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吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
第三章
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第二十話 逢魔の宵祭 壱

 夜の海を抜け、港に辿り着き、船を降り立ったその瞬間、視界を染めるのは灯火の連なりだった。

 同時に、夜風の向こうから祭囃子が押し寄せてくる。

 闇を裂くように響く掛け声と笑い声、香ばしい屋台のにおいが潮の香りと混じり合い、まるで島全体が宴に浮かされているかのようだった。


「ここが逢魔ヶ島か……」

「やっと着いたか。座りすぎて腰が痛ぇぜ」

「同感じゃ、うちも疲れたのぅ」

「そうかな? 僕は何もかもが新鮮で楽しかったよ」

「メデューサ、船酔いは大丈夫?」

「お気遣いありがとうございます、お嬢様。陸に上がったら、だいぶマシになりました……」

「おお、盛り上がっているな。なんだか心が沸いてきたぞ。なあ、シャノンよ」

「ええ、私もワクワクしてきました」

「じゃあみんな、すぐに宿に向かおうじゃないか」


 仲間たちは一見、元気そうに見えた。

 しかし、さすがに長旅で疲れ果てたのか、動きがいつもより鈍い。

 一方、その背中を横目に、ただ一人私だけは胸の奥でざわめく熱を抑えきれず、早足になる。

 もちろん、祭りの熱気に当てられたわけではない。

 復讐の炎に炙られたせいだ。


「皆様、ようこそいらっしゃいました。本日は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます」


 港から町の正面入り口へ向かうと、お面をかぶった人物たちが横一列にずらりと並び、私たちを出迎えてくれた。

 不思議なことに、皆一様に半白半黒の狐の面をかぶっている。

 おそらく、この方たちは町の役員なのだろう。

 パンフレットに書かれていたので、それは承知済みだ。

 しかし、歓迎の言葉を述べた人物のみ、半白半黒の狸の面をかぶっていた。

 その人物は腰を曲げており、だいぶご年配の方だと察せられる。


「わざわざお出迎えありがとうございます。もしかして、この町の町長さんですか?」

「はい、私はこの逢魔ヶ町(おうまがまち)の町長、月野木(つきのき)と申します。お疲れのところ申し訳ありませんが、逢魔の宵祭での決まりごとをご説明させてもらいます」

「決まりごと?」

「逢魔の宵祭には多種多様な方々が訪れます。祭りの理念としては、どんな方々も平等であってほしいと私たちは望んでいるのですよ。そのために祭りの最中、外出する際は必ずお面をつけていただきたく存じます」

「お面……ですか?」

「お面はこちらにご用意しております。どれでも好きなものを一つ選んでください」

「のぅ、月野木とやら。持参した面でもよいのか?」


 青梅はそう言って、青い鬼の面を取り出す。

 それに続き、赤椰も赤い鬼の面を取り出した。

 

「はい、お面の種類は問いません」

「ほぅ、意外と融通が利くものじゃな」

「じゃあ、僕たちはこのお面を使わせていただきますね」

「では、私たちも面を決めようじゃないか。ご説明ありがとうございます、月野木町長」

「皆様、祭りを存分にご堪能くださいませ」






 

「ふぅ、やっと宿に着きましたね。皆さん、体調を崩してはいませんか?」

「俺は大丈夫だよ」

「私も問題ないな。君こそ大丈夫か、赤椰?」

「僕は元気いっぱいです! いつでもお祭りに行けますよ!」

「おっ、それは頼もしいな」


 拠点となる宿に無事到着し、部屋に荷物を下ろす。

 備え付けの浴衣に着替え、羽織りを重ねた。

 畳が敷き詰められた広い部屋には、低い長机が置かれ、障子を開けると港の夜景が一望できる。

 壁際には雉の描かれた屏風が立ち、どこか厳かな雰囲気を漂わせていた。

 窓を開けると、海風を含んだ風が肌を撫で、潮騒がすぐそこに聞こえてくる。

 趣のある造りで、肩の力を抜くには十分な空間だった。


 私たちが宿泊する旅館の名は、汐見乃宿(しおみのやど)

