Lv.1から始める恋愛ダンジョン
トオルは机の上にカレーが入ったタッパを置き、それと2時間にらみ合いを続けた。
「これはどういう意味なんだ?隣に引っ越してきましたからよろしくという意味なのか?だが、初対面で普通手作りのカレーを渡すか?」
トオルは携帯を手に取り、今の心境をとにかく誰かに伝えたかった。
「あれ、俺にろくな友達いなかった~!!こうなればブログだ!ブログに書こう!」
トオルは某有名サイトを開き、ブログを投稿できるページで指が止まった。
「あれ、俺のカテゴリーに恋愛の二文字がな~い!!いつもときめき絶対無敵少女隊のことしか書いてないから、急にこんなこと書いたら絶対にアクセス数が減るよ~」
トオルは突然、あることに気付きDVDレコーダーの傍に向かった。
「あれ、今日予約したよな・・・なのになんで電源落ちてんだ?もしかして停電した!?ときめき絶対無敵少女隊第27話を見過ごした~!!」
トオルは意気消沈し、床に寝っころがる。
首を横に向け、机の上にあるタッパを再び見る。
「とりあえず食ってみるか・・・」
少し気持ちが落ち着いたトオルは電子レンジに入れ、カレーを温めた。
昨日焚いた白米を茶碗に移し、スプーンを用意しテーブルの上に並べた。
「いただきます・・・」
一口食べた瞬間、トオルは雄たけびを上げる。
「この味は、実家の味とは違う!あの匂いとは裏腹にこのピリッとスパイスが効いていて美味い!」
トオルは二口三口と動くスプーンは停まらず、一気に平らげる。
「こ・・・これが女性のカレーなのか・・・」
初めて体験するカレーの味にトオルは再び床に倒れる。
「これは俺の神経回路を麻痺させる・・・まるで魔法だ」
お腹一杯になったのか、トオルはゆっくりと瞳を閉じ、眠りについた。
数時間後、トオルが目を覚ますと目の前には隣に住む女性がかがんでこちらをじーっと見ていた。
「うわっ!」トオルは驚き飛び上がる。
「ごめんなさい、何度もノックしたんだけど返事がなくて・・・それで」
トオルは頭を掻きながら笑って言った。
「いや~つい寝ちゃってて、何か僕に用があるんですか?」
その女性はテーブルに置いてある空のタッパを見て言った。
「カレーおいしかったですか?」
「え?あぁ・・・カレーね。はい、とても美味しかったですよ」
「そうですか・・・よかった」
この女性は見た目通り大人しい性格なのか比較的流調には喋らないんだなっとトオルは心の中で思った。
「あの~僕は桜井トオルと申しますが・・・あなたは?」と出来る限りトオルは自然と名前を聞きだした。
「わたしは星野夏です」
「ナツさんか~いい名前ですね。今の時期にピッタリで!」
「そうですか・・・」
トオルは小声で返答してくるナツに戸惑っていた。
なんとか話を繋げようとするトオルは視線に入る夕食の残骸を見て言った。
「ナツさんって料理上手なんですね!こんなに美味しいカレー食べた事ないですよ!」
ナツはニコッと微笑み言った。
「それ・・・引っ越し祝いで母が作ってくれたんです」
「えっ?」
ナツはそう言うと空のタッパを手に取り、トオルの部屋を去って行った。
一人残されたトオルの凍り付いているようだった。
「俺の味覚はおかしいのか・・・?」
部屋に残るナツの香りを嗅ぎ、トオルの脳は爆発する。
「そういえば、この部屋に入ったことのある女性っていなかったよな・・・」
トオルのテンションは上がり、この日一睡も出来ないまま朝を迎えたのであった。
次の日の昼、トオルは隣に住むナツに改めてカレーのお礼を言おうとナツのドアをノックした。
すると、白いパジャマ姿で目をこすりながらナツが出てきた。
「あっ!ごめんなさい・・・寝てましたか?」
トオルはとっさにナツから視線を外し玄関そして玄関から少しだけ見える部屋の中を調べた。
「靴は女物だけ・・・おそらく一人暮らしか」
挙動不審なトオルにナツは「何か・・・用?」と質問した。
「え~っと、昨日はカレーありがとうございました」
「いえ、どういたしまして・・・」
「え~っと、ナツさんは今日お仕事無いんですか?というか、おいくつなんですか?見た感じ年下っぽいから学生さん?もし良かったら、お隣同士仲良くってことで、敬語使うのとかどうかな~とか思っちゃったりして」
一生懸命喋るトオルの顔にナツは自分の顔を近づけ無表情で言った。
「個人情報を得て、桜井さんは何を企んでいるのですか?」
「え?あ、いやそういうつもりじゃあ・・・」
トオルは予想外の返答に焦り、とりあえず今の状況から逃げるために時計を見て言った。
「ごめん!僕、これから大学で授業があるから、何かあったらいつでも声かけてね!じゃあっ」と言いトオルは走って駅へと向かった。
ナツは目をこすりながら走るトオルをみずき荘の2階から見下ろした。
この時、トオルがナツに対して初めてタメ口を使ったのはトオル自身も気づいていなかった。
トオルは生まれて初めて心を開けそうな相手が隣に越してきたことをまだ知らない。