第十四話 過去の楔
「……そんなことが。どんなときでも、アタシはアデルの味方だからな」
「アデルよ、あまり気に病むことはないぞ」
「話してくれてありがとうございます、アデルさん」
「思ったよりも複雑だねぇ。気分が悪くなったりしてないかい? 心を落ち着かせる薬ならあるけど?」
皆は優しい言葉をかけてくれた。
しかし、まだ私は自分自身を許せていない。
このことを皆に悟られないように、私は気丈に振る舞った。
「最後まで聴いてくれてありがとう。少し気が楽になったよ。今まで秘密にしていて、すまなかったな」
「そうか、キミもつらい過去を背負っていたのだな……」
リビングに男性の声が響く。
その声の主は、先ほどまで眠っていたライアンだった。
「盗み聞きをしてしまったことに謝罪をしたい。――すまなかった。命の恩人であるキミたちには、感謝してもしきれないよ。世の中には、キミたちのような、良い吸血鬼や狼人間もいるみたいだな……」
ライアンはこちらに顔を向けながら、謝罪と感謝の言葉を述べる。
首のほとんどが石化しているので、顔を動かすのが大変そうだ。
「……ライアン、君ら兄妹はなぜそこまで吸血鬼にこだわるんだ? よかったら、教えてくれないか?」
「……わかった。キミたちには、できるかぎり恩返しをしたいからな」
「恩返しはありがたいが、これは強制ではない。もしつらかったら無理に話さなくても大丈夫だぞ?」
「ハハハ、優しいなキミは……」
ライアンはいったん話すのをやめ、目を瞑る。
そのまま、ゆっくりと口を開いた。
「俺とシャノンはかつて、吸血鬼に支配された村で奴隷として生きていたんだ」
「……というのが俺たちの過去だ。最後まで聴いてくれてありがとう。少し話し疲れたよ……」
ライアンは淡々と過去を語ったあと、少しの間沈黙する。
皆は私の過去のときと同様に、どこか同情的な表情で彼を見つめていた。
私は彼が語ったことを改めて頭の中で整理する。
ライアンとシャノンの故郷は吸血鬼によって滅ぼされた。
大人たちは全員殺され、残った少年少女たちだけが、吸血鬼の支配する村に囚われたというのだ。
そこには人間の血を搾取する施設があり、少年少女たちは家畜以下の扱いを受けていたらしい。
そこはさながら「人間牧場」のようだったと、ライアンは語っていた。
あるとき、病気がちだったシャノンが間引かれそうになったらしい。
そのときにライアンの怒りは頂点に達し、気づけば吸血鬼を殺していたというのだ。
それをきっかけにほかの人間たちも反旗を翻し、吸血鬼の村はパニック状態に陥ったという。
その機に乗じて二人はなんとか村から脱出し、その後、偶然にも異形ハンターに拾われ、今に至ったというのだ。
この話を聞けば、二人の言動にも納得がいく。
吸血鬼への憎しみも、妹を想うライアンの気持ちも私にはわかる。
それはみんなも同じだろう。
もし私が同じ立場だったら、似たような人生を送っていたかもしれない。
しかしながら、そのような施設があることは知らなかった。
同種族がそんなむごいことをしている一方、私は普通に生きていたのだ。
ライアンの過去は私の中で反芻し、罪悪感を植えつけてくる。
「我が同胞が迷惑をかけたな。本当にすまないと思っている」
私はライアンに謝罪の言葉を述べ、深々と頭を下げた。
しかし、彼はなぜか笑みを浮かべている。
「頭を上げてくれ。キミにはなんの責任もない。むしろ感謝してるくらいさ。キミのように善良な吸血鬼がいると知れてよかったよ」
「私は決して……善良では……ない」
私は自分の不甲斐なさに、思わずこぶしを強く握りしめた。
そして、口から細々と声を漏らす。
次の刹那、地下へと続く扉が勢いよく開け放たれる。
「お兄様、馴れ合いはそこまでにしておいたほうがよろしいかと。その吸血鬼が嘘をついている可能性もありますし……」
リビングに現れたのは、先ほどまで意識を失っていたシャノンだった。
包帯だらけの彼女は、ライアンの元に駆け寄ったあと、私を睨みつける。
