第4話 おにいちゃん契約
昼下がりの閑静な住宅街。
俺は立ち並ぶ一軒家を前にしていた。
インターホンを鳴らすと、間をおいてドアが開き、中から女の子がぎろりと視線を覗かせる。
「入って」
俺を睨みつけるかのようにして、冷淡な声でいう彼女。
透き通るような白い肌に銀髪のウルフカット、切れ長の綺麗な青色の瞳は見るものに近寄りがたさを感じさせる。
オーバーサイズのフーディがボーイッシュだ。しかし、裾から除く生足が艶かしい。
帰ってもいいですか、と聞こうとすると頭にビー、ビー、とアラームが鳴る。
えー、あんな嫌そうなら帰ってもいいじゃんかよー。
分かりましたよ、と内心毒づきながら家に入った。
玄関に上がるとすぐにとたとたと小さな足音がする。
「あー! おにいちゃんだあー!」
銀髪の幼女が両手を上げながら走ってきた。
小さなお手手がわきわきと動いていてかわいい。
幼女の勢いはとどまることを知らず、俺の眼前まで差しかかるとぴょんっとお腹目掛けて飛びついてきた。
ラブコメならどかっと腹部に痛みが走るところだろうが、そうはいかないぜ。
俺は飛び込んできた幼女の脇腹を掴むようにして優しく迎え入れ、そのままの勢いを殺すことなく体を回転しながら頭上へと持ち上げる。
そして、自分の首に幼女の足をかけるようにポンっと乗せた。
はい、肩車の出来上がり。
「きゃー! おにいちゃんしゅごいしゅごい」
頭上では幼女がきゃっきゃっとはしゃいでいた。
小さい子どもといえど体重は10kgを余裕で超える。
見た目はかわいくてもその質量は重い。
ボーリングの玉が遠慮なくこちらに向かってくるのを想像して欲しい。
こんな芸当ができるのもギャルゲー帰りの肉体のおかげだな。
「ちょっとミイナ、なにしてんの」
この光景を隣で見ていた幼女と同じ銀髪の女の子が注意する。
ふーん、この幼女の名前はミイナというのか。
そんなことを考えてると、う、うぇ、と狼狽える声がする。
「まあまあ、俺はこの通り別になんともないんだし、ミイナちゃんもただ遊びたかっただけなんだからさ」
ね? と俺はミイナちゃんにこれ以上怒りの矛先が向かぬように彼女を宥める。
「そう」
「それに、これくらいの動き、『お兄ちゃん契約』をするには必要だからな」
「ふーん」
玄関先で肘を抱きながら俺のことを訝しげにみるのは、七人の大罪のうちの一人【憤怒】の桐山・フォーリン・レナ。
人を寄せ付けないほどの美貌、いつも怒っているような態度から【憤怒】と呼ばれている。
なぜ俺が彼女の家に訪れたかというと。
手紙をもらったあの日の放課後。
手紙には『屋上に来て』と呼び出されていた。
ギャルゲー、『君のためのハーレム』の世界から帰ってきたあの日、俺は迷子の銀髪幼女を助けた。
実はその幼女の姉が桐山さんだという。
いやいや、迷子を助けることも人生でそうそうないし、その迷子の姉が同じ学校通ってることってある?
