事件は動く
俺はフランの顔を見てプラトンの顔を見た。後ろにいる奴には目もくれなかった。
「ギルは今どこだ?」
「さっき仮眠室に向かったよ、慌てるな。わしが聞いてるから」
プラトンは右の後ろ手に持っていた紙を取り出した。受けとろうとしたがプラトンはそれをヒョイと上に持ち上げた。
「落ち着けよアニード。逃げやしない。わしが簡潔に説明するから。お前と違ってギルの報告は詳細だからな」
「俺のは要点を的確に押さえてるんだよ」
「隊長の報告は分からないです。『道でスリを捕らえた』だけのときはどうしたらいいかと本気で悩みました。それを大隊長用の報告書にまとめる僕の気持ちをですね……」
「あー聞こえない。それはフランがんばれ」
「ひどい。僕は陰で泣いてきますよ」
そう言いながら動かず素のままの顔でそこに居るフランを見てプラトン言った。
「まぁアニードとフランが上手くやっているようで良かった。フラン、アニードが苦労をかけるがよろしく頼む」
なぜかフランに親顔で何かを頼んでいるプラトンに不満がある。俺はそんなに迷惑をかけてはいない……つもりだ。
「そんな事より、事件の話だ。プラトン、そっちのテーブルで聞こう」
俺は詰め所の隅にあるテーブルを指さした。三人で座り、話を始めようとした。
「あの、私はどうしたら?」
聞き慣れない声がするので見上げると、さっき捕まえて連行していた奴が後ろ手に縛られ拘束されたままで、さらにモジモジとしていた。
「あっ忘れていました」
「後回しにしてもいいか?」
「いやだめだろ、そっちを先にやれよ。わしは待っているから」
プラトンに待っていると言われたら仕方ない。俺はチンケなコソ泥に向き合った。
「お前の罪は窃盗というものだ、盗んだものは割れた花瓶が一つ。間違いないか?」
「はい。そうです」
「よし、釈放!」
「えっ、もっとかまってくださいよ。ほらいつもならどこかに座って話とかするじゃないですか」
「あぁ、いいだろ。時間の無駄だし」
「隊長、さすがにそれはどうかと」
「反省しない奴なんかほっとけ。どうせろくでもない事しかしないんだから」
俺が邪険に手を振るとコソ泥は泣きそうな顔になり、本当に泣き出した。
「おいおい、泣くようなことじゃないだろ。出口はあっちだ」
俺が出て行っていいぞと言ってもそのままだ。
「私、こんな適当な扱いをされるなんて思いませんでした。もっと私は構って欲しいんです。ここでそんな扱いなら盗みなんかしても仕方ありません。もっと構ってください」
コソ泥はオイオイと泣いている。いや、しかし盗みしないって言っているしな。構ったら盗みするって言っちゃったじゃねぇか。どうしたらいいんだよ。こういう時は。
「フラン」
「えぇぇ、僕ですか。あぁはい。わかりました。じゃあ出口までは案内しますから、あとは好きにしてください」
「はい。もうここには来ません。あなたの事嫌いです」
何が嫌いか知らないが俺を指差してコソ泥は出て行った。
「なんだか疲れたな」
「あぁ、そうだな」
「お待たせしました」
コソ泥を送っていったフランが戻ってきたので会議再開だ。
「それで、どこまで進んだんだったか」
「まだ全くだぞ。アニード、とにかく事件の話をするぞ」
「あぁ頼む」
ギルが初動した事件だが、俺の事件とほぼ同じだった。場所が今度は漁港であった。明け方というか夜半に漁に出ようとした漁師が発見した。直前まで他の漁師と飲んでいた事から事件と関連がないことははっきりしている。
それ以外の部分、上等であつらえの服、持ち物がないこと、目撃者が出そうもないことは同じだった。違うところでは前の死体は暴れた様子がなかったが、今回の死体は死に際に暴れたようで、血しぶきが舞っていたようである。現場に行かなくてよかった。
「魔法が使われたか調べたのか」
「そんなことするのはお前くらいなものだ。ギルは調べていないよ。強盗殺人で犯人不明、目撃者が現れなきゃ解決は無理だと言うことを詳細に、長々と書いてあった」
「そうか」
目撃者が現れなきゃ解決は無理だと言うことを詳細に書くとは、どうやったらできるのか聞いてみたいもんだ。
「プラトンさん、死体は今どこに?」
「あぁ、教会に運んだそうだ。死体に刺し傷以外の変なところは無かったとある。ギルのことだから、似顔絵を描いたらすぐに荼毘に付すようにしてきたんじゃないか?」
「そういえばこの間の死体って似顔絵もらっていましたよね、どうしたんですか? 僕は預かっていませんけど」