 港町にそびえるこの旅館は、周囲の家々よりも一段高く、瓦屋根と白壁が重厚な趣を見せ、潮の香りと共に、遠くから船の汽笛が届く。 

 この宿の一番の売りは、名前の通り、どこの部屋からでも海を見渡せることである。

 窓の外を見ると、港に並ぶ漁船の灯りが水面に揺れ、まるで星空が海に落ちたようにきらめいていた。


「それにしても広いお部屋ですね。モニカさんには感謝しないと」

「予約もすべて彼女が手配してくれたと聞いている。太っ腹だな彼女は」

「ライアンさん、女性に太っ腹だなんて言ったら怒られちゃいますよ?」

「すまんすまん、本人の前では言わないように注意しないとな」

「アデルさんも気をつけてくださいね?」

「……ああ、わかっている」


 思わずドスのきいた、苛立ちを帯びた低い声で返事をしてしまう。

 その瞬間だけ、部屋の空気が端に追いやられ、気まずい沈黙が辺りを包む。


「……す、すみません。アデルさんにとって、この旅行の目的は復讐ですもんね。空気を読まない発言をして、本当にごめんなさい」

「……こちらこそ、巻き込んでしまってすまない。私のことは気にせず、君たちは存分に楽しんでくれ」

「は、はい……」

「とりあえず、女性陣のところへ行かないか?」

「……そ、そうですね」

「そうだな」

「アデル、夜はエルゼと一緒に祭りを楽しむんだろ? だったら、そんな辛気臭い顔をしていてはダメだ。そんなんじゃ、すぐにバレるぞ?」

「……善処するよ」

「おい、野郎共! これから祭りに乗り込むぞ!」

「ちょうどよいタイミングでお姫様が現れたようだ」

「……では、行こうか」






 

 皆集まったのを確認して、宿を出る。

 私の面は東洋の妖怪烏天狗(からすてんぐ)、エルゼも同じく東洋の妖怪である赤い顔をした天狗。

 青梅は青鬼、赤椰は赤鬼、モニカは狼の面をかぶっている。

 ミネットは黒猫、メデューサは白猫の面。

 ライアンは東洋の神である雷神の面、シャノンも同じく東洋の神である風神の面だ。


「へっ、なかなかイカした面じゃねぇか」

「怒ったときのエルゼにそっくりじゃな」

「同感でーす」

「なんだと!?」

「大丈夫、似合ってるよ、エルゼお姉ちゃん」

「赤椰はほんといい弟だな」

「エルゼお姉ちゃん、みんながいるときに頭を撫でるのはやめてよ……」

「微笑ましいですね」

「ああ、まったくだ」

 

 私たちはまず、祭りの開催宣言を見学するため、小山の上に鎮座する神社へと向かった。

 その途中の商店街では、白黒の提灯が通りの両脇にずらりと吊り下げられ、色とりどりの屋台が軒を連ねている。

 

 商店街を埋め尽くす人波は、夜の熱気そのものだった。

 季節は秋だというのに、額にじっとり汗が滲み、浴衣の襟足が湿るうえに、喉が渇く。

 さまざまな屋台の食べ物のにおいと、異形と人間のにおい、笑い声と呼び込みの声が夜風ともに入り交じり、港にいたときよりも祭りというものを肌で感じられた。

 屋台の人も皆一様に面をかぶっている。

 しかし、それは町の役員がかぶっている狐面ではない。

 どうやら、その屋台に合った面を、店主自らが選んでいるようだった。

 

