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花咲く頃に  作者: 瓜葉
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杏子の引っ越しは俺がレンタカーを借りて迎えに行った。

ゴールデンウイークで混んでいたけど、苦にならない。


旅館の人達も忙しい中、見送ってくれる。


段ボールが数箱だけの荷物に少しだけ切なくなる。



東京への道は杏子と二人で初めてのドライブとなった。


渋滞する高速道路で流石にくたびれてサービスエリアで休憩すると

「私が運転しましょうか?」

と、言ってくれた。


女将さんが自動車免許は取っておきなさいと、教習所に通わせてくれたのだ。

でもペーパードライバーだった杏子に、この場面で運転を任せるのは勇気がいる。


結局、大丈夫だと最後まで俺が運転した。

好きな音楽を聞きながら話すこともできるのは楽しい。


ふと、バイクを辞めて車を買うかと思う。


これから二人で出掛けることを思うと、その方がいい気がする。

マンションの前の駐車場には空きがあった。



バイクの密着感は捨てがたいが……。

瞬間的に杏子の裸体が浮かぶ。


ヤ・バ・イ


盛りのついた猫か俺は。


俺の動揺を知る筈もない杏子が手を絡ませてきた。


「どうした?」

「ちょっと甘えたくて……」


はにかむ笑顔。……禁止だ、それ。もう俺はどうしたら良いんだ。

可愛い。たまらなく可愛い。俺は了解の意を込めて力を入れて握り返す。


誕生日のあの日から少し杏子の雰囲気が柔らかくなった気がする。

こんな些細なことが嬉しい。


そんな思いを乗せて渋滞の中、車は東京へ進む。


そして杏子の新たな暮らしが始まった。


澤田花店はゴールデンウィークも店を開いているから、杏子は翌日からさっそく店に出た。

エプロンのポケットに小さな手帳を忍ばせて、花の名前、値段、手入れの方法、ラッピングの仕方などなど気が付いたことを書き留めているようだ。


もう直ぐ母の日。花屋の書き入れ時だ。

その時に少しは役立つようになりたいと杏子は言う。


本当に頑張り屋だ。


週末の夜は俺の家に来てくれる。

土日は市場が休みなで仕入れがないから朝が少しゆっくりできるのだ。

仕入れはまだまだ荷物運びの段階らしいけど、嫌な顔一つせずに頑張っている。


店が終わる頃に迎えに行って二人で帰る。

途中で食事をするから、お酒を飲むのは家に帰ってから。

DVDを借りてきてビール片手に二人で見る。杏子は甘いカクテル系の物を飲んでいる。


映画の好みは意外にもコメディやアクションもの。俺も同じだからストレスを感じずに済んでいる。

恋愛ものは恥ずかしくて無理らしい。それも同感。



水曜日は定休日だから、夜は杏子が料理を作ってくれる。

おまけに部屋が綺麗になっていたりする。

せっかくの休みなんだから、

「自分のために時間を使えば良いのに」

と言うと、

「だから好きなことやってます」

と笑顔で言ってくれる。

嬉しいけど心配。


それに木曜日の朝は早いから泊まれない。



俺も部活の引率だ、朝練だとなかなかゆっくり過ごす時間が取れないけど、二人の関係は深まって行く。

名前を呼ぶのも慣れてきた。



梅雨を迎える頃に、姉の妊娠がわかる。

悪阻もなく本人は元気そうだが、圭介さんの過保護ぶりがスゴイ。

仕事を続ける姉に家事をいっさいさせないらしい。


俺には考えられない。

志津子さんはそんな息子の姿が亡くなった夫と同じと笑っている。


そんな姉夫婦に杏子が複雑な笑顔を向けていることに気がついた。

二人になった時に、そっと抱きしめて気持ちを聞く。


最初は大丈夫ですと繰り返してたけど、涙声になる。


不用意な妊娠、流産。どちらも辛い経験で、忘れたくても簡単には過去のことに出来ないのだろう。

腕の中の杏子の頭をゆっくり撫で続ける。


「なんでも聞くから、溜め込まず言って良いんだよ」


俺の言葉に頷いて、


「私、嫉妬してるんです………妊娠をみんなに祝福されていることに………私はあんなに怖かったのに…誰にも相談できなかった。自分が馬鹿だったってことわかっているけど、私……」


苦しそうに話す言葉に胸が詰まる。

忘れろなんて言うのは簡単だけど、忘れたふりを続ければ負担になると思う。


「ごめんな。悲しい思いさせた」

「何で謝るの?私が悪いのに」


泣きじゃくりながら杏子が言う。

それでも守りたかったんだ。


泣かせたくないけど、今は泣かせてやりたい。


過去を変えることは出来ないから。

愚かな行為の代償である痛みも苦しみも一緒に引き受けてやろう。


初めての男じゃないけど、最後の男にはなれるから。

泣き疲れて眠ってしまった杏子の顔を見つめる。


翌日、杏子は照れたように起きてきた。


「顔、洗っておいで。ひでぇ状態だよ」


わざと明るく声を掛ける。

自分でも目が重いのがわかるのだろう。杏子は慌てて洗面所に向かう。


「タオルを借ります」と声がする。

冷やすのかと思っていると、濡らして絞ったタオルを電子レンジで温めて目に当て、もう1枚には保冷剤をくるんで交互に目に当てている。

手慣れた様子に切なくなった。

泣き明かしたことが何度もあるのだろう。


俺は台所に立ち、朝ごはんを作ってやろうと奮闘し、焦げた卵焼きと味噌汁を作る。

炊飯器から炊き上がりを知らせる音がする。


テーブルの上に並べてみると、頑張った割には貧相で情けなくなった。

それでも杏子は喜んでくれる。


「ゴローさんが作ってくれただけで嬉しいです」


朝食を食べ終わる頃には、目の腫れもだいぶ治まってきていた。

いつもよりメイクをしっかりしているようで、綺麗過ぎて心配になる。


外は雨が降り出していてが、先月の終わりにバイクを売り、中古の車を買っていたから杏子を店まで送ってやれる。

手放す時にちょっとだけ辛かったけど、バイクはまたいつか乗れると思う。

反面、杏子と二人で中古車屋を巡って楽しい時間を過ごせた。


車の助手席に座る杏子にチラリと視線を送ると、目が合った。

ただそれだけの事なのに胸が高鳴る。


これから仕事の杏子と次に会えるのは水曜日。

休みが合わないことは承知してたけど、やっぱり時間が足りない。


一緒に暮らしたい。


一人で泣く夜がないように。


笑顔を見たい。



俺の願いが杏子の思いと一緒だと良いけど、勢いで押せば彼女の意思が見えなくなる気がしていた。

まだ二十歳。


何をしたいのか、どうしたいのか、それを考える時間をあげたい。

だから、もう少しこのままでいよう。





















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