第四十三話 決着
視界が赤に染まる。
いや、違う。
私自身が赤く染まっているのだ。
全身に血が巡り、骨が軋み、肉が震える。
時折、皮膚の内側から爆ぜるように血が滲む。
全身からこぼれる汗が、蒸気となって立ちのぼり、青白いオーラのように身体全体を包んでいる。
次の瞬間、頭蓋の奥で嫌な音がした。
なんと、額から四本の角が突き破ったのだ。
だが、痛いとも思わない。
背中には、濃縮された血が噴き出すように広がり、巨大な真紅のマントとなってたなびく。
自分でもわかる。
これは半吸血鬼としての限界を超えた、ある種の到達点であることを……。
私の姿を見て、グウェドはため息を漏らす。
だが、先ほどと違いその目は笑っていた。
「……覚醒したか。ならば、こちらも本気を出すとしよう」
グウェドの全身が光に包まれ、その上から赤黒い血の鎧が装着されていく。
さらに背中からは、血の翼が六枚、羽ばたくように伸びた。
その姿は、まるで熾天使のようだ。
空気とともに地面が激しく震える。
私の呼吸音さえ掻き消されるほどの重圧。
これが完全体のグウェド……。
しかしなぜか、不思議と怖くはなかった。
むしろ、心臓の鼓動が沸き踊る。
圧倒的な力を得て、驕っているのだろうか。
いや、断じて違う。
これはグウェドを超えるための純粋な衝動だ。
「アデル、貴様に言っておくことがある」
「……なんだ?」
「ツクヨミシティに異形どもを誘致したのは、この私だ」
「何……?」
次の刹那、グウェドが動いた。
視界から消えた、と錯覚するほどの速度。
直後、物凄い衝撃が頬をかすめた。
屋上の床が砕け、瓦礫が弾け飛ぶ。
私は距離を取り、すべての指から血弾を発射した。
奴はその間を縫うように避けながら、接近してくる。
グウェドが剣を生成した。
私は斧を生成し、真正面からぶつかる。
奴の翼と私の血のマントが風を裂いた。
衝撃波で床が砕け、その残骸が跳ね上がる。
奴の剣の重さは、以前とは比べ物にならない。
しかし、なぜかグウェドの剣が先に砕けた。
奴は瞬時に鞭を生成し、私を縛ろうとする。
だが、鞭は私の身体に触れる前に弾け飛ぶ。
私は咄嗟に踏み込み、斧から巨大な鎌へ変形させ斬りつけた。
鎧が砕け、赤い破片が飛び散る。
だが、肉までは達していない。
父の眉が、わずかに動いた。
「……毒か」
「近づくだけで、お前には致死量のはずだ」
「ふん、だからなんだというのだ?」
グウェドが巨大な血の盾で、私の腕を薙ぎ払う。
肘が逆方向に曲がり、肉が裂けた。
それでも、私は止まらない。
自分の血をそのまま糸のように伸ばし、筋肉を縫い合わせて動かす。
同時に、折れた骨も瞬時に再生していた。
「……面白い。どちらが先に限界を迎えるか、勝負しようじゃないか!」
すでに普通の戦いではなかった。
さまざまな武具を壊し、防具を繕い、また壊し、また繕う、互いに一歩も引かない。
その衝撃で、屋上には瓦礫の山が積み上がっている。
床も限界を迎えており、そこら中陥没し、穴だらけだ。
「ふむ、では次のステージに進むとするか……。来い、アデル! 本当の吸血鬼の戦いを教えてやる!」
グウェドが六枚の翼を展開した瞬間、世界が軋んだ。
宙へ飛び立つと同時に、瓦礫を吹き散らすほどの暴風が巻き起こる。
私は血のマントを翼のように翻し、地を蹴って追撃した。
視界は一気に開け、ツクヨミシティの廃墟がはるか下へと沈んでいく。
奴の斧が空を裂き、私の頭上から振り下ろされる。
避けた瞬間、私は背後に回り込み、血の槍を喉元へ突き出した。
「させるか!」
奴の翼が槍を弾き飛ばす。
だが、何枚かは潰すことができる。
次の刹那、翼が再生し再び大きく羽ばたいた。
その余波の衝撃が私の身体を貫く。
「ぐっ……!」
再生も翼の動きも速い……!
