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吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
第一章
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第八話 姉弟のこれから

 突然現れた声の主は、二人の父親である紫琉殿だった。

 彼は炭人形と化していた青梅の口に、小さな丸い何かを含ませる。

 すると、彼女の身体のいたるところから、新たな皮膚が再生し始めた。

 数十秒後、彼女の皮膚や髪の毛は完全に再生し、元の姿に戻る。

 

 まだ意識が戻っていないようだが、呼吸は安定しているので大丈夫そうだ。

 紫琉殿は自分の羽織を脱ぐと、彼女の裸体を隠すために優しくかけた。


「紫琉殿、いったい何が起きたのです?」

「青梅には、我が一族に代々伝わる秘薬を投与しました。これはどんな傷でも、瞬く間に治してしまうのですよ」

「なんだ、そんな薬があるのかよ。なんか緊張感がねぇな」

「これが最後の一粒だったのです。以前はもっとたくさんありましたが、ほかの薬は悪鬼によって傷ついた者たちに使ってしまったのですよ。もしこれ以上重傷者が増えていれば、取り返しのつかない犠牲が出ていたかもしれませんな」

「そうですか……」


 とにかく青梅と赤椰君が無事でよかった。

 それに、紫琉殿から事前に情報を得ていなければ、おそらく全滅していただろう。

 不意に、先日の紫琉殿との会話を思い出す。






 

『悪鬼……ですか?』

『その悪鬼っていうのはなんなんだ?』


 エルゼは眉間に皺を寄せながら質問した。

 紫琉殿は目を閉じ、腕を組みながら静かに口を開く。


『悪鬼とは百年に一度生まれる「突然変異の特別な力を持った鬼」のことを指します』

『悪鬼……。それは青梅のような妖鬼とどう違うのですか?』

『妖鬼は単に特殊な能力を持って生まれた鬼です。しっかりと理性があり、教育を施せばむやみに他者を攻撃することはありません。しかし、悪鬼は根本的に違うのです』

『どう違うんだ?』

『悪鬼は生まれつき破壊衝動が強いうえに、教育を施しても他者を簡単に傷つけます。同族も他種族も関係ありません。今の赤椰には、その悪鬼の人格が宿っているのです』

『その悪鬼の人格はいつ出てくるのですか? 常に? それとも何か条件があるのでしょうか?』

『悪鬼の人格はなぜか満月の夜に表れます。理由はわかりません』

『まるで狼人間みてぇだな……』


 紫琉殿の表情は、突然、さらに険しくなる。

 そして、私たちと向き合ったあと、いきなり土下座をしたのだ。 


『貴殿らが巻き込まれた被害者であることを承知したうえで、私の願いを聞いて欲しいのです。我が子、青梅と赤椰を救ってはいただけませんか?』

『青梅と赤椰君を……ですか?』

『赤椰の追放、および抹殺の使命を青梅に与えたのは、ほかでもない一族の長である私なのです。私は族長として里の皆を守るために、掟に従わなければならなかった……。しかし、私個人は可愛い子どもたちを死なせたくはありません。二人のためなら、私はどんなことでもいたす所存です』

『だったら、あんたが直接どうにかすればいいだろ?』

『我が一族の掟で、族長である私は直接介入できないのです。しかし、間接的になら、問題ありません。悪鬼の弱点や対策はすべてお教えします。だから、何卒……』


 紫琉殿の身体と声は震えている。

 これほど屈強で精錬された大人の鬼でも、我が子のためには必死に頭を下げるのだ。

 おそらく、族長と親、それぞれ立場の間で板挟みになって、相当苦しんでいるに違いない。

 

