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吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
エピローグ
44/45

第四十四話 これからの喫茶ヴァンピール

 夜の帳が下りる頃、今日も喫茶ヴァンピールに明かりが灯る。

 照明の調整も問題なく、椅子もきちんと整列されていた。

 カウンターや床も磨き上げられ、曇り一つない。

 仕込みも完璧で、あとは客を迎えるだけだ。

  

 私は店内に流れる音楽に寄り添いながら、カップを静かに拭いている。

 今宵訪れる者は人間なのか、はたまた異形なのかはまだわからない。

 そのとき、チリン、とドアベルが鳴る。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは。今日もいい夜だね、マスター」

「よお、シノ。昨日ぶりだな。本当に毎晩毎晩よく来るぜ。飽きたりしねぇのか?」

「こんばんは、エルちゃん。その質問は愚問だね。わたしは車椅子生活になっても、ここに来るよ」

「そのときは、この店もバリアフリーを取り入れなければいけませんね」

「わたしのためにそこまでしてくれるのかい? なんだか胸がいっぱいになるよ。そういえば、注文がまだだったね。いつものコーヒーとたまごサンドをおくれ」

「かしこまりました」


 シノさんが席についた瞬間に、エルゼがおしぼりとお冷やを置く。

 その後、エルゼは素早くサンドイッチ作りに取りかかる。

 私がコーヒーを提供すると同時に、綺麗なサンドイッチを完成させていた。


「美味い。コーヒーもサンドイッチも、いつもどおり完璧だねぇ」

「ありがとうございます」

「へへっ、そうか?」

「それにしても、エルちゃんの料理の腕もずいぶんと上がったねぇ……。もうマスターと遜色ないんじゃないかい?」

「だとよ、アデル?」

「……確かに、エルゼの料理スキルは上がりました。そこは潔く認めましょう。しかしながら、私とて料理人の端くれ。料理を始めて、一年ちょっとの新人に、負けるわけにはいきません。明日は定休日ですから、明後日またいらっしゃってください。本物のサンドイッチを提供しましょう」

「それは楽しみだねぇ」

「今日は勝負しねぇのか? ……さては、アデル。アタシに負けるのが怖いんだな?」


 エルゼは意地悪そうな顔をしながら煽ってくる。

 私はそれを無視し、シノさんに視線を戻す。

 不意に、シノさんはソファー席のほうを見る。

 その表情はどこか寂しそうだ。


「ブルートさんは、今頃何をしてるのかねぇ……」


 一年前の事件について、シノさんはあまり覚えていないらしい。

 結局、シノさんは最後までブルートさん、もとい、グウェドのことを知ることはなかった。

 いや、この世には、知らなくてもいいことがある。

 彼女の精神衛生上のためにも、秘密にしておいたほうが得策だろう。


「さあ、私にもそれはわかりません。そのうち、ひょっこり現れるかもしれませんよ?」

「そうだといいねぇ。せっかく、新メニューもたくさんできたっていうのに……」

 

 シノさんは店の片隅にある、石像と化したグウェドを見つめる。

 彼女の目には、確かに光るものが見えた。

 きっと、いろいろと思うところがあるのだろう。

 

 勘がいいシノさんのことだ。

 もしかしたら、もう一生会うことはないと察しているのかもしれない。

 今日の彼女はちょっぴりナーバスにも見える。 

 そのせいかはわからないが、シノさんはいつもより早く退店した。

 





 

好敵手(とも)よ、また来たぞ」

「今日もお邪魔します」

 

