第三十六話 それぞれの覚悟
無事別荘に着き、地下室にライアンとシャノンを置いたあと、リビングで会議が始まった。
みんな満身創痍だが、欠損などはしていない。
しかし、精神的にだいぶきているようで、しばらく沈黙を続けている。
そんな中、ようやくモニカが沈黙を破り、重い口を開いた。
「アデル、よく聴いてくれ。みんなはね、君が目覚めるまでの三日間。ずっと、グウェドたちと戦っていたんだよ。だから、ろくに睡眠もとれていないんだ」
「そうだったのか……」
父上は、私が目覚める前にすべてが終わっていると言っていたが、そうはならなかった。
きっと、仲間たちの必死の奮闘が、父上の誤算だったのだろう。
「みんなありがとう。今日と明日ぐらいは私に任せて、各自休息をとってくれ」
「……そんな悠長なことを言ってる場合じゃねぇ。全員でかかっても、あいつらに勝てるかどうかもわからねぇんだ」
「……何? いつもの威勢はどうしたんだ、エルゼ?」
「アデルよ、うちもエルゼと同じ意見じゃ。狼人間だけならともかく、グウェドとメデューサが目の上のたんこぶでのぅ。この三日間は、奇跡的に生き延びられただけ、と言ってもいい」
「結局、僕たちは何一つ救えなかったんですよ。人も建物も全部。ただ、自分が死なないだけで精一杯でした」
三人は口を揃えて悲観的な言葉を吐き出す。
その疲れきった表情と声色から、一種の諦めのような感情を含んでいるのが読み取れる。
モニカとミネットでさえも、明らかに絶望的な状況だと理解しているようだった。
どうやら、私だけが愚か者だったらしい。
父上を手にかけることを躊躇した結果、ライアンとシャノンだけではなく、無辜の民が犠牲になってしまったのだ。
これは私の責任といってもいい。
私は気持ちを切り替えるために、頬を強く叩いて気合いを入れる。
「みんな本当によく頑張ったな。私が加入した今、失敗はあり得ない。次の戦いは、死力を尽くそう。あともうひと踏ん張りだ。私についてきてくれ」
「……へっ、言ってくれるぜ。本当は、お前がいなくても勝てたんだ。わざわざ美味しいところを、取っておいてやったのさ」
「アデルよ。うちはいつも傍にいるから、好きに使ってくれ」
「アデルさん。僕はどこまでもついて行きますよ」
「次の戦いは総力戦だ。ツクヨミシティを守るために、あたしも手を貸すよ」
「もちろん、ワタシも参加するからね」
「みんな……ありがとう!」
次の戦いは、いつ起こるかわからない。
だが、仲間たちには休息が必要だ。
なので、いったんエルゼ、青梅、赤椰を休ませ、私とモニカとミネットが街の動向を注視することになった。
三人はかなり疲れていたのだろう、すでに泥のように眠っている。
「アデル、君にはいくつか話しておきたいことがある」
「……ああ、わかったよ」
二人にコーヒーを淹れたあと、モニカが真剣な表情で切り出してきた。
私は二人と同じテーブルに着き、耳を傾ける。
「まずアンジェラについてだ。彼女はすでに正気を失っている。だけど、それは決して、グウェドに操られているからじゃない」
「なぜそれがわかる?」
「彼女は前から狂っていたのさ。なんでも一族のみんなに内緒で、狼人間に非人道的な実験を繰り返していたらしい。その結果、フウガの使っていた、皇狼剤とあの兵狼剤を生み出したんだ。それだけでなく、フウガにあたしたちの情報を流していたらしい」
「なんだと……?」
あのときフウガが零していた人物は、アンジェラのことだったのか。
だが、なぜ彼女はそんなことを……?
