃんという黒髪のおかっぱの似合う可愛らしい女の子だ。どんぐりのような目をして、どうしてなかなか、毒を吐いたりする。
まきちゃんの言葉で思い出したようにゆりあちゃんが僕を非難しはじめた。
「そうだったー。わたるくんひどい!」
「そうね。クズなの?」
いきなり女子二名に非難されて、訳も分からず困惑する。
「ひどいって…なにが?」
「なにが、って。そりゃあ。駄目だよー、女の子の機微は察してあげないと」
「おいおいちょっと待てよ。たまたま、ちずの虫の居所が悪かっただけだろ? そんなにわたるを責めんなよ」
つばさくんからの助け舟が入ったけれどあまり効果は無い。
「その虫の居所が悪い理由を考えて気遣うのが男の仕事でしょ」
「そりゃコクってやつだろ。あいつ、いつもわたるには理由無く怒ってるじゃん」
「理由は、……はぁ」
「なにかあるのか?」
まきちゃんは黙ってそっぽを向いた。つばさくんは、なになに? みたいな顔で僕とまきちゃんを交互に見ている。
「とにかくさ、わたるくん。ちずちゃんはわたるくんを、学園祭一緒に見て回らないかー、って誘ったんだよ」
「え? そうなの?」
「そうだよー。多分。きっとそうだ」
それでもちずが怒った理由がわからない。
「じゃあどうしてちずは怒って帰ったんだ? わたるが断った訳じゃあるまいし」
つばさくんが僕の疑問を代弁する。
「それが断ってるから怒っているのよ。何から何までゆりあに説明させるつもり?」
「ええ!? 断ってなんかいないよ僕!」
「断ったつもりじゃなくても。ちずはそう感じたんでしょ」
「そうそう。多分わたるくんの「学祭が苦手」って言葉にね」
「そんな……。それ勘違い……」
「ドキドキで誘ったんだもん、勘違いもしちゃうさ!」
え? なにそれ。
そこでつばさくんが、思いついたように(多分思いついたのだろう)言った。
「よしわたる。罰としてお前はヒーローグリーンだ!」
僕はつばさくんを味方だと思っていたけど、つばさくんとしてはこの話題はどうでもいいらしい。
とまあ、そんなようにして僕のヒーローデビューが決定したんだけど。とまあそんなように、じゃないよね。
それであれから二日が経過していて、未だにちずには謝れていない。なんだか僕を避けて過ごしているみたいなので、謝ろうにも謝れないのだ。それは寂しいし悲しい。うーん。
でもそれより目先の問題がある。今は放課後で、空き教室を借りてショーのメンバーが集まっているんだけど……。あのさ、罰ってヒーローショーと関係ないしちずの機嫌が直る訳でも無いしそもそもそれは罰なのかな? そもそもつばさくんが罰を下す理由はないはずで……。
「わたる。諦めたら良いんじゃないか?」
今後を憂いて、ぶつぶつ考え事をしていた僕を現実へ引き戻してくれたのはたくとくんだ。ブルーをやるらしい。
「うぅ…。たくとくんはどうしてブルーをする気になったの?」
「は? なんだって?」
「? つばさくんがヒーローブルーはたくとくんだって」
「あ、ショーの話か。俺ブルーなの?」
え? 違うの?
僕に聞かれても困ってしまう。どうして本人が知らないの?
「いや。ブルーはそうたさんだと思ってたから、俺には別な色が宛てられるのかと」
そうたさん?
