漁港と死体
漁師達の頭というミニッツの傍に控えていたメイトという男はミニッツの弟分らしい。
どちらかというと弟分というメイトが物事を細かく管理しているように見える。ミニッツは親分肌で細かいことは苦手な性分だろう。
どこも一緒だなと言わんばかりフランの顔が見えるが、俺はそんな事無いぞ。
「そうだった。見返りだったな。えぇと、どうするかな」
ミニッツが頭を掻いている。ノープランかよ。
「親方、憲兵さん達は何か調べに来たんでは。漁港のことならおいら達は何でも分かりますぜ」
メイトの提案は現実的だ。それに助かる。ここに住んでいるものの声は捜査の手掛かりになる。
「アニードさんと言ったか。朝は違う憲兵隊が来ていたようだったが。ここに来たのは何でだ? その首飾りは隊長の証だろ。調べ物はやっぱり今朝の死体の件か?」
意外と冷静に見ているな。もしかしたら俺達が憲兵だと分かっていて来たのかもしれない。知らないフリをしてここに来て、血気盛んな若者達にお灸でも据えるつもりだったか。親分肌のミニッツと、参謀肌のメイトという役割か。
俺はミニッツに答えた。
「あぁ。ここに来たのは別の事件との関連が見えたからだ」
「強盗殺人が他でも起きているのか?」
「いや、そうとは限らない。それを見定めるためにも教えて欲しい」
正直に言ったが、不安を煽ってしまったようだ。漁師の四人は不安気に顔を見合っている。子供を探し回っている不審者がいるからと、自警で見回っているくらいだ。ん、そういえば、なぜに衛兵に頼まないんだ。こっちにも不審者の連絡がきた話はなかったな。
疑問が浮かぶが、頭でまとめる前にミニッツが口を開いた。
「そうか、何を聞きたい? 協力することに変わりは無い。何でも聞いてくれ」
「あぁ助かる。まずは今朝のことを教えて欲しい。すでに別の隊が聞いていると思うが、漁港内で起こったことを教えてくれないか?」
「うーん、そうだな。何を聞きたいか、よくわからないからよ、俺らが何していたのかとか話すがいいかよ?」
「あぁ、それで構わない」
ミニッツは思い出すように語り始めた。
「俺達はいつも日が昇る三刻前には漁港に来るのよ。その時はまだ暗いし、俺達はここは通らないからよ、死体があったかは分からねぇ。してよ、いつも潮の具合を見ながら準備するのよ。で、今日は沖合の漁場は荒れてるなって話になってよ、近場の漁場に出るかって準備していたのよ」
「他の人達も朝はここに来ないんですか?」
フランが聞くと、ミニッツは首を振った。
「分からねえがよ。ここは漁から帰ってきてから使う場所だ。漁の前に来る奴はあんまりいねぇんじゃねえかな」
他のも首を縦に振っているところを見ると、そういうものらしい。今も釣り人が遠くで糸を垂らしているだけだ。
「まぁそれでよ。準備が出来る頃になったら、この辺が騒がしくなっててよ。様子を見に行った奴が大騒ぎして俺達は事件を知ったってわけだ」
そうか、するとこいつらは事件の最初のことはよく知らねぇのか。そんな俺の考えを読み取ったようにメイトが口を開いた。
「みんな話し好きだから。大体のことは把握してますぜ。死体が見つけたのは酔っ払って出遅れた奴らでさ。バカな奴らで船に乗せる網を昨日積み忘れたってんでここに来て、それで見つけたんでさ。この辺に血とか飛び散っててよ。腹は裂かれてたって話だ。おいらは見てないけど」
メイトは聞いた話を思い出したか両手を抱えてブルブルしている。
「被害者の格好とか見覚えがないかとか聞かれませんでしたか?」
「おぉ聞かれてた奴もいた。ただ死んでいたのはこの辺りでは見ないような立派な格好をした奴で、見たことがある奴はいなかったってよ。それ以上は分からねぇな」
そうか、この辺りは報告書を見りゃ分かりそうだ。プラトンなら直ぐ分かるだろう。