「君の言いたいことはわかるよ。でもね、あたしにもなぜ彼女が、そんなことをしたのかわからない。唯一わかるのは、皇狼剤はもう彼女の手元にないことだけだ。一族からの情報によると、適合できたのはフウガだけだったらしい。あれは非常に扱いづらい代物みたいでね、非適合者はみんな死んでしまったんだと。それでも実験を続けようとしたので、一族から追放された」
「そうだったのか……」
「このことは、あたしもつい先日知ったんだ。正直、彼女にはがっかりしたよ……」
その情報を知って、私はひとまず安堵した。
皇狼剤の適合者がいたら、さらにこちらが不利な状況に陥っていたに違いない。
「それで、追放された彼女は、なぜかきみのお父さん、グウェドの眷属になっていた。どういった経緯で、そうなったのかはわからない。けれど、今の彼女は、あたしたちにとって明確な敵だ。ツクヨミシティの人々を救うためには、あたしは彼女の命を奪うことさえ厭わない」
モニカの眼には覚悟が決まっていた。
普段なら肉親を手をかけることには反対だが、状況が状況だ。
エルゼの言ったとおり、悠長にしている場合ではない。
アンジェラの相手は、彼女に任せよう。
「わかった。君のその姿勢を尊重しよう」
「話が早くて助かるよ。もし反対されたら、喧嘩になっていたかもしれない」
「モニカ。早くお兄ちゃんに、残りの情報も伝えてあげて。グウェドたちが、いつ襲ってくるかわからないわ」
「ごめんごめん、ちょっと私情が入ったせいか、話が長くなったね。アデル、もう少しだけ聴いてくれるかい?」
「手短にな」
「オッケー。次はメデューサのことについてだ。彼女はグウェドに操られ、理性を失っている」
「その根拠は?」
「ワタシが説得してもダメだったの。それだけでも十分でしょう?」
「う、うむ……そうだな」
「あれがメデューサの本来の姿らしい。いつもの姿とはパワーも桁違いだ。シャノンの月の加護を貫通するあたり、石化能力も向上しているようだね。だけど、それだけじゃないんだ。今はかすっただけでも、一気に石化するから気をつけてね」
「そうか……。しかし、そうなると、彼女を殺さずに無効化するには、手間がかかりそうだな」
そう呟いた途端、二人は沈黙する。
辺りには、どこか重い雰囲気が漂っていた。
「あの……そのことなんだけどさ。ライアンとシャノンから、事前に言われてたことがあるんだ」
「どんな内容なんだ?」
「もし自分たちが石化しても、迷わずメデューサの命を絶って欲しい、と。二人だけじゃない、ほかのみんなも同じことを言っていたよ」
「なっ……!? ミネットはそれでもいいのか!?」
「全然よくないわよ! これ以上、誰一人死んでほしくない! だけど、メデューサはあまりにも多くの命を奪いすぎたのよ……。だから、理性を取り戻す前に、楽にしてあげたいの」
メデューサを殺すということは、石化した者たちは永遠に元に戻れない、という意味でもある。
ミネットの言葉から察するに、石化した状態で損壊した者たちは、すでに亡くなっているのだろう。
いくら操られていたとはいえ、メデューサが多くの人々の命を奪ったのは事実だ。
もし解放したとしても、彼女の性格上、罪の意識に苛まれるのは想像に難くない。
最悪、自死することもあり得る。
だからといって、彼女を殺すという安易な選択をとりたくない。
それに、まだ損壊していない人々も大勢いる。
彼ら彼女らを見捨てることはできない。
どちらも救う方法を模索し、実行する。
それが最善の選択だ。
「そういえば、石化した者は、私の血で元に戻るんじゃないのか? それなら、彼女を殺さなくても――」
「アデル、それはもう試したよ。残念ながら、もうその効果はなかったんだ。本来のメデューサは、異形としての格が違うんだ。君も十分理解しているだろう? それにミネットが言っていたように、彼女は罪を重ねすぎた。もうこちら側に戻ってこられないだろう。そもそも圧倒的に不利な状況で、彼女の命を気にかけている場合ではないんだ。これ以上被害を出さないためにも、ここで終わらせないといけない」
「――ッ!?」
ぐうの音も出ないほどの正論だ。
父上たちは強い。
正直、私たちが命を懸けても届かないほどの強敵揃いだ。
それは痛いほどわかっている。
けれど、これまで一緒に戦った仲間たちを失いたくはない。
気づけば、私は血が滲むほどこぶしを強く握っていた。
「……そうだな、君たちの選択は間違ってはいない。しかし、私は諦めないぞ! 最後まで足掻いてみせる!」
「さすがアデルだ。泣かせること言ってくれるじゃねぇか」
「アデルのその熱い気持ち……つい応えたくなってしまうのぅ」
「アデルさん、一緒に頑張りましょう」
エルゼ、青梅、赤椰が姿を現した。
三人は先ほどよりも健康的な顔をしている。
「三人とも身体は大丈夫なのか?」
「ああ、ばっちりだ。いつでも行けるぜ」
「うちらの回復力を舐めてもらっては困るのぅ」
「ご心配おかけしました」
「二人ともよく聴け。アタシはアデルと同じ気持ちだ。最後の最後まで諦めねぇからな。メデューサ、ライアン、シャノンは大切な仲間だ。あいつらを簡単に見捨てたりはしねぇ」
「右に同じく」
「僕も同じ意見です」
「三人とも……ありがとう……」
「……よーく、わかったよ。どうやら、柄にもなく、悲観的になりすぎたようだね。今回は、きみたちの意見を尊重するとしよう」
「……確かに、やる前から諦めるのは違うわね。次の戦いにはワタシも参加するわ。純血の吸血鬼の凄さを見せてあげる」
「モニカ……ミネットも……」
次の刹那、頭に電流のようなものが走った。
皆もそれに勘づいたのか、周りの空気が一気に引き締まる。
私は皆と目を合わせ、無言で頷く。
みんなと力を合わせれば、きっと成功する。
その想いを抱きながら、私たちは拠点である別荘をあとにした。




