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吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
第三章
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第二十三話 逢魔の宵祭 肆


「落ち着きましたか? これをどうぞ」


 私たちは先ほどのベンチまで戻ってきた。

 気を利かせてくれたのか、シャノンは私に飲み物を買ってきてくれたのである。

 

「ラムネか……今どき珍しいな。いや、でも少し違うか……。このキラキラ光るラムネは、どこで売ってたんだ?」

「裏通りにある的屋で買いました」

「ぶふっ……!」

「冗談です。ちゃんとしたお店で買いましたよ。これは『星屑(ほしくず)ラムネ』という飲み物らしいです」

「……君も冗談を言ったりするのだな」

「はい、私にはユーモアがありますので」

「自分で言うことじゃないな、それは。……というか、このラムネ、なんだか塩辛いな……」

「そうですか? さっぱりとした甘さで美味しいですよ?」

「やはり普通のラムネとは違うようだな」

「ふふっ、いい経験になりましたね」

「……それもそうだな。シャノン、君に伝えたいことがある」

「はい、なんですか?」

「私を止めてくれてありがとう」 


 私はシャノンと向かい合い、改めて感謝の意を述べた。

 彼女は真剣に、しかし、柔らかな態度で謝罪を受け入れる。


「……私は当然のことをしたまでです。あなたには恩があるので……。お兄様も私もあなたの力になりたいと思っています。ですが、力の使い方を間違えないでください」

「……ありがとう。今日は君がいてくれてよかったよ」

「その言葉、素直に受け取らせてもらいますね」

「ああ、そうしてくれ」


 彼女自身、復讐のことをよく理解しているはずだ。

 あのときは賛成してくれていたが、心の中では複雑なものを抱えていたのかもしれない。 

 だからこそ、あえて否定の言葉を口にせず、あくまで応援する、という形にしたのであろう。

 彼女のそんな優しさが身に沁みた。

 

 休憩後、私たちはフウガの捜索を再開する。

 だが、懸命に探し回ったものの、今日は結局無駄骨に終わってしまった。




  



「戻ったぞ。エルゼはどうだった?」

「おかえり。安心してくれ、彼女はずっと寝ていたよ」

「それならいい」

「アデル、ちょっと俺に付き合ってくれないか?」

「……いいだろう。今日は君の妹に世話になったからな」


 私とライアンは、宿にあるサウナで汗を流すことにした。

 幸い、ほかの客はいない。

 これなら安心して整うことができそうだ。


「やはりサウナはいいな。この気持ちのいい熱さがやみつきになる。キミもそう思うだろう?」

「同感だ。ストレス解消にもなるからな」


 サウナ室の空気は、沈黙ごと焼きつけるように重い。

 互いの呼吸だけが、熱気の層を震わせる。

 今は言葉を交わすことはない。

 ただ、皮膚の奥まで染み込む熱を、同じ空間の中で耐える。

 額に流れる汗が顎を伝い、床に落ちる音が微かに弾けた。

 同時に、ライアンが再び口を開く。


「……キミたちには感謝しているんだ。俺たちは迷惑をかけた身分だというのに、犯した罪を許し、それだけではなく農家と不動産屋も紹介してくれた。キミたちがいなかったら、俺とシャノンは、まだ復讐に明け暮れて、放浪していたかもしれない」

「別に感謝する必要はない。困ったときはお互い様だ。もし君とシャノンがいなかったら、今回の件も上手くいかなかっただろう」

「ふっ、キミのそういうところが好きだよ。これからは、もっと俺を頼ってくれてもいいんだぞ?」

「そういうことは、皆のいる前では言わないでくれよ。誤解を生むと、君の妹に詰められるからな」

「ははっ、シャノンのその姿は想像に容易いよ」


 ライアンは笑顔で返事をする。

 しかし、突然、顔に影を落とした。


「なあ、聴いてくれよ。実は今、シャノンの将来の夫候補を探してるんだ。ツクヨミシティでよい縁談相手がいたら教えてくれないか?」

「えらく急だな……。私自身に身に覚えはないが、シノさんならなんとかしてくれるかもしれない」

「そうか! では、帰ったら相談してみよう!」

「一応確認するが、シャノンの了承は得ているのか?」

「そんなものは俺たちの間には不要だよ。兄の紹介した人物なら、快く受け入れてくれるはずだ」

「……そうか」


 ライアンは屈託のない笑顔でそう答える。

 もしかしたら彼はいつか、実の妹から刺されるかもしれない。

 いや、もうすでに刺されていたな……。


「よし、ではそろそろ出るか」

「話はそれだけでいいのか?」

「キミの復讐については、正直俺からは何も言えないよ。もちろん、全力で協力はする。ただ、やるからには墓まで持っていけ。それだけだ」

「ふっ、君のそういうところは好きだよ。友人として言っておく、シャノンを大切にしたまえよ」

「ん? 何を今さら、そんなの当たり前だろ?」

「忠告はしたぞ。では水風呂に行こうか」

「ああ、一緒に整うとしよう」


 

