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酒場の森の賢者

「アニード、どうだった?」

 部屋を出るとプラトンが話しかけてきた。……目はフランが持っている綿布に釘付けだ。中にある『ぱうんとけーき』は毎日一本は食べていると言っていたが、食べたいのか。


「あっいや違う、違うから。ほら、甘い物って、人の目玉を否応なく引き寄せる何かがあるでしょ」


 俺の視線に気付いたのか、プラトンが大げさに手を振り、言い訳を始めた。大声が俺の耳に響く。そんなに言わなくてもいいんだが。


「アニード、そっちではなくて、あっちの方だ」

 プラトンの必死の言葉に、事件の事だと理解した俺は返答する。

「シロだとみた」

「そうか。どちらもか」

「あぁ」


 プラトンは俺の顔を見て残念そうな顔をした。どちらも?

 プラトンは甘味以外では冷静だ。そして俺の幼馴染だ。その幼馴染みは鼻をクンクンと鳴らしながらのたまった。


「わしの鼻に狂いが無ければそれは新作の『ぱうんとけーき』だ。練乳で表面を白く固めたやつで、中のアクセントはドライフルーツだな」


 普段は凄いやつなんだが。いや、これも凄いことなのか? いやいやそんなわけない。プラトンの評価を下方修正した方がいいか。俺は真剣に悩むことにしよう。そう思った。


「アニード隊長、ただいま戻りました」

 俺とプラトンがバカな話をしている間に部下達が戻ってきた。被害者が着ていた服から身元が探れないか動いていた者達だ。


「どうだ。何か分かったことはあったか?」

「はい。上等な服であったので仕立てた商店が掴めれば身元に繋がると思ったのですが」

「見つからなかったか」

「はい。貴族街の近くにある服屋に持ち込みましたが、どうやら、ドンダロンにある服屋ではなくどこか別の街で仕立てた服ではないかということでした。縫製が違うそうです」 

「……そうか、ご苦労だった。休んでいい」


 服は、いやこの服を着ていたあの死体は完全に外部の人間、もしくは他所の街で服を仕立てることが出来る人間であることが分かった。ただの事件ではないことを踏まえれば進展と言えるかもしれない。

 しかし、この事件をただの強盗殺人として捉えると、これ以上は動けないだろう。周りがこの事件に手をかけすぎることを納得しない。


 俺は唇を噛んだ。プラトンとフランの顔を見ると、二人とも同じことを考えているのか顔をしかめている。


「ちょっと食べたいな」

「新作とは……同感します」


 二人は無視だ。俺は事件に集中したい。あと出来ることは何だ。


「アニード隊長、隊長」

 フランの声に顔を上げる。物思いに沈んでいたか。フランに焦点を合わせると心配した顔で見ている。

「隊長、顔色がすぐれませんよ。昨日の夜勤から休めていないのではないですか?」

「それを言うならお前もだろう」

「いや、僕は若いので……はうっ」


 俺はフランを一睨みで黙らせると自分の机に向かった。たかが十人隊長なのに書類が山になっている。中々の量だ、片付けているだけで日が傾くだろう。


 顔を上げると未だにガクブルしているフランと目が合った。そのまま視線をずらし窓をみると、太陽は真上に近いようだ。もう昼か。急いてみても、分からないものは分からない。真理だ。


「フランの言うとおり、俺は疲れているようだ。今日のところは帰ることにしよう。フラン、これは明日までに何とかしておけ」


 机の上の山を指差し俺は詰め所を後にした。フランがどんな顔をしていたかは知らない。


——


 俺は詰め所を出た。太陽と喧騒が迎えてくれた。

 詰め所はこの辺りではもっとも大きな通りにあり、西のスラム街にも東の繁華街にも行ける。南にある貴族街やその中央に位置する城からは離れている。貴族街や城での犯罪は騎士達が片付けることになっているので我々憲兵には用がない。下手に近寄ると面倒なことになるので俺としては近寄るつもりもない。