『どうする、アデル?』

『聞かれるまでもないさ、エルゼ』

『そ、それでは……?』

『もちろん、承ります。だから、安心してください、紫琉殿』

『……ご助力感謝いたします。このようなことを頼めるのは、貴殿らしかいなかったのですよ』


 私は涙を流す紫琉殿と握手を交わす。

 二人をエルゼの二の舞には決してさせない。

 私は改めてそう決意した。







「お二方、このたびのご協力、誠に感謝申し上げます」

「我々は自分の意志に従っただけですよ。二人には生きて欲しいと思っていましたから」

「そうそう、アタシらのことは気にすんな。それより、こいつらはこれからどうなるんだ?」


 エルゼは、二人仲良く寝ている青梅と赤椰君に目を移す。

 ちょうど私も質問したかったので、訊く手間が省けたな。


「悪鬼は消滅しました。しかし、赤椰は二度と里には戻れないでしょう。すでに多くの鬼と人間を、傷つけてしまった前科があるのです」

「では、青梅は……?」

「青梅は私が連れて帰りましょう。使命は果たしたので、問題なく里に戻れるはずです」

「いーや、うちは赤椰と離れんぞ」


 突然、青梅が割り込んできた。

 彼女はまだふらついていたが、表情は真剣そのものだ。


「父上、うちは赤椰を一人にはしたくない。うちら姉弟二人、互いに支え合って生きていくのじゃ」

「ふっ、そうか……。では、青梅も里を追放するとしよう。族長命令だ、二人でどこへでも行くがよい」

「感謝します、父上」


 紫琉殿は青梅との会話を終えると、背を向けこの場を去ろうとする。

 私はある許可を取るために彼を引き留めた。


「待ってください、紫琉殿。青梅と赤椰君を私の眷属にしても構いませんか?」

「お、おぬしはいったい何を……」

「よく言った。さすがはアデルだぜ」

「……私にそれを咎める権利などありませんよ。どうぞ好きにしてください。……二人を頼みます、アデル殿」

「はい、ご息女、ご子息のことは私に任せてください」

「改めて感謝申し上げる。青梅、赤椰、二人とも達者でな。では、さらばだ!」


 紫琉殿はそう言うと、崖下へと降りていき姿を消した。

 これでようやくすべてが終わったのだ。

 あとはシノさんの無事を確かめなければ……。


「青梅、シノさんは無事なのか?」

「う、うむ、安心するがよい。すぐに連れて参るぞ、ご、ご主人……」

「ご主人なんて堅苦しいのはやめてくれ。これから私たちは家族になるのだ。さっきのようにアデルと呼んでくれ」

「そ、そうじゃな、アデルよ……。少し待っていてくれ」


 今回の事件は無事に幕を閉じる。

 犠牲者が出なくて本当によかった。

 眷属が二人増えたのは予想外だったが、あの状況では仕方ない。

 

 二人がしっかり地に足が着くまでは、こちらで面倒を見る。

 これが最良の選択だろう。

 紫琉殿もきっとそれを承知していたはずだ。

 さてと、これからは家族三人を養うために、もっと働いて稼がなければならないな……。


「なあ、アデル。金の問題は大丈夫なのかよ?」

「それなら心配ない。全部私に任せてくれ」

「そ、そうか……。あまり無茶するなよ、アデル」

「心配してくれてありがとう、エルゼ」


 




 

「いやぁ~、今回も無事に終わってよかったね~」


 シノさんは笑顔でそう言い放った。

 特に怪我などはしていなかったので、次の日には元気に来店してくれたのだ。

 エルゼも青梅も赤椰も体調は良好なので、できる範囲で働いてもらっている。

 特に青梅の料理の腕は私をも凌ぐので、彼女にはおもに調理の担当をしてもらっていた。

 もちろん、青梅にも赤椰と同じくメイド服を着用させている。


「シノちゃん、巻き込んでごめんなさい!」

「シノとやら、赤椰は悪くないのじゃよ。悪いのはうちだけなんじゃ。本当に申し訳ない……」

「過去のことなんか気にしないでおくれ。わたしももう年でね、今朝何を食べたのかも忘れちまったよ」

「シノちゃん……」

「恩に着るぞ、シノよ」

「さすがシノ。気遣いも完璧だな」

「それはそうと、マスターも隅に置けないねぇ。エルちゃんに青梅ちゃん、それに赤椰ちゃん、こんな別嬪さんばかりで周りを固めるなんて」

「シ、シノちゃん! だから僕は男だって言ってるじゃないか!」

「こんなに可愛いペイジが男の子だとは思えないねぇ」

「ペイジじゃなくて、小姓だよ!」

「どっちも似たようものだと思うけどねぇ……」

「ペイジでも小姓でもなく、れっきとした家族ですよ。もちろん、エルゼも青梅も同じです」

「ふーん……」


 どうやら、シノさんは元気すぎるようだ。

 まあ、賑やか喫茶店も悪くはないがな。


「仮に赤椰ちゃんは息子だとしよう。じゃあ、妻は誰なんだい?」

「もちろん、うちじゃ!」

「……は? なんでお前みたいなガキがアデルの妻なんだよ?」

「こう見えて、うちとアデルの歳は近い。しかし、おぬしはまだ二十年余りしか生きていないのじゃろ? うちが妻で、おぬしは姉、赤椰が弟。これで異論はないじゃろ?」

「異論しかねぇよ! おい、アデル! なんとか言ってやれよ!」

「私を面倒事に巻き込むな。みんな同列の家族なんだ。頼む、それで納得してくれ」

「それはそれで、ちょっと複雑だな……」

「早速揉めてるじゃないか。でも、外から見るぶんには楽しいねぇ……」

「マスター、見損ないましたよ。カレードリアのおかわりを無料にしてください」


 ……前言撤回だ。

 やはり、あまりに賑やかすぎるのは、この喫茶店にふさわしくない。

 シノさんやブルートさんはともかく、ほかの面子にはしっかりと教育を施したほうがよいだろう。

 こうして、今日も喫茶ヴァンピールの夜は更けていくのだった。

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