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吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
第二章
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第十四話 過去の楔


「……そんなことが。どんなときでも、アタシはアデルの味方だからな」

「アデルよ、あまり気に病むことはないぞ」

「話してくれてありがとうございます、アデルさん」

「思ったよりも複雑だねぇ。気分が悪くなったりしてないかい? 心を落ち着かせる薬ならあるけど?」


 皆は優しい言葉をかけてくれた。

 しかし、まだ私は自分自身を許せていない。

 このことを皆に悟られないように、私は気丈に振る舞った。


「最後まで聴いてくれてありがとう。少し気が楽になったよ。今まで秘密にしていて、すまなかったな」

「そうか、キミもつらい過去を背負っていたのだな……」


 リビングに男性の声が響く。

 その声の主は、先ほどまで眠っていたライアンだった。


「盗み聞きをしてしまったことに謝罪をしたい。――すまなかった。命の恩人であるキミたちには、感謝してもしきれないよ。世の中には、キミたちのような、良い吸血鬼や狼人間もいるみたいだな……」


 ライアンはこちらに顔を向けながら、謝罪と感謝の言葉を述べる。

 首のほとんどが石化しているので、顔を動かすのが大変そうだ。


「……ライアン、君ら兄妹はなぜそこまで吸血鬼にこだわるんだ? よかったら、教えてくれないか?」

「……わかった。キミたちには、できるかぎり恩返しをしたいからな」

「恩返しはありがたいが、これは強制ではない。もしつらかったら無理に話さなくても大丈夫だぞ?」

「ハハハ、優しいなキミは……」


 ライアンはいったん話すのをやめ、目を瞑る。

 そのまま、ゆっくりと口を開いた。


「俺とシャノンはかつて、吸血鬼に支配された村で奴隷として生きていたんだ」


 





「……というのが俺たちの過去だ。最後まで聴いてくれてありがとう。少し話し疲れたよ……」

 

 ライアンは淡々と過去を語ったあと、少しの間沈黙する。

 皆は私の過去のときと同様に、どこか同情的な表情で彼を見つめていた。

 私は彼が語ったことを改めて頭の中で整理する。


 ライアンとシャノンの故郷は吸血鬼によって滅ぼされた。

 大人たちは全員殺され、残った少年少女たちだけが、吸血鬼の支配する村に囚われたというのだ。

 そこには人間の血を搾取する施設があり、少年少女たちは家畜以下の扱いを受けていたらしい。

 そこはさながら「人間牧場」のようだったと、ライアンは語っていた。

 あるとき、病気がちだったシャノンが間引かれそうになったらしい。

 そのときにライアンの怒りは頂点に達し、気づけば吸血鬼を殺していたというのだ。

 それをきっかけにほかの人間たちも反旗を翻し、吸血鬼の村はパニック状態に陥ったという。

 その機に乗じて二人はなんとか村から脱出し、その後、偶然にも異形ハンターに拾われ、今に至ったというのだ。

 

 この話を聞けば、二人の言動にも納得がいく。

 吸血鬼への憎しみも、妹を想うライアンの気持ちも私にはわかる。

 それはみんなも同じだろう。

 もし私が同じ立場だったら、似たような人生を送っていたかもしれない。

 

