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吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
第三章
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第三十一話 逢魔の宵祭 拾弐

 フウガの身体が一気に膨張していく。

 身体からは大量の蒸気が吹き出し、それが辺りを包み込み何も見えなくなる。

 蒸気が消えると同時に、目の前に巨大な化け物じみた狼男が現れた。

 

 銀色の体毛に、ギラギラとした黄金色の目。

 体長は三メートルを優に超えており、身体中の筋肉が赤黒く膨張している。

 顔は完全に狼そのものに変わり、凶悪そうな鋭く厚みがある牙と爪を携え、背後には複数の巨大な尻尾が揺らめいていた。


 これがフウガの完全獣人形態……。

 あのときのロウガと少し似ている。

 しかし、今夜は満月ではない。


「やっぱり、完成してたんだ……」

「何か知っているのか、モニカ?」

「フウガが飲んだのはおそらく、『皇狼剤(おうろうざい)』。効果は見てのとおり。月がなくても、完全体の狼人間になれる代物だ。けれども、あの薬はまだ研究段階だったはず……。もしかして、あたしの姉が横流しした……?」

「なんだと……?」

「おい、モニカ。あれは、アタシらでなんとかなるのか?」

「君らは以前、完全獣人形態のロウガを倒したんだろ? なら、大丈夫さ……たぶん」


 モニカは笑顔で答えた。

 しかし、その表情はかなりひきつっている。

 あのときは、私の毒が知られておらず、エルゼも狼女へと覚醒していた。

 今回はそのアドバンテージがない。 

 だが、今はかけがいのない仲間たちがいる。


「では、ゆくぞ……。圧倒的実力差を前に、絶望するがよい」

「かかってきやがれ、この老害が!」

「いつまでその態度でいられるか楽しみだ……」


 次の瞬間、超スピードでフウガが目の前を通り過ぎる。

 奴の狙いは私でもエルゼでもない。

 後方にいた、ミネットだったのだ。


「ひっ……!」

「お嬢様!」


 二人の声が聞こえた瞬間、肉を切り裂く音が辺りに響く。

 皆一斉に後ろを振り返ると、そこには血溜まりに沈む、ミネットとメデューサの姿があった。

 二人はピクリとも動かない。

 大きく裂かれた傷口からは、血が泉のように溢れている。 

 明らかに瀕死の状態だ。


「モニカ、二人の応急措置を! 皆、構えるんだ!」

「もうやってるよ!」


 フウガの背中にはシャノン、脇腹の辺りにライアンがすでに取りついていた。

 シャノンは銀の剣を左肩に突き刺し、ライアンは左脇腹にこぶしをめり込ませる。

 しかし、奴はそれを意にも返さず、二人を豪腕でなぎ払い、勢いよく弾き飛ばす。

 二人は声も発せられずに、物凄い速度で川に突っ込んだ。

 激しい水飛沫が上がったあと、二人の身体は、赤く淀んだ川面に浮かんだまま動かなくなった。

  

「どうやら、奴から聞かされた情報は確かだったようだな……。さて、これで厄介な奴らはいなくなった。残りの戦闘要員は四人だな? この体たらく、儂は心配になってきたぞ。貴様らは、どこまで儂を楽しませることができるのだ?」

「エルゼ、青梅、赤椰! 最初から全力でいけ! 出し惜しみをして、勝てる相手ではないぞ!」

「ああ、わかってる!」

「いくぞ、赤椰よ!」

「わかった、姉さん!」


 私は濃縮血液、エルゼは強狼剤を飲んだ。

 青梅と赤椰は角を生やし、自らリミッターを解除した。


 手始めに、青梅がフウガの下半身を凍りつかせる。

 動けなくなったところを、赤椰が頭から灼熱の業火を浴びせた。

 私は血を銃弾のように発射するが、その膨張した筋肉にすべて弾かれる。 

 それをすぐに理解し、迅速に次の行動に移った。

 私は腕に血液を纏い、エルゼも腕に力を込める。

 そして、二人同時に、胴体への渾身の一撃を放つ。

 

 手応えはあった。

 しかし、業火の中から腕が伸びてきて、私とエルゼをがっちりと掴む。

 奴は強靭な握力で私たちの骨を何本も砕き、そのまま地面に叩きつけた。

 その衝撃で意識が飛びそうになる。


「ぐあっ……!」

「あがっ……!」

「大丈夫か、アデル!?」

「エルゼお姉ちゃん!? よくも……!」

「……遅い」


 薄れゆく意識の中で、衝撃的な光景を見た。

 なんと青梅と赤椰は、フウガの尻尾に串刺しにされていたのだ。

 その尻尾を素早く振り下げ、鬼の姉弟も地面に叩きつけられる。


 私は咄嗟に濃縮血液を飲み、なんとか意識を保ち、立ち上がる。

 エルゼもふらつきながら、必死に立ち上がっていた。


「残るはおぬしら二人のみだ。さあ、儂をもっと楽しませろ! まだまだ暴れ足りんぞ!」

「エルゼ、奴を撹乱するんだ!」

「了解!」


 エルゼは思いきり地面を蹴って、フウガと肉薄する。

 なぎ払われる腕や不規則な尻尾を華麗に避けてみせた。

 私はその隙に、シャノンが突き刺した剣の傷口に狙いを定め、血弾を命中させる。


「咲け、血の華よ!」


 私は腕を突き出し、握りこぶしを作る。

 次の刹那、フウガの左肩に紅い血の華を開花させた。


「なんと……!? ぐうぅ……!」


 これで体内に毒が回れば、私たちの勝ちだ!

