20 聖女ナナカ②
「少し無理をし過ぎじゃない?大丈夫?」
「大丈夫です。この位、なんともありません」
「それなら良いんだけど、無茶はしないようにね」
そう言って、心配そうな顔をしているのはジルダさん。いつも私の体を気遣ってくれる、とても優しい人だ──と、素直に思っていたけど、その優しさが、本当は私が聖女として力をつけるのが嫌で、魔法の扱いが上達しないようにしているのでは?と疑うようになった。
そして、私が騎士や魔道士達と話をしたりしていると
「ナナカ1人ではなく、女官や仲の良い令嬢達と一緒の方が良いわ」
と、私が異性と会話している事にまで、いちいち口を出してくるようになった。
ー自分は、セオドリク様と2人きりでお茶をしてるくせにー
「それじゃあ、今度、ジルダさんとセオドリク様とのお茶の時間に、私もご一緒して良いですか?」
「ええ……良いわよ………」
何か言いたげな顔をしているけど、それ以上は何も言わないジルダさん。言えるはずがない。1人で異性と話すなと言ったのはジルダさん本人だから。ジルダさんが居れば、私がセオドリク様とお話して良いって事だから。それに、本当は、私がセオドリク様の婚約者だったのかもしれないのだから。
セオドリク様とのお茶の時間は楽しかった。
王太子という事で、普段は立ち入る事のない庭園でのお茶や、国一のパティシエのお菓子が食べられる。そして、何と言っても、セオドリク様がカッコイイ。イケメンの騎士や魔道士も居るけど、セオドリク様は別格だった。身分も王太子。ラノベあるあるのクズでも馬鹿でも傲慢でもなく、とても優しい王太子。ジルダを大切にしている王太子。
ー婚約者は、私のものなのにー
どうしてジルダが?顔はいたって普通。嫌われているわけじゃないけど愛想も無い。伯爵と言っても中流で、突出した何かがあるわけでもない両親で、ただ単にジルダ本人が二つの属性を持っていただけで選ばれた。
でも、私は違う。
私は光の属性を持つ聖女。ネアン女神様に選ばれた聖女。
『聖女とは、常に謙虚であれ』
『その力は、他人の為に使う為に与えられた力と心得よ』
『他人の為に行動すれば、必ず自身に返ってくる』
それなのに、光属性の魔力は役目を終えると失われてしまう。
ー何故?他人を幸せにするだけで、自分は駄目なの?ー
聖女でなくなったら、私はただの平民に成り下がるの?そうなれば、私が王太子妃、王妃にはなれないの?ジルダが全てを手に入れるの?
「嫌だ……セオドリク様も、王太子妃も私のものよ……」
どす黒い何かが、心の中に広がっていくのが分かる。それは嫉妬なのか、それとも──
『その願い、叶えてやろうか?』
「え?」
パッと意識を取り戻し、辺りを見渡す。
「誰も……居ないよね?」
『ここに居る』
「え?って……っ!!??」
今まで私以外は誰も居なかったはずなのに、目の前に見慣れた黒髪と黒目の男性が立っていた。
「なっ……だっ………」
『誰か?って?うーん……簡単に言うと、聖女様の願いを叶える為にやって来た者だよ』
「私の願い?」
『さっき、強く願っただろう?聖女様は特別な存在だからな。強く願えば叶うんだ』
“王太子を手に入れたい”
“光の魔力を失いたくない”
“ジルダの場所を奪いたい”
「願えば叶う?本当に?」
『あぁ、本当に。聖女様が俺に願えば……全て叶えられる。願うか?どうする?』
ニヤリ──と、目の前の男が嗤う。願えば叶うというなら願いたいけど、こういう場合には対価が伴うという事ぐらい分かる。
「対価は何?何も無いなんて事はないんでしょう?」
「流石は聖女様。勿論対価は貰うけど、それは聖女様からではないから大丈夫」
「聖女からではない?それじゃあ、対価を払うのは……」
『対価は、ジルダから貰う』
「ジルダ……から?」
それから、この男から聞いた話には驚いたけど、それは私にとって都合の良い話だった。願った私が対価を払わずに願いが叶う。なら、この男に願わないという理由はない。ただ、この男は一体何者なのか。本当に願いを叶えてくれるのか。信じて良いのか。
「貴方を今すぐ信じる事は難しいわ」
『ふむ……なら、何か俺に願いをしてみろ。小さな願いなら、対価無しで叶えて証明しよう』
「“緑茶”が飲みたい」
緑茶は、この世界には無い。私の世界では一般的な飲み物で、飲みたくて聞いたり探したりしたけど無かった。その緑茶が飲めるなら──
『ふむ……』
男が頷いてパチンッと指を鳴らすと、部屋のテーブルの上に緑色の液体が入ったガラスコップが現れた。
『アイスで良かったか?』
「………」
手を伸ばして、そのコップを手に取って顔を近付けると、緑茶の香りがした。




