表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
第一章
7/45

第七話 姉弟喧嘩

 満月の夜が訪れた。

 ツクヨミ高原から街を見下ろすと、そこには家々やビル群の光が瞬いている。

 夏だというのに夜気はほどよく冷たく、肺の奥に届くたびに、昼の暑さを洗い流してくれるようだった。


「あの……アデルさん、エルゼお姉ちゃん。巻き込んでしまって本当にごめんなさい。全部僕のせいなのに……」


 青梅のもとへ向かう途中、赤椰君がもう何度目かわからない謝罪の言葉を口にする。

 彼はその場に立ちすくみ震えていた。

 私とエルゼは、そんな彼の肩に優しく手を置き、声をかける。


「何度でも言うが、君にはなんの責任もない。だから、自分を責めるのはよすんだ」

「で、でも……!」

「アデルの言うとおりだぜ、赤椰。心配すんな、アタシらが全部解決してやるから」

「う、うん……ありがとう」


 赤椰君を落ち着かせたあと、再び歩みを進める。

 こちらの準備は万全だ。

 あとはシノさんの安否が気になる。

 事前情報から推測するに、青梅がその辺りを軽視するとは思わない。

 きっと大丈夫であろう。


 ツクヨミタワーの前まで歩を進めると、そこには青梅が待ち構えていた。

 赤椰君をエルゼに任せ、私は数歩前へ進む。

 しかし、周囲にシノさんの姿は見当たらない。


「青梅、シノさんはどうした? もしや、約束を反故にするわけではあるまいな?」 


 青梅は不敵な笑みを浮かべながら、白い粉雪のような息を吐き、腕を組んだ。

 その様子に、一瞬最悪な結末が頭をよぎる。


「そう怖い顔をするでない。うちは約束を破らないことを信条としている。あのご婦人がこの場にいるのは危険じゃ。もしかしたら、巻き込んでしまうかもしれないからのぅ」

「……何? それはどういう意味――」

「お、おい、どうしたんだよ、赤椰!? アデル、逃げろ!」


 エルゼの声を聞き、後ろを振り向こうとした瞬間、背中を貫き、腹へと抜ける凄まじい痛みが走った。

 視線を落とすと、私の腹から何者かの腕が飛び出している。

 青梅の仕業でも、月の光に当てられたエルゼの暴走でもない。

 私の胴体を貫いていたのは――赤椰君の腕だった。


「ごふっ……! しゃ、赤椰君、な、なぜ……?」

「なんだ、吸血鬼も大したことないじゃないか」

「アデル!」


 赤椰君は腕を乱暴に引き抜いた。

 風穴が空いた胴体からは、大量の血液がこぼれ出てくる。

 痛みのあまり、私はその場で膝をつく。

 次の瞬間、彼はとてつもない力で私の胴体を蹴り上げたのだ。

 その結果、青梅のすぐ近くまで吹き飛ばされてしまった。


「が、がはっ……! ハァ……ハァ、うぐっ……!」


 青梅は倒れた私を冷静な顔で見下している。

 普通に考えるなら、この鬼の姉弟がグルであり、絶体絶命な状況だろう。

 しかし今、私たちはとある人物から、ある情報を受け取っている。

 その情報が確かなら、きっと彼女は……。


「大丈夫か、吸血鬼よ? いや、おぬしはアデルと言う名じゃったな。今助けてやるぞ」


 青梅は止まらない血を一瞬で凍らせ、一時的に傷口も塞いでくれた。

 私は躊躇なく、懐から濃縮血液の入った小瓶を取り出し、中身を飲み込んだ。

 みるみる傷口は塞がっていき、あっという間に元に戻る。 


「……聞いていたとおり、君は善人のようだな」

「おぬし……どこまで知っている?」

「『全部』だ。今は緊急事態なのだろう? ならばここは、お互い協力しようじゃないか」

「誰の助言かはわからんが、話が早くて助かるのぅ。では、共にあの『悪鬼(あっき)』を打ち倒そうぞ」


 青梅は膝をついている私に、手を差し伸べてくれた。

 私はそれに応え、立ち上がる。

 そして、悪鬼となった赤椰君と対峙した。

 

 さっきまでの心優しい彼ではない。

 今は悪鬼が人格を乗っ取っているのだ。

 姿はそれほど変わっていないが、声のトーンはかなり低い。

 よく見てみると、奴の額の生え際から立派な黒い角が一本だけ生えている。

 