 しかし、フウガは瞬時に左腕を自切した。

 しまった、これでは毒が回らない。


「隙を見せたな、エルゼ!」

「まずい……!」


 さすがに疲れが出たのか、エルゼは一瞬だけ立ち止まってしまう。

 それをフウガは見逃さなかった。

 鋭く尖った尻尾がエルゼを狙う。

 もうダメだ……!

 そう思った瞬間、フウガの身体が全身氷漬けになる。


「うちを舐めてもらっては困るのぅ……」


 間一髪、青梅がエルゼを救った。

 だが、青梅自身、無事というわけではなく、ふらつく身体を赤椰に支えてもらっている。

 

「よくやった、青梅!」

「アデルよ、じきに奴は動き出す! うちらには足止めが限界……! おぬしがこの戦いに終止符を打つのじゃ!」

「わかっている! 準備が整うまで、耐えてくれ、みんな!」


 私は最後の濃縮血液を飲み干した。

 それから、かろうじて折れていない右腕で、狙いを定め、自分の血液を圧縮させる。

 その影響で、私の肌はうっすら赤みを帯び、身体からは蒸気が発生した。

 まだだ、まだ血が足りない……!


「青梅頼む! エルゼのサポートをしてくれ!」

「承った! エルゼ、死ぬでないぞ!」

「ああ、わかってる!」

「おのれ、この死に損ないめが!」


 氷を砕いてフウガが再び現れる。

 先ほど自切した腕は戻っていない。

 しかし、傷口から新たな腕が今、再生しようとしている。


「させるか!」


 赤椰は力を解放し、その業火で傷口をさらに穿った。

 すかさず、青梅が傷口を凍りつかせる。

 これで左腕は使えないはずだ。


「小童共が! 小癪な真似を!」


 フウガは尻尾を数えきれないほど増やし、一斉に鬼の姉弟へと畳み掛けた。

 勢いよく伸びる尻尾が二人を貫く寸前、突然尻尾が石化し、ぼろぼろと崩れ落ちる。

 青梅と赤椰の背後には、モニカとミネットに支えられたメデューサの姿があった。


「貴様ら、卑怯だぞ!」

「てめぇにだけは言われたくはないな!」

「アデル、これを……!」


 モニカがこちらに何かを投げる。

 それは、喉から手が出るほど欲しかった濃縮血液だった。


「もうそれしか残ってない! だから、次の一撃で決めてくれ!」

「ナイスだ、モニカ!」


 私は最後の濃縮血液を飲み干した。

 身体からは、よりいっそう蒸気が吹き出し、肌が赤く染まる。

 その赤を右腕に一点集中させ、一撃必殺の準備を整えた。


「エルゼ、準備完了だ! 今すぐそこから離れろ! 巻き込まれるぞ!」

「了解だ! まだ死にたくないからな!」

「――させるか!」

「なっ……!?」


 フウガはエルゼを掴み、盾にする。

 しかし、それは覚悟の上だ……!


「アデル、お前を信じてる! だから、アタシごとやってくれ!」

「安心しろ! 決して君を見捨てたりはしない!」


 私は、先ほどライアンが放ったこぶしの跡に、狙いを定める。

 おそらく、太陽の加護であそこだけ皮膚が薄くなっているはず。

 私はそれに賭けて、極限まで圧縮した血液を、エルゼに当たらないように放つ。

 無事に着弾した血液は、フウガの体内に侵入した。


「しまった! あやつの血が体内に……!」

「爆ぜろ、我が血よ!」


 次の瞬間、フウガの体内で毒の血が炸裂し、身体中から無数の血の針が飛び出した。

 いくら頑強な肉体を持っていても、内側からの攻撃には耐えられないはずだ。

 間一髪、エルゼにはその針が届いていない。

 サボテンのような姿になったフウガは、身体中から血を吹き出し、元のサイズに戻る。

 奴の身体は弱々しく痩せ細り、肌も白くなっていて、まるで死人のようだった。


「これで終わりだ、フウガよ」

「ま、待て……! 儂は……考えを改めた! もう悪さは――!」

「御託はいい。早くやっちまおうぜ、アデル」

「ああ」 

「エルゼよ、考え直せ! 血の繋がった一族を殺めると、いつか不幸が襲いかかるぞ! 断言する! 貴様らには、いつか、天の裁きが下るだろう!」

「何が天の裁きだ! 全部てめぇのせいだろ!」


 私とエルゼは最後の力を振り絞る。

 風が止まり、辺りのざわめきが遠のく。

 すべての音が削ぎ落とされていく中で、奴の吐   く息だけがやけに鮮明に響いた。

 