「ふーん? とにかくさ、どうしてショーに出ようと思ったの?」
「え、いやまあ別にそのゆ…がっていうか、つばさが馬鹿しないか心配で二人の関係が不安な訳ではなく何かといえばなくてはならないえーその、なんだ。ちょっと気まぐれで出ることにしたんだ」
早口に言い過ぎて何をしゃべっているのかよく分からない。でも、なんだか必死なので聞き返さないで頷いておいた。
「わたる! たくと! 大変なことがわかってしまった!」
つばさくんは台本を読んでいて、珍しく静かにしていると思ったら大変なことを発見したらしく、またうるさくなってしまった。
「お前発言が頭悪そうだぞ」
「なあに? 大変な事って」
ゆりあちゃんがまきちゃんとのおしゃべりを中断して尋ねる。
「ああ…ヒーローが五人もいると台本が難しいんだ。三人に減らそうと思う」
「ふうん? 五人だと舞台は大変なの?」
大差ないと思うけどなあ。
「ばか、お前台本書いて見ろよ。ヒーローものじゃあ五人は面倒だ」
「え。か、書いて見ろよ、って。台本はつばさくんが書いてるの?」
「あたりまえだろ! レッドの俺が一番映えるようにな!」
すごいなあ。いくらやりたいからって台本まで書くなんて。
「まあ三人にするのは良いけどさ、誰と誰を削るんだ?」
「人数を減らすことで俺がさらに目立つんだぜ!」
会話になっていない。でも、そうだ。僕は舞台に出なくてすむかもしれない。そうあるように望んだところを、その願いはあっさりと打ち砕かれた。
「ゆりあとたくとが抜けるわ。ヒーローは私とつばさとわたる」
まきちゃんは何を思って言ったのだろう。困ったことに誰からも異論は出なかった。つばさくんは「わかった!」と言ってまた台本と向かい合ってしまう始末。自分以外のヒーローなんか誰でもいいといった感じだ。
僕のヒーローデビューは順調だなあ……。
***
ショーの練習って言われても何をするのかよくわからなかった。もちろん、漠然としたイメージはあるのだけど具体的に何を練習するのか聞かれたら答えられない。
で、取り合えず台本を読むものなのかなあ、と。まずそこからだよなあ、
そんな軽い気持ちでいたけど、違った。それ以前だった。
僕は、声があまり大きくないから発声の練習をしなければいけないらしい。それがなかなか恥ずかしいのだ。教室で声をだす練習ってだけですごく恥ずかしい。しかしつばさくんはそんなことにはお構いなしである。元気一杯やっていて、「正義は必ず勝ぁーつ!」……僕の声なんか打ち消されてしまう。廊下を誰かが通るたびに笑われるような気がして、どうしても大きな声が出せない。
まきちゃんは、なんだろう。あまり恥ずかしくないのか普通に発声練習を行っている。まきちゃんは音こそあまり大きくないもののよく響く声をだしている。大きくなくても、響けばある程度は補えるらしいので学校レベルの舞台には十分な声量なんだそうだ。声は大きいに越したことはないからと皆で発声をしているけど、そこに課題があるのは僕一人。あー、えー、いー、うー。
劇には体力も必要ということで明日からは走り込みをし、帰ってからは滑舌を鍛えるために早口言葉やなんやかんやをすることを宿題にされた。ぶっちゃけ走り込みなんかいらない気がする。そんなこと口にはしないけど……。
それから毎日忙しい。朝から集まって発声と台本の読み合わせ。放課後ももちろん練習する。紅葉で赤と黄色満載の道を、2キロ弱走ったあとに発声と読み合わせ。この2キロが案外長くて辛い。昼休みくらい休めるかと思うけどそうでも無い。何はせずとも、この期間借り受けている空き教室に集まるのだ。行かないとつばさくんがうるさい。それに休日だって返上でやる。休日は午後からだけど、いささかつばさくんが元気過ぎるような……。
