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吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
第三章
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第十九話 復讐の芽

 薄暗い階段を下っていくと、薬品のような刺激臭が鼻を突くようになる。

 階段を下りるごとに、心臓の鼓動が徐々に高鳴っていく。

 一番下まで着くと、外界の音は一切消え、自分の荒い呼吸音だけが聞こえるようになった。

 

 モニカが扉を開けると、いつもの地下室が姿を現す。

 同時に、さっきよりも強い薬品のような刺激臭が鼻を突く。

 久々に訪れた地下室は、きちんと整理整頓されていた。

 だがその清潔さの裏に、微かに獣臭が滲んでいる。

 床に敷かれた白いタイルは最近新調したようで、ヒビなどはなくなり綺麗になっていた。

 手術台のような金属製の台には拘束具が取り付けられ、そこには乾いた血のようなものがこびりついている。


「モニカ、例の人物はどこにいるんだ?」

「そう焦るなよ、アデル。今隠し扉を開けるからさ」

 

 モニカそう言って、白く塗られた棚にある本を触る。

 すると、カチッという音とともに白い棚が真下に潜り込む。

 そして、頑丈そうな黒い扉が姿を現した。


「こんな仕掛けがあったのか?」

「そういえば、アデルには言ってなかったね。隠し事をしてごめんよ」

「いや、気にするな。誰にだって秘密の一つや二つあるものだ」

「そう言ってくれると嬉しいよ。……心の準備はできているかい?」

「……大丈夫だ」

「事前に言っておくけど、中にいる奴は絶対に殺さないでくれよ? あたしの大切な被験体なんだからね」

「……善処するよ」

「なんか怪しいな~? まあ、今はきみを信用するとしよう。さあ、中に入ろうか」


 モニカは黒い扉を重たそうに開ける。

 扉を開けた瞬間、むせ返るほどの獣臭が襲ってきた。

 まるで激しい運動をしたあとに、一日風呂に入らなかったエルゼの体臭のようだ。

 いや、これはそれをもっと煮詰めたようなにおいだな……。

 やはり捕らえた者は狼人間のようだ。


 部屋の中は、どこか刑務所の独房を思わせる造りだった。

 薄暗い室内の天井近くの壁には、換気扇が一つだけ取り付けられている。

 部屋の中央には、灰色の髪に褐色肌、黒のパンクファッションに身を包んだ、がっしりとした体格の男が座らされていた。

 椅子に両手両足を縛られ、目隠しまでされている。

 その頭上では、冷たい光を放つ裸電球が、わずかに揺れていた。


「てめぇ、この野郎! よくもオレをこんなところに閉じ込めやがったな!」

「おー、威勢がいいね、コウガ。でも、それがいつまで持つかな?」

「モニカ、彼が関係者なのか?」

「チッ、今日はボーイフレンドも一緒なのか? 頼むから、ここでおっぱじめないでくれよ?」

「彼女とはそんな関係ではない」

「アデル、彼の名前はコウガというんだ。彼は最近まで、エルゼの一族の一員だったんだよ」

「……なんだと?」

「おっ、あんたが半吸血鬼のアデルか? 姿は見えねぇが、においでわかるぞ。オレはキセラからあんた宛ての手紙を預かっているんだ」

「キセラ? 手紙?」

「なんだよキセラのことも知らねぇのか? キセラはな、族長の孫娘で、今は婿入りしてきたサイガの妻でもあるんだ」

「アデル。一応補足するけど、キセラはかつてのロウガの妻であったミアの妹なんだよ」

「何……?」


 つまりキセラは、以前エルゼの件の真相を手紙で教えてくれた人物だったのか。

 しかしながら、彼女はなぜ今になって手紙を……?


「これがその手紙だよ。安心してくれ、あたしはまだ読んでないから」

「ああ、ありがとう……」


 モニカから手紙を受け取って封を開ける。

 内容を確認すると、思わず私は驚いてしまった。

 そこには一族の長「フウガ」の居場所が書かれてあったのだ。

 なんでも東洋にある「逢魔ヶ島(おうまがしま)」という島で、四年に一度開かれる祭り「逢魔(おうま)宵祭(よいまつり)」に姿を現すらしい。

 その祭りは、五日間も続くというのだ。

 

