第三十九話 思いがけない協力者
目を覚ますと、私はまたもやベッドに寝かされていた。
この部屋には見覚えがある。
ここはモニカの別荘だ。
「お兄ちゃん!」
どこから現れたのか、ミネットが抱きついてきた。
……この光景、なんだか既視感があるな。
「よお、アデル。調子はどうだ?」
今回はエルゼもいる。
二人とも顔には明らかな疲労感があった。
しかしながら、二人が無事という事実に、思わず安堵のため息が漏れる。
自分の身体に目をやると、自切したはずの左腕が再生しているのに気づく。
ほかの傷も完全に治癒していた。
おそらく、エルゼかミネットが濃縮血液を飲ませてくれたのだろう。
だとすると、もう濃縮血液は残っていない。
まずいな……。
あれがないと、父上には勝てない。
「調子はまあまあだな。君たちはどうだ?」
「お前とだいたい同じだよ」
「ワタシも……」
「それで、ほかのみんなは……?」
「……みんな石にされちまったよ。お前だって知ってるだろ?」
「ちなみに、石にされたみんなは、この別荘の地下室で管理してるよ」
「そうか……。すまない、私のせいで、こんなことに……」
「誰もお前を責めたりしねぇよ。悪いのは、全部グウェドだ」
「そうよ、あんな奴もう父親とは思わないわ」
「ありがとう、二人とも」
私はミネットを引き剥がし、ベッドから立ち上がった。
身体に痛みはないが、なんとなくダルさが残っている。
これはきっと、濃縮血液の副作用だろう。
「今の時間帯は?」
「夜の八時頃だな」
「二人とも、これからモニカの家に行く。ついてきてくれるか?」
「えっ……? でも、お兄ちゃん起きたばっかりだよ?」
「モニカが言っていたんだ。協力者がいる、とな。それに、いつ奴らが襲ってくるかわからない。事を急がねば……」
「ミネット、今はアデルの言うとおりにしようぜ」
「……そうね、じゃあ行きましょうか」
私たちは別荘を出て、住宅街へと足を運ぶ。
街には相変わらず、壊れた家屋の瓦礫や折れた街灯、ガラス片が散乱していて、舗道もヒビ割れている。
モニカの家に近づくにつれ、石化した人々も多く見られるようになってきた。
五体満足のものもあれば、片手や片足が欠けたもの、上半身と下半身が離れたものなどもある。
私は歯を食いしばりながら、黙々と歩を進めた。
ほかの二人も同じような反応をしている。
そして、モニカの家に着くと、辺り一面には瓦礫の山が広がっていた。
「おい、嘘だろ……?」
「お兄ちゃん、本当に大丈夫なの?」
「おそらく、地下室までは壊されていないはずだ。二人とも、瓦礫をどかすのを手伝ってくれ。地下室へ繋がる入り口を探そう」
「おう、任せろ」
「ワタシ、頑張るね」
一時間後、私たちはようやく地下に通ずる扉を発見した。
モニカのマスターキーで扉を開け、地下へと続く階段を下っていく。
すると、徐々に薬品のような刺激臭が鼻を突くようになる。
階段を下りるごとに耳が痛む。
一番下まで到達すると、外界の音は消え去った。
そして、錆びついた扉を開けると、見慣れた地下室が飛び込んでくる。
「やはり、中は無事みたいだな……」
「相変わらず、気味の悪い研究室だぜ」
「なんで二人はここを知ってるの? ワタシは初めてなんだけど……」
ミネットが疑い深く見つめてくる。
そういえば、ここで研究に協力していることは、まだ言ってなかったな。
きっと知れば、ワタシもやるとか言い出しそうだ。
「ミネット、話はあとだ。今は協力者に会おう」
「……まあ、いいけど。あとで絶対に教えてよね、お兄ちゃん」
「わかった。では、まず隠し扉を開けよう」
「おい、アデル。机にメモとアタッシュケースがあるぜ。どうやら、アタシら宛てのようだ」
地下室の机の上に、銀色のアタッシュケースが鎮座していた。
その蓋には、小さなメモが貼られている。
『アデルたちへ』
ケースを開けると、中には濃縮血液と強狼剤が一本ずつ、そして銀色の液体を満たした瓶が一本、並べられていた。
さらに、その脇には一封の手紙が添えられている。
ふと目を凝らすと、銀色の液体の瓶にも、同じようにメモが貼られていた。
『これは本当に困ったときに使うこと』
短いその一文を読み、ミネットは言葉を失っていた。
その状態のまま、アタッシュケースの中身をまじまじと見つめている。
「何よ、これ? お兄ちゃん、また隠し事でもしてるの?」
「私にもよくわからないんだ。今はとにかく隠し扉を開けよう」
「ふーん……」
私は白く塗られた棚にある本を触る。
すると、カチッという音とともに白い棚が真下に潜り込む。
そして、頑丈そうな黒い扉が姿を現した。
「どうやら、この中にいるようだな」
「へぇ、これはアタシも初めて知ったぜ。なんで黙ってたんだ?」
「そんな怖い顔をするな、エルゼ。別にやましいことは何もないよ」
「本当にそうか?」
「ふっ、見苦しいわね。これくらいで嫉妬するとか、相棒失格なんじゃない?」
「う、うるせぇな……!」
「二人とも喧嘩はあとにしてくれ。じゃあ、扉を開けるぞ?」
私は黒い扉をゆっくりと開ける。
扉を開けた瞬間、むせ返るほどの獣臭が襲ってきた。
このにおい……まさか――?
