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花咲く頃に  作者: 瓜葉
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親ってなんなんだろう。

どんな親でも親は親。


それでも職業柄、いろんな親を見る。

過保護・過干渉な人から、放任、無関心、ネグレスト。


杏子の親は完全に親としての責任を放棄してしまった。

そのことに深く傷つき、自分の価値を見いだせず、男に良いように扱われた。

それでも一人で生きて行こうと頑張っているのに、災いを背負って親が現れた。


ことの始まりは姉の出産準備雑誌だった。

カラフルな雑誌の中の特集記事『高齢出産』に杏子の母が出ていたのだ。


気が付いたのは姉。

珍しく平日の夜に連絡が来て会うことになった。


都心まで出てきてと言われ、姉の勤め先に近い居酒屋で待ち合わせ。

店に到着すると禁煙席に予約が入っていた。


俺の方が先についたので、夫婦喧嘩でもしたのかと姉を宥めるセリフを考えながら待つ。


でも現れたのは姉と圭介さん。


「呼び出して、ゴメンね」


オーダーを取りに来た店員にビールとつまみを適当に頼むと姉夫婦は目で合図し合っている。

なんだ?


「何、二人で見つめあってるんですか。イチャツク姿を見せびらかすなら帰りますよ」


「ごめん、ごめん。ちょっと言いづらいことだから」


姉が慌てて取り繕う。その様子に不安が募る。杏子の過去のことか?


「これを見てくれる」


姉がバックから取り出したのはマタニティ雑誌。

本屋に並んでいるのは見たことはあるが実物を手に取るのは初めてだ。


妊婦さんがにこやかに笑っている表紙。

まぶし過ぎて目が痛い。


「その付箋のページ見てくれる?」


姉に言われて付箋のページを開く。

インタビューページだ。これが何か?


『高齢出産の先輩に聞きました』というタイトルの下に田中千夏さんと書かれている。

どこかで聞いた気がする名前。


写真に写る人にも見覚えがあるような……急に頭の中の情報にピントが合った気がする。

杏子の母親だ。


その事実に気が付いて顔をあげると姉たちから記事を読むように促される。


読んでいる間に頭に血が上がってくる。


―― 夫の支えがあれば、不安も半減するんですね。最初の妊娠は二十歳そこそこの時だったから、若さゆえの不安もたくさん持っていたんですよ。モデルとしての仕事も順調に行き出していたところだったので正直に言うと、手放しで喜べる状態じゃなくて……。やっぱり親になる覚悟って必要だと今になると思うんです。いい加減な気持ちでは出産も育児も乗り越えられないって身に染みてわかりましたから(笑)

40代になって体力的には大変ですが、今は本当に楽しい毎日です。妊娠中も生まれてくるのを楽しみにして、生まれてからはもう目に入れても痛くないほど可愛いくて、幸せです。高齢出産の良さは、そういう余裕ができるところではないかなと思っています ――


生の声を聞いているわけではない。マスコミ媒体上での話だ。

だからこれが母親の気持ちのすべてではないだろう。


でも、腹立たしくて仕方がない。

出産までの道のりと囲みになっているところを見ると、杏子が流産したころに妊娠が分かったみたいだ。

運命の皮肉なのか。


「こんな記事、見せられない」


そう思う反面、俺から教えた方がいい気もする。

姉たちにそのことを話すと、二人とも同じことを考えていたから、俺を呼び出したのだと言われた。

3人で頭を抱えた。


誰も言葉を発せない。重い沈黙が続いた。

杏子の泣き顔が何度も浮かぶ。


出て行った経緯も離婚の原因も杏子はよくわかっていない。

両親のどちらからもちゃんとした説明をされたことはないらしい。

だから捨てられたと思い苦しんでいる。


この記事を知ったらもっと傷つく。



「俺が教える」


重い空気を打ち破るように言う。

それが正しいのかどうかなんてわからない。


知らない方が良いことだってある。


でも、別の誰かから不用意に教えられるより、俺が伝えた方が良い。

姉たちも同意してくれるけど、三人でため息を吐いた。


姉から雑誌を受け取った。



中身を読まなくても、この雑誌だけで充分刺激的だと思う。



母親のことをどう話したらいいかと悩みつつ土曜日の夜になり、杏子を迎えに行く。

疲れた顔をしている。まだ誰からも耳に入っていないはずだよな。


「お疲れさん」


そう言って車のドアを開けると、杏子は大きなため息を吐いた。


「どうした?何かあったのか?」


俺は不安を隠して聞く。


「ちょっと失敗して……はぁ……」


助手席に座り、もう一度ため息を吐く。


「そんな大失敗だったのか?」

「そうでも無いけど、小さな女の子とぶつかって泣かせてしまったんです」


もう一度、ため息をつく。

店の中でふざけていた女の子がぶつかって来て弾みで転んだら、母親から凄い剣幕で怒鳴られたらしい。


「母親って、あんなに子どもの事が大切なんですね」


その言葉に、これから話さなければいけないことを思うと俺もため息を吐きたくなった。

情けない。

杏子を守りたいのに、泣かせたくないのに。


「その母親がおかしいんだよ。店の中で走るなんて、きちんと叱るべきことだ。だから杏子は悪くない」

「志津子さんからも、そう言われました。私もそう思うけど、ちょっと母親のことを思い出してしまって……私がオーディションに落ちたら何でですか!!!って詰め寄ったり、でもそれって私のためなんかじゃないいですよね」


母親としての自分を認めてもらうための道具。

子どもが叱られれば自分を全否定されたと思う母親。


これから杏子に知らせることを思うと更に気が重くなる。

これ以上、ため息を吐かせたくない。


夕食を二人で食べて、俺の部屋に戻ってくる。

いよいよ告げねばならないだろう。


俺はコーヒーを二人分入れてテーブルに置いた。

杏子が来てくれるようになって部屋が綺麗だ。


「ゴローさん、今日は変です」

「えっ、そうか?」


惚けてみるが、杏子は笑っていない。


「そうだね。変だったかもしれない」


そう言いながら俺は棚の中に入れておいた雑誌を取り出した。

派手な表紙で、それが何かは直ぐわかったようだ。


「その雑誌がどうかしたんですか?」

「……嫌な思いをさせるかもしれないけど、不意に知るより良いかと思ったんだ」


杏子に手渡す。

彼女は恐る恐る付箋のページを開いた。


「あっ」


小さな声が聞こえた。

無表情のまま読んでいる。


どれぐらい時間が経ったのだろう。


杏子が

「バッカみたい」

とつぶやいた。そして笑う。


「もう嫌だな。ゴローさんが傷ついた顔して。そういうこともあるかなって予想してたから平気ですよ。一緒に暮らしていた時から自分の人生失敗だったって散々言っていましたから。だから大丈夫です。心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫です」


強がる杏子の頭をなでる。


「怒っても泣いても良いんだぞ?」


杏子の顔を覗き込みながら俺は訊く。


「やだなぁ、本当に大丈夫ですよ。バカバカしくて腹も立たないし、悲しくもないんです。もう関係ない人のことに振り回されたくないので、この話はおしまい」


それでも心配する俺に笑顔を見せてくれる。

そして俺の腕の中に体を寄せて来た。


「ゴローさんと居られれば私は幸せ」


耳元で言われた言葉に俺はノックアウトだ。

幸せにするよ。絶対。










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