 フウガの一族は拠点を転々とするらしく、そのせいで今までなんの成果もでなかった。

 だが、キセラのおかげでとうとう奴の尻尾を掴むことができたのだ。

 これでやっとあの老害に復讐ができる。


「これでオレの仕事は終わりだ。さっさと外に出してくれよ」

「それはできないね。きみにはもう人権などないんだ。一生あたしの被験体なんだからね」

「……ふざけんじゃねえ! とっとと離しやがれ! いくら同じ種族でもぶっ殺すぞ!」


 私は最初、この狼男を解放するつもりだった。

 だが、手紙を読んでいくうちにそんな気分ではなくなったのである。

 このコウガという狼男は、過去に人間たちを惨殺したというのだ。

 そのせいで、一族から永久に追放されたらしい。

 そして、手紙の最後の一文にはこう書かれていた。


『エルゼは、コウガから酷い仕打ちを受けていました』


 一瞬にして頭に血が上り、気づけば私はコウガに詰め寄っていた。

 そうか……こいつはそういう奴なのだ。


「質問がある。ロウガとエルゼという狼人間に覚えがないか?」

「ロウガとエルゼ……? ああ、あの追放された兄妹か。いつもベタベタして気持ちが悪かったぜ。だから、オレは指導してやったんだ。ロウガには敵わねぇから、隠れてエルゼを徹底的に指導してやったぜ。あのときの泣き顔は、今でも覚えてる。叩けばいい音が鳴る、遊びがいのある玩具だったぜ?」


 その言葉を聞いた瞬間、私は手刀を構え、そのまま奴の太ももに突き刺していた。

 コウガは何が起こったかわからずに、苦悶の表情を浮かべながら叫ぶ。


「いってぇ! てめぇ、何しやがる!」

「アデル、殺すのはダメだよ?」

「ああ、わかっているさ……」


 私はこぶしを強く握りしめ、そこから滴ってきた血を一滴ずつ、傷口に垂らしていく。

 最初は暴れていたコウガも異変を感じたのか、徐々に大人しくなる。

 数滴、また数滴と血を垂らしていくうちに、身体を痙攣させ、口から泡を吹き始めた。


「あ……がっ……! やめて……くれ……ぐるじい……」

「これはロウガとエルゼの分だ。きっちりと受け取るがいい」

「てめぇ……覚えて……おけよ。ここから出たら……真っ先に殺して……やるから……な」

「それは無理な相談だよ。きみは一生、あたしの被験体なんだからね。髪の毛一本無駄にせず、実験動物として生きてもらう。最終的には解剖とかもするかもね」

「ひっ……!? や、やめてくれ……!」

「さらばだ、コウガよ。自分の犯した罪の重さを地獄で償うんだな」


 私は濃縮血液を飲み、力を増幅させ、コウガの腹に勢いよくこぶしをめり込ませる。

 奴は白目を剥き、舌をだらんと垂らしながら、声を発することもできずに気絶した。


「これで少しはスッキリしたかい?」

「ああ、本当に少しだがな……」

「とりあえず、今日はもう帰ったほうがいい。もうすぐ仕込みの時間だろ? 祭りの件については、またあとでじっくり話そう」

「ありがとう、モニカ。君には感謝してもしきれないよ」

「これはギブアンドテイクだよ、アデル。よかったら、また研究に協力してくれると嬉しいな」

「……君は本当に現金なやつだな」

「わかりやすい性格でいいだろう?」

「ふっ、そうだな……」






 

「もう、これ苦手~」

 

