26 駄犬の思惑
力が違うから、あの男に対して恐怖心があった。
「確かに、私達の世界の中でも強い者だったのは確かですけど、私の父と母と比べると……小物レベルです」
「うん。それは見て分かったよ」
あまりにもレベルが違い過ぎる。
『さあ、繋がりを断つんだ』
『嫌だ……と言ったら?』
『俺が繋がりを切るだけだ。その意味は、駄犬のオマエでも分かるな?あぁ、余計な事はするなよ?すれば、その時点でアウトだからな』
『くっ…………』
男は顔を歪ませて深影さんを睨んだ後、また何かをぶつぶつと呟き出した。すると、左足の模様が薄くなった後、足から浮かび上がり、そのままどこかへと消えて無くなった。
「繋がりが……切れた?」
「はい。これで、リヴィ様は自由です」
“自由”
もう、朔の日に怯えなくていい?
もう、痛みに耐えなくていい?
「ありがとう……」
『色んな説明は後にするとして……ニコ』
『はい』
『この駄犬を送ってきてくれ。送った後は、主様に報告をしておいてくれ』
『承知しました』
そうして、“ニコ”と呼ばれたイチコさんによく似た女の子が現れ、拘束された男と共に消えて居なくなった。
『お父様、ありがとうございます』
『久し振りだな。元気そうで良かったが……手に傷ができたな……やっぱり駄犬はここで始末すべきだったか?』
『お父様、これは、私が壁にぶつけてできた傷だから』
『なら、その壁は取り壊しておくか?』
『お父様……』
ー過保護が過ぎないか?ー
顔や雰囲気は恐ろしいのに、ミツを見る目はとことん甘い。
『ミツは、母親の菊花様にそっくりで、その菊花様を溺愛している深影様は、ミツを溺愛してるんです』
と、イチコさんがこっそり教えてくれた。
「なるほど……ふふっ……」
『さて、色々話が長くなると思うので、片付けてからお茶を淹れますね。アウラさん達が戻って来るまで、まだ時間もかかりそうですしね』
ーあ、そういえば、アウラはどこに行ったんだろう?ー
私の傍から離れなかったアウラ。気にはなりつつも、私はイチコさん達と一緒に片付けを始めた。
まず、ミツやイチコさんや深影さんは“獣人”ではなく“妖怪”と呼ばれる種族で、簡単に言えば“魔力を持った獣人”。深影さんは“黒妖犬”で、ミツとイチコさんは妖狐で、妖狐は妖力が強くなると尻尾が増えるらしい。ミツの尻尾は1本、イチコさんは2本。因みに、ミツの母親の菊花さんは3本なんだそうだ。
そして、黒妖犬とは“地獄の門番”と言われるほどの最強レベルの妖犬なんだそうだ。納得。
ミツには双子の弟が居て、弟は深影さんと同じ妖犬だけど、見た目は普通に可愛いもふもふな小型犬なんだそうだ。
と、前置き?的な話は置いといて───
“駄犬”と呼ばれている男もまた妖犬なんだそうだ。妖怪は普通の人間とは住む空間が違うらしく、“妖の世界”で過ごしているのだけど、あの駄犬は度々人間の世界に訪れては悪さを繰り返し、仕舞いには人間を操ったり殺したりするようになり、罰を受ける事になった。それが、ナナカがこの世界に召喚される時に偶然巻き込まれて、この世界に来てしまっていたそうだ。
ただ、世界を超えてしまうと、他世界の神々が異世界への干渉ができない為に、事を見守るしかなかった。
「では、この世界の神様が干渉すれば良かったのでは?」
と素直に聞けば、それはそれで、世界の理が崩れる恐れがあるから、その世界の神様であってもそう簡単に干渉できないんだそうだ。
「そこで、唯一干渉できる方法というか、抜け道のようなものがあって……」
それが、“神の許可無く異世界から来た者が、その世界の者を害した時”だった。
「あの駄犬を捕らえたのが菊花で、罰を下したのが我々の主様だったから、菊花と主様を逆恨みしていたんだろうな」
ふんっ──と不機嫌さを隠そうともしない深影さんの手をよしよしとミツが撫でると、深影さんの機嫌はすぐに直った。
「自分の世界では、俺にも菊花にも勝てないから、この世界で悪さをして菊花を送り込ませるようにして、この世界で仕返ししようと思っていたんだろうな。で、それを逆手に取ったんだ」
駄犬が、この世界の誰かに手を出すのを待っていたところ、聖女を誑かし───
「この世界の“愛し子”に手を出してしまって……すぐに俺達が対処する事が難しくなったんだ」
愛し子に対応できるのは、その世界の精霊と妖精達だけ。それが悪であろうと善であろうと、愛し子に手を出せば精霊や妖精がどう動くか分からないから、迂闊に手を出せなくなった。
「ある意味、創世神や神々より、妖精や精霊の方が厄介なんだ……」
はぁ……とため息を吐く深影さんに続いて、イチコさんが話を続けた。
「本来なら、ヴァルナさんかアウラさんが対処できたんでしょうけど、2人の対応が遅れて、リヴィ様は水の魔力を奪われた上、水の精霊ヴァルナさんも奪われ、アウラさんも力を失いかけて……そこで、主様がギリギリのところでリヴィ様を助けた──といったところです」
ある意味、ヴァルナとアウラの力が弱まったから、外部からの干渉が可能になった──という事だった。




