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短小説

行間を読め

作者: 征彌

「ちがう。何度言ったら分かるんだ」


 俺は大学入試を目前にして家庭教師を相手に最後の追い込みをしていた。

 やるべき勉強はひと通り終わらせたが、試験ではあと1点でも多く取って、何としても第1志望の学校に入りたかった。

 俺の得意科目は理系で、そっちのほうは高得点が期待できる。

 英語も足を引っ張らない程度の点は取れるはずだ。

 しかし、国語が。


 漢字に読みがなをふったり、ひらがなを漢字に書きなおすことはできる。

 だが、内容に関する問題、特に要約してまとめるのが苦手、いや、苦手を通り越して全くできないと言っていい。


「ここは「文章を読んで筆者の気持ちを10字以内で書きなさい(句読点を含めない)」だよな? なのに、なんだ、君の答えは!?」

 家庭教師はそう言うと、爪の先で俺が書いた答えを指した。


 トイレに行きたかった(10字)


「このエッセイにはトイレのトの字も書いてないじゃないか。10字が無理なのか? じゃ、倍の20字書いてそこから削ってみろ」


 俺はもう一度エッセイを読んで20字で筆者の気持ちを書いてみた。


 前日食べたカキに当たって腹痛がひどかった(20字)


「これは気持ちじゃないだろ? それにカキだってエッセイには出てきてない。なぜだ? どうしてそうなるのか知りたいから、今度は30字で書いてみろ」


 俺は再び作業に取り組んだ。


 前日食べたカキに当たって嘔吐と下痢を繰り返し、死にそうだった(30字)


「君は、僕をバカにしているのか?」

 家庭教師は机をドン、と叩いた。


「カキに当たった、なんてどこにも書いてないじゃないか。このエッセイは、正月の青空に揚がる(タコ)に未来の自分の姿を重ね輝かしい将来への希望を描いている。答えは「僕はさらに高みを望む」で、10字ピッタリでおさまるだろ? それが、どうしてカキだ? まさか「タコ」に引っ掛けて「カキ」じゃあないよな?」


「いえ。筆者はこのエッセイを書く前日にカキに当たったんです」

「どうしてそんなことが分かる?」


「エッセイの行間に筆者の心境がこもっているからです」

 俺は彼に説明した。


「カキに当たって吐いたり下痢の繰り返しでヨレヨレなのに、締め切りは待ってくれない。苦しいぜちくしょう、と思いながらたまたま窓を見たら、遠くでタコを揚げているのが見えた。よし、これで一本エッセイをでっちあげてやる。本当の天気は曇りだが、快晴ということにしていかにも正月らしいおめでたい雰囲気にしておこう。これがエッセイを書いたときの筆者の心の動きです」


 家庭教師は俺に要約問題を教えるのをあきらめた。


 そう。

 俺は文章を読むと内容を理解するのでなく、筆者がその文章を書いたときの心境を読み取ってしまう。

 だから、文章を読んで内容に則した要約をすることが全くできないのだ。


 そして試験本番。

 俺は要約問題には手をつけず他の問題を全答して、どうにか志望の大学に合格した。


 それから月日が流れ。

 大学を卒業した俺は就職し、今は業界で1、2を争うやり手と言われている。


 何の仕事かというと。


 俺は大手出版社で編集者をしている。

 売れっ子作家を多く担当し、彼らの書いた膨大な量の文章に目を通す毎日だ。


 文章の内容が理解できないのに、そんな仕事ができるかって?

 できるのだ、これが。


「あー、編集長。

◯◯は原稿料の値上げを要求してます。

それから▲▲は連載は無理です。次回以降のプロットを全く考えてません。

そして☓☓は、今、奥さんに浮気がバレて大変なことになってます。インタビューや仕事場訪問の企画はしばらく持ちかけないほうが。

あと、□□先生ですが。……もう潮時かと。作品にはまだ影響は出てないかもしれませんが、考えが支離滅裂になってきてます。後釜に据える作家をそろそろ見つけないとなりませんね」


 気持ちを汲んだきめ細やかな対応をしてくれる編集者として作家たちからは絶大の信頼を得ており、作家たちのスペックと賞味期限が分かるので会社の幹部からも重宝されている。

「出版界のカリスマ編集者」それが今の俺だ。


 そして。

 俺は後進の編集者や出版業界を目指すワナビたちにいつもこう言う。


「行間を読め。答えはそこにある」と。

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