 

 

 


 その晩、昨夜と同じようにグループ分けをした結果、再びエルゼと一緒に屋台を回ることになった。

 初日は普通のお祭りの屋台中心だったが、二日目の夜からは、異形感増し増しの屋台で埋め尽くされている。

 私が困惑している一方で、エルゼは気分が高揚したようで、昨日よりも祭りを楽しんでいるようだ。


「なあ、アデル。あの『爆弾金魚すくい』ってなんだ? 昨日の金魚すくいとは違うのか?」

「いや、聞いたこともないな」

「とりあえず、行ってみようぜ」

「おい、無理やり手を引っ張るな」

「おーい、おっちゃん。ポイとおわんをくれよ」

「いらっしゃい、お嬢ちゃん。また来てくれたのか? 嬉しいねぇ」


 屋台の店主は昨夜と同一人物のようで、赤い金魚の面から、黒い出目金の面に変わっていた。

 いけすの中を泳いでいる赤い金魚も、黒い出目金に変わっている。


「お嬢ちゃん、ルールは知っているのかい?」

「どうせ昨日と同じだろ? 今日はリベンジさせてもらうぜ」

「ひひひ、そうかい、そうかい。それじゃ、ポイとおわんをどうぞ」

「あんがと。よーし、すくうぞぉー!」


 直感的にわかる。

 今日エルゼはひどい目にあう、と。


 エルゼは昨日の私のようにポイを水面に滑らした。

 紙が破れないよう、指先に神経を集中させているのがわかる。

 それから、水を切るように動かすと、出目金がするりと乗った。

 その瞬間、素早くすくい上げると、黒い体が水滴をはね散らして、無事におわんの中に収まる。


「おおっ、やるじゃねえか、お嬢ちゃん!」

「昨日のアタシとは一味違うぜ、おっちゃん!」

「……だが、まだまだ」

「それはどういう――」


 突然、おわんの中の出目金がエルゼの顔の高さまで跳ね上がる。

 次の瞬間、出目金は爆発し、黒い体液が彼女の面を覆い尽くす。


「な、なんだこりゃ?」

「爆弾金魚すくいはな、出目金を爆発させないようにするのが目的なんだ。一匹でも無事にすくえれば、『クモの巣わたあめ』の無料券をやるぜ?」

「なんだそのクモの巣わたあめって!? おい、アデルも手伝え!」

「……仕方がない。店主、ポイとおわんをくれ」

「へへ、まいどあり~」


 面を真っ黒にした私たちは、ほかの屋台で買った食べ物を、昨夜と同じベンチで食べることにした。

 エルゼは、「踊り串」と「クモの巣わたあめ」。

 私は、「蛇そば」と「血蜜りんご飴」である。


「なんだよ、この小刻みに震える肉は? しかも、口に入れると舌の上で飛び跳ねやがる。味は……この甘辛いタレが意外と美味いな。肉も歯ごたえがあって好きなタイプだ」

「こっちの麺は蛇のようにうねっているぞ。味は香ばしくて、食べごたえがあって美味い。しかし、あの店主には驚いた。お面の口の部分からチロチロと赤い舌が出ていたからな」

「おい、クモの巣わたあめは最高だぜ! ちょっと粘つくが、軽くて、舌の上に乗せると一瞬で溶けちまう。だが、わずかにとろみが残る。はちみつと花の香りが混じったような上品な甘さだぜ!」

「この蜜は動物の血を甘く煮詰めているな。この芳醇な香りと濃厚な味、そして微かな苦み……おそらく牛か豚のものだろう。なんだか懐かしい味がするよ」

「おい、アデル。お互いにちょっとずつ交換しようぜ」

「もちろんOKだ。私もクモの巣わたあめは気になっていたんだよ」


 こうして二日目の夜も、無事にエルゼとの思い出作りができた。

 これを糧に明日もフウガの捜索に尽力しよう。

 目の前にいる愛しい存在のためにも、絶対に成し遂げてみせる。

 私は改めてそう決心し、エルゼとの特別な時間を噛み締めるように堪能した。

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