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花咲く頃に  作者: 瓜葉
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4

杏子の境遇に腹を立て、自分の不甲斐無さに苛立ち、俺はほとんど眠れずに朝を迎えた。


それでも杏子に電話をする。これ以上、学校を休ませるわけにはいかない。

電話は直ぐにつながった。


「おはよう、起きたか?」

「おはようございます」


いつもと変わらぬ声。

ずっと夜のバイトをして朝から学校に来ていたのだろう。

ぼんやりしてたり、居眠りしたのは寝不足の為だったのだ。


「学校、来いよ」

「行きます。大丈夫です」


いつものように会話して電話を切る。

杏子のことを心配して、自分がぼんやりとしてしまう。

慌ててシャワーを浴びて出勤する。



学校へ着くなり事務室に駆け込み、杏子の状況を話して学費のことを相談する。


「学費免除には保護者からの書類が必要になりますので……」

「だから、その親が失踪中なんだ」

「携帯は通じるんでしょう」

「娘の電話にも出ない親だ。昨日の電話でも迷惑がって話にならない」

「困りましたね」


他人事のように言う事務職員。いや他人事なんだよな。

その時、事務の責任者である内藤さんが出勤してきた。

彼はもう少し話がわかるはずだ。


「わかりました。手続きができるよう考えましょう。里中さんに放課後にでも事務所に寄るように伝えてください」


ホッと胸を撫で下ろし職員室に向かう。

扉を開けると学年主任の飯沼先生と目が合った。


「おはようございます」


この先生は堅物で融通が利かないことで有名だ。

スナックでのバイトがばれたら大変だと首をすくめる。


「東山先生、ちょっといいですか」


名前を呼ばれて鼓動が早まる。バレタのか?

バイトのことを教えてくれた上田先生を目で探すが姿は見えなかった。


「里中杏子のことですが」


杏子の名前が出て、背中に冷たい汗が流れる。


「はぁ彼女がどうかしましたか?」


話しの内容がわからないから、惚けるしかない。


「どうかしましたじゃないよ。2学期になってから欠席が目立っているからね」

「すみません、指導をしたので最近は真面目に来ていますから大丈夫です」

「来週には期末考査が始まるから、よく指導してくれたまえ。留年なんてみっともないことにならないようにね」

「はい、ご心配お掛けして済みませんでした」


小言で済む範囲のことでホッとする。

卒業できない生徒を出すと学年主任としての指導力不足となりかねないと思っているようだ。


家庭に事情を抱え、学校に通うことが大変になっているなどと想像することなどないのだろう。

中間試験のの時は授業に出ていなかった影響で杏子の成績は散々だった。

今回は何とか無難にこなしてくれるといいのだが。


朝の打ち合わせを終えてホームルームのために教室に向かう。

教壇に立ち、杏子の姿を見てホッとするが、出欠を取りながら気が付いた。

杏子の口元に痣があるのだ。

俺の視線に気が付いた杏子は慌てて口元を隠した。


父親が戻ってきて手を挙げたのか?


俺は務めて冷静なフリをして

「里中、進路の件でちょっと話があるから職員室に来てくれ」

と、声を掛けた。


そして、ざわつく教室を後にする。

ほんの少しの間を空けて杏子が教室から出てきた。


「保健室行くぞ」


俺はそれだけ言って杏子を職員室ではなく保健室へ連れて行った。


「その痣、どうしたんだ?」

「転んだんです」


お決まりの嘘を言う。その言葉が腹立たしい。


「お父さんか?」


俺が聞くと、杏子は驚いたように否定した。


父親ではないとすると男か。説明のできない感情が一瞬だけ過る。


養護教諭の明科先生に

「東山先生、あとは私が手当しますから、授業に行ってください」

そう言われ、保健室から追いやられた。


こういうことは養護の先生に任せるのが良いのだと自分に言い聞かせて授業に向かう。

授業の合間は定期テストが近いせいか生徒に呼び止められる。


そういう日に限って授業が詰まっている。


「せんせー、計算が違いま~す!」

「えっ?」


黒板に書いた数列を見つめる。簡単計算ミスをしていた。


「悪い悪い。弘法も筆の誤りと言うだろ」


などと軽口を叩きながら内心は動揺していた。

杏子のことをずっと考えていたのだ。

どうしてやれるか?どうしてやったら良いのかと。

授業に集中しろと自分に言い聞かせて、その日は過ごした。


放課後、テニス部の練習に付き合ってようやく職員室に戻ってきた所に明科先生がやってきて手招きされた。

他の先生の耳に入らぬよう保健室で話すことになる。



「東山先生、彼女、体中に痣がありましたよ」


やはりと思う。


「いろいろ彼女から話を聞きました。昨夜のことも」


明科先生は俺が事情を知っていることも杏子から聞いたらしい。


「それで、あの怪我は?」

「やはり彼氏に殴られたようですね」


自分が殴られたわけではないのに痛いと感じる。


「あの時間以降という事は、一緒に暮らしているんでしょうか」

「そこまでは……。例のスナックのバイトも彼氏の紹介だったって」


明科先生はコーヒーを入れてくれる。


「バイトを辞める話しをして、喧嘩になったようです」


インスタントコーヒーのほろ苦さが口の中に広がる。

俺が原因を作った気がした。


「学費のことは事務長とも話をして手続きをして免除してもらえそうなのですが、家賃や生活費までは」

「里中さんの就職先は?」

「それが、まだ決まっていなくて。2学期から欠席が多かったもので」


八方塞の気分で俺は溜息を吐いた。


「彼女、夜の仕事をしていたからだと思いますけど、かなり疲れているようにみえて心配です」


今度は明科先生が溜息を吐いた。

妙案が浮かぶ事もなく俺は保健室を後にする。




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