第三十三話 這い寄る影
次の日の朝。
私とエルゼはモニカの家へと向かった。
もちろん、遊びに行くのではなく、仕事をしに行くのである。
モニカの家に行くと、予想外の出来事が起きた。
なんとそこには、青梅と赤椰がいたのである。
「なぜ君たちが……?」
「おぬしら、うちらに黙ってここで仕事をしていたのだな?」
「それは……」
「隠さないで、二人とも。もう全部わかってるから」
「……そうか、すまない」
「モニカ、お前が漏らしたのか?」
「ごめんごめん。二人ともあまりに真剣だったから、つい……」
モニカは悪びれた様子もなく、ただ笑っていた。
一方、青梅と赤椰は真剣な表情で迫ってくる。
「アデルよ、うちらは家族で間違いないな?」
「ああ……」
「エルゼお姉ちゃん。なんで家族に黙ってたの?」
「いや、それは……」
私とエルゼは言葉に詰まる。
青梅と赤椰は腕組みをしながら、こちらをじっと見つめていた。
「……うちらもこの仕事を受けることにした」
「なっ……!?」
「これで隠し事はなしだね」
「お、おい……!?」
「モニカ、君が唆したのか?」
「顔が怖いよ、アデル……。もちろん、そんなことはしてないよ? 彼女たちから言ってきたんだ」
「そうか……。君たちはわかっているのか? 自分の身体が、実験道具にされるのだぞ?」
「重々承知している。そのうえで、おぬしらに助力したいと思っているのだ。うちらにはお金が必要じゃろ?」
「家族なんだから、当たり前のことだと思っています。少しでも役に立ちたいんですよ」
「鬼の被験体は少ないから、こっちとしても助かるんだけどなぁ……」
「……モニカ?」
「あ、改めてもう一度言っておくけど、あたしは勧めてないからね!?」
私はモニカを睨みつけたあと、青梅と赤椰に向き合った。
二人とも明らかに梃子でも動かない表情をしている。
私はエルゼと目で会話をしたあと、二人の気持ちを尊重し、受け入れることにした。
そのことをモニカにも伝える。
「二人ならわかってくれると思っておったぞ」
「みんなで頑張っていきましょうね」
「モニカ……」
「わかってるって、最初は採血だけだよ。それ以上、無理な提案はしない。もちろん、それだけでも報酬は弾ませてもらうよ。約束する」
「最初はアタシにも同じことを言ってたよな? 本当に採血だけで済むのか?」
「いや、それは君が半狼だからであって……」
「まあ、いいか。だが、約束を破ったらどうなるかわかってるよな?」
「ア、アデル~! 飼い犬にはちゃんと首輪をつけないとダメだからね~!」
「誰が犬だ! お前も同種族だろうが!」
「落ち着け、エルゼ。伏せをするんだ」
「よーし、いいぜ。アタシと喧嘩したいんだろ、アデル?」
「痴話喧嘩なら外でやってくれよ~」
「痴話喧嘩じゃねぇ!」
予想外の出来事があったが、バレてしまってはしょうがない。
ここはモニカを信用して、二人にも協力してもらおう。
それと、これからは二人に隠し事はしない。
家族の絆にひびが入るのだけは、避けなければならないからな……。
「それじゃあ、みんなで地下室に行こう」
「よろしく頼むぞ」
「ちゅ、注射は優しくしてくださいね……」
モニカは口笛を吹きながら、ご機嫌そうに地下室へと続く扉を開ける。
私たちはモニカの背を追い、地下室の研究所へ足を運んだのだった。
「お兄ちゃん、大変なの!」
開店前、ミネットが大声を上げながら来店してきた。
彼女は汗をかき息を弾ませながらも、真剣な表情を崩さない。
その様子にどこか違和感を覚えた。
普段ならこんな姿は見せない。
何かよっぽどの出来事が起こったのだろう。
「落ち着け、ミネット。ほら、まずは水を飲んで呼吸を整えるんだ」
「ありがとう、お兄ちゃん……。でも、それどころじゃないの! メデューサが、こんな書き置きを残して出て行ったのよ!」
ミネットはくしゃくしゃになった手紙をポケットから取り出し、こちらに見せてくる。
そこには、『勝手ながら、しばしのお暇をいただくことにいたしました。御身の安寧を遠くよりお祈りしています』という内容が書かれていた。
「ああ、メデューサ……。ワタシ、何か悪いことでもしちゃったのかしら?」