 悪鬼はニヤッと半笑いになりながら、血塗れの腕をペロリと舐めた。

 しかし、味が気に入らなかったのか、顔を少し歪める。


「チッ、どうやら真実を知っているようだな。同士討ちになれば楽だったんだが……」

「赤椰! 目を覚ませ!」


 満月の光で狼女となったエルゼが、悪鬼に襲いかかる。

 奴はそれをひらりとかわすと、裏拳を彼女の胴体に叩き込んだ。

 その衝撃で彼女もこちらに吹き飛ばされた。

 私は勢いよく飛んでくる彼女を受け止める。

 彼女の身体からはわずかな血のにおいと、肉が焦げるようなにおいが発せられていた。


「い、いてて……。アデル、ありがとな」

「ほぉ、その獣も割と頑丈のようだ。これは意外だな」


 悪鬼は自身のこぶしに、赤黒い炎を纏っている。

 やはり、奴も不思議な力を扱うようだ。

 私とエルゼと青梅の三人は、再び悪鬼となった赤椰君と対峙する。

 奴の力がどれ程かはいまだにわからない。

 しかし、三対一なら勝機はあるはずだ。


「もしや、勝てると思っているのか? 俺は百年に一人の選ばれし鬼なんだぞ?」

「あまり驕っていると痛い目を見るぜ?」

「ならば俺を楽しませてみせろ、雑魚共が!」


 悪鬼は両手をこちらに向けると、無数の赤黒い炎の塊を飛ばしてきた。

 すると、青梅が私とエルゼの前に出る。

 彼女が手を振りかざすと吹雪が吹き荒れ、炎の塊は瞬時に凍結し、こちらに届く前にすべて消失した。


「ほぉ……さすが姉上」

「おぬしに褒められても嬉しくはないのぅ。よもや、その程度ではあるまい?」

「ハッ、言ってくれる。すぐに自分の発言を後悔することになるぞ」

「……やってみるがよい」


 青梅は片足を前へ出し、地面を強く踏み込んだ。

 地面からは鋭利な氷の柱が次々と現れ、勢いよく悪鬼に迫っていく。

 奴はそれを避けるために大きく跳躍する。

 今度は炎の槍を生み出し、彼女へ向けて投げ放った。


 青梅が咄嗟に両腕を突き出すと、眼前に巨大な氷壁がせり上がる。

 炎槍と氷壁が激突した瞬間、轟音とともに白い水蒸気が噴き上がり、辺りの視界は一瞬で塗りつぶされた。


「……今じゃ、行けっ!」


 私とエルゼはその声に反応し、においを辿りながら、一気に悪鬼へと接近する。

 霧が晴れたときには、すでに奴の目と鼻の先まで迫っていた。

 私は血でできた剣を、エルゼは鋭い爪で、弱点である黒い角に、同時攻撃を加える。

 しかし、角には傷一つつかない。


「狙いはいい! だが、力不足だな!」


 悪鬼が地面に両手を押しつけると、複数の巨大な火柱が噴き出した。

 近づけないと悟った私たちは、迷いなく距離を取る。

 

「これは褒美だ。受け取るがいい」


 悪鬼の両手から、蛇のような炎の塊が飛び出す。

 それは火柱の間を縫うようにして、こちらへと向かってくる。

 そのまま私の右腕とエルゼの左腕に絡みつき、ジュウという音を立て、服ごと肉を焼いた。


「ぐっ……!」

「がっ……!」


 次の刹那、悪鬼は私たちの間に割り込んだ。

 そして、炎を纏ったこぶしで私とエルゼを殴り飛ばす。

 間一髪、私は血の鎧で防ぐことはできたが、彼女はモロに食らい、ツクヨミタワーに叩きつけられる。


「エルゼ!」


 エルゼは気絶したのか、そのまま動かなくなってしまう。

 彼女の心配をしてしまったのが、悪手だった。

 すでに炎を纏った手刀が眼前に迫る。

 もうダメだ――!

 そう思った瞬間、吹雪によって視界が遮られた。 

 そのおかげでわずかに軌道が逸れ、左肩口を抉られるだけで済んだ。


「距離を取れ、アデルよ!」

「……やはり、姉上から先に片づけたほうがよさそうだ」


 悪鬼は私にとどめを刺さずに、青梅へと一直線に向かっていった。

 奴は身体全体に赤黒い炎を纏っており、吹雪の中をものともせずに突き進んでいく。

 

 悪鬼は青梅と肉薄し、彼女の首を絞めた。

 彼女は必死にもがいている。

 一方、奴は邪悪な笑顔を浮かべていた。

 

 まだか……。

 まだ効いてこないのか……?


