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魔工師ギルダのつくりごと【読切版】

作者: くるー
掲載日:2026/08/11

人生において必要な物は何か、と問われればギルダは迷わずに「やる気」と答えるだろう。


「はぁ…」


父の遺した小さな工房で、ギルダは手元にある黒々とした塊を見つめながらため息を吐いた。


春を思わせる若葉色の髪と、翡翠の瞳。

腰上まで伸びたそれを一つにまとめ、手には厚手の革手袋、焦げ茶色のツナギを纏った彼女は魔工師である。


「……やりたくない」


黒い塊を指先で転がしながら、ギルダは呟いた。


やらなければならない。

やらなければならないのだが、やりたくない。


人生とは大抵そういうものである。


森にあるこの小さな工房で、昨年までは父と共に様々な物を作っていた。


魔工師とは、魔法を用いて道具を作る職人の総称である。

武器、防具、魔道具、生活用品、玩具など、作る道具は多岐にわたる。


人の往来の少ないこの場所にも、父を尋ねて客が来ることは珍しくなかった。


そんな父も、昨年の暮れに亡くなってしまった。


それからはギルダ一人で工房を使っている。


「やっぱり駄目ね」


ギルダは黒い塊を摘み上げ、ため息交じりに作業台の隅へ放り投げた。


作ろうとしていたのは、魔力を注ぐことで質量が変わる魔道具だ。

漬物を作る時に重たい石を運びたくなかった。ただそれだけである。


失敗した理由は分かっている。

面倒な事を解消するために作り始めた魔道具だが、それ以上に――


「やる気がなかったからなぁ…」


誰に言い訳するでもなく、ギルダはそう呟いて作業台に突っ伏した。


道具の加工に耐えられるように父が作ったこの作業台は、金属であるにも関わらず木材のような質感がある。


そしてなにより、ひんやりと冷たく心地よい。


父が居たなら、いい加減な仕事をするなと悪態を吐かれるところだが、今はそっとしておいて貰いたい。


そんな時もある。


コンコン――。


「…………」


工房の扉を叩く音がした。


ギルダは動かない。


コンコン。


「…………」


もう一度。


聞こえていないふりをするには、少々はっきりと聞こえすぎた。


「……今日は休みです」


もちろん嘘である。


「何言ってる、お前の店に定休日なんぞ無かったろう」


知った声であった。父が健在だったころ、しばしば工房を訪れていた男の声である。


そもそも、こんな森の中にある工房を訪ねてくるのは、父の頃からの馴染み客くらいのものだ、などと思いつつ、ギルダは作業台から立ち上がって玄関を開いた。


そこに居たのは初老の男性だった。

黒いスーツに身を包んだ男は、名をレンブラントと言っただろうか。


「今日から定休日始めました」


「今日から?」


「………はい」


なんとも煮え切らない問答であるが、そんなギルダを見てレンブラントは二カッと豪快に笑った。


「がはははは!それならばちょうどいい。ちょっとワシに付き合えギルダ!」


「嫌です」


即答である。

毎度こんな森の中に、スーツ姿で赴いてくる男。子供の頃から不思議ではあったが、父にレンブラントという男は何者かと尋ねても『レンブラントはレンブラントだ』と、何も詳細を教えてはくれなかった。


