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花咲く頃に  作者: 瓜葉
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都心から電車で1時間弱のこの町は駅前から離れるとまだ空き地がある。

建売の家が立ち並び平和そうな街並みを作っている。


その町に俺の勤める高校がある。

豊台高校は、低くも高くもない偏差値の中程度の学校だ。

勉強も運動も取り立てて目立つ事のない生徒が多く、のんびりした校風が売りといえばそうなる。


俺、東山吾朗。教師歴4年目の26歳で担当教科は数学だ。

今年は初めて3年生の担任を受け持つ事になった。

クラスの殆どの生徒は進学を希望している。志望校は4大、短大、専門学校と様々で、残る数名が就職希望だ。



季節は11月。既に推薦の試験が始まっており、進路が決定する奴らが出てきている。

一般入試に向けて勉強を頑張る者、専門学校希望でのんびり高校生活を楽しんでいる者、クラスの雰囲気は落ち着かない。


朝のホームルームで出席を取る。

教室に入った時から目に留まった空席。


「里中、里中杏子。今日も来ていないのか?誰か何か聞いていないか?」


俺の問い掛けに教室はざわつくだけで何も返答がない。

近しい友人で無ければ、皆、無関心なのだ。


里中杏子さとなかきょうこ は、夏休みが明けてから休みがちで心配な生徒だ。

入学した頃はもう少し強い視線をしていたと思うのだが。

最近はボンヤリと疲れた表情を見せている。



杏子の存在を意識したのは3年前の入学式のこと。



その年、俺は教師になって初めて担任を任され、緊張しきっていた。

入学式の後のホームルームを何とか終え、生徒達を見送ってホッと一息吐いたときだった。

校門の横にある桜の古木を見上げている生徒に気が付いたのだ。


その年は桜の花が咲くのが早く、入学式の頃にはすっかり葉桜になっていた。

彼女は満開の桜の面影を探すかのように見上げている。

希望。そんな言葉が頭に浮かんだ。


何をしているのだろう?――目が離せず、しばらく見つめてしまう。

その時、彼女がクルリと回り、スカートの裾がフワリと広がった。

ただそれだけの事だったけれど映画のワンシーンのように綺麗だったのだ。


それが俺の目に焼きついて入学式の記憶となっている。


その生徒が里中杏子だ。新入生の初々しい姿が今でも目に浮かぶ。


名前は直ぐにわかった。

職員室で噂になったからだ。新入生の中で目を引く子がいたと。

担任になった同僚が

「私のクラスの里中杏子でしょ?本当に綺麗な子ですよね」

と、教えてくれた。


クラスの中で目を引く美少女。数学の授業は俺が担当していたから、教室でいつも顔は見ていた。

でも彼女から真っ直ぐに見つめられると恥ずかしくなって視線を外してしまうことが何度もあった。

でも授業中に会話をするわけもなく、俺のところに積極的に質問に来るわけでもないから話したことはほとんどしたことは無いまま月日が流れた。


そして今年、高校3年生となった彼女の担任になったのだ。


だからクラスに打ち解けずにいる姿に驚いた。

『私に構わないで』と全身で訴えているように見える。

友達が多いタイプではないことは知っていたが、これほどまでに拒絶しているとは思ってもみなかった。


その様子はあの桜の下での杏子と同一人物に思えない。


真っ直ぐなロングヘアとすらりとしたプロポーション、そして何より印象的な目をしている。教師の間で噂になるぐらいだから、生徒の間でも何かしら話題になっていたと思う。

でも友だちと談笑している姿は殆ど見た事が無い。


友だちを作らないのかと訊ねた教師に『いらない』と答えた事が職員室で話題になったこともある。


それでも4月当初は学校にも来ていたし、授業もきちんと受けていた。

騒ぐわけでも居眠りをするわけでもない。


だから2学期になってからの変化が気になっている。

学校を休みがちになり、登校しても授業中に居眠りをしていたりするのだ。


家庭での様子や今後の事を相談したくて何度か保護者に接触を試みたが、それも上手く行かない。


杏子の家庭は複雑で、高校1年生の時、母親が家を出た。

噂では若い男と駆け落ちをしたらしい。

父親も忙しいようで、前担任らの話だと一度も親と会ったことがないという事だ。


出席簿を見つめながら、もう一度連絡を取ろうと思う。


職員室に戻ると、

「東山先生、3組の里中杏子のことなんですけど」

と、社会の溝内先生に呼び止められる。

出席日数のことだと気が付く。


「すみません、何度も連絡をしているんですけど……」

「日本史、単位の認定が出来なくなりそうなんですよ」

「そうですか。とにかく今日もう一度連絡しますので」

「お願いします。1学期までは、真面目だったんですけどね」


俺も同意して頷いた。


親しい友達でもいれば尋ねることもできるが思い当たらない。

父親は忙しいのか家にいつ連絡しても不在だ。経営している会社の業績が悪いと漏れ聞いた。

3年の夏以降は出席率も極端に悪くなり、このまま放っておいたら行き着く場所が見えるようだ。



「高校だけは何とか卒業したいから」

先週、久しぶりに学校に来た時に杏子が言った。


「出席日数が足りなくて留年になるぞ」


俺の言葉に素直に頷き、ポツリと言う。


「来週からは来ます」


そう言ったのに週明けの今日も休みだ。


あの時、無理にでも携帯電話の番号を聞いておけば良かった。

来たくても来られない事情を抱えているように思う。


その日、一日、俺は杏子のことを気にしながら授業を進めた。


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