 しかしながら、そのような施設があることは知らなかった。

 同種族がそんなむごいことをしている一方、私は普通に生きていたのだ。

 ライアンの過去は私の中で反芻し、罪悪感を植えつけてくる。


「我が同胞が迷惑をかけたな。本当にすまないと思っている」


 私はライアンに謝罪の言葉を述べ、深々と頭を下げた。

 しかし、彼はなぜか笑みを浮かべている。


「頭を上げてくれ。キミにはなんの責任もない。むしろ感謝してるくらいさ。キミのように善良な吸血鬼がいると知れてよかったよ」

「私は決して……善良では……ない」


 私は自分の不甲斐なさに、思わずこぶしを強く握りしめた。

 そして、口から細々と声を漏らす。

 次の刹那、地下へと続く扉が勢いよく開け放たれる。


「お兄様、馴れ合いはそこまでにしておいたほうがよろしいかと。その吸血鬼が嘘をついている可能性もありますし……」


 リビングに現れたのは、先ほどまで意識を失っていたシャノンだった。

 包帯だらけの彼女は、ライアンの元に駆け寄ったあと、私を睨みつける。


「元はと言えば、お兄様がこんな状況に陥ったのは、この吸血鬼のせいなんですよ? お兄様は何も悪くありません」

「おい、ハイレグ女――!」

「いいんだエルゼ。今回の件は私に非がある。それは認めるしかないんだ」

「でもよ……」

「モニカ、頼みがある。しばらくここに、ライアンとシャノンを置いてやってくれないか?」

「別にいいけど、あとで報酬はたっぷりといただくよ、アデル?」

「ああ、わかった。よろしく頼む」

「あの……報酬とは?」

「気にすんな、赤椰。お前には関係ない」


 モニカめ、その発言はここでは控えたほうがよかったぞ。

 私は一瞬、彼女を睨む。

 彼女は悪びれた様子もなくへらへらと笑っていた。

 

「そんなことより、吸血鬼! 一刻も早くお兄様を元に戻しなさい! 私があなたの妹に、直接引導を渡してもよいのですよ!」

「そ、それだけはやめてくれ! 私が全部なんとかする! だから、ミネットに危害を加えるのは控えてほしい……」

「シャノン、俺からも頼む。この件はアデルに任せてやってくれないか? 心配するな、俺はこのとおり元気だよ。だが、介護が必要だ。それまで、お前が俺の面倒を見てほしい」

「私がお兄様の面倒を……!? それはご褒美では……!? ……よろしい、ならば五日間だけ待ちましょう。期限が切れた場合は……わかっていますね?」

「ああ、約束は守ろう」

「では、この話は終わりです。それではお兄様、早速私がお飲み物でも……」


 そう言いかけて、シャノンは突然その場に崩れ落ちてしまう。

 見たところ、完全に気絶している。

 どうやら、思ったよりも身体に負荷がかかっていたようだ。


「やれやれ、これだから人間は……。いくら傷が浅いといっても、無茶をしたらこうなるに決まっているだろ」


 モニカはぶつくさ言いながらシャノンを抱えて、地下へと戻ろうとした。

 すると、ライアンが口を開く。

 

「モニカさん、シャノンを頼みます」

「言われるまでもないよ。あたしも医者の端くれだからね。全快するまで治療に取り組むよ。もちろん、きみも治してみせるさ。あと、敬語とかさんづけはしなくていいよ、ライアン」

「ありがとう、モニカ」


 





 私たちは一度、喫茶店に戻ることにした。

 この件はメデューサ本人をどうこうするよりも、ミネットを説得するほうがいいだろう。

 しかしながら、どうやってあのミネットを説得すればいいのだろうか……。

 このままでは涙を流す者が現れてしまう。

 正直、たった五日で説得するのはほぼ不可能に近いと思っている。

 道中、頭の中は悩みの種でいっぱいだった。


「大丈夫か、アデルよ。顔色が悪いぞ?」

「ああ、すまない……」

「あんま背負い込むなよな。アタシらもいるんだし……」

「そうですよ。僕たちを頼ってください」


 みんなの言葉が心に沁みる。

 優しさに触れた瞬間、脳内にとある妙案が浮かんできた。

 その案が正しいか確かめるために、エルゼに質問をぶつける。


「エルゼ、君の意見を訊きたい。君は兄にどんなことをしてもらうと嬉しかったんだ?」

「そうだな……。アタシは一緒にいるだけで嬉しかった。でも欲を言えば、一緒に何かしてるときが一番嬉しかったような……」

「……そうか、ありがとう。君がいてくれて助かったよ」

「お、おう……」


 エルゼの答えで確信した。

 私とミネットの間には長い空白期間がある。

 ならば、喫茶店で一緒に働けば、それを埋められるはずだ。

 そうすれば、説得の難易度も大幅に下がるだろう。

  

「みんな聴いてくれ。ミネットをヴァンピールで働かせてみようと思う」

「……な、なんだよいきなり?」

「ミネットはきっと、私と何かを成し遂げたいのだと思う。いや、きっとそうだ。そうに違いない!」

「ほ、ほんとかよ……?」

「では、今からミネットに会って話をつけよう」

「また監禁されるかもしれないぞ?」

「真摯に話をしたいと言えば、おそらく大丈夫だろう。それに、今は君たちもいるんだ」

「……まあ、いいか。さっさと行こうぜ、日が暮れちまう」

「きっとうまくいきますよ、アデルさん」

「ああ、ありがとう」


 こうして私たちは、再びミネットのいる洋館を訪ねることになった。

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