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エピローグ:追憶の章



「チィ姉ちゃん、今日もあのおじさんのところへ行くの?」

「そうよ」

 ユウマはチィ姉ちゃんに右手を引かれながら、南の森を進んでいた。

 今日は『豊穣祭』の準備が少し早めに終わったのだ。太陽はまだ空の高い所に掲げられており、木々の緑を鮮やかに染めていた。いつも不気味に感じる森は、今日はなぜだか明るく見えた。

「この前の『ケッコン』の話をね、もう少し詳しく教えてもらおうと思って」

 チィ姉ちゃんの声も楽しそうだ。見上げた彼女の横顔は光に照らされ、きらきらと輝いていた。

「だって、好きな人と一緒の単家になれるのよ。そんな素敵なことってないじゃない」

 チィ姉ちゃんはうっとりと目を細めた。ユウマは『ケッコン』の意味をきちんと理解していなかったが、チィ姉ちゃんはきっとセイジ兄ちゃんのことを考えているに違いないと想像した。そう思うと、ユウマは少しつまらない気持ちになった。しかし――。

「単家に帰ってもユウマやセイジ兄ちゃんとずっと一緒にいられたら、楽しいでしょう? ユウマもそう思わない?」

 その言葉に、ユウマはぱあっと嬉しくなった。チィ姉ちゃんは、僕とも一緒の単家になりたいと思ってくれているんだ。

 ユウマは想像してみた。

 学校が終わって単家に帰っても今のように肩身の狭い思いをすることなく、チィ姉ちゃんたちと一緒に楽しく夕飯をとる。夜は隣同士に布団を並べ、声を合わせて就寝の祈りを唱える。そうとなれば夜は恐れるべきものではなく、ユウマにとって心安い時間となる。そして朝になったらまた、彼女と一緒に新しい一日を迎えられるのだ。

 それはなんて――素晴らしいのだろう。

「うん、思う。僕もそう思う」

「でしょう? 私、どうやったらそれができるのか知りたくって。今だと単家替えの時に運良く同じ単家に選ばれない限り、一緒にはなれないじゃない。だからどうやったら『ケッコン』の制度になるのか、知りたいのよ」

 ユウマは驚いた。チィ姉ちゃんはすごい。少しでもわからないことがあれば解決方法を探し出そうとするし、したいことがあれば実現に向けてすぐに動き始める。ユウマとて、好きな人と同じ単家になれたらと思う。だけど具体的にそれが実現するかどうかなんて、考えるまでもなく初めから諦めていた。

 けれどもし、本当にそんなことが実現するのなら。

 好きな人と一緒に日々の生活を送れるのなら。

 落ちこぼれのユウマだって、きっと特別な幸せを手に入れられるだろう。

「たぶんおじさんなら、何か知ってるわ。今日はそれを聞きにいくのよ」

「うん、僕も知りたい」

 ユウマはチィ姉ちゃんの手をしっかりと握り、少し足を速めた。やわらかく握り返される彼女の手の感触と唇からこぼれる微笑みが、ますますユウマの心を軽くした。

「早く行こう」

「うん」

 緩やかな風に揺れる枝々のざわめきまでもが、彼らを歓迎しているかのように思えた。二人はわくわくした足取りで、『追放者』の小屋へ続く小路を進んでいった。その先に何か素晴らしいものが待っていると信じて。


 それは遠い、遠い日の話――。



ー楽園の子どもたち・了ー


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