覚醒した私ですら追いきれない――ならば……。
私はさらに上昇し、マントを大きく広げ、そこから無数の血矢を雨のように降らした。
グウェドは先ほどの血弾と同様に、縫うように回避する。
しかし、さすがに全部を避けることはできず、鎧や翼に何本か突き刺さっていた。
微量だが毒は効いているはず……。
そうなれば、こっちのものだ。
スタミナも尽きてきたのか、奴の動きが徐々に荒くなっていく。
「くそっ……!」
「これならどうだ!」
私は血を糸のように伸ばし、空中で網を張った。
グウェドの翼を絡め取り、回転しながら地上へと叩きつける。
その衝撃は凄まじく、屋上に大穴を空けた。
砕けた奴の翼の破片が、瓦礫とともに舞うように散る。
「が……っ!」
グウェドの声が漏れる。
初めて聞いた、苦痛の声だった。
奴に対抗できている……。
だが油断はできない。
グウェドは即座に大穴から飛び出し、屋上から私に視線を向ける。
それは安い挑発のようにも見えた。
奴は再び血の武器を生成する。
私も再び武器を構え、それを破壊し続けた。
「うおおおっ!」
「ぐぬぅぅぅ!」
剣、槍、斧、鞭、鎌、槌、盾――グウェドはひたすら作り続け、私はそれらを壊し続けた。
互いに再生し、破壊し、空と地を何度も行き来する。
毒の血で作った私の武器は、奴の武器に触れただけで、それを腐食させる能力を持つ。
しかし私の身体も、徐々に毒に蝕まれていく。
全身を蝕む毒の血が、筋肉を焼きながら力を引き出す。
痛みが身体を突き破るが、同時に快感にも似た昂りが脳を支配している。
胸の奥が熱い。
喉の奥から血が溢れる。
それでも、止まらない。
「ハァ……ハァ……!」
「ハァ……貴様……ハァ……小賢しい真似を……!」
グウェドの翼はもう半分以上崩れ落ち、鎧の輝きも失われていた。
息が荒くなり、肩で呼吸をするようになる。
奴を削れている、確実に……!
だが、それは私も同じだった。
手足や指が震え、視界が滲む。
骨の軋む音が、頭蓋の奥で響く。
そして、ついにグウェドの動きが、一瞬だけ止まる。
私はその隙を見逃さなかった。
「ここだ!」
「――ぬっ!?」
私は全身の血を一点に集中させる。
角が赤い閃光を帯び、血のマントが空を裂くように広がった。
血を幾重にも組み上げ、巨大な剣を生成し、マントからジェット機のように血を放出する。
「――何っ!?」
私は真紅の軌跡を描きながら、勢いよくグウェドの懐に飛び込んだ。
大きく振りかぶった血の大剣を、その厚い鎧に叩きつける。
屋上の床が爆ぜ、辺りの空気が震えた。
奴の身体が吹き飛び、そのまま瓦礫の山に叩きつけられる。
「が……あ……!」
その衝撃で、グウェドの鎧が砕け散り、血が飛沫となって舞った。
だが、まだ微かに動く奴の影が見える。
どうやら、まだ生きているようだ。
早くとどめを――。
そのときだった。
私の身体に、鋭い痛みが走る。
「――ッ!?」
膝が勝手に折れ、立てなくなる。
視界の端が白く点滅し、耳鳴りが響く。
身体中が悲鳴を上げ、血のマントが崩れていく。
角がひび割れ、皮膚から煙が上がり、筋肉が収縮しすぎて裂けていくような痛みを覚える。
覚醒が……切れる……!?
毒の血が逆流し、私の内側を破壊していく。
グウェドに近づくどころか、一歩踏み出すことすら難しい。
それでも、私は倒れなかった。
奴はまだ死んでいないのだ。
「……グウェド……まだ……終わりじゃないぞ」
焼け爛れる喉から、かろうじて声を絞り出す。
グウェドの影が、ゆっくりと、倒壊した瓦礫の中から立ち上がる。
血塗れの瞳が、確かに私を見ていた。
「……まさか、ここまでやるとはな。本来なら、称賛してやりたいところだよ。だが、これで終わりだ」
グウェドはまだ戦うつもりだ。
私は歪む足を、前に踏みしめた。
奴も血を滴らせながら、私へと歩み寄る。
もう、武器も防具も作れない。
覚醒の力もほぼ失われかけている。
それでも、やるしかないのだ。
「グウェド! よかった無事なのね!」
「……アンジェラか。あの狼男は始末したのかね?」
「ええ、もちろん。残った狼人間たちもすぐに来るわ」
「がああっ!」
「……メデューサも無事だったか。アデルよ、貴様はどうやって、この危機を脱するつもりかね?」
「そんな……まさか二人とも……」
エルゼもコウガもやられてしまったのか……。
この瞬間、私は天涯孤独の身になってしまった。
さっきまで剥き出しにしていた闘志は、すっかり鳴りを潜め、ただただ沈黙している。
もうこれ以上抵抗しても無駄……なのか?
