その愛、ただの不倫です。
ある日、お父さんに連れられて、お母さんと一緒に今まで住んでいた家を出た。これからもっと大きな家に引っ越すのだと言われて。
初めての馬車は座席がふかふかで乗り心地はよかったけど、急なことだったので、不安の方が大きかった。
辿り着いたのは、大きなお屋敷だった。
「今日からここが私達の家だよ」
は?! ここって、お貴族様のお屋敷じゃないの? お父さん、一体何を言っているの?
「アーシャ、この子がお前の姉だ」
わたし一人っ子だけど?!
お父さんに「姉」だと紹介された綺麗なお嬢様は笑顔だったけど、目が笑ってなかった。怖い。
よく見ると、周りにいる人達の顔も強張ってる。
「お父さん、どういうこと? ちゃんと説明して」
そして聞かされたのは、お父さんがお貴族様だということ。
お母さんとは愛し合っていたけど、親に決められた女性と結婚しなければいけなかったということ。
それでもお母さんを諦められなくて、ずっと辛い思いをしていたということ。
結婚していた女性が病気で亡くなったので、わたし達をここへ連れてきたということ。
「……ふざけないで!!」
「アーシャ?」
思わず叫ぶと、お父さんがびっくりしてわたしの名前を呼んだ。だけど、こんなクズの気持ちなんて考えてられなかった。
「それって『不倫』ていうんでしょう?! お母さんのこともわたしのことも、ずっと騙してたの?!」
「ち、違う!」
「何が違うの?! 結婚してるのにお母さんとも付き合ってて、それでわたしが生まれたってことでしょう?!」
「それは、お前のお母さんを愛していたから……」
「言い訳しないで! ただの不倫じゃない!! 不倫の証拠としてわたしは生まれたの?!
ひどい! 最低! このクズ男!!」
「ア、アーシャ……」
「いや! 気持ち悪い! 触らないで!! 触らないで!!」
伸ばされたお父さんの手を振り払って、触られたくなくて無我夢中で暴れてたら、目の前が真っ暗になって意識が途切れた。
目が覚めると、ベッドの上だった。
「気がつかれましたか?」
「あの、ここは……」
わたしが寝かされていた部屋には、優しそうな女の人がいた。
「これから説明します。喉が乾いていらしたら、こちらをどうぞ」
差し出されたグラスの水は、冷えていておいしかった。
「わたくし、このお屋敷で侍女長をしています。
お名前はアーシャさんでよろしかったでしょうか?」
「はい」
「先程のことは覚えていらっしゃいますか? アーシャさん、急に気絶してしまったので、大騒ぎになってしまって」
「すみません……」
わたし気絶したんだ……。恥ずかしい。すごい迷惑だっただろうな……。
「ええと、先に結論から申し上げますと、旦那様──アーシャさんのお父様ですね。お父様は今、この家の地下牢にいます」
「あの、お母さんは……」
正直、お父さんのことはもうどうでもよかった。それよりも、姿が見えないお母さんの方が心配だった。
「お母様は別のお部屋でお休みになっていますから、大丈夫ですよ」
「そうですか。よかったです」
多分、あんまり大丈夫じゃないだろうなぁ……。お父さんに騙されてたってわかったんだし。
「簡単に言ってしまうと、アーシャさんのお父様は、この家を継ぐことはできないんです。亡くなった奥様のお血筋の家なので。
旦那様も、奥様亡き後はお嬢様が家を継ぐことをご存じだったはずなんですけどねぇ……」
困ったように笑いながら、女の人は詳しい説明をしてくれた。
「──なので、あなたもあなたのお母様も、残念ながらここに住むことはできないんです」
「あの、細かいことはわかりませんけど、お貴族様と平民の結婚が難しいのは知ってます。不倫がいけないことだっていうのも」
自分で言っておいて、また涙が出てきた。
女の人はふわふわのタオルをくれて、優しく背中をさすってくれた。
「何も知らなかったあなたに罪はありません。騙されていたあなたのお母様も被害者です。
悪いのは全部全部、旦那様ですよ」
優しく慰められて、涙が止まらなかった。
わたしとお母さんは、お嬢様のお家の領地とやらへ引っ越すことになった。お父さんがわたし達を迎えにきたとき、お貴族様用の馬車で家の前に来てしまったので、少し騒ぎになったそうだ。
最後まで迷惑な……。
近所の人達にいろいろ聞かれるのも嫌だったし、お母さんもわたしもお父さんと過ごした思い出のある家には戻りたくなかったから、お嬢様からの提案はありがたいものだった。
その上、引っ越し先に住む家まで用意してくれるという。流石に恐れ多くてお母さんが断ろうとしたけど、「あの男のせいで、今の家に帰りづらくなったのだから」と押し切られた。
申し訳なさ過ぎて、二人して頭を下げ続けることしかできなかった。
「あの男のことは忘れて、幸せになりなさい」
そう言ってくれたお嬢様に、感謝するばかりだ。
◇
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「ふふ、アーシャが父を詰っていたときのことを思い出して……」
「あー……。元旦那様、ショック受けていましたね」
「何を言われても気にしない軽い頭の持ち主だったけど、かわいがっていた娘から『不倫』だの『クズ男』だの言われて、かなりこたえたみたいね」
「アーシャさんの拒絶っぷりが、すごかったですからね」
何度思い返しても笑ってしまう。いい気味だったわ。
「父を早々に追い出す理由ができてよかったわ。あの親子には感謝しなくては」
「本当によろしゅうございました」
あの親子が父と同類であったら、まとめて処分しなければいけないところだった。そうならなくて、少しホッとしている。
貴族だって、いたずらに平民の命を奪いたいわけではないのだ。
「お母様の喪が明けたら、新当主のお披露目会ね」
「先代様が張り切って準備をなさると思いますよ?」
「……程々にして欲しいと手紙を書くわ」
「かしこまりました」
父が去ってから、我が家はとても平和だ。
母亡き後、この家をしっかり守っていこうと、わたくしは決意を新たにした。




