第一話「ハルモニアにて」
「これが終焉。そのデモンストレーションかいな」
謎の集団が崩壊する国を眺めていた。とある計画の試験を実行。この景色が
全世界へ広がると考えると、人々は拍手をする。これはまだ始まりに過ぎない。
だがこの結果を彼らは胸を張って報告することが出来る。そして計画は滞りなく
進むだろう。計画にこの国の、特に王族は邪魔なのだ。王族とそれを守る盾で
あり、矛。その力は世界各地に散っていった。彼らにとって誤算だったのは、
確認をせずに嬉々として拠点へ帰った事だった。消滅した国土を捨て、大海を
彷徨う小さな船の上で少女が悲劇に対して心の底から悲しむように泣き続けて
いる。その少女こそが生き残った最後の王族。女王となるはずだった娘
ルーチェ・ステラマリス、そして彼女の母たる女王の最期の命令に従い
ルーチェを連れ出した従者キース・プリムローズ。
強いショック故か、それとも別の原因があるのか、今や十八歳になったルーチェ。
彼女は何処かの国の王族だったようだが記憶が無い。何があったのか、何も
覚えていない。ただ失った記憶をボンヤリとだがキースの説明によって
埋めている。ルーチェは今、アガスティア大陸を支配する二大国の一つ
ハルモニア連邦国の国民として生活している。
「時間通りね、感心するわ」
サングラスから覗く碧眼。女性が立ち上がり、ルーチェを見下ろす。彼女からは
渋々来てやったという態度が丸見えだ。包み隠さずにいるのも、どうかと思う。
連邦の上層部になれば彼女のような態度をする人間は珍しくない。
「はぁ、自己紹介ね。連邦諜報機関エージェント、ラディアタ。よろしく」
ラディアタと名乗った女は命令で仕方なくルーチェたちと話をする。一方的に
話すだけだが。連邦は今、非常に危うく落ち着きが無い。国民が尊敬する元首が
失踪してしまい、急遽作られた元老院が政治を執り行っている。が、彼らの
やり方には少なからず国民の不平不満が溜まっているようだ。諜報機関は不穏な
動きを見せる組織を監視、必要とあらば暗殺をする。スカウトではなく孤児を
集めてエージェントとして育てるらしい。
「資料、渡したから」
「ありがとう、ございます…」
「エージェントのくせに笑顔の一つや二つ作れないのか?潜入捜査だって
仕事のうちだろう」
キースが資料に素早く目を通していく。内容を頭に叩き込みながら、ラディアタを
恐れずに指摘する。カチンと来たラディアタは舌打ち。
「異国人風情が。お前、魔族なんだってね。言葉は選べ。命令さえ出されれば
お前の首を刎ねる」
気付けばラディアタはキースの胸倉を掴んでいた。二人を落ち着かせようと
あたふたするルーチェ。資料から目を離し、キースはラディアタを見据える。
「言葉は選べ、そのまま返すぞ。…話は終わりだな。行くぞ」
「キース、怒ってる?」
「あの程度で?」
ラディアタを無視して二人はさっさと席を離れた。ルーチェも彼女に良い感情を
抱いていない。あの高圧的な態度は直すべきだ。能力があるのだろうが、高圧的で
すぐにカッとなる性格は諜報機関のエージェントには不向きな気がする。彼女を
雇わないとどうにもならない人手不足の職場なのだろうか。それとも国主が
失踪してから機関を取りまとめている人物の人を見る目が無いだけなのか。
先ほど元老院という組織の名が出て来た。そしてラディアタはルーチェたちを
異国人風情と言った。ルーチェたちを快く受け入れた失踪中の国主、そして先代の
やり方に反対していたらしいのだ。
資料とはルーチェたちの祖国の消滅に関する情報だ。ただの魔力暴走として
処理されているようだが、別の力が働いているのではないかと考えている。実際に
大陸全土に指名手配されている犯罪組織の存在を確認した。X機関、様々な場所で
暗躍する組織。そしてその組織の構成員の人数は全く分からない。ただ規模は
非常に大きいだろう。
「戦争の裏には必ず存在Xがいる、そう言われるほどだからな」
「王国も、X機関のせいで崩壊した?」
首都ジェンソンに位置する雑居ビルの最上階。エレベーターのパネルに予約時に
入手したQRコードをかざすとボタンの色が普段の白から青色へ変化する。
『予約の確認をしました。10時32分、予約番号1001―』
二人組の片割れはどうやら新人らしく、先輩に問う。
「ど、どうなってるんですか?これ」
「君は今年から配属されたばかりだったね。ルーチェ嬢は温厚な方だが
失礼が無いように。それと、キース殿の前で隠し事はしないように」
「は、はぁ…」
先輩はルーチェという人物のことをルーチェ嬢と呼び、キースという人物の
事をキース殿と呼んでいた。敬うべき存在ということだろうか。元帥や大佐、
それに匹敵するほどの貫禄があるのだろうか。気を引き締め、顔を上げる。
エレベーターは雑居ビルの最上階に到達し、扉が開いた。下の階と比べて
内装や雰囲気が異なる。
「失礼致します」
「失礼します…へ?」
先輩に倣って敬礼をするも、思わず後輩は声が漏れてしまった。
「流石。予約時間の五分前、どうぞ。話、聞きますから」