「あぁ、それならその辺に置いてあるだろ」
「大事なものなのになんでその辺に放ってあるんですか。ほんとにもう」
「ならフランが管理しておいてくれ」
俺は自分の机に行くと、乱雑に置かれた木の板から似顔絵の書かれたものを探し、フランに放った。
「あぁ、もう積んでおいたのが崩れているじゃないですか」
ぷりぷりとしながらフランが俺の机の上を片付けている。何か苦労性というか俺の世話係じゃないはずなんだが。
「隊長、別に世話係になったつもりはありません。自分で片付けられたらいいんですよ」
フランに睨まれた。別に怖くはないが、肩を竦めておく。
「男同士で夫婦漫才みたいなことはいいから。場所と発見者はここに書いといた。わしは行くよ」
「誰が夫婦漫才ですか」
フランのツッコミにめげず、プラトンはため息を吐きながら自分の机に戻っていった。
「とりあえずフラン、教会で死体を確認したら現場に行くぞ。他の部下は通常業務に精を出すように言っといてくれ」
「はい。わかりました」
俺とフランは準備をして出かけることにした。詰所を出ると喧騒と太陽が出迎えてくれた。これはいつもと変わらなかった。
——
教会はどちらかというと貴族街に近い場所になる。貴族には専用の教会があるようだが、従者や召使なんかにも信者がいるために不便がない場所にも建て、それが街の住民の教会にもなったらしい。どこまで貴族贔屓なんだか。
教会に入るのは俺一人だ。フランは忘れ物をしたと詰所に戻っている。時間は有限なので俺だけで死体は確認することにした。
「あの、朝方に死体が持ち込まれたと思うんだが」
「また貴方ですか」
「誰だ?」
中に入り目に入ったシスターに声を掛けた。黒縁の丸い眼鏡をかけた緑髪の暗そうなシスターだが、なぜかため息を吐かれた。声に覚えがある。
「ローレリアです。この間、死体をいつまでも置いておけってわがまま言っていた人ですよね。なんで貴方に……」
「思い出した、あの時はすまなかったな。こっちにも事情があったんだ。確かあの時は眼鏡をかけていなかったように思うんだが?」
「普段はかけていますので。外していると色々とあるんです。貴方に私のことはどうでもいいと思うのですが」
そういえばあの時も他の奴らがザワザワと言い寄っていたな。あんなのが日常じゃあたまったものでもないか。なんだってあの時は外していたのかわからないが。
「そうだなすまない。それで朝方に憲兵のギルって奴の部下から、死体が持ち込まれていたかと思うんだが」
「はい、ございましたよ」
「確認をしたいのだが、案内をしてもらえるか?」
「今からですか? ではこちらに」
「ありがとう」
やけに素直だが、案内をしてもらえるようだ。何にしても実際に見ることは大事だ。書面ではわからない情報が手に入る。
廊下を進み地下へ下っていく。死体を安置するのに適しているのだろう。ひんやりとした空気がこもっている。
「こちらになります」
「これ?」
目の前には壺があった。
「はい。こちらが今朝方に持ち込まれた死体です。すでに荼毘に付されていますが。お持ち帰りになっていただけますか?」
ローレシアはご丁寧に木の蓋を開け、壺を傾けて中を見せてくれた。ところどころ黒くなった白い骨が見えた。
「教会にご協力を頂いております火焔魔法を使われる魔法使い様が本日お見えになりまして、荼毘に付させていただきました。持ち込まれた憲兵の方にも御許可はいただいております」
文句なんか何もないですよね、そんな顔つきでローレシアは俺を見てきた。文句はあるが、文句を言ったところで何にもならない。
「ちなみに服なんかは?」
「もちろん一緒に入っております」
シスターにしてはとてもとても冷たい口調で言われた。俺は黙っていることにした。
教会を出て漁港に向けて歩いていると、フランが俺を見つけて走ってきた。
「隊長、お待たせしました。教会はどうでしたか?」
「収穫なしだ、すでに荼毘に付したと遺骨を見せられたよ。服も燃やされていた」
「そうですか。では教会にはもう用がないですね」
教会の話をすると、やけにフランは明るい声を出していたが、収穫なしを喜んでどうする。
「まぁ何にしろ発見場所へ行くぞ。木札によると漁港にある小屋の横手らしいな」
「はい、そのようです。ギル隊の隊員がいたので細かい場所を聞いておきました。こちらです」
フランに案内されるように漁港へ足を踏み入れた。