「よう、待ってたぜ、アデル」
独房のような部屋の中央には、灰色の髪に褐色肌のがっしりした男が、椅子に両手両足を縛られて座っていた。
間違いない、こいつは元エルゼの一族、コウガだ。
まだ生きていたのか……。
「てめぇは……コウガ!?」
「お、エルゼまでいるじゃねぇか。久しぶりだな」
「お兄ちゃん、この人誰……?」
「オレの名はコウガ。そこにいるエルゼの親戚だ。どうぞお見知りおきを、お嬢ちゃん」
「お前がモニカの言っていた協力者なのか?」
「ああ、そうだ。何が起こってるかは、事前に姐さんから聞いてる。協力してやるから、さっさとこの拘束を解いてくれ」
「誰がてめぇなんかと協力するか! アデル、帰るぞ!」
「そんな悲しいこと言うなよ、エルゼ。オレはモニカ姐さんに惚れてから、改心したんだ」
「なっ……!?」
コウガはさらっととんでもない発言をする。
しかし、それが本当かどうかはまだわからない。
「だったら、なんで拘束されたままなんだ?」
「痛いとこつくねぇ。オレの姐さんへの想いは、本物だ。だがな、どうやらこの想いは一方通行だったらしい。姐さんは結局、オレを信用しきれなかったんだ。まぁ、いつかは振り向かせてみせるがな」
「……モニカのどこを好きになったんだ?」
「おい、アデル。こんなときに、くだらない話を広げようとするなよ」
「好きになるのに理由は必要ねぇよ。まぁ、強いて言うなら、あの笑顔だな。好きなことをしているときの姐さんの顔は、眩しいくらい輝いてやがる。この薄暗い独房を訪れるたびに、オレの心を明るく照らしてくれたよ」
「……ふっ、そうか。その言葉は信用に値するな。いいだろう、拘束を解いてやる」
「ほ、本当にいいの、お兄ちゃん?」
「へっ、話のわかる奴は好きだぜ」
私はモニカでさえしなかった、コウガの拘束を解くことにした。
過去にこいつがエルゼにしたことは、決して許されることではない。
しかしながら、モニカへの想いは本物だ。
それに、今は戦力が増えることに越したことはない。
だが、裏切りや逃亡があれば、即座に殺す。
「ふぅ、やっと動けるぜ。ところで、姐さんはどうしたんだ?」
「モニカなら石にされたよ。今は別荘の地下で、大切に保管している」
「マジ……か。本当に姐さんの言ったとおりになったんだな」
「コウガ、現在の状況を詳しく説明するぞ。心して聴いてくれ」
「おうよ、これも姐さんのためだ。真面目に聴いてやるよ」
コウガに現状の説明をしたあと、私たちは外へ出た。
もちろん、アタッシュケースの中身も回収済みだ。
「その銀色の液体は……?」
「どうしたコウガ。これがどうかしたのか?」
「思い出したぜ、姐さんから伝言を頼まれていたことをよ……。そいつはてめぇが眠っているときに完成したらしいんだ。それをてめぇが飲めば、一時的だが、グウェドと互角に張り合える力を得られるらしいぜ」
「それは本当なのか……?」
「だがな、姐さんはこうも言っていた。そいつを飲めば、副作用で死ぬ確率が高い、とな」
「そうか……。だから、彼女は隠していたのか」
「本来なら前の戦いで、これがなくてもてめぇが勝つと踏んでいたようだな。だが、それは誤算だったようだが……」
「おい、コウガ。それ以上言うな、殺すぞ」
「よせ、エルゼ。私が不甲斐ないのは事実だ」
「お兄ちゃんは頑張ってるよ!」
「そうだぜ、こいつの言うことは気にするな」
コウガの言葉が私の心を抉る。
しかし、エルゼとミネットのフォローのおかげで、少しだけ気持ちが和らいだ。
「……協力するとは言ったが、今のてめぇを見てると心配になってくるぜ。女に慰められて、恥ずかしくねぇのか?」
「おい、コウガてめぇ……!」
「落ち着け、エルゼ。彼の言うとおりだ」
「おい、アデル。ちょっとばかし、手合わせしてみねぇか? 本当に協力する価値がある男かどうか、オレが確かめてやる」
「……いいだろう。受けて立つ」
こうして私とコウガは、互いの実力を見極めるために手合わせすることになった。




