表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
第一章
6/45

第六話 鬼の青梅

 赤椰君を襲った鬼の名は青梅(おうめ)。  

 彼女は彼の実の姉である。

 いまだになぜ彼が追放されたのかがわからない。

 加えて、なぜ彼女が彼の命を狙っているのかも謎のままだ。

 彼が嘘をついているようにも見えない。

 正直、この件をどう解決すればいいかは悩みの種だ。

 

 とりあえず、この喫茶店にいれば青梅の襲撃を防ぐことはできる。

 この喫茶店、いや、この建物は特殊な造りをしており、異形の者が放つにおいや気配を完全に遮断できるのだ。

 建物自体も頑丈であり、狼人間や吸血鬼でも簡単には壊せない。


 全貌はまだわからないが、兄妹同士が殺し合うように仕組まれた、エルゼのときと少し似ている。

 肉親同士で争うことは、絶対にあってはならない。

 エルゼの二の舞にならないように、全力で赤椰君を守る。

 そして、青梅をなんとか説得し、一滴の血も涙も流さないようにしなければならないのだ。


「おい、アデル。いつまで同じカップを拭いてるんだ?」


 エルゼの言葉で、私は現実に引き戻される。

 彼女は腕組みをしながら、ジト目でこちらを睨みつけていた。


「……すまない。そういえば、掃除は終わったのか?」

「赤椰と二人でやったら、すぐに終わっちまったよ。ただでさえ人が来ないのに、また暇になっちまったぜ」

「その赤椰君の姿がないようだが?」

「アタシが休憩を取らせた。今は自分の部屋にいる。病み上がりだから無理はさせられないだろ?」

「そうだな、今回は君の判断が正しい。気を遣ってくれてありがとう」

「アタシの後輩であり弟みたいな存在なんだ。そりゃ、大事に扱うってもんよ」


 いつもなら悪態をつくエルゼが、まともな言動をしている。

 どうやら彼女も何か思うところがあるようだ。


「君のそういうところは尊敬に値するよ」

「まるでほかはそうじゃないみたいな言い草だな」

「ふっ、そんなことはないさ」 

「こんばんは、マスター、エルちゃん」


 控えめなドアベルの音とともに、シノさんが来店してくる。

 今日も喫茶ヴァンピールの夜が始まった。






 

「あらぁ~、可愛い新人さんだねぇ~。名前はなんていうんだい?」


 赤椰君が休憩から戻ると、シノさんは彼に絡み始めた。

 彼は片方の腕を掴み、緊張した様子で口を開く。


「赤椰といいます。あの、お客様のお名前は……?」

「わたしはシノ・ユキヒラ。シノさんでもシノちゃんでも好きに呼んでおくれ」

「……わかりました、シノちゃん!」

「おおっ、マスターと違ってノリがいいねぇ」


 いきなりシノちゃんだと……?

 赤椰君は距離の詰め方が上手いな。

 私は今の姿勢を崩せないというのに……。


「それはそうと、マスターも隅におけないねぇ。可愛い女の子を二人も侍らすだなんて……」

「ぼ、僕は男……です!」

「……え? じゃあ、なんでメイド服なんか着てるんだい?」

「これはアデルの方針だ。まったく、うちのマスターは高尚な趣味をお持ちなようで……」

「……赤椰くん、つらかったらわたしがいつでも相談に乗るからね」

「シノさん、誤解しないでください! 今は男性用の制服がないから、代わりに着てもらっているだけなんですよ!」

「本当にそうなのかねぇ?」

「エルゼ、なんだその言い方は!? 今日はおやつ抜きにするぞ!」

「あ、あの……ぼ、僕はこの服、結構気に入っていますよ? だから、喧嘩しないでください」

「赤椰くんは大人だねぇ」


 ダメだ、新人が入るたびに私のキャラが崩壊していく。

 これは私のせいなのか?