「よくも俺を殺そうとしたな、姉上。だが、これですべて終わりだ」

「くっ……! こうなれば、うちの最終奥義で道連れにしてやる!」

「……姉さん、本当に僕を殺す気なの?」


 悪鬼は口調と声のトーンを元に戻す。

 そのせいで、青梅は一瞬だけ動きを止めてしまう。


「しゃ、赤椰……?」

「……残念、俺でした」

「や、やめるんだ!」

「じゃあな、姉上」


 青梅の身体は、一瞬で赤黒い炎に包まれる。

 炎は衣服も皮膚も、髪の毛さえも焼き尽くす。

 悪鬼の手の中には、炭のように変貌した青梅の無惨な姿だけが残った。


「せっかくの美人もこうなっちゃおしまいだな」


 悪鬼は青梅を雑に投げ捨てる。

 それから、こちらを振り向いた。


「次はお前の番だ」

「貴様!」


 悪鬼は一瞬で私との距離を詰める。

 さっきの青梅のときと同じように、首を絞められた。

 まずい、殺される……!


「じゃあな、吸血鬼」

「ぐっ……!」

「――がっ!? がふっ……!?」


 悪鬼は急にもがき苦しみ始める。

 私の首から手を離し、自身の首に手を当てながら、苦痛の表情を浮かべていた。

 ……どうやら、やっと効いてきたようだ。


「な、なぜ、こ、こんなにも苦しいんだ!?」

「私の血はな、貴様のような異形にとっては猛毒なのさ」

「な、なんだと……!? だが、お前を殺すなんて造作もないことだぞ!」

 

 悪鬼は再び私の首を絞め、炎を放出し始めた。

 次の瞬間、奴が後方に吹き飛んだ。

 目の前には、こぶしを突き出したエルゼがいる。 

 彼女のおかげで、私は助かったのだ。


「よお、アデル。お取り込み中だったか?」

「いいや、ちょうど君が来るのを待っていたところだよ」

「……調子いいこと言いやがって。さてと、さっさとアタシらで終わらせるぞ」

「当然だ」


 私とエルゼは悪鬼の前に立ち塞がる。

 その場に倒れ込んだ悪鬼は泡を吹き、のたうち回りながら、もがき苦しんでいた。


「ぐががっ……! こ、殺さないで……ください……!」


 青梅のときと同様に、悪鬼は赤椰君の声で命乞いをする。

 しかし、私たちにそれは通用しない。


「赤椰君を殺しはしない。死ぬのは貴様だけだ、悪鬼!」

「さっさとやっちまおうぜ、アデル」

「ああ、もちろんだ」

「や、やめて……くれ……!」


 私はもう一度、濃縮血液を摂取する。

 そして、手だけに血液を集中させ、真っ赤に染めあがった手刀をつくりあげた。

 エルゼも力を溜める構えをとる。


「お、お前らは……いったいなんなんだ……?」

「貴様を地獄へ送る前に教えてやる。私は半吸血鬼(ダンピール)のアデル」

「アタシは半狼(はんろう)のエルゼだ」

「では、いくぞ、エルゼ」

「ああ、いつでもいいぜ、アデル」

「や……め……ろ……」


 私たちは全身全霊で、黒い角に同時攻撃を仕掛ける。

 その結果、角にはヒビが入り、やがてボロボロと崩れ去った。

 悪鬼の気配は消え、赤椰君の気配が戻ってくるのを感じ取れる。

 しかし、毒のせいで息遣いが荒く、顔色も悪い。

 

 そこで私は、懐から解毒剤の入った小瓶を取り出し、中身を彼に飲ませる。

 すると、彼は穏やかな表情を取り戻し、ゆっくりと呼吸を繰り返すようになった。

 意識は戻っていないが、大した怪我もしていないので、命に別状はなさそうだ。


「どうやら、悪鬼は完全に消え去ったようだ」

「赤椰が無事で何よりだぜ」

「しかし、青梅は……」

「心配ご無用。あとは私に任せてもらえますかな?」


 突如、何者かの声が辺りに響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