「ふふっ、その顔だ。仲間を失い、絶望の淵に立った貴様の顔を、この目で見たかったのだよ」
「ベッドの上と同じで鬼畜なのね」
「おう、姉ちゃん。ちょっといいか?」
「……え?」
「……コウガ?」
アンジェラの背後には、血塗れのコウガが立っていた。
満身創痍で左腕が欠損しているうえに、出血が酷い。
たが、その目にはまだ輝きが残っている。
アンジェラが後ろを向こうとした瞬間、彼女の胸からコウガの右腕が飛び出した。
その手には心臓が握られており、彼はそれを容赦なく握り潰す。
「グウェ……ド……あい……してる……」
「アンジェラ!? メデューサ、奴を殺せ!」
「がああっ!」
メデューサは一直線にコウガへと向かっていく。
彼はこちらを見ながら、ニヤリと笑った。
「あとは任せたぜ、アデル。姐さんによろしく言っておいてくれ……」
コウガは確かにそう言っていた。
満足そうに穏やかな表情で。
次の瞬間、メデューサはその巨大な尻尾を横になぎ払い、彼に直撃させる。
大きく宙を舞ったコウガの身体は、そのままタワーの外にある崖下まで落ちていき、消えてしまった。
……コウガよ、君の勇姿は忘れないぞ。
「いいぞ、メデューサ! そのままアデルもやってしまえ!」
「嫌……です……」
「……今なんと言った?」
「若旦那様は……殺せ……ません……」
「この無能めが! ならば、貴様から先に殺してやろうか!」
グウェドが見せたその隙を、私は見逃さなかった。
かろうじて残っていた血を、指先に集中させ、銃弾のように放つ。
その狙いはグウェド本人ではなく、奴とメデューサを繋ぐ鎖だ。
血弾は見事命中し、鎖を撃ち破る。
その瞬間、メデューサは気絶した。
グウェドは動揺を隠せず、明らかに取り乱している。
「くそっ、再契約するには血が足らん! アデル、貴様はまた私から奪うのか!?」
「私から散々奪っておいて、よくそんなことが言えるな、グウェド!」
私は通常の濃縮血液を取り出した。
だが、指が震えて、瓶を落としかける。
それでも、迷っている暇などなかった。
……まだ立つ。
まだやれる。
まだ終われない!
濃縮血液を無理やり流し込む。
焼けるような刺激が胃に走り、その余波が全身へと拡散した。
痛みが一瞬だけ遠のき、視界の輪郭がはっきりする。
完全な回復ではなく、むしろ延命措置に過ぎない。
それでも、立ち上がるには十分だった。
「貴様……! 最後まで、そんなものに頼りよってからに……!」
対するグウェドは、同じ瓶を握りしめたまま微動だにしない。
やがて、その手の中でガラスが砕け、血が床に散らばっていく。
奴の表情は読めない。
しかし、迷いだけはなかった。
「こんなもの、純血の吸血鬼である私には必要ない! 誇りだけは、決して失わんぞ!」
グウェドは誇りに縛られたまま戦う気か。
ならば私は、その誇りごと超えてみせる。
互いに血装術はもう使えない。
毒が全身に回り、覚醒が剥がれ落ち、血を操るどころか再生さえ追いつかない。
ただの肉体、ただのこぶし……。
吸血鬼である前に、私とグウェドという個と個がぶつかるだけの戦いなのだ。
「貴様を殺す前に教えてやる! 私が計画していた作戦の全貌をな!」
グウェドが最初に踏み出した。
瓦礫を踏み砕きながら、その巨体が迫ってくる。
こぶしが視界を覆った。
避ける時間も、力も残っていない。
頬骨が砕け、視界に白い火花が散った。
地面に叩きつけられ、瓦礫が背骨に食い込む。
呼吸がかすれる。
肺に空気が触れただけで痛む。
「事の発端は、貴様が族滅をしたところまで遡る。当時の私は感謝していたよ。私を馬鹿にする一族がいなくなって、せいせいしていたからな」
グウェドのこぶしには、覚醒が解けた今でも圧倒的な質量があった。
私より長く戦場を生き、私より多くの血を浴び、私より深い地獄を歩いてきたそのこぶし……。
それがもう一撃、鳩尾に沈む。
胃液が逆流し、口の中が酸で満たされた。
視界が歪み、世界が波打つ。
殴り返そうとしても、腕が上がらない。
指が、震えている。
