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吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
第二章
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第十六話 対立


「……それで? 話とは何かな?」


 注文した飲み物を嗜んだあと、私はメデューサに質問をぶつける。

 彼女はわざわざ変装までして、私を訪ねてきた。  

 その裏に、何か隠された意図があるのは間違いない。

 

「若旦那様。これから話す内容は、他言無用でお願いします」

「承知した。これでも口は堅いほうだ」

「では、失礼します。……お嬢様が覚醒したのはここ数か月のことなのです」

「覚醒? それはどういう意味かね?」

「若旦那様がお嬢様の前から姿を消したあとに、わたくしは旦那様の眷属となりました。その直後、わたくしはお嬢様から、あるお役目を仰せつかったのです」

「お役目?」

「はい、それはお嬢様自身を完全に石化させる、というものでした」

「なんだと!」


 私は思わず大声を上げながら、音を立てて席から立ち上がった。

 そのせいで、周りにいた客から睨まれる。

 私はすぐに冷静さを取り戻し、静かに席についた。


「すまない。恥ずかしいところを見られてしまったな」

「大丈夫です。今のお姿で、お嬢様への強い愛情が垣間見えたので安心しました」

「……なぜミネットはそんなことを?」

「お嬢様いわく、当時の若旦那様への想いを薄れさせたくないため、だそうです。わたくしも最初は反対しましたが、結局お嬢様には逆らえず、泣く泣く石化させました。もし若旦那様を見つけたら、石化を解くという条件とともに……」

「まさか、そんなことを……」

「あるとき旦那様がわたくしにこうおっしゃったのです。若旦那様がツクヨミシティにいる、と……」


 また父上が関係しているのか?

 なんだか嫌な予感がするな……。


「石化を解いたあと、お嬢様はすぐに若旦那様の元に向かおうとしました。ですが、長い間石化していたせいか、お嬢様の身体は、日常生活に支障が出るほど弱っていたのです。なので、まずはリハビリから始めました」

「そうだったのか……」

「最初の一か月は、自分で水を飲むことも難しく、声を発することもできませんでした。歩くこともままならず、かろうじて上半身を起こすのがやっとだったのです」


 やはり、長期間の石化は身体に影響が出るのか。

 歩くことさえ厳しいとは、想像してみると心が痛むな……。


「三か月経って、やっと自分の足で立つことが可能になりました。早速歩行の練習を始めましたが、杖が必須で、そのうえ、壁づたいに歩くことも難しかったのです」

「普通に歩くのにも苦労していたのだな」

「半年が経つ頃には、ほぼ元通りの生活が可能になりました。そして、お嬢様とわたくしはこの街を訪れたのです。ですが、現在のお嬢様の力は、全盛期に遠く及びません」


 だからエルゼは、ミネットの攻撃を退けることができたのか。

 本来人間態の狼人間では、吸血鬼の足元にも及ばないからな……。


「その過程で、お嬢様はわたくしにとって、妹のような存在になりました。若旦那様、不躾ですがお願いがあります。お嬢様の愛を、そのまま受け止めてあげてください。お嬢様は、ただあなたと一緒にいたいだけなんです」

「メデューサ……」


 メデューサの言葉で、我に返る。

 私は自分の罪から逃れるために、ミネットと距離を置いた。

 しかし、彼女は今でも私にまっすぐな愛情を向けてくれている。

 それにあえて応えない私は、なんて幼稚なのだろうか……。

 咄嗟に、私は乾いた喉を追加で頼んだ水で潤した。


「メデューサ、君がミネットの傍にいてくれて、本当に感謝している。君がいなかったら、ミネットはきっと壊れていただろう。ありがとう……。やっと、ミネットと向き合う決心がついたよ」

「若旦那様、お嬢様をどうかお願いします」


 ミネットからの愛情を、決して拒絶してはいけない。

 私は固く決心する。

 曇天に差し込む一筋の陽光のように、心が明るくなるのを感じた。

 


 

 

 



 

「こんばんは、お兄ちゃん。今日もよろしくね」


 今日はシャノンとの約束の日だ。 

 だが、ミネットは私としか口を利かず、みんなとは、最低限のコミュニケーションすら取らない。

 ただずっと、黙々と皿を洗っていたのである。

 なので、あえて接客の練習をさせることにした。

  