そしてこの一か月近くの間、ちずに謝ることもできていない。授業の合間の小休止だとちずには逃げられてしまうし(昼休みでも謝る時間が取れるか分からないけど)、たまたま廊下で会っても僕をいない者のように扱うし、携帯電話は着信拒否だ。着信拒否には本当にショックを受けた。僕、嫌われちゃったのかなぁ……。ちずに嫌われているのはなんだか辛い。
でもそんな日々もあっという間に過ぎていって、学祭は明日明後日というところまできている。この一ヶ月の間、日付が飛ぶように過ぎて行ったのは、まがりなりにも充実してたからかな。あんまりうれしくない充実だったなあ。
ああ。もうすぐに学園祭が始まる。
学園祭とか大きなイベントは苦手だけど。人込みとかあまり得意では無いけど。それでもちずと一緒に楽しみたいなあ……。
どうか。
ちずを、うまく学園祭に誘えますように。
***
部屋のカレンダーを見て学祭が明日だと気が付いて、わたるに断られてからひと月も経つのかと驚いた。
明日か、学祭。つまらない。こんな学祭つまらない。わたると一緒に見て歩きたかった。一緒に学祭どうですかって誘った。当然一緒に回れるようになると思っていた。ところがどうだ、あっさりと断られて。何あいつ。いらいらする。わたるなんだから、ぜひよろこんで! って尻尾を振る勢いで誘いを受けるべきじゃないの? いらいら、むかむか。もう長いことわたると会話していない。こんなに長い間しゃべらないなんて自分でも予想外ではある。
変な意地張ってるのは分かってる。学祭とか関係なく普通に接してれば良い。普通に。だけど無理。わたるを見ると、断られたときのことをどうしても思い出してしまう。それで、結局わたるを避ける。避けて過ごしてきた。電話の着信拒否までして。だってなんかむかつくんだもん。もし着信拒否にしていなくて、電話がかかってこなかったら? だったら、最初っからかかって来ないようにしていた方が良いし、メールだって同じだ。
でも、はあ…。わたるがいないと学祭どころか学校も楽しくないよ……。わたる、誰と学祭回るのかなあ。学祭前日で学校は休みだし、いま何してるのかなあ。やっぱり、メール、してみようかな。
そんな勇気はないけど……明日は嵐でもこないかな。いっそ、いろいろ中止になればいいんだ。
だんだん、何でわたるを避けているのか分からなくなって来る。そう思っても本人を目の前にすると逃げてしまうのだ。もう一度拒否されるのが怖い。また傷つくのが怖い。
どうしたらいいのかな……。
体育座りで椅子の背もたれをぎーこぎーこやっていると、
ぴろりろりん♪
携帯電話からメールの着信音が流れた。初期設定のままなのであまり可愛くない。こういうところが駄目なのかな。可愛い音とか、流行の着メロなんかに変えてみようかな。
ベッドに倒れこみ画面を見ると、まきからのショートメール。すこしがっかりする。わたるが誘ってくれるのかなって期待して、けれど違う。
《明日の学園祭でヒーローショーをやるって言ってたじゃん■
客席から人質が欲しいから、ちずやってくれない?■■》
なにか血濡れの斧やらドクロやら、不適切な絵文字がついていたけれどいつもの事なので気にしない。
「別に……どうせ、どーせやること無いし。いっか」
個人へ向けた皮肉は当人が耳にすることは無く。
《おっけー、良いよー
具体的に何するの?》
《ありがと!
客席の最前列にちずの席を用意しておくからそこに座ってもらえれば■大丈夫!