まずい、このままじゃ……。
「だが貴様は責任をとらず、ミネットを私に押しつけ、姿を消した! その直後に、私は吸血鬼総会から族滅の責任として、貴様の監視という三流以下の仕事を押しつけられたんだ!」
グウェドの影が、のしかかるように覆いかぶさってきた。
こぶしが振り上げられる。
そのこぶしは、最初の十分の一程度の速度でさえも、今の私には避けようがない。
「百年以上も貴様を探し続け、ようやくここツクヨミシティで発見した。あろうことか、貴様は何も知らず、呑気に喫茶店を営んでいたな。それが私の癇に障ったんだ! 私はブルートという皮をかぶり、貴様を監視してきた。同時に、とある噂を国内外に吹聴してやったのだ。『ツクヨミシティにある喫茶ヴァンピールは、異形の悩みをなんでも解決してくれる』とな!」
まだ……終わらせない。
こぶしが落ちてくる瞬間、全身を叱咤するように叫び、私は腕で防御した。
骨が嫌な音を立て、皮膚が裂ける。
それでも、折れなかった。
腕に走る激痛で、逆に視界が冴える。
「最初は貴様を苦しませるのが目的だった。事実、貴様は次々と押し寄せる異形どもに四苦八苦していたな。だが最後には、貴様はすべて解決していた! そんな中、貴様はエルゼと出会ったのだ!」
防御した腕をそのまま押し上げ、グウェドの体勢をほんの少し崩す。
その隙に身体を捻り、私はこぶしを振り上げた。
こぶしが確かに奴の頬を打ちつける。
手の骨が軋み、痛みで表情が歪む。
だが、グウェドの顔がわずかに動いた。
倒すほどではない。
けれど、それで十分だった。
まだ私は、やれる!
「それだけでなく、苦難を乗り越え仲間を増やしていったな。これでは意味がない。そこで私は自ら動くことにしたのだ! まずは総会の連中を見返すために契約した、メデューサを利用することにした。奴は私の知らない貴様の情報を、事細かく報告してくれたよ!」
殴り返す。
グウェドが打つ。
殴って、殴られて、また殴って――。
こぶしとこぶしがぶつかるたびに、骨が軋み、血飛沫が飛ぶ。
私の腕はすでに紫色に腫れ、自分の腕ではないように痛みだけが伝わる。
グウェドの動きは依然として重く速い。
圧倒的に奴のペースだった。
私は殴られ、蹴られ、転がされ、それでも起き上がり続けた。
「次にアンジェラを籠絡し、戦力の増強を図った。あの女は全肯定するだけで、すぐに身も心も捧げる、救えない奴だったよ。奴のおかげでフウガとの情報共有ができたことは、感謝しているがな。とにかく奴のおかげで、大量の狼人間を眷属にできた。しかし、今となってはそれも無駄になってしまったがな……!」
呼吸が苦しい。
血が喉に絡む。
意識が途切れかけても、心だけは折れなかった。
グウェドの動きにも、明らかな鈍りが見え始める。
濃縮血液を飲まなかったのは、グウェド自身。
誇りのために捨てた力。
その差が、殴り合いという最も単純な勝負で露骨に表れ始める。
ここから必要なのは、力でも技術でもない。
意思の強さだ。
「総会への復讐など、もうどうでもいい! 私が憎んだのは貴様だ、アデル! エルゼは、私が唯一愛した狼女によく似ている。他の女に求めたのは、子を産む役割だけだった。私が添い遂げたかった女は、病に倒れ、死んだ……。それなのに貴様は、狼女と恋に落ち、幸福を手に入れた! その姿を見て、私はすべてを壊したくなった! ……すべては、貴様のせいなのだ!」
グウェドは、支離滅裂になりながらも狂った理由でこぶしを振るう。
一方私は、みんなを守るためにこぶしを振るっている。
ならば、負けるわけにはいかない……。
こぶしが重く、腕が動かない。
さらには、ふらつく足が地を捉えられないのだ。
それでも、私は前へ出た。
互いのこぶしが頬を打つ。
視界に星が散り、世界が揺れる。
グウェドのこぶしより、私のこぶしのほうが、わずかに速い。
ほんのわずかでも、私が前へ出るたび、奴は後退っていく。
瓦礫が砕け、こぶしが割れ、骨まで鳴る。
この一撃を当てることができれば……!