「ほかに変なことはありませんでしたか?」
「変って言ったら、死体があったことが変なことでさ」
フランの問いにメイトは答えた。そらそうだ。フランの聞き方が悪い。聞くことを変えてみるか。
しかしあまり情報は無さそうだな。まぁこの事件が俺が追っている件と繋がりがあるかも分からないんだが。
「それじゃあ、子供を探していた奴がいたっていうのはなんだ?」
ミニッツに聞くと、ミニッツはメイトの方を見た。俺もメイトを見る。
「おいらが話そう。憲兵さん達が死体を運んでいってな、しばらくしてからだ。おいら達は船の手入れをしていたんだ。そこに声を掛けてきた野郎がいてな」
声を掛けてきたのは見慣れない男だった。上等な身なりをした奴だったが、どこかで見たことがある気がしたそうだ。
「この辺に子供が来なかったか」
そいつはそう言いながら船を回って聞き回っていたそうだ。だが誰も子供を見ていないこともわかり、そもそも付近に子供の気配もない。
「どこかの船にでも子供が隠れているとでも思ったのかも知れねぇな。船の中を断りなく覗いててよ。ちょっとイラっとしたんだが放っといたんだ。すぐいなくなると思ってな。そもそも今日はガキどもは誰もいなかったし」
「そうだな、いつもなら小遣いと雑魚のおこぼれを目当てにしたガキどもがわらわらといるんだがな」
「ちょっと待て、いつもは子供がいるのか?」
「あぁ、家のないガキどもが押し売りのように手伝っていくぜ。まぁ俺達もガキどもだけで必死で生きているのを知っているからよ。そこは持ちつ持たれつな感じさね」
「そうか、続けてくれるか。それでその子供を探し回っていた奴はどんな奴で、どんな子供を探してたんだ?」
「おう。そいつは一通り聞いて回ってよ、すぐに消えたんだが。身なりは良かった。街中で馬車に乗っている奴のような格好だ。場違いなんで目を引いたんだ。顔は……髪が短くて目が鋭くてよ、ネズミのような頬が痩けた野郎だったぜ」
どんな子供を探していたかは憶えているだろうか。
「それで子供を探していたってことですが、どんな子供を探していましたか?」
フランが聞いた。
「いや、それはわからない。子供を探しているとしか言わなかったからな」
うーん。子供をすべて見て探すつもりだったのか? 俺なら容姿を言うし、男か女かくらいは言うが。
「ミニッツさん、見た目とか格好とか、男の子か女の子かも言わなかったんですか?」
フランが聞いた。
「言わなかったな。メイト、コアラにマーチ、何か知らないか?」
「いや、おいらは親分と一緒だったから。コアラとマーチはどうだ?」
「親分、探していたのは一人じゃなかったかも知れませんぜ。あんだけいればすぐ見つかると思ったのにと言っていましたから」
重要な情報だ。普段は子供が大勢いると言っていたな。そしてそれがことごとくいない。死体が見つかる前はどうだったのか。
「ミニッツさん、死体が見つかる前は子供達がいましたか?」
フランが聞いた。フラン、さっきから俺が聞こうと……フランも同じ考えに至ったか?
「いた。と言いたいがよ。そういえば見なかったな」
他の奴らも見た記憶が無いらしい。
「確かにな、死体が見つかって憲兵さん達が来た後ならともかく、その前からいなかったのは変だな」
ミニッツは首をひねった。
俺は逆に戦慄を覚えていた。子供と殺人事件が繋がってきた。
フランと顔を見合わせる。フランも思い出すような顔つきだ。
「ここに来る前、プラトン事務官は子供のことを言いませんでしたよ」
「あぁ言わなかったな。ギル達はその事を把握し損ねていたかもしれない」
俺とフランは共通の認識を得た。すると、いなくなった子供はもしかすると。
「ミニッツさん。ここによく来る子供達のねぐらとかご存じないですか?」
「分かるぞ」