甘い果実と毒林檎
翌朝、僕はスーツ服のまま一階のおばあさんにお会いし、詳しく話を聞いた。
前々から決まっていたことだったらしく、僕たちの笑顔を見ているうちに言い出せなくなり立ち退きをしないように相談したのだが、向かうにも色々あるらしく頭を下げる姿を見ると断りきれなくなったらしい。
とりあえず来年の2月までは、住むことが出来て、また次の家も一応用意はされているらしかったが、僕はその移住を断った。
ここにいるみんなと会う意味があるのは、このみずき荘があるからであり、他の住まいでみんなと仲良しごっこをする発想は、まずありえなかった。
僕は階段を上がり自分の部屋に戻ろうとしていた時、ナツが僕を待っていたのかタイミングよく扉を開け出てきた。
昨日の事もあり、僕は目を合わせることが出来ずにいた。
「トオルはどうする?」
僕は、足元を見て言った。
「どうするもなにも、時期が来たらここから離れるしかないだろ?」
「リンはその時期は、ちょうど故郷に戻れるから関係ないって言ってた」
「あぁ、そうか・・・」
まだなかなか上手く返事を返せず、昨日の事を引きずるつもりはないのだが、どうしても昨日の自分を繕ってします。
発する言葉がすべてマイナスな発言になる。
それでもナツは気にしないようにしているのか、喋り続ける。
僕は朝からこんな会話はしたくないかの様にある話をして終わらせようと思った。
「なぁ、ナツ・・・」
「なに?」
「あの時、公園で言った言葉覚えてる?」
「覚えてる」
「まだ、嫌い?」
「うん、嫌い」
どうしてと訊ねる前にナツの言葉の続きを聞いた。
「だって、トオルには愛が感じられないから」
占い師や心理学者じゃあるまいし、何を言ってんだとも思った。
「僕は好きだよ」
この言葉は今の僕にとっては、すぐに言える言葉になっていた。
「うん、知ってる。でも、それが感じられない」
「口だけで言っているてこと?」
「そう」と言うとナツは振り返り自分の部屋に帰ろうとする。
僕は最後に「何が足りないんだ?」と言ったが、眠かったのかナツは黙って部屋の中へと入って行った。
僕も頭を傾げながら、部屋へと戻った時、部屋にリンが腰に手をあて僕の帰りを待っていた。
「どこから侵入したんですか?」
「窓だ。こんな部屋誰でも侵入しやすいから、注意するんだな」
「もしかして外での会話も聞いていたんですか?」
「この家の壁は薄いからな・・・メガネの部屋まで聞こえていたんじゃないかな」
トオルは手を額にあて、靴を脱ぎハンガーを使って上着を壁のでっぱりにかけた。
「お姉さまは、ここから出るんですよね?」とナツから聞いたばかりの話をリンに振った。
「あぁ、仕事が終わり次第だがな。そうは言ってもここに住めるまでの時期くらいにはなるだろうがな・・・貴様はどうするんだ?」
「僕は大学の寮に住もうかと・・・」
「あいつらもか?」
リンはテーブルの上に置いてある急須の中に多少お茶が入っているのを確認すると、湯飲みに冷めたお茶を入れた。
「さぁ・・・どうするんでしょうね」
トオルはネクタイを外し、クローゼットからジャージを取り出しながら言う。
「喧嘩しているのか?」
何もかも知っている姉に対しトオルは素直に言う。
「さぁ・・・あれは喧嘩と言うんでしょうかね?」
「仲直りしたいのなら、早めにしとけ!もう半年くらいしかここは存在しないのだからな」
「そうですね・・・」
「なんだやけに素直だな」
「そうですか?」
「なんか不気味だな」
「人の部屋に勝手に入る神経してるほうが、不気味ですよ!」
そう言うとリンはクスッと笑って言った。
「やっぱりそれがお前らしい」
トオルはため息を吐き「僕疲れてるんで、帰ってもらえますか?シャワーも浴びたいし」と手に持つジャージを見せた。
「そうだな、貴様に構ってるとこっちまで怠けてしまいそうで不安になるからな・・・」とリンは窓から自分の部屋に帰ろうとした。
「玄関から帰ってくださいよ!近所の人が見たら通報されますよ!!」
リンが窓についている格子に手を伸ばした時、トオルに言った。
「貴様がここを愛するのが、なんとなくだが今分かった気がする。じゃあな」
この時、トオルもリンの言葉でなんとなくだが愛の意味が分かった気がしたが、トオルはすぐに窓を閉めてシャワーを浴び、そんなことを忘れて眠ってしまった。
昼から講義があるため、10時20分にセットした目覚まし時計のアラームを止めて朝一瞬起きた生活の続きを始めた。
授業中は鈴本と離れた席に座った。
でも、その授業が終わった時鈴本に声をかけてみた。
そのついでに昨日の事について謝ってみた。
すると鈴本は一枚のプリント用紙をくれた。
その紙には二回挑戦してもなおトオルの前に表すアニメクリエイター秋の新人募集の内容が書かれていた。
「なんですか、これ?」と分かっているくせにあえて聞いてみた。
鈴本は眼鏡が下がるのを指で上げながら「それねナツちゃんがくれたんだよ」と言った。
「え?ナツが?」
「俺はどうして自分から渡さないのか聞いたら、仲直りしてほしいとだけ言ったよ」
「そうなんですか・・・」
「まぁ、俺はトオル君が分かってくれてるなら、それでいいんだけどね」
「でも、どうしてまたこれを僕に?」
「ん~なんか言ってたな~えーと・・・たしか・・・わたしは目標を持っている人が好きとかなんとか」
トオルの胸はドキッとして、一瞬心臓が止まったのかと思うほど呼吸が止まりそうになった。
なんとなく好きって事、愛ってものが分かった気がした。
好きな人が落ちていく様子、好きな人が悲しむのは見たくないはず。
でも、僕は何度もナツに見せてしまった。
それでも何度も励ましてくれて、その思いまでも拒絶してしまった。
アニメのキャラクターは簡単に愛せるけど、生身の人は簡単に愛せない。
愛することができてもそれは本当の愛ではないはず。
いや、この世には本物の愛なんて存在しないのではないかとさえ思うようになる。
この世に存在するのならば離婚という名の法律も存在しないはず。
こんなことを考えてないと真の愛に到達しそうで怖かった。
なぜかナツを好きになる事が怖くなっていた。




