牢獄
ヘッドホンをするのが好きだ。
小説を読むときですら、音楽も何も流さずにヘッドホンをする。
このどうしようもない世界から隔離された気がするからだ。
もしくは、もう、何も聞かなくていいように。
いつからこうなってしまったんだろう。
あるいは、最初から、こうだったんだろうか。
たしかに幼少期から、辛いことが多かった気がする。
今では気にならないことですら、昔は良く痛がっていた。
だが歳を取るとともに、少々のことでは動じなくなってしまった。
でもそれは、強くなったわけじゃない。
きっとただ、鈍感になってしまっただけなのだろう。
人はどんなことにでも慣れていく。
たとえ足を失ったとしても。
2年もすれば、不便とは思っても、足を失った瞬間の絶望、苦悩、不幸感は
きれいに消え去り、朝起きた時の気分は足を失う前とそう変わらなくなるそうだ。
それは生きるためには必要なことだが、悲しいことだとも言えるのかもしれない。
老いることは悲しいことだ。
男の精神年齢は、中学生で止まってしまう。
処世術を身に着け、大人になったように見えるだけだ。
心は中学生なのに、体は老いていく悲劇。
青春を卒業したわけじゃない。
ただ、手に入れられなくなったから、諦めてしまっただけだ。
その状態で、青春時代の四倍以上の時間を過ごさなければならない、無限の牢獄。
それがこの世だ。
・・・しかし、それでも。
ヘッドホンを外す。
世界の音が、ゆっくりと戻ってくる。
誰かの笑い声。風の音。通りすがりの靴音。
ただそれだけのことが、少しだけ眩しく感じる。
この牢獄にも、窓はあるのだ。
それに気づくだけで、息がしやすくなる。
きっと人は、完全に鈍くなることなんてできない。
どんなに慣れても、ふとした瞬間に胸が痛む。
その痛みが残っている限り、まだ人間でいられる。
だから、もう少しだけ、この世界に耳を傾けてみよう。
ヘッドホンをしていてもいい。外してもいい。
どちらでも、きっと希望はちゃんと。
そこにある。




