落ちている小銭はきっと誰かのモノ
トオルが通う大学・・・正確には花華陽大学という偏差値は日本の中では平均より少し上に値する。
そこで経済を専攻するが、特にこれと言って特別な理由はない。
とりあえず何かを選ばないといけなく、以前専門を選ぶ時トオルが一目惚れした相手が経済学を専攻していたから選んだ。そんな女性は今、退学しこの大学にはいない。
いつもは前に座り、真面目に先生の講義を聞くのだが今日は突然現れたナツのことで頭がいっぱいになり、比較的後ろの席に座り、頭を両手で押さえた。
「初っ端から悪い印象だったかな~。せっかくあんな可愛い女の子が隣に越して来たのに・・・はっ!いや僕にはミユキちゃんだけなんだ」とトオルが一人でぶつぶつ独り言を言っていると突然、隣から誰かが声をかけてきた。
「君、頭痛いのかい?」
「へっ?」とトオルが頭を上げて、横に振り向くと細い形の眼鏡をかけ背は高く知的な感じの男性が立っていた。
手には講義に使う教科書だけ持っていた。
「隣座ってもいいかな?」
「え?あ・・・どうぞ」
その男は静かにトオルの隣に座った。
「あーそうか俺いつもと違う席にいるから、後ろから見る光景ってなんか新鮮だな・・・」
トオルがそう想っているとまた男が話しかけてくる。
「君、いつも前の席に座ってるよね?」
「そうですね・・・」
「この授業好きなんだ?」
「いや、そういう訳でもないんですけどね・・・」
どうでもいいような話を少しした後、自己紹介が始まった。
「俺、鈴本和義よろしくね」
「僕は桜井トオルっていいます」
トオルは鈴本の見た目で年上と感じ敬語で話した。
「鈴本さんっておいくつなんですか?」
「21だよ」
「あ、それじゃ僕の一つ上ですね。でも、なんで2年生の授業に?」
「少し前にちょっとした交通事故を起こしてね、それでしばらく講義に出れなかった分を今、特別に出させてもらってるんだ」
「そうなんですか・・・」
「まぁ大した事故じゃなかったけどね、それよりさっき言ってたミユキちゃんって誰?もしかして彼女とか?」
トオルは目を見開き慌てながら、挙動不審に説明する。
「ミユキってのはそのーアニメのキャラクターで・・・」
「アニメ好きなんだ。」
「え、ん~まぁ~普通というかある程度は」
「隠す事ないよ。俺も絵を書くの好きで、この大学のサークルにも入ってるし」
「そうなんですか!?」
「なんだったら、講義が終わった後サークル見てみる?」
「いいんですか!?」
トオルと鈴本は講義の後、二階にある小さな部屋に向かった。
扉を開けるとそこには誰も居らず、道具も綺麗に整理整頓されていた。
「まだ誰も来てないんですね」
「いや、もう始まってるよ」と言い、鈴本は道具を取り出し始める。
そして、絵の具で汚れた布で被された絵を見せた。
トオルはその絵を見た瞬間、その絵の魅力に吸い込まれた。
言葉では表せられないその絵を鈴本は一人で書き上げたらしい。
「このサークルは僕だけなんだ」
「凄いですよ!鈴本さん!」
しかし鈴本は少し悲しそうな顔をして言う。
「でも、この絵は採用されなかったんだ・・・君がどんなに良いって言っても世間には通用しないんだ」
鈴本は一枚の紙をトオルに見せた。
その紙には、どこかの会社の名前と合否の結果が記載されている。
トオルはその紙を机に叩きつけ言った。
「僕はこの絵が好きです!どんなに誰が言おうとも!」
鈴本はその言葉を聞き、黙りながらその書き上げた絵をゴミ箱に捨てて笑った。
「何してるんですか!?」
「やっぱり君に声をかけてよかった。これからまた新しく書くよ・・・だから見ていてくれないかい?」
この日からトオルと鈴本は仲良くなり、この部屋は2人のたまり場になった。
トオルに友達が出来た。
まだ相談できる仲ではないのかもしれないけど、これから変わるかもしれない。
まだ気付いてないが、トオルの人生の道は少しづつ作られていっている。
そして、鈴本は約束した。
長い時間がかかるかもしれないが、思い出に残る作品を書き上げると。