 いや、私が悪いところは、全体の一割くらいだと思うのだが……。


「お邪魔します、マスター。今日もカレードリアを食べに来ました。おや、その方は新人さんですか?」


 運悪く、いつもは来ないはずのブルートさんも訪れる。

 新メニューを気に入っていただけたのは嬉しいが、この流れだとブルートさんにもよくない目で見られてしまう。

 再び赤椰君についての説明が行われる。

 その結果、悪い予感が的中し、ブルートさんからも白い目で見られてしまった。


「あの……マスター。人の趣味にどうこう言いたくはありませんが、そういうのは裏でやっていただけると助かります。この喫茶店は私のオアシスなので……」

「マスター、わたしはあまり気にしてないから大丈夫。マスターの根っ子は善人だってわかっているからね」


 シノさんとブルートさんは、退店する際にそんな言葉を残す。

 冗談だとわかってはいるが、このままでは店の存亡に関わるかもしれない。

 仕方ない、本当はそんなつもりはなかったのだが、男性用の制服も検討もしておこう。


「あ、あの……僕のせいですみません」

「赤椰君は謝らなくていい。悪いのは私だ」

「そうそう、悪いのはこの変態マスターだからな」

「やっぱり君はおやつ抜きだな」

「マスターカッコいい! 愛してる!」

「明日もおやつは抜きだな」

「なんでだよ!?」

「……ふふっ、お二人は仲がいいんですね」


 先ほどまでおどおどしていた赤椰君は、なぜか笑みを浮かべている。

 どのあたりが彼にウケたのだろう……?

  

「悪くはないが、それほど良くもないよ」

「同感だ。口喧嘩が絶えない日はないからな」

「そういうのを仲良しって言うんですよ。家族みたいでうらやましいなぁ。ちょっと前までの、姉との日々を思い出します」

「……もしよかったら、君のお姉さんについて教えてくれないか? もちろん、言える範囲で構わない」

「おい、アデル! 今の状態の赤椰が話せるわけないだろ!」

「わかっている。しかし、赤椰君と彼女の関係については、少しでも知っていたほうがいい」

「……アデルさんの言うとおりです。僕と姉について、知っていてほしいことがまだあるので……」

「赤椰……」

「ありがとう、赤椰君」

「では、話しますね」


 私たちは四人掛けのソファー席につき、話を聴く体勢を整える。

 もちろん、コーヒーとお菓子も一緒だ。


「僕と姉は東洋のとある島国で生を受けました。その国の一部の地域にある、鬼と人間が共存する村で、僕たちは育ってきたのです」


 青梅と赤椰君の服装から見るに、東洋の島国とはあの国のことだろう。

 よくここまで辿り着けたものだ。


「父はそこに住む鬼の一族の長です。母はいません。僕を産んだ際に亡くなったと聞いています。父は毎日仕事で忙しく、僕の世話をすることができませんでした。そんなとき、親代わりに育ててくれたのが、姉である青梅です」

「なんかアタシと似てるな。アタシも親代わりに兄貴が世話してくれたっけ」

「えっと、それはどういう……」

「エルゼ、話の腰を折るな。赤椰君、エルゼの過去はまたの機会に話す。今は君の話を続けてくれないか?」

「わかりました。あとで話してくださいね。約束ですよ?」

「悪いな、赤椰」


 赤椰君は姿勢を正す。

 エルゼも再び聴く姿勢を取る。


「僕と姉はかなり歳が離れていましたが、仲も良く、穏やかな日々を送っていました。しかし、数か月前に、とある事件が村内で起こったのです」

「とある事件?」

「村に住む鬼と人間が、何者かに襲われたのです。幸い、死者は出ませんでしたが、被害者は重傷を負いました。その日から、村人が何者かに襲われる事件が多発したのです」

「そんなことが……」

「そんなときに突然、父が僕を村から追放したのです。姉は最後まで僕を庇ってくれましたが、その努力も空しく、僕は追い出されてしまいました」

「そりゃ、突然すぎるな」

「村を追放されるとき、姉はこっそり路銀を渡してくれました。それから数日後、とある酒場でこの喫茶店の噂を聞いたのです。しかし、ここに来る途中、なぜか姉と鉢合わせしたのです」