しかもその姉が学園の七人の大罪と呼ばれるような美少女だなんて、どんな確率だよ。
そんなあり得ない展開を引き寄せるなんて【ラブコメ体質】がすぎるだろ俺。
桐山さんいわく、迷子になった日からマイナちゃんがずっと俺の話をしているらしい。
なんでもお兄ちゃんが欲しいとせがんでくるんだとか。
それが余りにもうっとしいから、一時的に妹さんのおにいちゃんになって欲しいという『おにいちゃん契約』の申し出があったというわけだ。
断ろうとしたけど、ここでも頭のアラームがビー、ビーとけたたましく鳴り響くので、またも渋々了承したのだった。
俺はミイナちゃんを肩車から降ろしていう。
「ミイナちゃん。俺じゃなかったら危ないから突撃しちゃだめだぞ?」
「うん、おにいちゃん以外にしないもんっ」
おやくそくー、とミイナちゃんが右手の小指を立てる。
俺も小指をたてて指切りをした。
無邪気な姿に心癒されるなあ。
それにしても常に周囲を近寄せないオーラを放っていて孤高の一匹狼のような桐山さんに、愛くるしさを振るまく天使のような正反対の妹がいるだなんてな。
そんなことが頭に浮かびながらも、いつまでも玄関にいる訳にはいかないので、俺はお邪魔することにした。
桐山さんの住む家は二階建ての一軒家。
玄関から伸びる廊下、突き当たりの先にあるリビングへと通された。
その間、ミイナちゃんは俺の手を自身の小さな手で掴んでとことこと歩いていた。
前を行く桐山さんは時折こちらの様子を伺っていた。
リビングに到着して、椅子に座った桐山さんに俺はいう。
「今日から俺はミイナちゃんの契約お兄ちゃんというわけだから遊ぶけど、お姉ちゃんの桐山さんはどうするんだ?」
「別に、なにもしないけど」
桐山さんの切れ長で形の良い目が射抜く。
けれどここで一緒に遊ぼうなんて俺は誘わない。
「わかった」
それよりも姉である桐山さんとラブコメ展開にならないように気をつけないと。
こういうのは妹と遊んでいるうちにそのお姉ちゃんと仲良くなって行くのがお約束。
相手から接してこないならそれに越したことはない。
こちらを監視するようにいられるのは少し居心地が悪いけど。
ま、妹になにかあっては危険だから仕方ないか。
「よぉしミイナちゃん、久しぶり……ってわけでもないか。あの日道で会った振りだね」
「うん、とっても会いたかった!」
「それは嬉しいな。今日はお兄ちゃんとなにして遊ぶ?」
「うーん、とね。えっとね。お医者さんごっこ!」
知らない遊びだな。
「どうやって遊ぶの?」
「これ使うの!」
ミイナちゃんが小箱からおもちゃの聴診器を持ってくる。
「ミイナがお医者さんでおにいちゃんが患者さんね」
舌足らずにも頑張るミイナちゃんがかわいい。
「患者さんなんて、そんな難しい言葉知ってるのは偉いな」
「えへへー」
頭を撫でてやると、にぱっとミイナちゃんが無邪気に笑う。
子どもは純粋だからラブコメ展開になるとかそんなことを気にしなくていいのが助かる。
「じゃあおにいちゃんそこに座って」
用意された小さい椅子に案内される。
これ俺が座っても壊れないか?
怖いから空気椅子をしていよう。
ギャルゲー帰りでバルクアップした筋肉さまさまだ。
「おにいちゃんきょうはどうされましたか?」
「ちょっと風邪みたいで。ごほっ、ごほっ、げっほげっほ」
俺は咳をする演技をした。
ギャルゲー『君のためのハーレム』の世界では攻略対象は様々で実妹、義妹、友達の妹と色んな妹たちと関わってきたから、ごっこ遊びは得意だ。
こういうのは本気でやるのが大切だ。
恥ずかしがってる心を幼い子は見抜いてくるからな。
「それはいけません。しんさつちましょー」
「はいぃ、お願いします」
「では、ふくをあげてください」
「ミイナなに言ってるの?!」
がたっ、と桐山さんが立ち上がる。
「桐山さんなに言ってるのはこっちの台詞だ。ミイナちゃんは本格派なんだよね?」
「そうなのー」
俺はトップスをまくる。
わー、とミイナちゃんは声をあげてしばし固まってこっちを見ていた。
「先生? お願いします」
「は、はーい。みますね」
おもちゃの聴診器が俺の胸に添えられる。
ふむふむ、とみいなちゃんが頷いていた。
そこから聴診器が腹筋へと移動する。
腹筋の音を聞いてなにがわかるんだろう?
