第二話「大聖堂の失せ物」
瑠璃色の髪の少女。十八歳、ルーチェ・ステラマリス。後輩は拍子抜け。
事実上のトップたる国主の失踪以降、連邦軍内部でも人事異動などがされて、
現在の体制が完成した。実力主義。元帥より軍人の誇りを説かれて来た。
だと言うのに、何故だ。こんな小娘に頭を下げるなど。名前も聞いたことが
無いのに、こんな奴らに下げるとは軍人の風上にも置けない。後輩は懐から
銃を抜き、先輩の後頭部を撃ち抜く。
ルーチェは硬直した。彼女の間抜け面に後輩は腹を抱えて爆笑する。
「なぁにが、ルーチェ嬢だよ!テメェみたいな小娘を頼るとか、耄碌しちまった
ようだなぁ。連邦軍は屈強であれ、常に強者として在れ…ってなァ!!
テメェ、一般人の分際で馴れ馴れしい態度を取ってたな?土下座しろ」
「―」
そうか、これが今の連邦の姿か。実力主義を批判したり、否定したりはしない。
しかし許されていいのか。この横暴。そしてどうやら彼は下の人間を踏み台に
して愉悦に浸る外道らしい。事の発端を知らなくても、キースはすぐに全てを
理解した。
「―軍人が一般人に背後を取られてどうする?」
「へぁ?」
キースは悠々と軍人の横を素通りし、背後から襲撃され死した男の前で
目を伏せる。
「お前では話にならない。ヴィンセント・キューブリック少佐を呼べ」
「そんな高位の方を呼ぶなんて…異国人の分際で―」
キースの双眸が赤い光を帯びる。軍人は彼の眼を見てしまったのだ。
「“ヴィンセント・キューブリック少佐を呼べ”」
軍人はただ本部へ連絡を入れた。数分もすると少佐たる人間がここへ来た。
意外にも早い到着。どうやら近くで用事があったところを急遽呼び出された
らしく、急いできた。我に返った軍人は腰を抜かした。眼帯を身に着けた
男、ヴィンセント・キューブリック。階級は少佐、若いながらその地位を
得るだけの実力を持っている。
「あぁ、そういう事か。後始末はこちらで受け持つよ」
少佐として事の顛末を上へ報告する。そして彼らが担うはずだった任務を
ヴィンセント自らが継ぐと言うのだ。彼に対して後輩は口を開いた。
「恐れながら、申し上げますが…―」
「申し上げる必要は無い。軍人として忌避すべき行為を犯した。幾ら体制が
変わろうと元帥より口を酸っぱくして伝えられていたはずだ。我々、連邦軍が
堂々と国を歩くことが出来るのは何故だ?我々の言葉を国民が聞き入れるのは
何故だ?我ら軍人が国の正義であるとして信頼されているからだ。それを地に
落とすような行為は如何なる理由があろうと許されない」
ヴィンセント・キューブリック、今の連邦軍で数少ない常識が通じる人間。
剣聖と称される最高峰の剣士。彼の放つ威圧に萎縮してそそくさと軍人は
後始末をしてから逃げるように出て行った。事が落ち着いてから、改めて
話を聞く。
「こちらで後始末する前に、処理されているかと思った。主人の前で多少
なりとも理性が働いたのか」
「まるで俺がルーチェの前では狂人であるかのような言い方だな。心外だ」
どうやらヴィンセントとキースは顔見知り、しかも互いに戦ったことが
あるらしい。勝敗はヴィンセントの眼帯が語っている。剣聖に明確な傷を
与えた人物こそがキース。剣聖から左目を奪ったのだ。険悪なムードでは無く
懐かしい友人と話しているかのような空気。
「体制が変わって、動けないことが多くなった。だからこそルーチェ嬢たちを
頼りに来たんだ。依頼は、失せ物探し。どうやら泥棒が入ったらしくてね。が、
何故か国は動こうとしない」
国は一向に動こうとしない。連邦軍に助けを求めてくるが、総帥が突っぱねて
いるらしい。彼の言動の真意は全く分からず、しかし周りは彼の言動に従う。
ヴィンセントは疑念を抱き、密かに周辺を嗅ぎまわっている。
「出来る限り、俺も協力するよ。あまり派手に動くことは出来ないけど」
「少佐ともあろう人間が良いのか?お前の地位を狙う奴は多いだろう」
年齢は若く、そして剣術の腕前も高い、見合った少佐という地位を得ても尚、
彼は決して傲慢にならず周囲には人が多い。それを妬む人間は必ずいるはず。
「その時はその時さ。それで、返事は」
「分かった、受けるよ」
ハルモニア連邦国に存在するヴェルザンディ大聖堂より盗まれたのは
アガスティア三大至宝の一つイドの鍵が盗まれた。大陸にて人が手にする
べきではない神の遺物として残っている三つの至宝、鍵。イド、エゴ、
そしてガフ。その三つは人が手にして、そして使用してはならないもの。
在処を知り、ハルモニア連邦国はイドの鍵を大聖堂にて神聖なものとして
祀っていた。これに関して国主は猛反発していたらしい。だが彼の意見を
無視して、大聖堂に展示。
ヴィンセントは先の騒ぎの後始末をするべく、本部に戻る。ルーチェたちは
早速事件が起こったヴェルザンディ大聖堂へ向かう。