 シノさんと入れ替わる形で、サイガとキセラが来店する。

 二人はソファー席に座ると、メニューを眺め始めた。

 エルゼがおしぼりとお冷やを置いたあと、私はいつものコーヒーを二人に提供する。

 数分後、サイガは爽やかな笑顔をこちらに向けた。


「好敵手よ、特盛のカツカレーを二つ頼む」


 特盛カツカレーと、付け合わせの気まぐれサラダが、二人の前に並べられる。

 二人は手を合わせながら、いただきますと言い、食事を始めた。


「相変わらず、ここのカツカレーは大変美味だな。そうは思わないか、キセラよ?」

「ええ、サイガ様の言うとおりです。自分へのご褒美には最適でしょう」

「これを食べられるのが今日で最後と思うと、胸が痛くなるな……」

「……待て、サイガ。君はいったい何を言っているんだ?」

「言葉どおりの意味だよ。今日で我が一族は、いったん里に帰らせてもらう」

「え、マジかよ……」


 グウェドが引き起こした事件から、すでに一年以上が経っている。

 あの頃とは違い、街はほぼ復興状態と言ってもいい。

 建物は建ち並び、店も営業を再開している。

 だが仮設や簡易建築はいまだ多く、更地や工事中の区画も点在していた。

 見た目と生活は戻ったが、まだ街は完成していない。


 一年前、サイガとその一族が復興に協力してくれることになった。

 そのおかげもあってか、この喫茶店は比較的早めに再開できたのだ。

 再開後、私たちは店の営業だけではなく、おもに炊き出し係として、街の復興に参加したのである。

 一日中頑張ってくれた人と異形たちに、美味しいコーヒーと料理を無償で提供した。

 最初に料理を提供したときの、彼らのあの笑顔は今でも忘れられない。

  

 そんなこんなでサイガの一族は、一年以上も協力してくれた。

 さすがにこれ以上、彼らに甘えることはできない。

 これからは、この街の住人だけで頑張らないといけないのだ。


「そうか。なんだか寂しくなるな……」

「アタシも同じ気持ちだぜ……」

「好敵手よ、そう落ち込むな。遠からぬうちに、またここを訪れると約束しよう。今度は正式な客としてな」

「そんなに悲しまないで、エルゼ。できるだけ、早く会いに来るわ」


 その後、二人と別れの挨拶をする。

 すっかりキセラと仲良くなったエルゼは、最後まで涙が止まらなかった。


「さらばだ、好敵手よ。また会おう」

「ああ、達者でな。一族の皆に、心から感謝していると伝えてくれ」

「泣かないで、エルゼ。また来るから……」

「グスッ……絶対に来いよ? 絶対だからな!」

「ええ、必ず来るわ」


 二人は腕を組みながら、仲睦まじく帰っていく。

 私たちは、その背中が完全に見えなくなるまで手を振り続けた。






「みんな! うちで採れたリンゴを持ってきたぞ!」

「ナスやトマト、オクラなどもありますよ!」

 

 閉店間際、ライアンとシャノンがダンボールを抱えて来店してきた。

 早朝だというのに、二人の顔は活力に満ちている。


「二人ともいつもありがとう。今コーヒーと食事を用意するよ」

「おい、野菜はわかるが、リンゴなんて一年でできるのかよ?」

「うちで採れる作物は、通常の三倍の速度で成長するんだ。これもすべて太陽の加護のおかげさ」

「そのせいで、ほかの農家からは怪しまれていますけどね……。あそこの夫婦は、何か法外な肥料を仕込んでいるのではないか、と。困りますよね。私たちはまだ、夫婦ではないというのに……」

「ふーん、そっちもいろいろ大変なんだな」


 エルゼは、ライアンとシャノンにコーヒーと食事を運んだ。

 その後、なぜか彼女は目を輝かせながら、私に迫ってきた。

 どうやら、何か企みがあるようだ。


「なあ、アデル! このリンゴでアップルパイをたくさん作ろうぜ! それでさ、いつも世話になってる奴らに、お裾分けするのはどうだ?」

「……ふむ、それは名案だな。さすがだエルゼ。君は実に優秀な相棒だよ」

「おうよ! 今からアップルパイも作るから、もう少しここにいてくれよな、二人とも!」

「おお、それは楽しみだな」

「ありがたくいただきます」


 私とエルゼはみんなのために、アップルパイを作る準備に取りかかった。

 




 

「二人とも、今日はありがとう。また農作業を手伝いに行くよ」

「それはありがたい! 農家はいつも人手不足だからな。その際は、また礼を弾もう」

「シャノン、また料理を教えてくれないか? もっと腕を磨きたいんだ」

「それは殊勝な心がけですね。やはり、殿方を完全に落とし依存させるには、胃袋を掴むのが一番です。いつでもお越しになってください」

「いや、依存させるのはどうかと思うが……。いや、それも案外アリか……」


 ライアンとシャノンは、笑顔で帰っていった。

 もちろん土産として、焼きたてのアップルパイを持たせてある。

 その頃には、外はもうすっかり明るくなっていた。


「おはようなのじゃ!」

「ふわぁ~、みんなおはよう……」

 