 俺は左右に気を付けて通りを横切ろうと足を踏み出した。いつもの目的地は通りの反対側にあるのだ。それに関しては目的地に文句を言いたい。


 昼間はこの都市の半分以上の人間が行き来するとまで言われるこの通りは広い。街の中心部を貫き、ゲートはあるものの城まで続いている。

 南北に伸びたかなり広く全てを内包する。馬車が軽くすれ違える幅の倍はあり、小売りの商店が軒を連ね人通りも多い。繁華街からやや離れているにもかかわらずこの賑わいだ、中心部の賑やかさと犯罪の多さには口を閉じたくなる。

 しかしながらそれは、この地方が長く戦乱と無縁である証明でもある。今が戦争ばかりの時代なら侵略軍を略奪と共に城まで容易くご案内できるいい道だろう。


 すれ違う馬車の間を通り抜け、軒を連ねる商店を見ながら進む。物売りの喧噪が騒がしい。路地の出口を見れば子どもたちがタイミングを見計らっているのが見える。いつもの光景だ。


「花を買っておくれよ」

 馬車の窓に向かってストリートチルドレンが駆け寄っている。


 貧富の差は繁栄の裏側で広がっている。あの子達の大半は親がいない、いてもおぞましい理由で家から離れている場合も多い。心が痛むが俺に出来ることはそれを悪用した大人を取り締まることだけだ。


「いたっ」

 路地から飛び出した子供が大人にぶつかって転んだのが見えた。路上に花が散らばり子供が慌てて拾い集めている。

 俺は近寄った。近寄ってきたのが憲兵だと分かった途端に子供は逃げようとするが、俺は子供の襟首を捕まえ、反対の手で小銭を渡した。

「逃げなくてもいい。落ちた花をよこせ」

 そう言って花を拾わせると子供を解放した。憲兵の俺がいるからか、ぶつかった大人は何も言わずにいなくなっていた。


 偽善の後、少し歩いて俺は目的地についた。路地に三歩ほど踏み入ると右手にあるドアのノブに手をかける。ドアには『迷いの森』と書いてあった。

 迷わずドアを開ける。遠くで静かにベルが鳴る音がして、中の空気が俺の身体を覆い被そうとした。夜に浴びるこの店の空気も悪くないが、昼の空気もまた悪くはない。


 中に入ろうとして、ふと今来た通りの方を見た。わけはない、何となくだ。

 今朝見たじいさんがいる。ひょこひょこと歩く足取りは穏やかな昼前の散歩を楽しんでいるそれで、すると朝方の俺の警戒は間違いであったと思われた。


 いや、朝靄とじいさんを隠れ蓑にして誰かが潜んでいたのか。可能性はある。


「俺もまだまだだな」

 思わずつぶやき、森林の空気を潜った。


「おうっ、来たか」

 入るなり言葉をかけられた。外の光のせいか中が暗くよく見えないが、森の住民はそれに相応しくゴリラだ。まぁゴリラよりはちょっと小柄なはずだが。


「アニード、てめぇ何か失礼なことを考えてなかったか?」


 一歩店に入りカウンターを見ると、額に青筋を立てたハゲ頭のゴリラが酒瓶を逆手に持って立っていた。


「そんな事無いさ、ボルドー大隊長」

「そうか、今日はもう上がりか?」

「あぁ、昼飯を食いに来た」


 ゴリラは酒瓶をそっと棚にしまうと俺の方を向き直った。そしてカウンターに両手をつき、身を乗り出して言った。


「いらっしゃい。ここはボルドーの酒場だ。注文は何にする?」

「そうだな、肉と野菜を炒めたやつとパンでももらおうか」

「おぅなんて事だ、ここはボルドーの酒場だ。注文は何にする?」


 俺は何てことだと大袈裟な仕草をする芸達者なゴリラの言葉は無視して、花を差し出しながら言った。


「神様、人生について相談に乗ってくれないか?」

「なんだ、ちょっと待ってろ」


 花を受け取ったゴリラことボルドーはご機嫌な顔でカウンターの端にそれを置くと、貯蔵箱に片足をズリながら歩いていく。中から肉と野菜を取り出した。そして黙って後ろを向き調理を始めた。


