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吸血鬼と狼女  作者: 松川スズム
第二章
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第十三話 すれ違う想い

 屋根の上から、建物が砕け散る轟音が響く。

 次の瞬間、土埃の向こうに射し込む逆光の中で、一人の影が立っていた。

 太陽を背負い、仁王立ちするエルゼ。

 風に揺れる、くせ毛の強い灰色の長い髪。

 黒いシャツの下から覗く引き締まった腹と、ホットパンツから伸びる脚。 

 彼女の存在は、絶望の底にいた私にとって、あまりにも眩しかった。

 

 その姿は、まるで地に降り立った女神。

 見慣れているはずの光景なのに、その一瞬が、確かに胸の奥へと焼きついていた。


「……迎えに来たぜ、アデル」


 低いがよく通る彼女の声が、ぼんやりしていた私の意識に鮮やかな色を差す。

 その声に私は覚醒し、正気に戻る。


「……君はいつも最高のタイミングで現れるな」

 

 私はかすれた声で、本音をぶつけるように言った。

 すると、彼女はふっと口角を上げる。

 

「悪ぃ、思ったよりも探すのが手間だったんだ。それじゃあ、ずらかるぞ」

「だ、だが、私は動けないんだぞ……?」

「ん? ならこうすればいいだろ」


 差し出された彼女の手は、温かくて、大きくて、力強かった。

 まるで、檻の中に閉じ込められた世界から、私を現実に引き戻すための楔のようだ。 

 彼女はそのまま私を肩に担ごうとする。

 

 しかし、何かがこちらに飛んできたせいで、エルゼは体勢を崩した。

 私は再び床を舐める。

 振り返ると、太陽光が当たっていない部屋の入り口に、ミネットが立っていた。

 彼女は顔に影を落としながら、大型の包丁を握っている。


「お兄ちゃん、またワタシとの約束を破るの? またワタシを一人にするんだ? うそつき! 薄情者!」


 ミネットは包丁をこちらに投げた。

 エルゼは涼しい顔をしながら、二本の指で包丁を受け止める。

 武器がなくなったミネットは、壁を殴りつけ破壊し、その瓦礫を次々と投げつけてきた。

 この攻撃もエルゼはすべてをいなす。


「おい、アデル。こいつを一発殴ってもいいか? こういうガキには荒療治も必要だぜ?」

「穢れた狼女! ワタシのお兄ちゃんを返してよ! お兄ちゃんもなんで何も言わないの? ワタシのことを世界一愛してる、って言ってくれたじゃない!」

「すまない、ミネット。私は今、お前と一緒にいると心が苦しいんだ」

「……何よ、それ! そうやってまたワタシから逃げるの!?」

「……っ!? 本当にすまない……!」

「とりあえず、いったん帰るぞ、アデル」

「あ、待ちなさいよ!」


 エルゼは私を肩に担ぎ、三階相当の部屋から飛び下りる。

 外に出て、初めて気がついた。

 この洋館が鬱蒼とした森に囲まれているということに。

 どうやらこの場所は、街から離れた場所に位置しているようだ。

 飛び下りた先には、全身ズタボロになったシャノンが気を失って倒れていた。


「所詮は、ただの人間。やはりわたくしたちの足元にも及びませんね」


 屋根から、丸太を担いだメデューサが降りてくる。

 彼女が勢いよく地面に着地した衝撃で、エルゼの足元が少しぐらついた。


「メデューサと戦うのは危険だ。早く逃げるんだ、エルゼ」

「……このハイレグシスターも連れていくか?」

「可能ならそうしてくれ。だが、二人も抱えて逃げきれるのか?」

「今のアタシにはこれがある」


 エルゼはポケットから、黄色い液体の入った小瓶を取り出す。

 彼女は栓を口で開け、中身をすべて飲み干した。

 すると、彼女の身体から強い獣臭が放たれる。

 同時に、筋肉が増強し、身体中から蒸気が発生した。


「……よし、逃げるか!」


 エルゼはシャノンを脇に抱え、一目散に逃げていく。

 瞬時に反応したメデューサは、持っていた丸太を勢いよく投げつけてきた。


「エルゼ、避けろ!」

「こんなの避けるまでもねぇよ!」


 エルゼは素早く振り返りながら、回し蹴りを放ち、丸太を粉々に粉砕した。

 あまりにも衝撃的な出来事に、開いた口が塞がらない。

 人型の状態でこれほどの力を引き出すとは……。    

 あの液体はいったいなんなのだろうか。

 ふと疑問に思ってしまう。

 