 運よく今日は、シノさんとブルートさんしかいない。

 ここで心を開いてくれないと、シャノンとの約束に間に合わなくなる。

 一人でも涙を流す者がいたならば、それは失敗を意味するからだ。

 それは決してあってはならない。

 だが、ミネットへの配慮も必要だ。


「どうぞ、カレードリアです」

「ありがとうございます、ミネットさん」

「ミネットちゃん、お水をくれるかい?」

「かしこまりました」


 ミネットは淡々と接客している。

 表情にはまったくといってもいいほど変化がない。

 しかし、カウンター内に戻ると、生き生きとした表情をしながら、私に甘えてきた。


「お兄ちゃん、ワタシ接客頑張ったよ? だから、ギュッして?」


 ミネットは腕を大きく広げ、蠱惑的な笑みを浮かべながら、私をじっと待つ。

 あまりの可愛さに身体が勝手に動き、気づけば彼女を抱きしめそうになっていた。

 しかし、そこはグッと堪えて頭を軽く撫でるだけに留める。


「あれ、お兄ちゃん? もしかして、みんながいるから恥ずかしいの? 昔はよくしてくれたよね?」

「……ノーコメントだ」

「あら、ミネットちゃんはマスターが大好きなんだね?」

「マスターは誰からも好かれますよね。羨ましいかぎりですよ」

「……お兄ちゃんが好きなのはワタシだけだよね?」

「そ、それは……」

「じゃないと、みんな石にしちゃうよ? いいの?」


 ミネットは真っ黒な笑顔をこちらに向ける。

 その瞬間、メデューサの顔が頭をよぎった。


「あ、ああ、ミネットだけだよ……」

「あはっ、やっぱりそうだよね? ねぇ、お兄ちゃん。今日はもうお店なんて閉めて、ワタシと楽しいところに行こうよ」

「それは……できない。まだお客様がいるんだ」

「……へぇ、じゃあ、みんないなくなれば一緒に遊べるんだよね?」

「……おい、ミネット? 何をするつ――」


 ミネットが指を鳴らした瞬間、突如店内にメデューサが現れる。

 メデューサは目から赤い光を放ち、瞬く間に、シノさんを石化させてしまう。

 ブルートさんはすぐにテーブルの下に隠れたので、間一髪石化を免れた。


「ミネット! なんてことを……! すぐに元に戻すんだ!」

「なんで? ワタシが一番って言ったじゃん。なら、ほかの人たちを石にしてもいいよね? メデューサ、やっちゃって」

「承知いたしました」

「みんな、逃げるん――」


 メデューサは命令を受けると、まず青梅と赤椰を石に変えた。

 次の標的はエルゼだったが、彼女はすでに強狼剤を飲み、メデューサの懐に入っている。

 瞬時に強烈な一撃を放ち、メデューサを店の外まで吹き飛ばした。


「もう堪忍袋の緒が切れたぜ! 調子に乗るのもいい加減にしろよ、このガキ!」

「こわーい。でも、気をつけたほうがいいよ。メデューサを殺しちゃうと、一生石化が解けなくなっちゃうから」

「何っ!?」

「安心しろ、殺してねぇよ。おい、ガキ! 痛い目を見たくなかったら、とっとと石化を解除しやがれ!」

「ねぇ、お兄ちゃん。こんな蛮族はさっさと野に放ってさ、一生ワタシとだけ過ごそ?」

「……彼女は蛮族ではない」

「……え?」

「みんな私の大切な家族なんだ。だから、元に戻すんだ、ミネット……!」

「きゃっ……!?」


 私はミネット両肩をがっちりと掴む。

 そして、怒りを抑え込むようにして、再び口を開いた。


「元に……戻すんだ……ミネット!」


 思わず腕に力が入る。

 ミネットは少しだけ苦悶の表情を浮かべた。


「お兄ちゃんはワタシよりも、こんな蛮族のほうが大事なの!? やっぱりまた裏切るんだ! またワタシを、ゴミみたいに捨てるんでしょ!」

「うっ……!?」

「てめぇ……たとえアデルの妹でも許せねぇ! 表に出て、アタシとサシで勝負しやがれ! 決闘だ!」

「上等じゃない! 穢らわしい狼女なんかに、このワタシが負けるはずがないわ!」

「言ってくれるじゃねぇか! 正面から叩き潰して、二度と逆らえないようにしてやる!」

「ふん、下品で低俗な女! あなたがお兄ちゃんの眷属だなんて、ワタシは絶対認めないから!」

「てめぇのほうこそ、アデルの妹にふさわしくねぇよ!」

「ふ、二人ともいったん落ち着くんだ! ここは暴力ではなく、話し合いで解決しよう!」

「お兄ちゃんは黙ってて!」

「アデル、これはアタシらの問題なんだ!」

「す、すまない……」


 最悪な展開となり、私は頭を抱えた。

 それだけではなく、頭痛や胃痛も襲ってくる。  

 かくして、エルゼとミネット、宿命を背負った者たちの決闘が、始まりの刻を迎えたのだった。

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