 開店前、ミネットがエプロンを結ぶのに苦労していた。

 私が手伝うよりも先に、エルゼがそっと近づく。


「これはこうすると簡単なんだ」

「ちぇっ、せっかくお兄ちゃんの気を引こうと思ったのに……。まあ、いいわ。……ありがと」

「お前が礼を言うなんて珍しいな。明日は槍でも降るのか?」

「何よ、その言い方? ワタシが素直だといけないの?」

「いや、そういうところ可愛いと思うぜ」

「ふ、ふん、ちょ、調子に乗らないで……!」


 エルゼとミネットのやり取りを聞いていると、なんだか心が穏やかになる。

 このまま仲良くなってくれると、非常にありがたい。


「ふふっ、良い雰囲気じゃな、アデルよ」

「あの二人を見てると癒されますよね」


 青梅と赤椰は腕組みをしたまま頷いている。

 どうやら二人も私と同じ気持ちのようだ。


「私たちは家族なんだ。仲が良くて困ることなんてまずない。青梅、赤椰、いつもありがとう。ミネットを新しい家族だと受け入れ、優しく接してくれることに感謝してるよ」

「ふむ、そう言われるとますます優しくしてやりたくなるのぅ。もちろん、アデルにもな」

「アデルさんもいつもありがとうございます。こちらも感謝してもしきれないですよ」


 二人ともまっすぐに瞳を向けてくる。

 そのせいで、少し恥ずかしくなってしまう。


「のぅ、アデル。折り入って、相談があるんじゃが……」

「ん? なんでも言ってくれて構わないよ」

「……明日は休みじゃろ? もしよければ、明日うちとデートしてはくれないかのぅ? もちろん、『大人の』デートじゃぞ?」

「……え?」

「ああーっ! またあの色情鬼がお兄ちゃんにセクハラしてるーっ!」

「おい! いい加減諦めろよ、青梅!」

「ぷぷっ、青い二人をからかうのは実に愉快じゃのぅ……」

「姉さんはなんでそう火種を蒔くかなぁ……」

「ははは……」

「みんな~っ、こんばんは~!」


 次の瞬間、玄関の扉が大きく開かれる。

 入ってきたのは、案の定モニカだった。

 しかし、様子がおかしく、身体はふらついており、顔も赤い。

 それだけではなく、身体中からアルコール臭を発している。

 どうやらかなり酔っているようだ。


「おい、モニカ。まだ開店前だぞ?」

「ふふ~ん、常連にそんなことを言ってもいいのかい? ここでお金を落とす客が減ると、困るのはそっちだろ~?」

「ぐっ……足元見やがって……」

「君が開店前に来るなんて珍しいな? 何か用事でもあったのか?」

「早くアデルに会いたかったんだよ?」

「……え?」

「この喫茶店には色情魔しかいないの?」

「……これは嘘じゃな。うちにはわかるぞ」

「あは~、バレたか~。とりあえず、いつものコーヒーを淹れてほしいな~。走ってきたから、喉がカラカラでさぁ~」

「……わかった。まずは席に着くといい。疲れているだろう?」







 コーヒーとオムライスを平らげたモニカは、バックから大型のタブレット端末を取り出し、画面をこちらに向けた。

 画面上には、とある旅行サイトが載っている。

 そこには先ほど話した、逢魔ヶ島で行われる「逢魔の宵祭」について書かれていた。


「これはなんなんだ、モニカ?」

 

 私は初めて聞いたフリをして質問をする。

 モニカはチラッとこちらを見たあと、すぐにエルゼたちのほうを向いた。


「みんな、夏の間忙しくて疲れただろう? そんな疲労困憊のみんなのために、あたしがご褒美を用意したんだ。一週間後に東洋のとある島で、五日間のお祭りが開催される。そこにみんなで行こうよ。もちろん、旅行費はあたしがすべて負担する」

「おいおい、ずいぶん太っ腹じゃねぇか? 何か良いことでもあったのかよ?」

「何か裏がありそうじゃのぅ……」

「確かに怪しいですね」

「この人、本当に信用できるの?」

「そ、そんなこと言わないでよ、みんな~……」


 ダメだ、モニカでは説得が難しそうだ。

 ここは私が気を利かせなければ……。


「旅行、いいじゃないか。私は賛成だ。ちょうど私もみんなを労いたかったんだよ。今回は素直に甘えようではないか。こんな機会、めったにないぞ?」

「まあ、アデルがそう言うなら……」

「気を遣ってくれて嬉しいぞ、アデルよ」

「アデルさん、ありがとうございます」

「お兄ちゃんのおかげで、なんか楽しみになってきたかも……」

「あ、あれれ~、なんでアデルにだけお礼を? 提案したのもお金を出すのも、全部あたしなんだけどなぁ……」


 苦しまぎれの言い訳だったが、なんとかフォローになったようだ。

 日頃の行いの良さが幸いしたな……。

 酔ったモニカのせいで少し計画が狂ったが、なんとか旅行に行く口実ができた。

 もしも、私単独で旅行に行くと言っていれば、皆から怪しまれていただろう。

 ならばいっそ、一緒に連れて行くほうがごまかしやすいはずだ。


 ようやく復讐への第一歩を踏み出せた。

 あとはエルゼに気づかれないように、ロウガの仇討ちを実行するだけである。

 できれば、彼女の手を汚すことはしたくない。

 たとえ相手が兄の仇でも、一族の長をその手にかけることは、いくら彼女でも躊躇するはずだ。

 

 今回はその躊躇が命取りになると睨んでいる。

 だから、これはフウガに対して、なんの良心の呵責もない私が背負うべき案件なのだ。

 エルゼには何も背負わせず、残りの人生を謳歌してほしいと強く願っている。

 これはロウガを殺めたときから、私が決意していたことだ。

 

 そのためにも、計画を念入りに練って、確実に奴を仕留める。

 待っていろ、フウガよ……。

 ロウガとエルゼの人生を狂わせた報い、必ず受けてもらうぞ。

 こうして、秋の夜はより深みを増していくのだった。

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