いつもあなたを見ている
「人は死んじゃったらお星さまになるんだよ。」
え?
ベッドの上で私を膝の上に乗せているお母さんが、私の髪をブラシでとかしながら急にそう言ってきた。
「お星さまに‥‥‥なるの?」
「そうよ、メグ。お星さまになってお上にいくの。」
「でも、死んじゃったら天国に行くんじゃないの?みんなそう言ってるよ。」
幼い私のこんな純粋すぎる質問に、お母さんはにっこりと笑って答えた。
「うん、そうね。でもね、天国に行くにはお星さまにならなきゃいけないのよ。」
「ふーーん。」
私は呼んでいた絵本をパタンと閉じて、お母さんの方へ振り返った。
「じゃあ‥‥‥‥お母さんももうすぐお星さまになるの?」
私の母は太陽のようなひとだった。いつも笑っていて、誰にでも分け隔てなく優しかった。私はそんな母が大好きだった。特に、私を膝に乗せて耳元で綺麗な歌声を聴かせてくれる時間は、私にとってこの上ない楽しみだった。母はまさに健康そのものだったのである。
ところが、私が5才の時母は突然病に倒れた。最初はただの風邪だと思って心配しなかった。そんなある日、
「ゲホっ、ゲホっ、ゲホっ。」
母がいきなり目の前で血を吐き出してしまったのだ。大丈夫よ、と言ってどんどん顔色を悪くする母を見ても、私はただ怖くて、泣き叫んでいるしかなかった。
しばらくして、父が仕事から帰ってきた。倒れた母を見た父は血相を変えて電話に向かった。いつもは冷静な父が取り乱しているのを見た私は、ますます怖くなった。
「ねえ、お父さん!お母さんどうしちゃったの!?ねえ、お父さん!!」
必死に父の膝元にすがって泣いている私に、父は冷たくこう怒鳴った。
「静かにしなさい!!!お前が泣いていると、母さんは死んでしまうぞ!!」
そのとたん私の涙は止まった。何が私の涙をとめたのかはわからないけど、でもその時私の何かが抜き取られた気がした。
病院のイスに座って待っていた私には、もう何も考えられなくなっていた。幼かったから、何があったのかさえわからなかったのかもしれない。ただ、今の私はお母さんがドアから出てきてくれるのを待つしかなかった。
「‥‥‥‥メグ、メグ‥‥‥‥‥」
お父さんの呼ぶ声で私は目が覚めた。あれ‥‥‥‥私、イスに座ったまま寝ちゃったのかな‥‥‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥お母さんは‥‥‥‥‥?」
「‥‥‥‥‥お母さんなら、もう心配ないよ。今病室にいるから会ってきてごらん。」
そう言うお父さんの顔はどこか悲しそうだった‥‥‥‥‥‥
お母さんは病室でベッドに寝ていた。お母さんの顔は健康な時のオレンジ色の肌と違って、今は青白かった。
「お母さん‥‥‥‥‥‥‥」
私がベッドに寄ると、お母さんはつらいのに起き上がってくれて私を抱きしめてくれた。
「ごめんね、メグ。心配かけて。」
「ううん、私は大丈夫!お母さんは?」
「お母さんも、大丈夫!元気もりもり!」
でも、そんなお母さんの顔は元気じゃなくって、無理して笑っていた。それは子供だった私にこそわかった事だと思う。しかし私はそれをあまり重く受け止めてなかった。
大丈夫と言っていたお母さんは、何日たっても家に戻ってこなかった。お父さんに聞いても、
「大丈夫、大丈夫。」
しか言わない。不思議に思った私は、お父さんにだまって幼稚園の帰りにこっそりお母さんの病院に行ってみた。お母さんの病室はなんとなく覚えていたので簡単に行く事ができた。
病室の前に来て、中をのぞくとビックリするような怒鳴り声が聞こえた。
「どういうことだ!!!史子が‥‥‥‥史子の病気がもう治らないなんて!!!!!」
これって‥‥‥‥‥お父さんの声!?どうしてこんなに怒鳴ってるの?何があったの?もっと知りたくてつま先立ちで中を見てみると、お父さんがお医者さんの衿元をつかんで怒鳴っていた。その後ろでお母さんが泣きそうな顔で静止させようとしていた。
「ですからね、ご主人。誠に残念ですが、奥様のご病気は現在の医療技術では完治する事はできません。それに、発見が
遅かったため余命は長くて3ヶ月‥‥‥‥‥‥」
そこまで言いかけると、お父さんがそのお医者さんをぶん殴ってた。
「あなた!もうやめて‥‥‥‥‥‥」
お母さんの必死に止める声で、お父さんは動きを止めた。そして悔しそうに「チクショッ!」と言って涙を流して床に座り込んだ。
うそ‥‥‥‥‥お母さん、もう長く生きられないの?もうすぐ死んじゃうの?そんなの嫌だよ!
