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花咲く頃に  作者: 瓜葉
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杏子のことは気にかかっていただが、受験生を受け持つ担任は忙しい。

進路相談に推薦書類の記入に期末テストの準備。席を暖めている時間が無いほど忙しかった。


朝の電話は男といるかと思うと掛けにくくなり止めてしまったが、杏子は遅刻する事もなく学校へ来ている。

暴力を振るわれた様子も見られない。



期末テストが明日からという日になって、ようやく杏子と話をする時間が取れた。

進路指導室にやって来た杏子は少しだけ明るい表情に見えた。


「先生、あのバイトは辞めましたから大丈夫です」


俺から何も聞く前に杏子が言う。


「そうか。他のバイトは見つかったのか?」

「もともとコンビニでバイトしていたから……。真也ともそこで出会ったんです」

「真也って彼氏なのか?」


俺の問いに杏子は肯いた。キチンと聞いておかなければと思いつつ、男の名前など知りたくなかった。


「この間、里中の事を殴ったのはそいつか?」


少し躊躇ってから小さく肯いた。


「でも、もうしないって。ゴメンって謝ってくれました」


俺は頭を抱え込みたくなった。


「里中、DVをする男は直ぐに反省して謝罪し、そしてまた繰り返すんだぞ」


俺の言葉に杏子は黙っている。


「私を必要だって……」


痛い――傷ついた心を思うと辛い。

だが、そんな男といても幸せにはなれっこない。


「里中……大切なのは……」


俺の言葉を遮るように杏子が言う。


「真也がアパート見つけて来てくれたから、来週引っ越します」

「えっ?」


杏子の言った言葉をようやく理解する。

自立するには、もっと安いアパートに移るべきなのはわかってはいるが……。

男の紹介と言うのが気に食わない。


「今のマンションは?」

「私だけ出て行きます。もうあの人達とは関係ない」


家賃2万5千円。駅から15分、バス・トイレ付のアパートらしい。


「一緒に暮らすのか」


俺の問いに目を伏せ首を振る。


「いつ引っ越すんだ?」

「試験が終わったら直ぐに。これ、住所です」


進路指導室の小さな部屋の中は寒かった。


彼女の選択に何を言えると言うのだろう。

俺に出来る事をするしかないとやり場のない思いを飲み込んだ。


「就職先はどうする?」

「アパレル関係に行きたいです。正社員じゃなくてもいいから……」


希望理由を訊ねると、杏子は躊躇いながら話し出した。


「私、小さい時、モデルしていたことあるんです」

と、ポツリと呟いた。

「モデル?」

「ええ、ママの希望で。ママはモデルでしたから」

「知らなかった」


窓の外へ視線を泳がせた杏子は話しだした。


「田中千夏って名前聞いたことありませんか?」

「ごめん、知らない」

「ママの芸名。主婦モデルとして、結構、有名だったんです。あ、でも、この学校には一度も来たことないから、先生達は誰も知らないと思います」


背筋を伸ばし綺麗な立ち姿の杏子のルーツがわかった気がする。


「里中はお母さん似ているのか?」

「そうみたい。パパとは似ていないって良く言われます。もっとも遺伝学的にあの人が父親かどうかわからないから……」

「えっ?」


父親かどうか判らないとはどういうことだ?

俺の疑問に答えるように言葉を続ける。


「出来ちゃった結婚だったんです。あなたの子だと言い張って結婚する事になったって。出て行った後、何度も言われた。数いた男の中で俺が一番稼いでいたからって。でも、それは貧乏クジだったと二人とも思ってる。こんな筈じゃなかったって……」


他人事のように話す杏子。

ドラマのような話に俺は眩暈を覚える。

真実は分からないけれど、今の杏子の状況の根っこは出生の頃まで遡るのだ。


「小さい頃は、私を着せ替え人形のようにオシャレさせて喜んでましたけど、だんだん自分が表に立ちたくなったみたい。引退していたモデルを主婦モデルとして再開して、仕事がどんどん増えて行きました。ママが忙しくなると一人で留守番している時が増えたんです。そんな時、こっそりママの服を着てみるのが楽しかったんです。いろんな洋服を組合せたり、着方を工夫したり……それをしていた時間が本当に楽しくて。今も自分の服を工夫するの好きなんです」


杏子の顔に少しだけ笑顔が浮かぶ。始めて見せるイキイキとした顔だ。


「それでアパレル関係か」

「はい」


仕事は楽しいばかりではないが、少しでも好きなことの方が頑張れる。

才能が開花していくかもしれないのだ。

頑張れるよう応援してやろう。

そう思いながら求人票を検討していく。


その中で杏子が好きな服を扱うショップの求人が目に留まる。

そこに連絡して就職試験を受けさせてもらえるよう頼むことになった。


帰り際、再び現状について聞いた。


「お父さん、何か言ってきたか?」

「出て行くからとは伝えましたけど、その後は何も」


何度目かの溜息を押し殺す。


「親戚とかもいないのか?」

「お金の事で迷惑掛けてしまったから頼れないんです」

「・・・・・・そうか」


今、聞いただけでも人間関係の難しさを感じるのにお金が絡めば余計に頼れないだろう。


だから俺は「試験、頑張れよ」とありきたりの言葉をかけることしか出来なかった。

杏子が出て行った扉をしばらく見つめ続ける。

淡々と話していた彼女の気持ちを思う。




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