あとはなんとなくでOK■》
《わかった》
《ありがとう!■■■ お礼に楽しい学園祭を約束するよ■■■》
絵文字いっぱい。
まあ。やることができたから時間潰しにもなるし。気も晴れるだろう。
そうだ。明日はまきと一緒に行動しようかな。そうしよう。楽しい学祭か。うん。
***
私はベッドの上で、よしとか、うんとか自分を励ます言葉で一晩過ごしてなんとか学園祭にやってきた。結局辛いのだ。まきの気持ちはありがたかった。でも、なんとなく憂鬱な学祭。しかしまきには別の考えがあったようだ。
「食らえッ! ヒーローキーック!」
ダサい。客が笑っているところを見るとウケ狙いなのだろうか。
「必殺! ヒーロータックル!!」
まきに文句が言いたい。聞いていないのだ。重要なことを。
「とどめだあッ!! ヒーローシュートおッッ!!」
シュートと言いつつ殴るレッド。というか必殺のあとにとどめをさすのか。
じゃなくて。
わたるがヒーローやっているなんて聞いていない。というかなんでやってんの。まきは、私とわたるの状態を知っていたはずだ。何から問い詰めたものか。
しかし頼まれた以上、投げ出してどこかへ行くわけにも行かないし困ってしまう。
困った困ったとまきにいう文句を考えていてストーリーをよく聞かずにいたら、いつの間にやら物語は山場に差し掛かっていた。技名を叫んでいるということは、おそらく終盤なのだろう。
舞台の上から、敵役の生徒会役員がいなくなった。そこでまきの演じるヒーローブラックが寝返る。最初の方で、赤と諍いになっていたのが伏線だろうか。わたるに気を取られてよく見ていなかったから、争っていた理由は覚えていないが対したことではなかったように思う。
「ふはは! これが私の正義だ!」
ひらり。と舞台から下り、人質もとい私を攫うブラック。
「ブラック! おのれ卑怯な!」
「おおっと、レッド、動くなよ」
まきに軽く拘束されたままゆっくりと舞台へ上がった。わたるが驚いた顔をしているので気分が良くなる。くちをぱくぱくと、なにか言っているような気もした。
と。くるり、と回って。
一瞬のうちに目が白黒して何がなんだか分からなくなった。わたるの声だけが近づいていた。
***
一か月の練習の成果か、僕はなんとかステージでヒーローグリーンをやっている。
特に目だったミスもなく、順調に舞台は進行していた。内心がくがくだけど。
そのがくがくに慣れて来たところで、人質にちずが出てきた。こちらに冷たい視線を向けている……気がする。
でもそれはもしかしたら。なんだか、助けてほしいようにも見えたんだ。
ふと気がつくとちずが手中にいる。僕が抱き抱えている形で……、ブラックは……? いた。まきちゃんは近くに倒れている。僕はさっきまでブラックが立っていた位置にいて、つばさくんが向かいで固まっている。
……僕はなにかやらかしてしまったのだろうか?
なら、なら続けなくてはいけない。えーと、あれ? 何をすれば良いんだ?
そうだ台詞! 台詞何だっけ!? つばさくんは何て言っていたっけ!? そもそも今どういう状況なんだ?
一瞬パニックに陥るが適当な台詞を思いついた。
「せっ、正義は必ず勝ぁーつ!」
ちずを抱いたまま、拳を天に突き上げて叫ぶ。
台本と違うし終わり方としてめちゃくちゃだけど……いいかな。膝が笑っているのが観客にばれてないといいな。
幕が横に滑って閉じてゆく。誰かが空気を読んで幕を閉じてくれたんだ。閉幕に合わせて、喝采とまではいかなくとも、それなりの拍手が響きだす。
こういうのも悪くないかもしれない、少しだけなら。
完全に幕が閉じて。僕たちの会話が客席に漏れなくなってから。
「あのさ、ゆ、ちず…」
ちずは非常に気まずそうにしていて、僕を直視しようとしない。だけどその場にとどまっているのはちずも仲直りしたいからなんじゃないだろうか…。そう思いたい。少なくとも、嫌だったら体を離しているはずだ。
「おいわたる! どういうことだ!」
つばさくんが雰囲気をぶち壊した。空気を読めないって言葉の意味がなんとなく理解できた気がする。でもつばさくんの見せ場奪っちゃったし劇も台なしにしちゃったしなあ。
「つばさ、いーからお前は」
「こっちへ来なさい。今良いところなんだから」
たくとくんとまきちゃんが助けてくれた。……何故か二人とも怒っていない。たぶん、わざわざ仕組んでくれたのだろう。こんなふうになるとは思ってなかったはずだけど。あとでお礼を言っておかないと。
微妙な沈黙に耐え切れなくなったのはちずだった。
「……私帰る」
「あっ、ちょ、ちょっと待って!」
僕がもたついているからちずが痺れを切らしてしまったが、今しか謝るチャンスが無いのだ。いなくなってもらっては困る。
しっかりと、ちずの手を握った。
「……あ、あのさ」
学園祭は二日間。
秋の紅葉が彩るなかを、まだ一日以上も楽しめる。
少し寒い中、手をつないで……悪く無いんじゃないかな。