 俺はカウンターに座り、その様子を見ていた。ボルドーは元憲兵、それも俺みたいな面倒な隊長達を十人もまとめ上げていた大隊長、百人隊長だった。

 あるとき足を痛め、職を辞してここに酒場を開いた。必然的に俺はこの酒場の常連となった。それ以来、ここの食事は俺の血肉となっている。


「ほれ、待たせたな」

 カウンターにパンと炒め物が入った皿が載せられた。俺は炒め物を摘まみながらパンに齧り付く。


「それで、神様に何の用だ?」

 カウンターを拭きながらゴリラでボルドーという名前の神様は笑いながら言った。どこの邪神でもこれよりは可愛いだろう。

 俺は神に不敬となって呪われないよう、口の中を飲み込んでから話した。


「それなんだが。今朝方から扱っている事件で悩んでいてな」

 ボルドーは貴族グレープのことを知っている。いや俺をグレープ様に紹介して厄介ごとに巻き込んだ本人だ。だから話せることもある。俺は今朝から目にした事ことを話した。

 一つ、貴族からの伝言

 一つ、強盗殺人に見える死体

 一つ、現場では魔法が使われていない

 一つ、被害者の身元がわからない

 一つ、つまり望ましい結果とはなんだ


「本当にこれが対象の事件なのか疑問に思っている。伝言以降で起きた事件がこれだけなのはわかっている。だけどだ、もしかしたら他に事件が起きていて知らないだけなのかと思ってな」


 俺の食事が終わったのがわかったのか、コップに入った水を差し出しながらボルドーは言った。


「俺に分かる訳ない。神様じゃねぇ……ただ」

「ただ? なんだ?」


 自分で神様と言っておきながらそれを否定した神は言った。

「何か見落としてんな。テメェはいつもそうだ。事態を把握しているように見えて実は見逃してんのさ。それでグレープ様は何を望んでいると思う?」


 隊長の俺に部下は誰もしてくれない指摘をボルドーはして、逆に質問を返してきた。グレープ様の望むところ。

 正直、貴族であるグレープ様のことはあまり知らない。詰所に明け方に現れたというプラトンの言葉すら驚いたくらいだ。貴族様から平民の所に行き接点をもつなど普通考えられない。

 平民には扱えない魔法という力を持ち、完全なる支配層で、平民は頭脳も魔法も権力も何もかも劣化した亜人間と公言する。


 ……もしかしたら貴族側でもなく平民側でもないところで事件が起きているのか。あるいは貴族と平民が手を組む?


「グレープ様が俺やプラトンを裏で使っているように、他の貴族が同じことをやっていても不思議はない。それも悪い方向に。この国の厄介なところは貴族のやったことは貴族しか裁けず、不要と判断した平民の排除以外で介入しようともしないところだ」


 俺の呟くような言葉にボルドーは頷いていた。そして口を開いた。

「そうだろう。俺も過去にそれで痛い目を見ているからな。それでアニード、俺の質問への答えはなんだ。何をグレープ様が望んでいるんだ?」


「貴族からは介入しずらい案件、貴族同士の関係性から表に出せない秘密裏の案件、そしてそれを知ったグレープ様がどうしてもなんとかしたい案件である」

「そうだ」


 俺は思い出した、いつだったかグレープ様が呟いていた。

「子供はそれだけで尊ばれ、重んじるべきで、環境を整えるのが大人の仕事だ……いつだったかグレープ様はそんな事を言っていた。どこか遠い国で習ったんだと」

「なるほどな、言いそうな言葉だ。優しすぎるんだ、あの人は。貴族だ平民だという考えがないようにも思える。そういうところが平民にも人気がある理由かもしれないな」


 ボルドーは訳知り顔でうなずいている。だが俺には分からない。


「おい神様、今回の事件に子供が絡んでいるのか?」

「そんな事は言ってないしわからん。決めつけはだめだアニード。あの貴族が子供を特別に考えているとしても他にも大切なものはあるだろう。そもそもお前は思い込みが激しいからな。大体がお前は俺が現役の頃から直線的にやり過ぎるんだ。搦め手も考えなければだめだ。使えるものは使え。わかったか。もっと視野を広くして考えろと言っているんだ。素直すぎるんだよ、てめぇは。頭を使え」


 俺はカウンター越しに腕を組んでいるボルドーを見つめた。その顔はいつの間にか、上官だった頃のようだった。俺が駆け出しで怒鳴られっぱなしの頃の顔だ。

 俺はコップに入った水を、やけ酒のように煽った。

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