私は一気に踏み込む。
最後の力を絞り、全身の筋肉を総動員する。
「これで終わりだ、グウェド……」
「終わるのは貴様のほうだ、アデル!」
――その瞬間、昔の記憶がよみがえる。
グウェドとのカフェでのやり取り、族滅後の慰め、そしてブルートさんだった頃に共有した時間……。
走馬灯のように頭を通りすぎていく。
だけど、もうあの頃には戻れない。
殴れば、終わる。
殴らなければ、私は倒れる。
今までありがとう、父上。
……だが、ここで終わりだ。
「半端者ごときが、この私に勝てると思うなよっ!」
「半端者ではない……。私は半吸血鬼のアデルだ!」
私は躊躇なくこぶしを振り抜いた。
こぶしがグウェドの顔面を捉える。
骨の砕ける鈍い音が響き、そのまま奴の身体ごと殴り倒した。
瓦礫が舞い上がり、衝撃で床はヒビ割れ、巨大なクレーターができる。
殴ったこぶしから感覚が消え、腕がぶらりと垂れた。
この場に立っているのは、私だけだ。
「馬鹿……な。この私が……負ける……とは……」
「ハァ……ハァ……うぐっ……!」
私はその場に膝をつく。
グウェドにとどめを刺そうとするが、もう身体が動かない。
身体中に痺れるような激痛が走り、視界がかすむ。
早く……奴に……とどめを……。
「アデル!」
「若旦那様!」
倒れかけた私の身体を支えてくれたのは、傷だらけのエルゼと、メデューサだった。
二人が無事だとわかったその瞬間、先ほどまでの激痛が嘘のように遠のく。
気づけば、私は一人で立っていた。
「エルゼ、メデューサ、二人とも無事でよかった……」
「これもすべて、若旦那様のおかげです」
「よくやったな、アデル。……っていうか、なんで裸なんだよ、メデューサ?」
「一応、鱗は纏っていますが?」
「大事なところが隠せてねぇんだよ!」
私は瞬時にシャツを脱ぎ、それをメデューサに羽織らせた。
裸よりはましだろう。
「ぼろぼろですまないが、今はこれを着ていてくれ」
「あ、ありがとうございます、若旦那様」
「……メデューサ。病み上がりで悪いが、力を貸してほしい」
「はい、なんなりとお申しつけください」
「グウェドを、石にしてくれないか?」
「おい、アデル。こいつを生かしといていいのかよ?」
「奴は私の毒に蝕まれている。このまま死なせるには惜しい。奴はもっと、苦しまなければならないからな」
「へぇ、アデルにしては名案じゃねぇか。アタシはもちろん賛成だ」
「わたくしも賛成です。この男には一生石のまま、毒に苦しんでほしいですね」
「貴様ら……後悔することに……なるぞ……」
グウェドは息も絶え絶えになりながら、こちらを睨みつける。
しかしながら、その姿はすでに威厳を失っており、恐怖など微塵も感じさせない。
「メデューサ、頼む……」
「わかりました」
「や、やめろーっ!」
メデューサの目が光った瞬間、グウェドはあっという間に石になる。
長かった戦いに、ようやく終止符を打つことができた。
さあ、これはどうしようか……。
「エルゼ、これをヴァンピールに置かないか?」
「はぁ、何言ってんだ?」
私はグウェドの過去をエルゼに伝える。
すると、彼女は口角を上げ、牙を見せた。
「そういうことなら大賛成だ。こいつには、アタシらが選んだ日常を、ずっと見せつけてやろうぜ!」
「二人とも品がないですよ。ですが、これから先、グウェドがどうなるかを思うと、愉悦を覚えてしまいますね」
「……さあ、帰ろう二人とも。みんなが待っている」
こうして、グウェドとの戦いは幕を閉じた。
一部損壊したツクヨミタワーに、もはや敵の気配はない。
私たちはその静けさを背に、仲間たちのもとへと帰っていった。




