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吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
第四章
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第三十六話 それぞれの覚悟

 無事別荘に着き、地下室にライアンとシャノンを置いたあと、リビングで会議が始まった。

 みんな満身創痍だが、欠損などはしていない。

 しかし、精神的にだいぶきているようで、しばらく沈黙を続けている。

 そんな中、ようやくモニカが沈黙を破り、重い口を開いた。


「アデル、よく聴いてくれ。みんなはね、君が目覚めるまでの三日間。ずっと、グウェドたちと戦っていたんだよ。だから、ろくに睡眠もとれていないんだ」

「そうだったのか……」


 父上は、私が目覚める前にすべてが終わっていると言っていたが、そうはならなかった。

 きっと、仲間たちの必死の奮闘が、父上の誤算だったのだろう。

 

「みんなありがとう。今日と明日ぐらいは私に任せて、各自休息をとってくれ」

「……そんな悠長なことを言ってる場合じゃねぇ。全員でかかっても、あいつらに勝てるかどうかもわからねぇんだ」

「……何? いつもの威勢はどうしたんだ、エルゼ?」

「アデルよ、うちもエルゼと同じ意見じゃ。狼人間だけならともかく、グウェドとメデューサが目の上のたんこぶでのぅ。この三日間は、奇跡的に生き延びられただけ、と言ってもいい」

「結局、僕たちは何一つ救えなかったんですよ。人も建物も全部。ただ、自分が死なないだけで精一杯でした」


 三人は口を揃えて悲観的な言葉を吐き出す。

 その疲れきった表情と声色から、一種の諦めのような感情を含んでいるのが読み取れる。

 モニカとミネットでさえも、明らかに絶望的な状況だと理解しているようだった。

 

 どうやら、私だけが愚か者だったらしい。

 父上を手にかけることを躊躇した結果、ライアンとシャノンだけではなく、無辜の民が犠牲になってしまったのだ。

 これは私の責任といってもいい。

 私は気持ちを切り替えるために、頬を強く叩いて気合いを入れる。


「みんな本当によく頑張ったな。私が加入した今、失敗はあり得ない。次の戦いは、死力を尽くそう。あともうひと踏ん張りだ。私についてきてくれ」

「……へっ、言ってくれるぜ。本当は、お前がいなくても勝てたんだ。わざわざ美味しいところを、取っておいてやったのさ」

「アデルよ。うちはいつも傍にいるから、好きに使ってくれ」

「アデルさん。僕はどこまでもついて行きますよ」

「次の戦いは総力戦だ。ツクヨミシティを守るために、あたしも手を貸すよ」

「もちろん、ワタシも参加するからね」

「みんな……ありがとう!」


 次の戦いは、いつ起こるかわからない。

 だが、仲間たちには休息が必要だ。

 なので、いったんエルゼ、青梅、赤椰を休ませ、私とモニカとミネットが街の動向を注視することになった。

 三人はかなり疲れていたのだろう、すでに泥のように眠っている。


「アデル、君にはいくつか話しておきたいことがある」

「……ああ、わかったよ」


 二人にコーヒーを淹れたあと、モニカが真剣な表情で切り出してきた。

 私は二人と同じテーブルに着き、耳を傾ける。


「まずアンジェラについてだ。彼女はすでに正気を失っている。だけど、それは決して、グウェドに操られているからじゃない」

「なぜそれがわかる?」

「彼女は前から狂っていたのさ。なんでも一族のみんなに内緒で、狼人間に非人道的な実験を繰り返していたらしい。その結果、フウガの使っていた、皇狼剤とあの兵狼剤を生み出したんだ。それだけでなく、フウガにあたしたちの情報を流していたらしい」

「なんだと……?」


 あのときフウガが零していた人物は、アンジェラのことだったのか。

 だが、なぜ彼女はそんなことを……?


「君の言いたいことはわかるよ。でもね、あたしにもなぜ彼女が、そんなことをしたのかわからない。唯一わかるのは、皇狼剤はもう彼女の手元にないことだけだ。一族からの情報によると、適合できたのはフウガだけだったらしい。あれは非常に扱いづらい代物みたいでね、非適合者はみんな死んでしまったんだと。それでも実験を続けようとしたので、一族から追放された」

「そうだったのか……」

「このことは、あたしもつい先日知ったんだ。正直、彼女にはがっかりしたよ……」


 その情報を知って、私はひとまず安堵した。

 皇狼剤の適合者がいたら、さらにこちらが不利な状況に陥っていたに違いない。


「それで、追放された彼女は、なぜかきみのお父さん、グウェドの眷属になっていた。どういった経緯で、そうなったのかはわからない。けれど、今の彼女は、あたしたちにとって明確な敵だ。ツクヨミシティの人々を救うためには、あたしは彼女の命を奪うことさえ厭わない」