「青梅が……?」

 

 赤椰君は急にうつむき黙ってしまう。

 身体は震えていて、今にも泣きそうな表情をしている。

 だが、なんとか口を開いた。


「……そのとき、姉と再び会えたことに歓喜しましたが。でも、それも束の間、姉は僕に襲いかかってきたのです。しかも、本気で……僕を……殺そうと……して……きました……」


 彼の頬を静かに涙が伝っていた。

 村を追放されたうえ、一番信用していた姉に裏切られたんだ。

 こうなるのも無理はない。

 まだ幼い彼にとって、この事実はあまりにも残酷なものである。

 

「大丈夫か、赤椰?」

「すみません、今日はここまででいいですか? ちょっとつらくなってきました」

「……話してくれてありがとう。今日はもう自分の部屋で休んだほうがいい」

「ありがとうございます。お言葉どおり、先に戻らせてもらいますね」


 赤椰君は若干ふらつきながら階段を上っていく。

 その姿を見て、つらい過去を思い出させてしまったことを少し後悔する。


「アデル……」

「わかっている。全身全霊で彼を守るぞ」

「……おう」






 

 翌日の夜、開店してから数時間が経とうとしていた。

 今夜のヴァンピールは閑古鳥が鳴いている。

 いつもならシノさんが来店している時間だ。

 しかし、彼女が訪れる気配はない。


 もしや、昨晩の失態のせいなのか?

 私に愛想を尽かしてしまったのかもしれない。

 そんな不安が一瞬だけ頭によぎるが、なんとか心を落ち着かせ、平静を保った。


「なんか今日はいつにもまして暇だなぁ……」

「どうしたんでしょうね、シノちゃん……」

「二人とも落ち込まなくてもいい。たまにはこういうときもあるさ」

 

 突然、頭に電流のようなものが走った。

 同時に、店にある黒電話がけたたましく鳴る。

 私はすぐに電話を取った。


「お電話ありがとうございます。こちらは喫茶ヴァンピ――」

『マスター、助けておくれ!』

「その声はシノさんですか!? 今どこに――」

『……もしもし、うちじゃよ』

「――っ!?」

『ご婦人はうちが預かった。それを踏まえて、おぬしと直接話がしたい。町の喧騒から離れた場所にある、緑豊かな公園に一人で来るのじゃ』

「……わかった。すぐに行く」

 

 押しつけるように受話器を置いた。

 それから、エルゼと赤椰君の前を通り過ぎ、玄関の扉に手をかける。


「お、おい、どうしたんだよ?」

「な、何かあったんですか?」

「……すまない、急用ができた。すぐに戻るから、二人は店番をしていてくれ」

「は? おい、説明し――」

「赤椰君を頼んだぞ、エルゼ」


 彼女の言葉を最後まで聞かずに扉を閉める。

 そして、全速力で公園まで向かった。







 十数分後、町外れにある公園の入り口に到着した。

 青梅の言っていたことが事実なら、ここにいるに違いない。

 乱れた息を整えながら、早足で中へ足を踏み入れる。

 すると、園内にある背の高い時計台の上に、青梅が座っていた。


「意外と早かったのぅ、吸血鬼よ」

「青梅! シノさんはどこだ!? 彼女は無事なんだろうな!?」

 

