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花咲く頃に  作者: 瓜葉
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期末テストが終わり、慌しく採点をし、2学期の成績をつける。

一人ひとりの成績表をチェックしながら杏子の所で手が止まった。


まずまずの成績。

あんなに欠席していたのに大したものだ。

特に英語は得意なのか学年でも上位の成績だ。


期末が終わったら引越すと言っていたが、もう終わったのだろうか。

住所のメモを見る。


通勤経路に近い場所だから、寄ろうと思えば寄れる場所だ。


就職の方は希望を出した会社の面接を来週受けることになっている。上手く行けば年内には決定するだろう。


あれから殴られた様子もない。バイト代で何とか暮らせそうだと言われて少し安心した。

ただバイトの時間をかなり増やして体調を崩さないかと心配だ。


卒業まで後3か月。


俺にこれ以上してやれる事はあるのだろうか?


笑顔を見たい。


街はクリスマスの飾りであふれている。

誰かの温もりが欲しいと俺は思った。


校舎を出ると寒さで身が縮むようだ。ライダージャケット着込み手袋をしてバイクに跨る。

誰もいないはずのマンションに帰りつくと照明が点いていた。

朝、消し忘れたと思って鍵を開けたら人がいた。


「うわっ」


俺の声に驚いて振り返ったのは姉だった。

涙で化粧がぐしゃぐしゃになっている。


「ったく。また失恋?」

「またって何よ。失恋なんかした事ないわ!!!」


それは嘘だ。学生時代、何度も失恋して泣き喚いた姉なのだから。

まぁ社会人になってからの遍歴は知らないが。

ティッシュで鼻を盛大にかんでゴミ箱に投げ入れる。


「圭介とは5年も付き合ってたのに」

「結婚するんじゃなかったの?」


姉の真由美は俺より4歳年上の29歳。年が明けると直ぐに誕生日が来て30歳になる。まだ未婚。

ブライダルプランナーと名乗って結婚式を取り仕切っているらしい。

大きな結婚式場に所属しているが、指名をされることも多いとか。

結婚式なんて何度もやるモノでもないのに指名なんてと思ったら、口コミは大きな力らしいのだ。


「結婚なんてしないわよ!」


実家が静岡県の俺達は大学進学と同時に東京へ出てきた。

親父もお袋も健在で、二人ともまだ現役で働いている。

夏に実家で顔を合わせた時、両親から

「人の結婚の世話をするより自分の相手を探しなさい」

と、結婚をせっつかれ

「相手ぐらいいるわよ」

と、豪語していたのを思い出す。


姉貴の話では半同棲状態だったらしい。

きっと相手の男は、感情の激しい性格に嫌気をさして逃げ出さしたのだろう。


「30になる前に結婚しようって」

「はぁ?」


結婚しようって言われた?別れたのではないのか?


「姉貴、落ち着いて事情を教えてくれ」


俺はインスタントコーヒーを入れて姉の前に置いた。


「結婚するなら圭介しかいないと思ってたわ」


神妙な声で言う。


「で、プロポーズされたんだろ」


ウンと素直に肯いた。


「嫌なのか?」


子どものように首を振る。


「じゃあ俺の部屋まで来て泣き喚いている理由はなんだ?」


結婚したいと思っていた相手からプロポーズされて何故、怒って泣き喚く?

理解不能。解析不可!


「私が30になる前に籍だけでも入れようって。馬鹿にしてるわ!」

「その何処が馬鹿にしてるんだよ」


ギロリと睨まれる。再び怒りの導火線に火がついたか?


「30になる前にって何?なんでそこに私の年齢が関係するの?お情けで結婚してくれるってわけ!そんなに私の年齢が気になるなら、もっと早くに言ってくれれば良かったのよ」


姉の気持ちはよくわからないけれど、年齢を理由にされたのが嫌だった事はわかった。

その時、姉の携帯がブルブル震える。マナーモードになっているのか音はしない。


「出ないの?」


拗ねてるなぁと姉の後ろ姿を見て思う。子どもの時と変わらない。

電話の相手は何度も何度も掛けてくる。これは彼氏だろうなぁ……。


仕方なく俺が変わりに携帯を手にした。

通話ボタンを押した途端、男の声がする。


「真由美さん、ゴメン。傷つけるつもりは無かったんだ。きっかけが欲しくて、それで、つい」

「あの、俺、弟です。姉貴、今、俺のところに来ていますから」


電話の向こうは少しの間、沈黙した。そして

「今から迎えに行きます。住所を教えて下さい」

と、言われた。


姉は聞こえないフリをしているけれど、わかっているのだ。

洗面所に立てこもり化粧を直しをはじめた。


洗面所から出てきた姉は目は真っ赤なままだけど、少しはマシになっている。

彼氏の到着までの時間がわからないから取り合えず俺は晩飯を食べる事にした。


「姉貴も食べる?」


ストックしてあるカップめんを見せたが首を振る。

勝気な姉がいつもと違って見えた。


結婚――考えた事もない。

好きだから結婚すると思えるのは、実感のない間だけ持てる幻想なのかもしれない。


俺にもまだ実感がない。


1時間ほど過ぎてようやく圭介氏がやってきた。

ドアを開けるなり、俺は無視され、彼は姉の手を取った。


「真由美さん、僕と結婚してください。他の誰でもなく、僕は真由美さんと結婚したい」


行き成りのプロポーズだ。行き場がないので俺も聞いてしまう。


「真由美さんは?」


熱い視線で姉を見つめている。


「私も」


馬鹿らしくなる。痴話喧嘩のとばっちりを受けただけじゃないか。

いいさ、いつか子どもにばらしてやる。


プロポーズを終え、ようやく興奮が収まった圭介氏と初対面の挨拶を交わした。


「すみません、お騒がせしました」

と、気恥ずかしそうに言われる。


話を聞くと姉より4つ年下で俺と同い年だった。

何処と無く頼りなさそうな風貌をしているが、男勝りの姉貴と結婚してくれるだけで奇跡のような人だと思う。

父親を早くに亡くし、今は母親がやっている花屋を手伝っているそうだ。

式場へ花の納入をしていて知り合ったとのこと。


仕事に行き詰った時に相談に乗ってくれたらしい。


「圭介は華道の先生もしてるのよ。花の知識も豊富で教えられる事ばかり。新しいアイデアもたくさんもらってる」


姉貴が嬉しそうに圭介氏のことを話す。年齢など関係ないのだろう。二人の間には築き上げた歴史が見える。

信頼し合い、尊敬できる相手なのだろう。

俺はとても羨ましくなる。そして二人の結婚を心から祝いたいと思った。


「こんな姉貴だけど、宜しくお願いします」


俺は両親に成り代わり頭を下げた。

慌てて圭介氏も頭を下げる。


「二人で幸せになりますから」


彼はそう言い切った。幸せにしますではなく、幸せになりますなのだ。

だから、年下男に年齢を理由にされて嫌だったんだろうな。

プライドの高い姉のことだから、自分で結婚を急かすことなど出来るわけがない。


仲直りした二人は一緒に帰っていった。



その夜、俺は夢を見た。

自分の結婚式の夢。


夢の中で俺はとても焦っているのだ。

プロポーズもしていないのに、まだ好きだとも言っていないのに、ただの……。

そして隣にいる花嫁の顔を見ようとした瞬間に目が覚めた。


俺は誰を思い浮かべようとしていたのだろう。

それを自覚してはいけない、どこかで警鐘がなっている。

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