 モニカの眼には覚悟が決まっていた。

 普段なら肉親を手をかけることには反対だが、状況が状況だ。

 エルゼの言ったとおり、悠長にしている場合ではない。

 アンジェラの相手は、彼女に任せよう。


「わかった。君のその姿勢を尊重しよう」

「話が早くて助かるよ。もし反対されたら、喧嘩になっていたかもしれない」

「モニカ。早くお兄ちゃんに、残りの情報も伝えてあげて。グウェドたちが、いつ襲ってくるかわからないわ」

「ごめんごめん、ちょっと私情が入ったせいか、話が長くなったね。アデル、もう少しだけ聴いてくれるかい?」

「手短にな」

「オッケー。次はメデューサのことについてだ。彼女はグウェドに操られ、理性を失っている」

「その根拠は?」

「ワタシが説得してもダメだったの。それだけでも十分でしょう?」

「う、うむ……そうだな」

「あれがメデューサの本来の姿らしい。いつもの姿とはパワーも桁違いだ。シャノンの月の加護を貫通するあたり、石化能力も向上しているようだね。だけど、それだけじゃないんだ。今はかすっただけでも、一気に石化するから気をつけてね」

「そうか……。しかし、そうなると、彼女を殺さずに無効化するには、手間がかかりそうだな」


 そう呟いた途端、二人は沈黙する。

 辺りには、どこか重い雰囲気が漂っていた。


「あの……そのことなんだけどさ。ライアンとシャノンから、事前に言われてたことがあるんだ」

「どんな内容なんだ?」

「もし自分たちが石化しても、迷わずメデューサの命を絶って欲しい、と。二人だけじゃない、ほかのみんなも同じことを言っていたよ」

「なっ……!? ミネットはそれでもいいのか!?」

「全然よくないわよ! これ以上、誰一人死んでほしくない! だけど、メデューサはあまりにも多くの命を奪いすぎたのよ……。だから、理性を取り戻す前に、楽にしてあげたいの」


 メデューサを殺すということは、石化した者たちは永遠に元に戻れない、という意味でもある。

 ミネットの言葉から察するに、石化した状態で損壊した者たちは、すでに亡くなっているのだろう。

 いくら操られていたとはいえ、メデューサが多くの人々の命を奪ったのは事実だ。

 もし解放したとしても、彼女の性格上、罪の意識に苛まれるのは想像に難くない。

 最悪、自死することもあり得る。 

 だからといって、彼女を殺すという安易な選択をとりたくない。


 それに、まだ損壊していない人々も大勢いる。

 彼ら彼女らを見捨てることはできない。

 どちらも救う方法を模索し、実行する。

 それが最善の選択だ。

 

「そういえば、石化した者は、私の血で元に戻るんじゃないのか? それなら、彼女を殺さなくても――」

「アデル、それはもう試したよ。残念ながら、もうその効果はなかったんだ。本来のメデューサは、異形としての格が違うんだ。君も十分理解しているだろう? それにミネットが言っていたように、彼女は罪を重ねすぎた。もうこちら側に戻ってこられないだろう。そもそも圧倒的に不利な状況で、彼女の命を気にかけている場合ではないんだ。これ以上被害を出さないためにも、ここで終わらせないといけない」

「――ッ!?」


 ぐうの音も出ないほどの正論だ。

 父上たちは強い。

 正直、私たちが命を懸けても届かないほどの強敵揃いだ。

 それは痛いほどわかっている。

 けれど、これまで一緒に戦った仲間たちを失いたくはない。

 気づけば、私は血が滲むほどこぶしを強く握っていた。


「……そうだな、君たちの選択は間違ってはいない。しかし、私は諦めないぞ! 最後まで足掻いてみせる!」

「さすがアデルだ。泣かせること言ってくれるじゃねぇか」

「アデルのその熱い気持ち……つい応えたくなってしまうのぅ」

「アデルさん、一緒に頑張りましょう」


 エルゼ、青梅、赤椰が姿を現した。

 三人は先ほどよりも健康的な顔をしている。


「三人とも身体は大丈夫なのか?」

「ああ、ばっちりだ。いつでも行けるぜ」

「うちらの回復力を舐めてもらっては困るのぅ」

「ご心配おかけしました」

「二人ともよく聴け。アタシはアデルと同じ気持ちだ。最後の最後まで諦めねぇからな。メデューサ、ライアン、シャノンは大切な仲間だ。あいつらを簡単に見捨てたりはしねぇ」

「右に同じく」

「僕も同じ意見です」

「三人とも……ありがとう……」

「……よーく、わかったよ。どうやら、柄にもなく、悲観的になりすぎたようだね。今回は、きみたちの意見を尊重するとしよう」

「……確かに、やる前から諦めるのは違うわね。次の戦いにはワタシも参加するわ。純血の吸血鬼の凄さを見せてあげる」

「モニカ……ミネットも……」


 次の刹那、頭に電流のようなものが走った。

 皆もそれに勘づいたのか、周りの空気が一気に引き締まる。

 私は皆と目を合わせ、無言で頷く。

 みんなと力を合わせれば、きっと成功する。

 その想いを抱きながら、私たちは拠点である別荘をあとにした。

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