 それはメデューサも同様だったようで、驚きの表情をしたまま固まっている。

 こうして私とシャノンはエルゼに救われ、洋館を後にしたのだった。






  

 私たちは危なげなくモニカの家に到着する。

 リビングに移動すると、モニカ、青梅、赤椰が出迎えてくれた。

 なんと、リビングベッドには首から下が石化したライアンが寝かされている。

 どうやら彼の意識はまだ戻っていないらしい。

 

 だが、今はシャノンの容態も気になる。

 モニカに相談した結果、彼女は地下の研究室で治療することになった。

 私の過去と洋館での出来事は、全員が揃ってから話す予定だ。


「アデルさん、ご無事で何よりです」

「どこか怪我はしてないかのぅ、アデルよ?」

「少し血を飲み過ぎて頭がくらくらするが、それ以外特に問題はないよ。二人とも心配をかけたな」

「すみません。僕、何もできませんでした」

「右に同じく。頼りない妻で申し訳ないのぅ」

「だから、お前はアデルの妻じゃねぇだろ」

「青臭い小娘よりは適任だと思うがのぅ」

「なんだと? 表出ろや、この年増が」

「二人とも落ち着いて。怪我人もいるんだよ?」 


 エルゼと青梅が、もう何度目かわからない不毛な争いをしている。

 一方赤椰は、いつものように二人の喧嘩を仲裁しようとしていた。

 

「エルゼ、さっきの黄色い液体について訊いてもいいかな?」

「ん? ああ、あれのことか。あれは『強狼剤(きょうろうざい)』だ」

「強狼剤だと? 聞き慣れない名前の薬だな」

「モニカの姉が開発した狼人間用の薬なんだと。なんでも満月を待たずに、一時的に獣人形態並みの力が出せるらしい。これでアデルの足手まといにならずに済むってもんよ」

「気持ちは嬉しいが、副作用とかはないのか?」

「今のところ問題はないな」

「ならいいが……」


 少し複雑な気分だが、エルゼが私のためを思ってしてくれたことだ。

 さすがに無下にはできないな……。

 

「鬼用の薬ってないのかな……?」

「赤椰には必要のないものだ。君は今でも十分に私たちの役に立っているよ」

「あ、ありがとうございます、アデルさん」

「うちはどうかのぅ、ご主人?」

「どさくさに紛れてご主人って呼ぶなよ。鬼婆さん」

「先ほどから年齢のことばかりいじりおって! うちはまだたった二百五十年しか生きていない、ピチピチギャルじゃぞ!」

「二人とも、いい加減喧嘩はやめてよ……」

「ふぅ、やっと終わった。なんだか賑やかじゃないか?」

  

 喧嘩が白熱してきた中、ちょうどモニカが戻ってきた。

 どうやらシャノンの治療は終わったようだ。

 私は喧嘩をしている二人を無視し、彼女を労うためにコーヒーを淹れる。


「ん~、仕事のあとに飲む、アデルのコーヒーは最高だね~」

「喜んでもらえたようでよかったよ。それで、彼女は無事なのか?」

「見た目はボロボロだったけど、意外と軽傷で済んだよ。さすがハンターだね。意識もすぐに戻ると思うよ」

「兄のほうはどうなんだ?」

「一応、息はあるけど、丸一日目を覚まさないのが気になるね」

「そうか……」


 どうやら私は丸一日眠っていたようだ。

 あの部屋だと時間の流れがわからなかったからな……。

 とりあえず、死者が出なくてよかった。


「おい、アデル。モニカも揃ったことだし、そろそろお前の過去について話してくれよ」

「……ああ、そうだな。少し長くなるが大丈夫か?」

「うちはどんな過去でも、受け入れる覚悟はできてるおるぞ」

「僕もです。あ、でも、もし話すのがつらかったら、無理をしなくても大丈夫ですよ?」

「赤椰は優しいね。ちょうどあたしも深く知りたかったところだ。まだ表面的なことしか教えてもらってないからね」

「みんなありがとう。では、話すとしよう。私の過去と犯した罪のことを……」


 私は声のトーンを少し落として、重々しく口を開いた。

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