「心当たりはないのか?」
「……ないわ」
「また無茶な命令でもしたんじゃねぇのか?」
「失礼ね、そんなの数えるくらいしかないわよ!」
「一応、あるんですね……」
「ふむ、それにしても急じゃな」
「……わかった。今日は店を閉めて、メデューサの捜索をしよう。まだこの街にいるかもしれない」
「さすが、お兄ちゃん。話が早いわね」
「では、まずは地区ごとに分かれて――」
次の瞬間、頭に電流のようなものが走る。
運が悪いことに、この街で異形が何かよからぬことをしているらしい。
しかも、この感覚……。
一人や二人じゃない。
何か嫌な予感がする。
場所は……駅前広場の辺りだな。
「みんなすまない。駅のほうで異形が悪さを働いているようだ。しかも、数は多い。ミネット、申し訳ないが、今はこちらを優先させてもらう」
「……わかったわ。もし早く解決したら、メデューサの捜索もしてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
駅前広場に到着すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
なんと四体の狼人間らしき異形が、一般人に襲いかかっていたのである。
最悪なことに、すでに食い殺された死体がそこら中に転がっていた。
「みんな! 人間たちを守るんだ! ミネットは下がっていてくれ!」
「了解!」
「承った!」
「はい! なんてむごいことを……!」
「みんな、頑張って!」
私は一体の狼人間と向き合う。
銀色の体毛と膨張した筋肉、ギョロリと光る金色の眼、剥き出しになっている鋭い牙と、血がこびりついた爪。
姿は完全に獣人形態の狼人間だ。
だが、今夜は満月ではない。
「グオオッ!」
奴は私に向かって四足歩行で迫ってきた。
おそらく、私のことを獲物だと思っているはずだ。
……あれはもう人を殺している。
だとすれば、私が取る行動は一つ。
私は血で剣を生成し、狼人間に向かっていく。
そして、すれ違いざまに首を切断した。
首なしの身体はその場に倒れ、一瞬震えたあとに沈黙する。
不思議なことに、死体はすでに狼人間のそれではなく、ただの人間の肉体に戻っていた。
いったいこれはどういうことだ……?
周りを見ると、皆は無事に狼人間を討伐していた。
すでに人影はなく、辺りは嫌な静かさに包まれている。
次の瞬間、なぜかエルゼが私のほうを指さした。
「アデル! 後ろ!」
「グオオッ!」
「何っ――!?」
なんと、背後にあるマンホールから二体の狼人間が飛び出してきたのだ。
狼人間たちは油断していた私に、容赦なく襲いかかってくる。
――迎撃が間に合わない!
次の刹那、横合いから閃光が走り、一体の狼人間がバラバラに吹き飛んだ。
そして、もう一体の狼人間は首を一刀両断されていた。
これはまさか――!?
「これで貸し一つだな、アデル」
「どうやら怪我はないようですね。安心しました」
「ライアン! それにシャノンも!」
「あたしもいるよ~」
「ああ、モニカか……」
「なんかあたしのときだけテンション低くない!?」
「ありがとう、二人とも。助かったよ」
「む、無視だけはしないでおくれよ~」
「ふふっ、アデルよ。強いうえに、頼れる仲間がいるではないか。とても羨ましいよ。皆にはもっと、感謝したほうがいい……」
「――誰だ!?」
突如響いた声に、私たちは思わず顔を上げる。
そこには、駅舎の屋根の上に立つブルートさんの姿があった。
「ブルート……さん? いったいなぜ……?」
「ふふっ、アデルよ。お前は最後まで、私の真の姿を見破ることはできなかったな」
「な、何を言って……?」
「私の正体は――!」
次の瞬間、ブルートさんに蝙蝠のような影が大量に纏わりついていく。
それは徐々に輪郭をゆがめ、やがてまったく別の人物に姿を変えていく。
そして、その変化の果てに現れたのは、私がよく知っている顔だった。
「……久しぶりだな。我が息子、アデルよ!」
「ま、まさか、ち、父上……!?」
なんと、常連客であるブルートさんの正体は、私とミネットの実の父――「グウェド」だったのだ。




