第二十一話 逢魔の宵祭 弐
私たちはいったん神社の境内を出て、参道を下っていく。
みんなの意見を募った結果、今夜は屋台を楽しむことになった。
屋台が並ぶ商店街の大通りに着くと、先ほどよりも人の数が増えているのを感じ取れる。
こちらは九人もいるので、あらかじめ集合場所と集合時間を決めたうえで、グループを作り各々回ることになった。
しかし、とある問題が発生する。
グループ分けの結果、私とエルゼ、青梅と赤椰とミネットとメデューサ、モニカとライアンとシャノンという歪な分け方になってしまったのだ。
皆私に気を遣ったのだろうが、エルゼと二人きりになるのは予想外だった。
しかしながら、今の私は純粋に祭りを楽しむことができない。
あと一人誰か緩衝材として、いてくれれば助かったのだが……。
「みんな行っちまったな……」
「……ああ、そうだな」
正直、エルゼと二人きりは気まずい。
ここは体調不良と偽って、エルゼだけほかのグループに――。
次の刹那、私の右手はエルゼの左手に掴まれる。
「アタシ、腹が減っちまった。まずは食い物の屋台を覗こうぜ、アデル」
エルゼは掴んだ手を引っ張って、面をしていてもわかるほどの、屈託のない笑顔を見せる。
同時に、先ほどまで血が通っていなかった私の右手は、徐々に温もり取り戻していく。
私の冷えきった心は、エルゼのおかげで少しだけ解凍されたような気がした。
すると、少しだけお腹が空いてくる。
「まずあそこの『タコヤキ』っていうのを食ってみようぜ? すげぇ、いいにおいがするんだ」
「ああ、そうしよう」
私は強くエルゼの手を握りしめ、一緒にたこ焼きの屋台へと向かう。
かなりの行列ができていたが、たこの面をかぶった店主の見事な手腕で、続々と注文を捌いていく。
それは腕が八本あるように見え、まるで本物のたこのようだった。
だが、明らかに腕が四本もあったので、人間ではないことは一目でわかる。
シンプルなたこ焼きを一パック買ったあと、路地にあったベンチに座り食べることにした。
「たこ焼きか、懐かしいな」
「なんだ知ってたのか、アデル」
「一時期、この国に住んでいたからな」
「へぇ、そうなのか――。むぐっ……!? おい、アデル! このタコヤキに何か入ってるぞ!」
「それはたこだな。もしかして知らなかったのか?」
「し、知ってるに決まってるだろ! わざとだ、わざと! ……にしても、たこも弾力があって美味いが、このソースとトロッとした生地の中身も美味いな。この薄くてユラユラ揺れてるやつの、香りもいいし」
「私は一つでいい。残りは君が食べたまえ」
「え? いいのか? じゃあ、お言葉に甘えていただきまーす!」
エルゼはハフハフ言いながら、たこ焼きを食べ進めていく。
完食したあと、私は彼女の口周りについたソースをハンカチで優しく拭き取ってあげた。
「ん、あんがと」
「君は立派な大人の女性だろ? それを自覚したほうがいい」
「アタシはぁ、まぁだ子どもですぅ」
「急にミネットみたいになるな。背筋が凍ったぞ」
「よし、じゃあ別の屋台を巡ろうぜ!」
「君は実に落ち着きがないな」
エルゼに手を掴まれ、再び大通りに出る。
彼女の瞳を覗くと、視線の先にはわたあめ屋があった。
彼女は目を輝かせながら、ふわふわで白いわたあめを買う。
「このわたあめってやつは、甘くて美味いうえに面白いな。砂糖がこんな雲みたいになっちまうのか」
「楽しんでいるようで何より」
「……なあ、アデル。あの魚を捕まえる屋台はなんだ?」
「あれは金魚すくいだ」
「金魚……? まぁ、とにかくやってみるか!」
「いらっしゃい、お嬢ちゃん!」
エルゼは食べかけのわたあめを私に預けた。
金魚の面をかぶった店主にお金を渡し、ポイとおわんを受け取る。
彼女はしゃがみ込み、勢いよくポイを水面に差し込む。
しかし、衝撃が強かったせいなのか、いとも簡単にポイが破れてしまう。
「お嬢ちゃん、力が強すぎるよ。もっと脱力しなきゃいけねぇな」
「……もう一回だ」
エルゼは再びポイをもらったあと、息を詰めてポイを水面に滑らせた。
必死に金魚の尾びれを追っていたが、するりとすり抜けられる。