 こんなにも、静かだったのか。

 命を奪う瞬間というのは……。

 一族を滅ぼしたときとはまた違う感覚だ。

  

 諸悪の根源である老害の頭を、二つのこぶしで容赦なくかち割った。

 その瞬間、達成感と勝利の余韻が身体中に染み渡る。

 これで、ロウガやミアの魂も救われるだろう。


「……やっと終わったな、アデル」

「ああ、長かったな、エルゼ……」

 

 不思議なほど心が静かだ。

 復讐は必ずしも救いになるわけじゃない。

 それでも、今回はやらなければ前に進めなかった。

 ここから先は、彼らのためではなく、自分のために人生を歩むつもりだ。


 気づくと、仲間たちが私を囲んでいた。

 満身創痍でひどい有り様だ。

 しかし、皆は笑顔で祝福してくれた。


「みんな、この一週間付き合ってくれてありがとう。君たちのおかげで、目的は達成できた。本当に、ありがとう」

「感動的なシーンに水を差すようで悪いけど、みんな結構重傷なんだ。早く宿に戻って治療しないと、手遅れになるよ」

「す、すまない……。みんな、本当にお疲れ様。さあ、帰ろう」


 私たちの戦いは終わりを告げる。

 皆は互いの肩を支え合いながら、ゆっくりと歩き出した。

 誰も口を開かない。

 傷の痛みよりも、終わったという実感のほうが重かったのだろう。

 私はそんな仲間たちに改めて感謝し、新たな未来を見据えながら帰路についた。






 

 部屋の障子を開けると、潮風が一気に流れ込む。

 すでに祭りの閉会式が終わり、これから最後の花火大会が始まる。

 仲間のほとんどが治療中であるため、今回は部屋から見ることしかできない。

 

 海沿いの闇の向こうで、ひと呼吸置くようにして最初の大玉が咲く。

 次々と打ち上がる火の花が、空を大きく照らし、その眩しさに目を細めた。

 皆は黙って空を見上げている。 

 言葉を挟む隙もないほど、空に咲いた花々は華やかで、美しかった。

 

 最後の連発が、夜を塗りつぶすように打ち上がった瞬間、部屋中が昼のように明るくなる。

 やがて光が消え、闇が戻った。

 耳に残るのは、潮の音と、仲間の小さな息だけ。

 胸の奥がじんわりと温かい。

 祭りが終わった寂しさと、皆で同じ瞬間を見届けられた嬉しさが、静かに重なっていた。


「……なあ、アデル」

「……なんだ、エルゼ?」

「いろいろあったが、お前と過ごしたこの五日間、めちゃくちゃ楽しかったぜ」

「……それはよかった。私もだよ、エルゼ」


 エルゼは、花火のように目を眩ませるほどの満面な笑みを浮かべる。

 私は目を細めながら、同じように笑顔で返した。







 祭りが終わってから数日後、皆の体調も落ち着いてきたため、帰国することになった。

 港で船に乗り込む際、サイガとキセラが姿を現す。


「好敵手よ、今回の件はすまなかった」

「我が一族がご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした。心よりお詫びいたします」

「もう終わったことだ。気にしなくていい」

「アタシは気にするけどな」

「エルゼ、あなたには取り返しのつかないことをしてしまいました。なんとお詫びすれば……」

「お前らは悪くねぇ。悪いのは、あのくそジジイだ」

「本当にごめんなさい。ワタクシにできることならなんでもします」

「好敵手よ、困り事があったらいつでも頼ってくれ。わたしたちが力になる」

「では今度、私たちの営む喫茶店に来てくれないか? もちろん、客として」

「お安いご用だ。近日中に訪れることを約束しよう」


 サイガは力強く頷いた。

 私はいくつか気になったことを質問する。


「そういえば、フウガの死体はどうした?」

「ワタクシが河原の端に埋めておきました。極悪人ですが、一応祖父なので……」

「それでいい。生きていた頃の罪も、土の下でようやく動きを止めた。ただの肉塊に、怒りを受け止める器はないからな」

「正直言うと、アタシはまだ割り切れてねぇ。お前のそういうところはすげぇと思うぜ」

「割り切れないのは当然だ。私も君と同じ立場ならそうなる。……それで君たちはこれからどうするんだ? フウガの件については、一族と揉めそうだが……」

「わたしたちはもうしばらくここに滞在するよ。この島の自然が気に入ったんだ。元族長の件なら問題ない。すでに一族の大半は、わたしに従っているからな」

「ふっ、そうか……」

「二人ともー、船が出発するわよー」


 後ろでミネットの声が聞こえる。

 私たちが乗り込むと、船は出発した。


「好敵手よ、また会おう」

「ああ、次に会うのを楽しみにしているよ」

「エルゼ、絶対に会いに行くから」

「おう、喫茶ヴァンピールで待ってるぜ」


 二人はずっと手を振ってくれていた。

 私たちも二人が見えなくなるまで、手を振り続ける。

 こうして、私たちの復讐劇は幕を閉じたのだった。

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