身なりから、低い身分の者ではない事は分かる。人の営みから離れた森の中で暮らしていようとも、その程度の知識は持っている。


ギルダは本を読むことが好きだった。新しい知識、道具や魔法、世界の常識。色々なことを教えてくれる。

時折、自分の持っている常識とかけ離れた考え方もあるが、それもまた面白かった。


「つれないことを言うな。どうせダンカンもおらんで暇をしておったのだろう?」


ダンカンとは、父の名である。

血の繋がりこそないが、幼いギルダを拾い、娘として育ててくれたこの世界で唯一の父親だった。

そんな父の顧客に対して悪いとは思っているのだが――


「いや、私にも自分の用事があってですね」


嘘である。

ギルダは作業台の隅に追いやった黒い塊へ目を向けた。今しがた、やる気がないばかりに失敗した漬物石の成れの果てだ。


仕方がないのだ、今日は本当に何もやる気がないのだから。


「ダンカンに頼まれておるんだ」


急に、レンブラントの豪快な笑いが無くなり真面目な表情となる。

真っ直ぐな、真剣な瞳だった。


「お父さんから?」


「あぁ」


短く頷いたレンブラントを、仕方なく家の中へ招き入れた。

父からの頼みと切り出されては、聞かない訳にはいかない。


狭いリビングにレンブラントを案内し、お茶を出す。


「ギルダ、誕生日おめでとう」


和らいだ表情で、椅子に腰掛けたレンブラントが言った。


言われるまで忘れていた。今日はギルダの二十歳の誕生日である。

父が亡くなってからというもの、たまに来る客の依頼をこなしているだけで、特にやりたい事もなく暮らしていた。


ただ暮らしていただけであった。


ダラダラと過ぎる日常、誕生日など覚えているはずも無かった。


「忘れてた」


『ありがとう』とは、何故か口から出てこなかった。歳を重ねたことに喜びは無く、過ぎていった過去を虚しく感じる気持ちが大きかったからだろうか。


「めでたい日を忘れるな。ましてやお前自身、特別な日だろう」


呆れたように、レンブラントは頬杖をついた。


そう、ギルダにとって誕生日とは、何よりも特別な意味を持っていた。

それは父に拾われた日。家族になった日だ。


「ギルダ、街へ行かんか?」


「街へ?」


「そうだ」


唐突な話である。近くに人の住む集落はあるが、そこは街と呼べるほどの規模ではない。

村と呼ぶのが正しいだろう。


となると、レンブラントの言う街とはどこの事なのか。いや、そもそも内容が唐突すぎる。


「私には、この家がありますから」


「ここで何をするんだ?」


間髪もなく質問が返され、ギルダは答えに迷った。


これまでは父がいて、父の手伝いをすることが生き甲斐だった。教えられて、一緒に物を作り、失敗があって、成功して。


今はどうだろうか。

やりたい事は、特にはない。強いて言えば――


「魔工師として、物を作ります」


それ以外には、思い浮かばなかった。


「それならば、ここでなくても出来るだろう」


「ごめんなさい、でも今は、他にやりたい事もないし、大切な場所ですから」


「ふむ……」


カップのお茶を飲みほし、レンブラントは立ち上がった。


「まぁいい、とりあえず誕生日祝いだ。付いてこい」


また唐突に、レンブラントはギルダの肩を叩く。


「行くってどこへ?」


「いいから付いてこい!」


二カッと豪快に笑った彼は、家の外へと出ていった。


「なんなのよ……」


小さく文句を吐いたものの、ギルダは慌ててレンブラントを追った。

外に出て、初めて気づいた事がある。

今までレンブラントが訪れた時には気付きもしなかったが、少し離れた場所に馬車が停まっていた。


2頭引きの、いかにもお貴族様が乗っていそうな高級な物である。


「やっぱお金持ちだよ」


との驚きもつかの間、馬車とは反対側の森の奥へと歩いていくレンブラントを目で追った。


「そっちはダメ!」


咄嗟、レンブラントを呼び止めた。


「気にするな!来い!」


がはははと笑って歩いていく初老の男性、歳に似合わず歩いていくペースが早い。


「もう、ダメなんだって!」


眉を寄せつつ、ギルダはレンブラントを追いかける。

そこは昔から父に入ってはダメだと言われていた方角だ。なんでも、この先に張られた結界の向こうには、危ない魔物が住み着いている禁忌の森と呼ばれる場所らしい。


「レンブラントさん!そっちは危ないよ!」


ようやく追いついてレンブラントを制止するが、彼は一向に足を止めようとしない。


「魔物がいる場所なんだよ!」


「大丈夫だから付いてこい!がははは!」


何が大丈夫なのか。初老の男と、ツナギ姿の魔工師。たった2人だ。

魔物に遭遇なんてしたらひとたまりもないだろうに。


しかし、ギルダは初めて父から入るなと言われていたその場所へと足を踏み入れた。


親の言いつけを破るというのは妙な罪悪感がある。


「……怒られても、知らないからね」


もっとも、怒ってくれる父はもういないのだが。


程なくして、木々の開けた場所へと辿り着いた。

精神的にはかなり疲れたが、今のところ魔物に遭遇することも無く無事である。


円形に木々の切り取られた広い空間、工房の庭くらいの広さはあるだろう。

その一角に小屋があった。

人が住むにしては少々手狭だし、少ない窓も閉じられている。


「ここは……」


知らなかった。こんな場所があったなんて。


「こっちだ」


呆気に取られるギルダを他所に、レンブラントはその小屋へと向かった。


「ち、ちょっと待って」


ギルダも慌てて後を追う。

レンブラントは何を知っているのだろうか。


「レンブラントさん、ここって一体なんなんですか?魔物も、いなかったですし」


「魔物、魔物かぁ。そりゃあダンカンのつくりごとだな!」


「つくりごと?!」


「嘘ってこった!がははは!この辺りには魔物なんかいねぇし、いるとすりゃあ鹿や猪くらいだな!」


「……なんでそんな嘘を?」


「そりゃあ、ここをお前に見つけられたくなかったからだろうな」


「なんで?」


「それはワシに聞くな。本人に聞け」


「……お父さんはもういないよ」


「まぁ、あいつの事だ。多分照れ隠しだよ。とりあえず、自分の目で確認してこい。ワシは外で待っとる」


父が見られたくなかった物とは、一体なんだったのだろうか。扉を開けて中に入れと目配せをするレンブラントから視線を戻す。


扉のノブを握ると、淡い光と共に鍵の空いた『カチャ』っと言う音が聞こえた。


「認証式の鍵の魔道具だな。設定した物しか中に入れん仕掛けのようだ。ダンカンらしいのぉ」


ギルダの後ろでレンブラントはそう言って、懐かしむ笑みを浮かべた。


「認証式の、鍵……。お父さん、やっぱり凄い」


父が作ったであろう扉の仕掛けが気になり始めたがレンブラントに「早く中を見てこい」と急かされて、ギルダは渋々とその扉をくぐり抜けた。


知らない場所と父の遺した物に、期待と不安、どちらが強かったのかは、ギルダもハッキリとは分かっていない。


「えっ?!」


小屋へ入ると、外見以上に中が広いことにまず驚いた。

1度小屋を出て、小屋の大きさを見渡し、また中に入る。


「どういう事?!」


外見はただの木造り小屋で、大きさは広く見積っても10m四方だ。

なのに中に入ると天井も壁もその倍以上の広さである。


「空間面積が変化させられてる……?」


明らかに異様であり、ギルダには想像も出来ない技術がそこにあった。


(空間の拡張?いえ、それとも別空間への接続?いや、私のサイズが変わった可能性も否定できない)