私は耐えきれなくなってそこから逃げて行った。
お母さんとの楽しかった日々が頭をよぎる。このお母さんとお別れなんて‥‥‥‥そんなの絶対にイヤだ!
その夜、私は誰にもその事を言えずベッドの中で一人で泣いていた。
「お母さんももうすぐお星さまになるの?」
普通ならこんな質問、大人なら怒るだろうがお母さんは顔色一つ変えずに
「お母さんも‥‥‥‥‥もうすぐお星さまになるのね。でもねお母さん、ちっとも寂しくないよ。だって、いつもお空の上からメグやお父さんの事が見えるから。」
「でも、お話はできないんだよね?」
「確かに、お話はできないわね。でも、メグが下から話しかけてくれば答える事はできなくても、ちゃんとお母さんわかるからーーー。」
そう言うと、お母さんは一通の封筒を取り出して私に渡してくれた。
「これは、何?」
「それは、手紙よ。でもすぐに開けないでね。20年後‥‥‥‥メグが大人になったら開けてね。」
「どうして、今開けちゃいけないの?」
「それはね、これが20年後のメグへのお手紙だから。ね?」
お母さんはにっこり笑って私を抱きしめた。
「メグ‥‥‥。お父さんの事頼むわね。寂しがりやなのよ、あの人。」
そんな事言わないでお母さん‥‥‥‥。私の目からは大粒の涙がこぼれてた。
「うん‥‥‥‥。わかった。この手紙も、20年後の私に渡すね‥‥‥‥。今までありがとうお母さん‥‥‥。」
次の日、お母さんはお星さまになった。お父さんは一日中お母さんにすがって泣いていた。だけど私は泣かなかった。夜になれば、お母さんがお星さまになって出てきてくれると思ったから。お葬式の時も色んな人から同情されたけど、私はお母さんがいなくなったなんて信じなかった。だって、お母さんはいつも上にいるもの‥‥‥‥‥‥‥。
しかし、私の心が大人になっていくにつれてそんな事信じられなくなっていた。友達が「天国なんて無い」とか「死んでも星にならない」と言っていたからかもしれない。だから私はもう夜になっても空を見なくなっていた。
ーーーーーーーーーー20年後。私は25才の大人になっていた。職業は医者。なぜなったかというと、もう私みたいな子を出したくなかったから。お母さんがいなくなってしまう悲しい子を。
お母さんに”20年後に読んでほしい”と言われた手紙を、今私は開けようとしている。どんな事が書いてあるのだろう?期待いっぱいな気持ちで手紙を開けた。すると、なつかしいお母さんの達筆な字があった。読んでみると‥‥‥‥‥
『メグへ お元気ですか?お母さんは天国で元気に暮らしています‥‥‥‥‥なんて言っても、もう大人になったあなたはこんな事信じてないかもしれませんね。死んだ人がお星さまになるなんて。でもね、これだけは信じていてほしい。お母さんがいつもあなたを見ている事を。どんな時もあなたを見守っているよ。つらい時だって泣きたい時だって。あなたは独りじゃない。それだけを忘れないでね。もっと書きたい事はたくさんあるけど、全部書いたらキリがないからこれで終わりにします。いつまでも元気でね‥‥‥‥‥ お母さんより』
手紙の最後に小さな染みがついていた。お母さん‥‥‥‥泣きながらこの手紙を書いたのかな‥‥‥‥お母さん‥‥‥‥。
私はもう涙が止まらなかった。私、信じてるね。お母さんがいつも私を見ていてくれるって。だから恥ずかしくないように生きて行くね‥‥‥‥‥‥‥またね、お母さん‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥メグ、いつもあなたを見ている‥‥‥‥‥‥‥‥‥




