一人一人が持つ色彩(後編)
この日からトオルはアニメクリエイターを目指し生きて行こうとするのだが、突然そんな横文字が頭の中に浮かび上がってもどうしたらいいか分からず、とりあえずパソコンで検索するなりして情報を得た。
偶然にも夏のキャンペーンで、ある会社でアニメ部門の新人発掘といううたい文句で作品募集をしていた。
無知識のトオルはとりあえずアニメの原稿を書き上げて、送ろうと考えた。
しかし、物語だけではなく人物像すら浮かび上がらない。
そんな日々が続き、大学は夏休みに突入した。
鈴本は夏休みを期にみずき荘に引っ越してきた。
理由を聞くと「みずき荘に惹かれて」とだけ答えた。
後々分かったことがある。
鈴本さんは元々両親と一緒に住んでいたが、いつまでも甘えたくないから土下座までして一人暮らしの許可をもらったらしい。
将来がはっきりしていないのに、一人暮らしなど許したくもなかったが、我が息子のそんな姿を見たら子供の要求に断ることはできなかったのかもしれない。
でも、両親は家を離れる鈴本さんに対してこう言ったらしい。
「もしお前のやりたいことが、最終的にボロボロになって、どうしようもなくなった時は何にも言わずに帰って来なさい。我が子を受け入れない家はないんだ」と。
数日後・・・
トオルは数枚の物語を記載した紙とその物語の主役人物達を書き上げ送った。
トオルは幼い頃から絵を書くのが好きで、鈴本が描く絵とはタッチが違い、漫画風な絵を書くのが得意だった。でも、最近のトオルは現実の重みに潰され自分の趣味さえもかき消されていた。
トオルは毎日、毎日下にあるポストを確認した。
サルはこの夏休みからバイトを始めとりあえず大学卒業後、お笑い養成所に通うためのお金を貯め始める。
サル曰く自分の趣味は自分のお金で支払いたいとのこと。
トオルは親のお金で趣味のアニメグッヅを買っているので、それを聞いて胸が痛んだ。
鈴本さんは相変わらず絵を描き続けている。
ナツはと言うと・・・この夏でさらに美味いカレーを作る研究をしている。
そんな個人個人の夏休みを過ごしている間にトオル宛てに一通の封筒が届いた。
トオルは部屋の中でその封筒を開封する。
それには応募した会社から結果通知のお知らせが書かれていた。
それを見てトオルの瞳から涙が溢れ出る。
初めて叩きつけられるこの苦しみとも悔しさともいえない感情。
大して努力していないトオルにとっては、当たり前の結果だ。
だけれども、今のトオルにはダメージが大きかった。
今、誰かに慰めて欲しい。
でも、こんな姿は見せたくないという男のプライドが邪魔をしトオルは一人で電気を消した部屋で泣いた。
みずき荘に長く住んでいるトオルは壁の薄さを知っているため、隣に住むナツに泣き声が聞こえないように息を殺しながら泣き続けた。
それでもナツの部屋そして耳にはトオルのすすり泣く音が聞こえていた。
次の日、溜まったゴミを捨てるためにゴミ袋を抱え出たトオルはナツと出くわす。
「あ・・・おはよう」とトオルが声をかけるとナツはそっとトオルを抱きしめ小さな声でゆっくりと言った。
「わたしは目標のある人が好き」
トオルはその言葉を告白とは取らず、慰めの言葉として取った。
その瞬間、昨日出し尽くしたはずのナミダがまた溢れ出した。
トオルはナツの華奢な体そして細い腕に包まれた。
この時、トオルの心の中で何かが大きく動いた。
「僕は彼女が好きなのかもしれない」と。