などと空想と妄想の世界に囚われそうになったが――


「大丈夫か?」


と、外から聞こえたレンブラントの声で、現実へと戻ることが出来た。


自分ではまだ分からない技術だ。今考えても絶対に理解出来ないだろう。

それよりも、父の遺した物を確認しなければ。


「大丈夫です!」


小さく深呼吸をして、小屋の中を見渡す。


四方には天井まで届く大きな棚。積み上げられた木箱、小屋の真ん中にも様々な魔道具が置かれていた。

と、その中に小さな丸テーブルがあり、小さな木箱が置かれていた。


ふと目に止まったそれを手に取り、ゆっくりと開いてみる。


中には小さなうさぎのぬいぐるみと、木製の馬車が仕舞われていた。


それは、ギルダには見覚えのある物だった。

子供のころ、父がギルダの為に作ってくれた玩具である。


「懐かしいなぁ。ちゃんととっておいてくれてたんだ」


他にも、周りをよく見ると過去に父が作っていた魔道具が所狭しと並んでいた。

どうやら、父が生前作った物を保管していた倉庫のようであった。


しかし、それだけならなぜこの場所を隠したのだろうか。ギルダはそれが疑問だった。


手に取った木箱を持ったまま、ギルダは小屋の中を歩いて回った。


その中には当然ギルダも見た事のない魔道具もあった。何に使うのかも分からないもの、ガラクタのような物、武器のような物まで様々だ。


小屋の1番奥の方まで来ると、メダルや賞状の様な物が無造作に置かれた棚があった。


「なにこれ?」


ギルダは丸められた賞状を手に取り、開いてみた。


『感謝状

汝の創りし魔道具が世にもたらした恩恵は、過去数百年に類を見ぬ功績である。

よってここに、その偉業を称え、深甚なる感謝を表する。』


「第十七皇帝 ガザム・ラタ・ローヴェルト?!」


第十七皇帝とは、今より3代前の皇帝である。


「なにやってんの、お父さん……」


メダルや、よく見たら楯なんかも置かれている。

ここにきて、父がこれまで何をやっていたのかが全く分からなくなってきた。


「そもそも何歳なのよ……」


父は自分をドワーフと言っていた。普通の人よりは長生きだとは聞いていたが、こんな事は聞いていない。

隠したかった秘密とは、父の過去だったようだと理解した。


「まぁ、多くは語らない人だったからなぁ」




『お父さん、これ作れるかなぁ?』


『知らん』


『無理そう?』


『出来るか出来ないかで考えるな、やるかやらないか、どっちかだ』


『やってみてダメだったらどうするの?』


『その時考えればいい。ダメでもなんとかなるし、自分でなんとかすればいい』


『わかんないけど、やってみようかな!』


なんてやり取りもあったっけ、などと昔を思い出す。


悪くいえばいい加減。でも決して無理とは言わない人だった。


「やるか、やらないか、か……」


再び木箱の蓋を開けて、懐かしさに浸る。


「ん?」


先程は気が付かなかったが、木箱の底になにか入っている。


「なんだろ」


取り出したそれは、一通の手紙だった。

表には見慣れた文字で『ギルダへ』とだけ書かれている。


「父さんからの、手紙?」


封を切って、手紙を取り出す。

父の見慣れた文字に込み上げるものを堪えながら、ギルダは手紙を読み進めた。


ギルダへーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『二十歳になったな。』


『ここにある物は全部お前にやる。好きに使え。いらんなら捨てろ。』


『俺が教えられることはもう教えた。』


『あとは好きに生きろ。』


『やりたいことを見つけろ。』


『見つからんなら、見つかるまで探せ。』


『なんとかなる。なんとかしろ』


『お前は俺の子だ。なんだってできる』


『逃げるなよ。』ーーーーーーーーーーーーーーーー


短く、簡単な文章だ。

だが、間違いなく父ダンカンの書いた文章である事は疑いようがなかった。


『なんとかなる。なんとかする』父がいつも言っていた。


「うぅ……お父さん」


静かに瞳から溢れた涙は、手紙の隅に薄らと滲んだ。

手紙を胸元に抱き、ギルダはしばらくその場に立ち尽くした。


やりたいこと。

今は、まだ分からない。


けれど――探しに行くことくらいなら出来るかもしれない。


「……外の世界、か」


ギルダは小さく呟いた。


その声は、ほんの少しだけ前を向いていた。

最後まで読んでいただいてありがとうございました(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

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