まあこれはごっこ遊びだし、なにか聞いてるわけでもないんだろうけど。
「先生、どうですか?」
「これはあぶないです」
「え、危ないんですか?」
「もっとくわしくけんさちましょう」
聴診器を使っていたミイナちゃんがそれを外して、俺の胸に耳を直接当てた。
心臓の音でも聞いてるのかな。
「こらミイナ!」
桐山さんがこちらに来る。
ん? そこで見てるだけじゃなかったのか。
「どうしたの桐山さん、一緒にお医者さんごっこする?」
「しない!」
顔を真っ赤にしてこちらを睨みつける桐山さん。これが【憤怒】の桐山さんか。
年下だというのにすごい迫力だ。
それに俺に対してはやけに言葉数が少ないなぁ。
「ミイナそんな密着したらいけないでしょ、やらしいからやめなさい」
「やらしい? 桐山さんこれは医療行為だよ。そうだよね、ミイナちゃん?」
俺はそれにやれやれと首を振る。
純粋な子どもがそんなことをするわけないだろ。
「ん、いりょーこうい!」
「ミイナあんた意味分かってないでしょ。別の遊びにしなさい!」
なぜかお医者さんごっこは中止になり、次は魔法少女ごっこになった。
てか桐山さんって俺に対して話しかけてくることないなあ。
ミイナちゃんにだけ話しかけて、それを俺が拾ってるだけだ。
その距離感の方がラブコメ展開にならなくて俺には助かるけど。
「えいー!」
「ぐわあ! やられたー!」
魔法の杖を振りかざしたミイナちゃん、俺はそれを合図に膝を折りながらパタリと倒れる。
体幹が鍛えられているから綺麗に倒された演技ができるぜ。
それがミイナちゃんには本物みたいと大ウケだった。
いま俺たちは 『魔法少女ういっち』というアニメの役になりきっていた。
「えいえいえい」
ミイナちゃんは倒れた俺にまたがって素手でぽこぽこと体を叩く。
叩くといっても触るように優しいから痛くはない。
けれど怪人を倒した後に追い討ちをかけるシーンなんてなかったよな?
何度かそのやりとりをした後に、ミイナちゃんはすやすやと俺の上で眠っていた。
「ミイナちゃん疲れちゃったんだな」
「運ぶ」
桐山さんが俺にかぶさって眠るミイナちゃんを抱えていく。
ミイナちゃんは、おにいちゃん、ぐへへー、と寝言をいいながら連れられていった。
『おにいちゃん契約』のお遊びが終わったので俺は早々に帰る事にした。
桐山さんと仲良くなってラブコメ展開になっても困るからな。
玄関先で靴を履いていると桐山さんに「待って」と声をかけられる。
「ミイナが沢山体触ってごめん」
「ん、なにが? 子どもと遊ぶなら触れ合うのは普通だよ」
「その範疇を超えていたというか……」
どういうことだろう。
さっぱり意味がわからない。
「桐山さんは妹さんの想いなんだな」
「どうして?」
「妹のことを思って俺に声をかけてきたんだろ?」
「それは、あの子がうるさいから」
「それでも願いを叶えてあげた。桐山さんはちゃんとお姉ちゃんしてるよ。えらいえらい」
そういって俺は桐山さんの頭をなでる。
「んな……!」
桐山さんは顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
怒りで声も出ないようだな。
ふ、これも計画通り。
ラブコメでは頭をなでるとヒロインは喜ぶけど、現実はそうじゃない。
付き合ってもいない異性に頭をなでられて喜ぶ女の子なんて皆無だ。
撫でられた方は普通に気持ち悪いし、セットした髪型も崩れるしでいいことないからな。
合わせて、この上から目線での子ども扱い。
これはさぞ好感度が下がったことだろう。
じゃ、と俺は次の予定が控えているので足早に家を去っていった。
だから桐山さんの呟きが聞こえなかった。
「うー! 普段人と話すのも無理なのに、あんなイケメンと話すのなんて緊張するよぉ! 私、上手く話せたよね? 頑張ったよね?!」




