プロローグ:始まりの章
「おい、お嬢ちゃん! 大丈夫か、しっかりしろ!」
身体を揺すられ、少女ははっと目を開けた。
唐突に飛び込んでくる白い光に目がくらみ、顔をしかめる。頭や背中が地面に触れているので、自分が横たわっているのだということだけはわかった。
薄目のまま少しだけ首を動かす。逆光でよく見えないが、二人の男性が彼女の顔を覗き込んでいるようだ。
「気づいたか、良かった」
一人がほっとしたような声を出す。もう一方の人物が地面と少女の背の間に腕を入れ、彼女をゆっくりと抱き起こす。どのくらい横たわっていたかわからないが、久々に身を起こしたような感覚に視界がぐらりと揺らぐ。
「熱中症でも起こしてるんじゃないか? 怪我もちょっとしているみたいだし」
問いかけられる声が頭の中にわんわんとこだまし、こめかみのあたりで頭痛が脈打つ。
「あんたどこの子だい? 見かけない顔だけど……」
少女はどうにか顔を上げ、ゆっくりと辺りを見回す。目はようやく明るさに馴染んできていた。
まずはかわるがわる彼女に声を掛ける二人の男性。一人は中年で、もう一人は若そうだ。二人とも、見たこともない変わった服装をしている。
風が葉を揺らす音に上を向くと、鬱蒼と生い茂る木々の間から青い空が覗いている。よく晴れているのにどこか澱んだような空気だ。彼女が腰を下ろしている土の地面もじとりとしていて、身につけている白い服の背中や尻の部分をわずかに湿らせている。
――あの小屋のある森に似ている。
ふとそう思ったところで、ぼんやりしていた思考が急速に目を覚ました。
ここは――どこだ?
「お嬢ちゃん、名前は言えるかい? どこのチュウガク? まだショウガッコウかな」
中年の男からの問いかけに、少女はただ首を横に振る。
「迷子かな? オトウサンとオカアサンは?」
この人たちは誰なのか。何を問われているのか。彼女は戸惑い、二人の顔を交互に見る。
その様子に彼らは顔を見合わせる。
「ひょっとしてこの子、記憶喪失……?」
――記憶?
気を失ってしまう直前の出来事を、辿ろうとした。確か、ひどく興奮していて――。
そこではっとして、彼女は胸元に提げられた『鍵』を両手で掴み、握り締める。心臓の鼓動が速くなり、指先が痺れる。
小さく震える彼女の肩に、若いほうの男性の手が置かれる。
「大丈夫?」
彼は心配そうに少女の顔を覗き込むが、彼女は俯いたままでやはり首を振る。
「どうします? このままチアンケイビキョクに連れ帰ります?」
「いや……とりあえずビョウインだろう」
二人が何を話しているのか、少女にはさっぱり理解できなかった。頭痛はますますひどくなってくる。
彼女は気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりと息を吸い込んだ。
そして肺の中に滑り込んでくる空気の匂いの“違い”に気づくと、今にも泣き出しそうに顔を歪めた。
あぁ、私は――見知らぬ世界に来てしまったんだ。