「元はと言えば、お兄様がこんな状況に陥ったのは、この吸血鬼のせいなんですよ? お兄様は何も悪くありません」
「おい、ハイレグ女――!」
「いいんだエルゼ。今回の件は私に非がある。それは認めるしかないんだ」
「でもよ……」
「モニカ、頼みがある。しばらくここに、ライアンとシャノンを置いてやってくれないか?」
「別にいいけど、あとで報酬はたっぷりといただくよ、アデル?」
「ああ、わかった。よろしく頼む」
「あの……報酬とは?」
「気にすんな、赤椰。お前には関係ない」
モニカめ、その発言はここでは控えたほうがよかったぞ。
私は一瞬、彼女を睨む。
彼女は悪びれた様子もなくへらへらと笑っていた。
「そんなことより、吸血鬼! 一刻も早くお兄様を元に戻しなさい! 私があなたの妹に、直接引導を渡してもよいのですよ!」
「そ、それだけはやめてくれ! 私が全部なんとかする! だから、ミネットに危害を加えるのは控えてほしい……」
「シャノン、俺からも頼む。この件はアデルに任せてやってくれないか? 心配するな、俺はこのとおり元気だよ。だが、介護が必要だ。それまで、お前が俺の面倒を見てほしい」
「私がお兄様の面倒を……!? それはご褒美では……!? ……よろしい、ならば五日間だけ待ちましょう。期限が切れた場合は……わかっていますね?」
「ああ、約束は守ろう」
「では、この話は終わりです。それではお兄様、早速私がお飲み物でも……」
そう言いかけて、シャノンは突然その場に崩れ落ちてしまう。
見たところ、完全に気絶している。
どうやら、思ったよりも身体に負荷がかかっていたようだ。
「やれやれ、これだから人間は……。いくら傷が浅いといっても、無茶をしたらこうなるに決まっているだろ」
モニカはぶつくさ言いながらシャノンを抱えて、地下へと戻ろうとした。
すると、ライアンが口を開く。
「モニカさん、シャノンを頼みます」
「言われるまでもないよ。あたしも医者の端くれだからね。全快するまで治療に取り組むよ。もちろん、きみも治してみせるさ。あと、敬語とかさんづけはしなくていいよ、ライアン」
「ありがとう、モニカ」
私たちは一度、喫茶店に戻ることにした。
この件はメデューサ本人をどうこうするよりも、ミネットを説得するほうがいいだろう。
しかしながら、どうやってあのミネットを説得すればいいのだろうか……。
このままでは涙を流す者が現れてしまう。
正直、たった五日で説得するのはほぼ不可能に近いと思っている。
道中、頭の中は悩みの種でいっぱいだった。
「大丈夫か、アデルよ。顔色が悪いぞ?」
「ああ、すまない……」
「あんま背負い込むなよな。アタシらもいるんだし……」
「そうですよ。僕たちを頼ってください」
みんなの言葉が心に沁みる。
優しさに触れた瞬間、脳内にとある妙案が浮かんできた。
その案が正しいか確かめるために、エルゼに質問をぶつける。
「エルゼ、君の意見を訊きたい。君は兄にどんなことをしてもらうと嬉しかったんだ?」
「そうだな……。アタシは一緒にいるだけで嬉しかった。でも欲を言えば、一緒に何かしてるときが一番嬉しかったような……」
「……そうか、ありがとう。君がいてくれて助かったよ」
「お、おう……」
エルゼの答えで確信した。
私とミネットの間には長い空白期間がある。
ならば、喫茶店で一緒に働けば、それを埋められるはずだ。
そうすれば、説得の難易度も大幅に下がるだろう。
「みんな聴いてくれ。ミネットをヴァンピールで働かせてみようと思う」
「……な、なんだよいきなり?」
「ミネットはきっと、私と何かを成し遂げたいのだと思う。いや、きっとそうだ。そうに違いない!」
「ほ、ほんとかよ……?」
「では、今からミネットに会って話をつけよう」
「また監禁されるかもしれないぞ?」
「真摯に話をしたいと言えば、おそらく大丈夫だろう。それに、今は君たちもいるんだ」
「……まあ、いいか。さっさと行こうぜ、日が暮れちまう」
「きっとうまくいきますよ、アデルさん」
「ああ、ありがとう」
こうして私たちは、再びミネットのいる洋館を訪ねることになった。