 青梅は脚を組み替えながら、余裕の笑みを浮かべていた。

 そんな様子を見て、徐々に怒りの念が沸き立ってくる。


「そんなに眼を血走らせるな。あのご婦人は無事じゃよ」

「なぜシノさんを巻き込んだ!? 彼女は関係ないだろう!?」

「なに、簡単なことじゃ。おぬしが隠しておる赤椰を炙り出すためじゃよ」

「なぜ赤椰君の命を狙う!? 大切な弟じゃなかったのか!?」


 青梅は目を閉じてふーっと息を吐くと、その場に立ち上がる。

 そして、腕を組みながら目をカッと見開いた。


「確かに赤椰はうちの可愛い弟じゃ。しかし同時に、奴は掟に背く存在でもあるのじゃよ。ただ単に、うちは我が一族の掟を守っているに過ぎない……」

「掟だと……? いったい赤椰君が何をしたというんだ?」

「そこまで教えるつもりはない。とにかく、無事にご婦人を返して欲しくば、赤椰と交換するしかないのじゃ」

「くっ……!」

「心配するな、猶予を与えてやろう。そうじゃな……次の満月の夜に、あの巨大な塔の足元にある高原で、再び相まみえようかの」

「なぜ満月の夜なんだ……?」

「もうおぬしと話すことは何もないのじゃ。期限までに、赤椰を渡す算段をつけるといい」

「ま、待て……!」


 青梅が話し終えると同時に、辺り一面猛吹雪に襲われる。

 そのあまりの強さに、視界が完全に塞がれた。

 吹雪が止み、視界が開けると、青梅の姿はすでにない。


「くそっ! 私の失態だ! またシノさんを巻き込んでしまった!」

「話は聞かせてもらったぜ……」

「その声は……」


 聞き慣れた声のほうを見ると、そこにはエルゼがいた。

 しかし、赤椰君の姿はない。


「エルゼ……? なぜ君がここに……? 赤椰君はどうした?」

「赤椰は店の地下に匿っておいたぜ。あそこなら、アデルとアタシ以外入れないだろ?」

「そ、それはそうだが……」

「しっかし、あの鬼女はやってくれたな。さすがに頭にきたぜ。絶対にぶっ殺してやる」


 エルゼはこめかみに青筋を立てながら、力強くこぶしを合わせた。

 その様子から、相当頭にきているのがわかる。


「エルゼ、君は今回の件に違和感を感じないのか?」

「ああ? あの鬼女をぶっ殺せば済む話じゃねぇのか?」

「殺すのはダメだ。無力化して、もっと詳しく話を掘り下げなければならない。そうしなければ、きっと取り返しのつかないことになる」

「ここまでやられて悔しくねぇのかよ、臆病者のアデルさんよぉ……」

「君はもっと冷静に物事を考えるべきだな」

「なんだと……? もういっぺん言ってみやがれ、半端な吸血鬼野郎」

「半端者なのは君も同じだろう?」

「よーし、わかった。腕の一本は覚悟しろよ?」

「仲睦まじいところを恐縮ですが、私の話を聞いてもらえますかな?」


 突然現れた第三者に、私とエルゼは同時に戦闘態勢に入る。

 私たちの前に現れた人物は、紫を基調とした和装の上から、黒い羽織を着た大男だった。

 しかも、その男は人間ではない。

 においは鬼そのもので、頭には立派な二本の角が生えている。

 加えて、青梅や赤椰君とは比べ物にならないほどのプレッシャーを放っていた。


「誰だ、てめぇは!?」

「いきなり失礼だぞ、エルゼ。まずは挨拶をするのが基本だ」

「ああ!?」

「……ふっ、本当に仲睦まじいようで何より。貴殿らであれば、この悲劇を止められるかもしれませんな」

「……それはどういう意味ですか? すみません、自己紹介が遅れました。私はアデルと申します」

「チッ、のんきに挨拶なんかしてる場合じゃねぇだろ。……アタシはエルゼだ」

「こちらも名乗らねば無作法というもの。我が名は紫琉(しりゅう)。青梅、並びに赤椰の父にございます」

「なっ……!?」

「マジかよ……!?」


 その衝撃的な発言に、私とエルゼは思わず目を丸くした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