慌てて水を切った拍子にポイが破け、ため息を漏らした。
「さっきよりは健闘したね、お嬢ちゃん」
「……もう一回」
エルゼはもう一度ポイをもらい、先ほどと同じように息を詰め、水面を滑らせた。
もう少しで金魚をすくえる――そう思った瞬間、紙がぱしゃりと破れ、水だけがこぼれ落ちる。
残されたのは、しょんぼりと濡れた枠だけだった。
「お嬢ちゃん、まだやるかい?」
「もう二度とやるか!」
「見ていられないな……。どれ、私が手本を見せてやろう。店主、ポイとおわんをいただきたい」
「あいよ、お兄さん。お嬢ちゃんの分まで頑張りな」
私は冷静にポイを水面に滑らせた。
紙が破れないよう、指先に神経を集中させる。
水を切るように動かすと、金魚がするりと乗った。
その瞬間、素早くすくい上げると、小さな体が
水滴をはね散らして、おわんの中に収まる。
それを何度か繰り返し、合計十匹もすくうことができた。
周囲から小さな歓声が上がり、少しだけ胸の奥が熱くなる。
「すげぇな、アデル……」
「お兄さん、やるねぇ。うちはリリースOKだが、何匹か持って帰るかい?」
「いや、すべてリリースするよ」
「リリースするくらいならアタシにくれよ」
「……何?」
エルゼはそう言うと、金魚を一匹つまむ。
そして大きな口を開け、あろうことか金魚を食べようとしたのだ。
「エ、エルゼ? 君はいったい何を……?」
「待った、お嬢ちゃん! それは食い物じゃねぇ!」
「あ? せっかくとったのに、食っちゃいけねぇのかよ?」
「あたりめぇだ!」
「エルゼ、ここでは金魚をすくうこと自体が娯楽になっているんだ。普通ならば、とった金魚は持ち帰って飼育するか、リリースするかの二択なんだよ」
「そ、そうなのか……?」
赤面しているエルゼから金魚を奪い取ったあと、丁寧におわんに戻し、店主へと返還する。
そして、エルゼの後頭部を掴み、一緒に頭を下げた。
「すみません、私があとできつく言い聞かせるので……」
「ス、スミマセン……」
「こっちもきつく言ってごめんな。まあ、この祭りではよくあることさ。お嬢ちゃんも反省しているみたいだしな……。もし悪いと思ってるなら、友達でも連れてまた来てくれや」
「おう、わかった! おっちゃん、またリベンジしに来るぜ!」
「ああ、待ってるよ」
それから何軒か屋台を回ったあと、約束の時間が近くなったので、集合場所へと向かう。
集合場所である商店街の入り口に着くと、まだ誰も来ていなかった。
「アタシらが一番みたいだな」
「……そのようだな」
言葉を交わしたあと、一瞬沈黙が訪れる。
しかし、その沈黙は決して嫌なものではなく、むしろ心地よい。
「な、なんだありゃ?」
「……どうした?」
突如、エルゼは驚いたように声を上げる。
彼女の指さした港のほうに視線を向けてみると、静まり返った海の果てに、幾筋もの炎が浮かび上がっていた。
しかし、あれは人の焚く火では断じてない。
それは幻のように揺らぎ、あたかもこちらを誘うかのように、並び立っては消え、また現れる。
人ならざるものが呼ぶように、夜の海はひそやかに瞬いていた。
もしや、あれは「不知火現象」ではないか……?
その現象はすぐに消えてしまった。
私は知的好奇心を刺激されながらも、こぶしを強く握りしめ、本来の目的を思い出す。
「あ、消えちまった……」
「不思議な現象だったな……」
「……なあ、アデル」
「どうした、エルゼ?」
「また二人の秘密ができちまったな?」
「……そうだな。君とは特別な縁を感じるよ」
右手に温かいものが宿る。
またエルゼが私の手を握ってきた。
気のせいか、さっきよりも彼女の温もりをはっきりと感じ取れる。
「この祭り、いっぱい楽しもうぜ」
「……ああ、楽しい思い出をたくさん作ろう」
「あ、いたいた~。二人ともお待たせ~」
みんなが来た瞬間、互いにぱっと手を離す。
少し名残惜しいが仕方ない。
一瞬だけだったが、それは間違いなく、暗かった私の心に光をもたらすものだった。
この光を陰らせないためにも、復讐を確実に遂行する。
すべてが終わったあと、また新たな道を彼女とともに歩んでいこう。
私は心の中でそう誓い、仲間たちと合流した。