 商店街の賑わいを抜け、参道に出ると、そのまま人の群れが変わらずに続いていた。

 石畳の上を歩き、石段をのぼるにつれ、下界から聞こえていた笑い声や、屋台の喧騒は徐々に遠ざかる。

 その代わりに、太鼓と笛の音色が澄んだ夜空に広がっていく。

 やがて小山の頂に、光に包まれた神社が姿を現した。


「やっと着いたぜ……」

「暑くてかなわんのぅ」

「ここだけまだ真夏のようだね」

「お嬢さま、これで汗を」

「ありがとう、メデューサ」

「皆さん、見てください! (やぐら)の上に町長さんがいますよ!」


 夜空の下、神社の境内は人と異形で埋め尽くされ、足の踏み場もないほどだ。

 あちこちから笑い声や子どものはしゃぎ声、聞き慣れない言語などが重なり、ひとつの巨大なざわめきとなって夜を震わせていた。

 境内の中心には背の高い櫓が建設されており、その上には先ほど会った月野木町長がマイクを握りしめている。


「皆様、ただいまよりご挨拶を申し上げます。どうぞご静聴くださいますように」


 櫓の上に立つ町長が、狸の面の下から朗らかな声をマイクに乗せる。

 その声は提灯の光とともに広場中に広がり、誰もが顔を上げた。

 次の瞬間、太鼓や笛の音が止み、町長の声が夜空に朗々と響き渡る。


「皆様、遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます! 本日は四年に一度の祭りにようこそお集まりくださいました! お面をかぶれば、人も異形も関わりなく、皆が同士でございます! どうか心ゆくまで楽しんでいってください! それでは、ただいまより祭りの幕を開かせていただきます!」


 町長が開催宣言を終えた瞬間、太鼓と笛の音が再び響き渡る。

 同時に、地響きのような歓声が辺りを覆い尽くした。

 その熱に当てられたせいなのか、周りの人々だけではなく、私の仲間たちも一斉に腕を掲げながら歓声を上げ、周りと一体化する。 

 しかしなぜか、先ほどまで高鳴っていた私の心臓は落ち着きを取り戻し、この場にふさわしくない感情が、静かに身体の中で渦巻いていた。 

 すぐ隣ではしゃぐエルゼの姿を見て、仲間たちに懸命に頼み込んだときのことを思い出す。




 


 

『ねぇ、お兄ちゃん。ワタシたちに頼みたいことって何?』


 エルゼが一人で買い出しに行った隙に、仲間たちを全員喫茶店に集めた。

 彼女にはあえて大量の買い物を頼んでいるので、すぐに戻ってくることはないだろう。


『実は――』

 

 私は仲間たちにエルゼの過去と、今回の旅行の真の目的を話した。

 そして、私はその場で膝を折り、床に額を擦りつけるようにして、仲間たちに懇願する。


『自分勝手なことは重々承知している! だが、頼む! 目的を達成するためには、君たちの協力が必要なんだ!』

『ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?』


 仲間たちの顔は見えないが、皆沈黙し、明らかに重苦しい雰囲気に包まれているのがわかる。

 本来ならば、皆にも秘密にしたほうがよいのかもしれない。

 しかしそれでは、エルゼに勘づかれてしまう。

 目的を無事に遂行するためには、仲間たちの協力が必要不可欠なのだ。


『……俺は協力するよ、アデル』

『私もお兄様と同意見です』

『ほ、本当か……? ライアン、シャノン……』

『うちも手を貸すぞ、アデルよ。愛しい家族のためなら当然じゃ』

『僕もエルゼお姉ちゃんのためなら、いくらでも手伝いますよ』

『青梅……赤椰も……』

『あたしも改めて協力させてもらうよ』

『妹であるこのワタシが、反対することは絶対にないわ。エルゼのことは少し気に食わないけど、お兄ちゃんのためなら仕方ないわね』

『わたくしはお嬢様に従いますので……』

『モニカ、ミネット、それにメデューサまで……。みんな……本当にありがとう……』


 私は感謝の意を述べながら、再び床に額を擦りつけた。

 誰か一人は反対すると思っていたが、全肯定されたことにより、思わず嬉し涙を流してしまう。


『お、お兄ちゃん、もしかして泣いてるの?』

『あ、頭を上げてください、アデルさん!』

『ありがとう……本当に……ありがとう』

『泣くのはまだ早いぞ、アデルよ』

『青梅の言うとおりだ。その涙は最後までとっておいたほうがいい』

『……そうだな。では、当日はよろしく頼む、みんな!』

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