 青梅と赤椰が起きてきた。

 二人は店内に充満している香ばしいにおいに反応し、鼻をひくつかせる。


「おお、これはアップルパイではないか」

「本当だ。すごく美味しそう」

「二人とも一個ずつ食べてもいいぞ」

「一人でホール一個じゃと? まさかうちを太らせ、むちむちになったところを食べる気じゃな? 確かアデルは、肉づきのよいおなごがタイプなんじゃろ?」

「姉さん、また変なこと言ってる……。いつも姉がすみません、アデルさん」

「いや、問題ない。もう慣れたよ。それに肉づきのいい女性は嫌いじゃない」

「……え?」

「……あ」


 ……しまった、まずい。

 疲れていたせいか、意図せず口から本音が漏れてしまった。

 青梅とエルゼはニヤニヤしながら、こちらを見てくる。

 一方、赤椰は虫を見るような目をしていた。


「これからはダイエットなど不要なようじゃな。うちはこれから、フードファイターにでもなるとするかのぅ」

「困ったなぁ、アタシはこれ以上太れねぇよ。でも、アデルが望むなら……」

「アデルさん、さすがに引きました。ちょっと部屋に戻ります」

「みんな、誤解だ!」


 宣言どおり、赤椰はアップルパイを持って自室へと引き上げる。

 同時に、エルゼがトイレに行き、青梅と二人きりになった。


「……今日はエルゼの誕生日。ついに、この日を迎えてしまったな、アデルよ」

「ああ、そうだな。少し緊張しているよ。青梅、今日は……」

「安心せい、重々承知しておる。今夜、うちと赤椰は外泊してくるでのぅ。男らしくビシッと決めてやるのじゃ。応援しておるぞ」

「……ありがとう、青梅。君がいてくれてよかったよ」


 青梅は笑いながら、私の背中を叩く。

 私はそんな彼女の頭を優しく撫でた。

 

「のぅ、アデル。少し相談があるのじゃが……」

「ああ、なんでも言ってくれ」

「うちと赤椰で小さなバーを営みたい、と思っておる」

「……理由を聴こう」

「もうこの喫茶店には、うちらは必要ないと思ってな。エルゼも料理ができるようになったしのぅ」

「私には君たちが必要だ」

「もちろん、理由はそれだけではない。うちは酒が好きなのじゃ。前々から、バーをやってみたいと思っておった。うちの夢だったんじゃ……」

「そうか……」

「ダメ……かのぅ……?」


 私はいろいろ考えた。

 物件費、内装設備工事費、備品費、開業手続き、仕入れや運転費などなど……。

 どれも私が通ってきた道だ。

 どのくらいお金が必要かは、よく理解している。

 本来なら安易に勧めたりはしない。

 だが、青梅の目は本気だ。


「……条件がある。もう少しここで働いて、資金を貯めるんだ。今の貯金では、足りないことは明白だからな」

「う、うむ……」

「それと、知り合いにバーの経営者がいてね。私のつてで、君たちがそこで働けないか聞いてみよう。本気でバーを開きたいなら、きっといい勉強になるはずだ」

「ほ、本当か……?」

「しばらくは喫茶店とバーの掛け持ちになるが、それでも大丈夫か?」

「う、うむ、もちろんじゃ!」

「それと、お金の管理は私がする。もし欲しい物があったら、まず私に相談してくれ。必要かどうか判断するからな。あと、モニカの研究に深入りするのもダメだぞ?」

「わ、わかったのじゃ……。おぬしには世話になりっぱなしじゃな」

「大切な家族のことだからな。当然のことだよ」

「アデル……。おぬしがいてくれて、本当によかったぞ……」


 青梅は震えている。

 それが感謝からくるものなのか、それとも、不安からくるものかはわからない。

 しかし、その表情には確固たる信念があった。

 

「ふぅ、スッキリしたぜ。……二人とも、そんなに真剣な顔してどうしたんだよ?」

「……おぬし、相変わらず空気が読めんのぅ」

「エルゼ、君のそういうところは可愛いと思うぞ」

「なんだ、お前ら? 喧嘩なら買うぞ?」


 何も知らないエルゼは、青筋を立てながら、私たちに詰め寄ってくる。

 私はそんな彼女を、改めて可愛いらしいと思った。

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