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吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
第二章
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第九話 もう一人の狼女

 夜の帳が薄れていき、東の空が白み始める頃、窓から朝日が差し込んできた。

 今日も無事に、喫茶「ヴァンピール」は朝を迎えられそうだ。

 私はカウンター席に座るシノさんとエルゼの会話を聞き流しながら、黙々とコーヒーカップを拭いていた。

 

 テーブル席では、ブルートさんと鬼の姉弟が話している。

 なんでも新メニュー開発のために、常連の意見を聞いているらしい。

 現在青梅には、調理の担当を任せている。

 彼女の腕は私よりも上なので、とても助かっているのは確かだ。

 そんな青梅の作る料理を長年食べているせいか、赤椰は舌が肥えている。

 あの姉弟に任せておけば、まず間違いはないだろう。


 ちなみに青梅と赤椰はこの喫茶店の二階と三階に住んでいる。

 二階はエルゼと青梅、三階は私と赤椰というように、男女別で分かれているのだ。

 

「みんなー! ただいまー!」


 和やかな雰囲気が突如破られ、扉が勢いよく開け放たれる。

 同時に、店内には汗と野生の獣が混じりあったような、むせ返るにおいが漂ってきた。

 このにおい……まさか彼女が帰ってきたのか?

  

 扉のほうに目をやると、全身をデニムに身を包み、お団子ポニーテールの茶髪を揺らす、黒縁眼鏡の女性が立っていた。

 彼女の名前はモニカ、純血の狼女だ。

 ここの常連の一人でもある。


「まあ、モニカちゃんじゃないか。今回の旅はずいぶんと長かったねぇ」

「シノは相変わらず元気そうだね。おっ、ブルートもいるじゃないか。元気してる?」

「いつもどおりです。あなたもお変わりなさそうですね、モニカさん」

「うん、あたしはいつでも元気いっぱいさ!」


 モニカは両手で大きくガッツポーズをした。

 控えめなポニーテールがまた少しだけ揺れる。

 

「おかえり、モニカ」

「おー、アデル。あたしがいなくて寂しくなかったかい?」

「いや、別に……」

「なんだよー、つれないなぁ。……あれ、きみたちはいったい誰なんだい?」


 モニカは首をかしげながら、私の新しい眷属について尋ねてきた。

 一方、エルゼはなぜか不服そうな顔をしている。


「人に尋ねる前に、まずは自分から名乗れよ」

「そういえば、そうだった。ごめんごめん」

「フンッ……」

「あたしはモニカ。ここの常連さ」

「……アタシはエルゼだ」

「うちは青梅じゃよ」

「僕は赤椰といいます」

「この三人は私の新しい眷属だ」

「一気に三人も……? こりゃ賑やかになりそうだ。みんなよろしくねー」

「……で? あんたはアデルとどういう関係なんだ?」

「え? だから、常連だって……。あ、あーそっかそっか、そういうこと?」


 モニカはこちらに振り向くと、ウインクをする。

 そして、何か含みのある笑顔を浮かべながら口を開いた。

 

「あたしはね、アデルのお尻にほくろがあることを知ってるんだ」


 モニカはいきなり爆弾発言を投下した。

 店内の空気が少しだけピリつくのを感じ取れる。


「……は?」

「うちの主人はずいぶん気が多いようじゃのぅ」

「ア、アデルさん……?」


 エルゼと青梅の表情と目つきが怖い。

 赤椰はそんな二人のその様子を見て、怯えているようだった。

 

「おい、アデル! いったいどういうことだよ!?」

「ち、違う! 彼女とはそんな関係ではない!」

「ほくろの件は正しいのか?」

「ま、間違いではない! だが、彼女はただの友人なんだ!」

「本当に友達なんですか?」

「し、信じてくれ!」

「ぷぷっ、なんかきみたち面白いねぇ」

「モニカちゃん、あんまりふざけちゃいけないよ」

「ごめんごめん、なんか面白くてつい……。安心してくれたまえ、あたしとアデルは本当にただの友人さ」

 

 エルゼと青梅、赤椰までもが疑惑の目で私を刺してくる。

 これはあとでちゃんと弁解しなければいけないな……。


「あはは、大変そうだねぇ、アデル。じゃあ、あたしはもう行くよ。早く帰ってシャワーを浴びたいしね」

「あ、ああ……」

「そういえば、例の件だけど……」

「今その話はよしてくれ。あとで連絡する」

「わかった。んじゃ、またねー」


 モニカは飄々とした態度で、店から去っていった。

 しかし、いまだに刺すような視線が私に集まっているのを感じ取れる。

 すると、ブルートさんがボソッと呟く。


「まるで嵐のような女性でしたね。まあ、いつもどおりなんですが」

「おい、アデル。なんだあのくせぇ女は? ちゃんと説明しろ」

「妻に隠し事はなしじゃぞ?」

「アデルさん、僕は信じてますよ」


 ……まずは誤解を解くことが先決のようだ。


  

  




 午前十一時頃、私は一人でモニカの家へと向かっていた。

 これから彼女の家で、私のもう一つの仕事があるからだ。

 

 街中から出て住宅エリアを三十分ほど歩くと、彼女の家に到着した。

 赤い三角屋根に、レンガ造りの白い外壁といった、シンプルな外装の二階建て住宅だ。

 家の周りは伸びきった芝生に囲まれていて、見苦しいことこの上ない。 

 彼女はここで一人暮らしをしている。


「へぇ、ここがあの女の家か……」


 後ろを振り向くと、そこにはエルゼがいた。

 どうやら尾行されていたようだ。

 

「……エルゼ? なぜ君が……?」

「どうしたんだよ、アデル。いつもならこの程度の尾行には気づくよな? やっぱり何か後ろめたいことでもあるのか?」

「……ちょうどいい。君にも知っていてほしいと思っていたんだ。一緒にモニカと会ってくれるか?」

「……ああ、いいぜ」


 インターホンを鳴らそうとした瞬間、ドアが開き、モニカが顔を覗かせる。

 さっきの服装とは違い、Tシャツとハーフパンツの上から白衣を纏っていた。

 彼女は不思議そうな顔をしながら口を開く。

 

「あれ? 二人とも家の前でどうしたの? もしかして、痴話喧嘩でもしてた?」

「んなわけねぇだろ」

「モニカ。エルゼにも私たちの関係を知っておいてほしいんだ」

「へー、それはまた珍しい……。まあ、立ち話もなんだし、とりあえず二人とも入りなよ」

「よろしく頼む」

「邪魔するぜ」


 家に入り奥へ進むと、カーテンで隠されている、鉄でできた重たげな扉が姿を現した。

 モニカは、ぎい、と鈍い音を立てながら扉を開けたあと、中へと入っていく。

 その途中、こちらに振り向き手招きをした。


「ここが、アデルのもう一つの仕事場だよ。アデル以外が入るのは久しぶりだね」

「もう一つの……仕事場……?」

「説明はあとだ。とりあえず、中へ入ろう」

「お、おう……」


 こうして私たちは、秘密の仕事場に足を踏み入れることになった。

 エルゼには、私の裏の顔も知ってほしい。

 これは私なりの好意の表れでもあった。

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